ラスティと俺




 という感じでケリーの性知識に関しては婚約者であるヘンリエッタ嬢にお任せするとして!

 スティーブン様の部屋を急遽用意。

 女部屋の方には疲れ果ててほぼ気絶するように寝たマーシャがすでにいるだろう。

 明日は更なる地獄が待ち受けている。

 マーシャの場合、メイドである意識の方が高いから淑女教育は本当に大変だろうな。

 何かメイドであっても淑女教育を真剣に出来るような意識改革が欲しいところだけど……俺には思い付かないなぁ……。

 俺も一応去年は城で紳士としての立ち居振る舞いは学んだが、執事の教育でやった過程の延長線上という感じで別に難しいとは感じなかったし。

 マーシャの場合前世が『騎士』である可能性が高いから、余計にこう、合わないんだろうな。


「さて、スティーブン様は談話室かな」


 野郎どもは男部屋に行っただろうし、女部屋には入るのはいかがなものか、と本人で言ってたから。

 まあ、誰かしら気を遣って一緒にいるかもしれないな。

 うん、ラスティとかはスティーブン様と仲良くなりそう。

 とりあえず談話室に行ってみよう……と?


「ヴィンセントさん!」

「おや? ラスティ様……お部屋に行かれたのではないのですか?」


 迷子?

 ありえる。

 しかしエリックが一緒じゃないんだな?

 あ、シェイラさん辺りが後片付けの手伝いに借り出したのかも。……あの笑顔で。


「あ、あの、これを……」

「おお! 『スズルギの書』!」


 ……けど『料理指南』って書いてある。

 うーん、残念。

 あ、いや、残念な事はない!

 醤油とか味噌とかの詳細な作り方が書いてあるかもしれないし!


「差し上げます!」

「え!」


 いやいやいやいや!

 普通に貴重品だからなそれ!

 中身次第では要らないし!


「いえ、結構……あ、大丈夫ですよ! もしかしたら俺が読んだものと中身が同じかもしれませんから!」

「あ、そうか……。で、でも、ボク他にお礼に差し上げられるものがなくて……ええと、後日でよろしければサウス地方産の果実を届けられるのですが、それなりに時間がかかると思うし……」

「え、いやお待ちください、何の話ですか?」

「え、なんのって……パーティーが始まる前にヒントをくれたじゃないですか」

「?」


 ヒント?

 何のヒント?

 マジで分からなくて首を傾げると、かなり意外そうな表情をされた。


「亜人が『斑点熱』について何か知っているかもしれない、というヒントです。……あの時、ヴィンセントさんがそれに気付いてくれなければ、ボクはレオハール様のご期待に添える事が出来ませんでした」

「あ、ああ……」


 多分あいつもそこまでの事は期待してなかったと思うよ……。

 と、言うのはさすがにまずいので言わないけれど。

 ……んー、まあ、しかしラスティの立場を思うとそれもそうか。

 招待状はあえて『身内ランク』の紙を使ったけど、それ故に内々でかなり重要な話をする場合もある。

 今日は割と本気でメインがマーシャと巫女殿のマナーや所作の勉強を兼ねてたので、レオもそこまでの事は期待してなかった、絶対。

 しかし、ラスティはまだレオの性格も俺たちのノリもよく分かってないものな。

 普通の貴族なら気にするところを普通に気にした、というわけだな。


「俺も気付いたのは偶然ですから、そこまでお気になさらないでください」


 マジで。


「…………」


 ふるふる、と首を横に振るラスティ。

 いやー……だから本気で偶然なんだよ。

 大丈夫なんだよー。

 って……。


「ボクは本当に、跡取りとしても中途半端です。父も母も最初はとても色々期待してくれたのですが……今はボクに、全く期待していないので、分家から養子をとるか、その家の息女との婚約話が持ち上がってるほどで……」

「!」


 お、お前んちもなのか、ラスティ、マジか!

 ……だが、あの気の強そうな母親と流れに身を任せたい系の父親だと若干分かる気するわ。

 だが、その場合普通に婚約の話の方が現実的なのでは?

 持ち上がってるって事はラスティルートでそれも『障害』になるのかね?

 ありえる〜。


「過去は振り返らず、前を向いて進む事が根強い風習としてあるサウス地方にとって、ボクの、考古学や古美術の趣味は本当に異端と言ってもいいほどで……」

「!」

「だからエリックの言う事は、すごく最もで……」

「…………」


 俺はそう思わないんだが……。

 だって『記憶継承』は前世の記憶を蘇らせる事だ。

 サウス地方のその地方の風習はそれはそれで素晴らしいと思うが、矛盾を感じる。

 ああ、いや、精神論の話なのかもしれないけどな。


「誰かに……肯定される事も必要とされる事も、期待されて応える事もこれまで、なくて……」


 ……跡取りとしてどうなのだろう。

 というか、四方公爵家〜!

 頼むからしっかりしてくれよ!

 そこそこまともなのライナス様だけか!?

 いや、ある意味一番貴族やってんのはハミュエラだけど!


「だから今日初めて……それも殿下に……ボクに相談して良かったって言って頂けた事が……ボクは!」

「……!」


 ポロポロと眼鏡の下から溢れる涙。

 ハンカチを取り出して頰を流れるそれを受け止めてやる。

 びっくりしたけど……。


「それは良い経験をされましたね」


 期待に応えるかぁ。

 確かにモノによっては応えられない事もある。

 俺は前世で親父に野球選手になるのを期待されたけど、合わなくてめんどくて野球は早々に辞めたからな。

 うん、あるよな、向き不向きが。

 ……というか、ハワード夫妻は最初からフルスロットルでラスティに期待しすぎたんじゃないのか?

 アミューリアに来る前の段階で思い出せる事って、かなり限られてる。

 まあ、ほとんどは座学とか、剣技とかだよ。

 異界の文字……日本語を独学で読めるようになるって実はめちゃくちゃすごい事だと思うんだけど。

 え、親はその辺のすごさもしかしてさっぱり分かってねぇの?


「は、い……とても、嬉しかった、です」

「…………」


 ハミュエラではないが、ラスティにはとにかく『褒められる』経験が足りてないと見た。

 涙を拭ってやりながら頭を撫でる。

 驚いた顔をされたし、執事の身分でよその公爵家のお坊っちゃんの頭を撫でるのはいかがなものかと思ったが……。


「ではご褒美に何かラスティ様の好きな物を作りましょうか。食べ物で、何かリクエストはありますか?」


 褒められてからのご褒美な。

 ハミュエラには近いうち情報料としてチーズグラタンでも作ってやるが……ラスティは何が好きなんだろう?

 アルトはアップルパイ、ライナス様は肉料理全般、スティーブン様は甘い物全般、レオは芋系と砂糖を使わない甘いお菓子、エディンはビーフシチュー、ケリーとルークは魚料理と甘い物全般、うちのお嬢様はケーキ全般。

 ……恐ろしいほど全員分の好みを把握しているな……俺。


「……え、え?」

「なんでも良いですよ。明日の朝は準備が間に合わないかもしれませんが……」

「…………で、でも……」

「ご褒美ですからなんでも良いんですよ」

「………………、……シュ、シュークリーム……」

「分かりました。明日の朝デザートにお出ししますね」


 少し濃いかな?

 まあ、アッサムにオレンジを浸しておけば一緒に出すのにちょうど良いか。

 というかシュークリームか…………共食いに見えるとか言わんでおこう。


「あ、暑苦しくないんですか!」

「は? シュークリームが?」

「は、はい! サウスの実家ではいつもそういうこってりとしたおやつは暑苦しいからと井戸で冷やした果実ばかり出されて、お腹が冷えて……!」

「大丈夫ですよ、セントラルでは普通ですよ」


 ……お腹冷やすのはダメだな〜……。

 夏場とか羨ましいものはあるけど……。


「……っ」


 …………目が輝いとる。

 相当レアなんだなシュークリーム。

 アップルパイを前にしたアルトのようだぞ。


「あ、ありがとうございます! 楽しみです!」

「はい、それじゃあ今夜はお部屋で皆さんとゆっくりお休みください」

「は、はい! おやすみなさいお兄様!」

「……………………」

「……………………」



 多分今妖精さんが通過したのかな?



「ち…………っ違うんです違うんです違うんです! さっきハミュエラ兄さんがヴィンセントさんをお兄様って呼んでてそれでなんかつい言ってしまったんです! それでだからなんかごめんなさい!」

「良いですよ、呼ばれ慣れてますから」

「うあああああぁぁーーーん!」


 バタバタバタ。

 逃げるように立ち去るラスティに「あ、『スズルギの書』……」と思わないでもなかったがまあ良い。


「あ、お義兄さん、スディーブン様のお部屋の準備ぼくも手伝います!」

「いや、終わったから呼びに行くところだ……」

「あ、そうなん…………どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと少し変な扉を開きそうになっただけだな」

「え?」


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