祝賀パーティー
「見事な追い上げでした!」
「そうですねぇ、癪ですけど」
四月も下旬。
『マリアンヌ姫の誕生日パーティー』という名の『祝賀パーティー』。
マーシャがマリアンヌ姫として生きる事を拒んだ為、大っぴらに姫の誕生日パーティーと出来なくなった為の緊急処置的名称である。
で、俺は巫女殿をエスコートして会場に入れ陛下に挨拶させた後はとりあえず『壁役』兼『お目付役』としてこうして同行していた。
巫女殿の言う見事な追い上げ、はマーシャの事だ。
お嬢様、スディーブン様、エディンの三人でしごいたせいか『ボロさえ出さなければ完璧』というレベルまで到達したと言えよう。
うん、ボロさえ出さなければ。
以前の『見るからにいつかボロを出しそう』な気配はなくなった、かな?
「そういえば巫女様、本日のパーティーの目的はお聞きになっております、よね?」
「あー、えっとー、はい。わたしをこの世界の貴族の皆さんに紹介するって……レオハール様が……」
「はい」
『祝賀パーティー』はマリアベルの行方不明で陛下がまた落ち込んでいるところを、マーシャに会わせて元気になってもらう事……も目的の一つなのだがそれは本当に表向き。
俺たちは単純にようやくマーシャが城の大ホールで行われる『誕生日パーティー』を享受出来る事が単純に喜ばしいと思うのだが、本人があまり……いや、かなり幸せそうではないので来年からは本当に今日という日をどうするのか要検討かもしれない。
まあ、それはそれとしてこの日を利用し、未だ戦争に関して意識の希薄な貴族たちに喝を入れる。
ルティナ妃のお考えは、俺たちも賛成だ。
学園で巫女殿が地方を中心とした貴族令嬢に絡まれているところを見るに、それは可及的速やかに行われて然るべき事だろう。
ほとんどの招待客が陛下とルティナ妃、レオへ挨拶を終え、レオがお嬢様の手を取ってエディンに付き添われたマーシャへ『祝賀』を述べる。
今後どうしていくのかは、改めて本人と相談していく旨を付け加える辺りしっかり伏線張っておくのさすがだ。
そして、今度は巫女殿が緊張の面持ち。
次に紹介されるのが巫女殿だからだ。
二月中ばに行った『巫女殿歓迎パーティー』とは規模が違う。
あの時は従者候補の顔合わせが主な目的だったが、今回はセントラルに住む位の高い貴族たちへの挨拶なのだ。
レオやルティナ妃に言わせると「遅いくらい」なのだが、魔法に関する情報も足りなかったし仕方ない。
実際に『人間が魔法が使える』事が実証された後でないと、貴族連中はどんないちゃもん付けてくるか分からないからな。
別に出資とかしてねーくせに。
「では、今日はもう一人主役を紹介しよう。我が国の勝利の乙女、戦巫女のマリンだ」
レオが巫女殿を呼ぶ。
俺がエスコートして、レオの隣へと並び、昨日散々練習したお辞儀を披露する。
うん、見事。
完璧です、巫女殿!
「い、異世界より守護女神エメリエラ様に呼ばれ、参上致しました。マリン・ソラカラと申します。まだまだ未熟な身ではありますが、この国に勝利をもたらせますよう、精一杯務めを果たさせて頂きます。よろしくお願いします」
…………。
レオとお嬢様の、顔が……。
「こほん。……とはいえ! 巫女は我らが異界より招いた国賓である! 断じて失礼のないよう振舞って欲しい」
「そうです! もし万が一国賓である彼女に無礼を働くような事があれば、その瞬間に相応の罰を与えます。彼女の扱いは、王家の血筋のもの、あるいはそれ以上とします! 皆、ゆめゆめ忘れぬよう!」
ひっ、と喉を詰まらせる一部の貴族。
ルティナ妃の追加の脅し……んん、説明に、アミューリアの生徒の中にはいきなり顔が青ざめた者がいる。
おや? それはつまり何かやらかした後という事か?
顔覚えておこう。
ちょっと人が多いから、特定が難しい……。
「ふ、はあぁ……き、緊張しました!」
「お疲れ様でございます。ブドウジュースです」
「あ、ありがとうございます!」
いやぁ、俺もあんなわざわざ貴族に謙るような挨拶するからびっくりしたわ。
お嬢様が教えてたのと違うんだもん。
お嬢様は先日のパーティーの練習の時、もっと偉そうにするように助言してたはずなんだけどなぁ……?
「巫女様、先程の挨拶はどうしてお嬢様がお教えしたものよりその、だいぶ柔らかい感じになさったんですか?」
「え、あー……あんまり偉そうなのはどうかなぁと思いまして……」
「いえ、実際巫女様はこの世に一人しかいないので偉いのですが……」
ルティナ妃辺りは『陛下より重要』って思ってそうだし。
いや、まあ、実際人間族の命運を握る巫女殿は代わりのいる陛下よりも重要人物か。
「え、ええ? い、いえ、わたしはそんな本当にすっっっごく普通の人なので!」
「……ええと……」
それは最初にレオが「それまではそうだったかもしれないけど、この世界では戦巫女は君一人だよ〜」みたいに説明したのになぁ。
謙虚だなぁ。
「巫女様、ご挨拶をよろしいかしら?」
「え?」
ああ、そろそろ来ると思ったがようやくお出ましか。
「リーナ・リース様。ローナお嬢様のお母上様です」
「ローナ様の!? は、は、は、はひ、初めまして! いつもお世話になっております!」
「まあ」
ひえ……!
巫女殿そんな思い切り頭を下げて!
それじゃ使用人の角度だよ!
あとそのお辞儀の仕方じゃない!
あ、あんなに練習したのに!
「お、奥様、あの、巫女様はあまりまだこの世界のパーティー等に慣れておられませんので」
「わっ」
とりあえず頭をすぐに上げさせ、姿勢を整える!
相手がギリ奥様で良かった。
他の貴族だとホンット面倒な事になりかねなかった!
「ああ、ええ、そのようね。うちに戻ったメイドたちから報告は聞いていますわ」
あー……さすが我が家のメイドの皆さん。
優秀……。
「あ……お辞儀……」
気付いて頂けて何よりだよ巫女殿……。
「巫女様」
「!」
うわぁ……怒りのオーラを纏ったうちのお嬢様が……。
レオの笑顔も若干引きつってる。
くっ、俺だけでは危険と判断されたか……!
「は、はわわ……はい、ローナ様……」
「わたくしがお側におりますので、あまり緊張されなくともよろしくてよ」
「…………」
さすがの巫女殿も今のセリフに込められた諸々は感じ取れたのだろう。
うん……「緊張感を持て」だな。
すげぇ、言葉とは真逆のプレッシャー……。
「マーシャには本日スティーブン様が付いておりますし」
「…………」
レオの複雑そうな顔よ……。
あーまあ、ちらりと見ればマーシャの仏のような悟り顔も、アレはアレでなんというか……哀れな……。
「あらあら。ローナ、あまり虐めてはダメよ?」
「いえ、決してそのような事は」
「そう? それなら良いのだけれど。……ああ、そうだわ。巫女様は今アミューリアに通っておられるのよね? 学園には慣れまして?」
「え、ええと……は、はい。や、やはりわたしの世界とはかなり違うので……戸惑う事は、まだありますが……」
……素直。
だが、まあそうだろうな。
昼食はハミュエラの強引な強制連行で薔薇園に来るようになったが、教室の方では女生徒からかなり距離を置かれていると以前言っていたし。
多少は改善されたのだろうか?
「そう、まあ、そのうち慣れるでしょう。ところで、巫女様は夏季休みに関して何か予定はあるの? なければローナと一緒に我が家に来てみません?」
「え?」
「!」
エッ……!?
巫女殿をリース家に招待する!?
いや、待て待て待て待て!
ダメです奥様! それでなくとも『友情ルート』の可能性があるのに、ここで巫女殿をリース家に呼ぶとか……ヤバすぎる!
「っ」
まさか、フラグ!?
ヘンリエッタ嬢……佐藤さんも『友情ルート』は未プレイ!
もしこれがフラグの一つ、『友情ルート』への入り口とかならまずい!
「っ、あ、お、お待ちください奥様」
相手が奥様であってもお嬢様を破滅エンドに導くなら楯突かせて頂く!
お嬢様は俺が守る!
————ヴィニー、義姉様は大丈夫な人だ。
……分かってる。
分かってるよ、ケリー。
でも、これは……!
「巫女様も夏季休みのご予定はまだ分かりません。もしかしたら、魔法に関して実験が入るかもしれませんし……」
今この場にいるのは俺だけだ。
だから俺がお嬢様の破滅フラグと思しきものは破壊する!
せめてこの人が『エンディング後』も幸せでいるのを見届けてからじゃないと、恩を返した事にはならない!
「ああ、確かにそうだね……ミケーレも大掛かりな魔法の実験をしてみたいと言っていたし、戦争まで一年を切っている。夏季休みは僕も時間の許す限り、魔法の訓練をしたいしなぁ」
「そうですわね。一年を、切っておりますものね……」
「…………」
平気そうに言うお嬢様を、気遣うように微笑みかけるレオ。
無表情だが、眼差しの奥の方は暗い。
奥様もその姿に扇子を取り出して口許を隠される。
一人娘がそんな事を呟いては、奥様もさすがにこれ以上は無理に巫女殿を招待しようとは思わないだろう。
「そうね、でも『王都ウェンデル』までは二時間ですもの! ご予定が問題なければ是非、一日だけでも遊びに来てくださいませ」
「へ、あ、は、はい、分かりました……」
「っ〜〜〜!」
おぉ、おあ奥様ぁぁあ!
し、しれっと! しれっとなんて事をおぉ!
「うちのヴィンセントが身内以外の女の子を隣にしているだけでも奇跡的だものね……!」
「お、お母様……」
「?」
ほろり。
なんだか良く分からないが、良く分からない事を言われ涙を拭う仕草をした後笑いながら去って行った奥様。
なんだったんだ最後のは……。
「……ごめんなさい、巫女様。お母様の言っていた事、本気になさらなくても大丈夫ですわ」
「え、えーと……」
「でもローナの家は色々面白いから一度行ってみると良いかもね」
「こほん。……巫女様、そういえばアルバイトを探しておられませんでしたか?」
「は、はい!」
「「アルバイト?」」
確かにレオの言う通りリース家は牧場みたいで面白いと思うよ。
だが!
お嬢様の『ご令嬢としての破滅』ルートになんぞ進ませてなるものか!
使えるものは全て使う……!
「夏季休み、もしご予定がないのでしたら我が家のメイドのアルバイトをしてみませんか? お給料は弾みますよ」
巫女殿の世界は俺の前世の世界に似ているようだし、女子高生……いや、受験がまだだったというし女子中学生か?
まあいい、とにかくそのぐらいの年頃の娘なら夏休みはバイトか夏期講習か海かプール!
ちなみに俺は家庭教師のバイトだった。
「まあ、ヴィニー……巫女様にそんな事を……」
「良いんですか!?」
「あれ? 巫女、すっごい乗り気?」
「は、はい! だってマーシャちゃんやメグちゃんの着てるメイド服……実はずっと着てみたくって!」
「え……」
「えぇ……」
だろう!?
ゲーム内のミニゲームではパン屋さんのバイトだった気がするが、他にもメイドのバイトがあったような気がする!
リース家のメイド服は比較的シンプルな黒に近い超濃紺。
首元のリボンに、好みのブローチを着けて良い事になっているのがポイント。
ちなみに「メイド服が可愛い」と一番人気なのはリエラフィース家だ。
エプロンにレース多め、更に裾に花柄の刺繍が施されている。
地味にリエラフィース家のメイド服を借りて着ているマリーに、薔薇園の食事中本人がいないのを良い事にメグやマーシャや巫女殿が「あれ可愛いよね」「ちょっと着てみたいべさ〜」「ですよね〜」と言っていたのを聞き逃す俺ではない!
ちょっと聞き流したかった気もするけど!
「難しい事はさせませんので」
「そ、そうだとしても……」
「それに実際、訓練で時間が取れるか分かりませんし」
「そ、そうかもしれないけれど……」
「まぁまぁ、ローナ。実際夏季休みの予定は分からないんだから良いんじゃないかな? 何よりなんか本人がすごいやる気というか……」
「は、はい! わたしの世界にはメイド喫茶なるものもあるくらい、メイドさんは人気のお仕事なんですよ!」
「「えぇ……」」
懐かしいな!
俺も前世で秋葉原とかでメイド喫茶行ったー!
当時推しのアイドルのライブ帰りに一人で!
あれだけで仕事の疲れは吹き飛ぶんだよな〜。
今はお嬢様にご奉仕させて頂くのが一番のストレス解消法だが!
あ、懐かしい……本当懐かしい。
今もあの世界でアイドルやってるだろうか、リント様。
今更ながら俺の棺桶に『Ri☆Three』とリント様グッツ入れてくれたかな?
しまった、せめて兄貴に一言「俺が死んだら棺桶には『Ri☆Three』とリント様のCDやグッツ全部入れてくれ」と頼んでおくんだった……。
「巫女の世界については一度詳しく聞いてみたいな〜。面白そうな事がいっぱいありそう」
「は、はい! 是非!」
「はあ……巫女様がそう仰るのでしたら……」
俺も詳しく聞いてみたいな〜。
俺と同じ世界の住人である佐藤さんが『ティターニアの悪戯』で来てるから、もしかしたら巫女殿も俺たちと同じ世界から来たのかもしれない。
ありえないとは思うが……あちらの世界の事……妹の事とかもしかして……!
……というのは絶対期待しすぎだろうけど。
ふっ、まあ、なんにしても…………フラグ回避! ……してると良いなぁ。
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