うちのケリーは純粋です



「はあ……」

「お疲れ様です。しかし、ほとんど問題なさそうですね、巫女様は」


『は』を強調しておく。

 マーシャに聞こえるように。

 まあ、姿勢が悪い、もう少し歩幅を小さくして歩くように、歩き方が真っ直ぐじゃない、お辞儀の角度が深すぎる、言葉遣い、訛り、悲鳴を上げない等々、普段以上にこってり指導されたマーシャは俺の声など果たして聞こえているのかどうか……。

 薬の話し合いが終わった後、お嬢様も合流したもんだが、エディンとスティーブン様とお嬢様のトリプルでビシバシに鍛えられたようだ。

 巫女殿はそれを見て、背筋を正し、歩幅を調整し、お辞儀の角度なども真似していた。

 その姿にケリーとヘンリエッタ嬢が近付いて来て、巫女殿は二人に色々指南を受けていたのだ。

 なのでなんかマーシャよりも背筋が綺麗。

 まあ、さすがにお疲れのようだが。


「お部屋の準備は出来てますよ」

「あ、と、泊まっていくんでしたっけ……」

「はい、明日も我が家のダンスホールでマーシャ共々特訓を受けて頂きますので」

「うっ……」

「明日は頭に本を載せて真っ直ぐ歩く。お辞儀、会釈、言葉遣いのチェック、そしてお待ちかねのダンスですね」

「……………………」


 がくぅ……と腰から折れ曲がる巫女殿。

 マーシャもさっきエディンとスティーブン様の笑顔の言葉責めと容赦のない特訓で若干泣いてたのだが、時間もないので仕方ない。

 ……うん、あの二人が揃うともしかしたらうちのお嬢様よりも特訓内容が鬼畜かもしれない……。


「レオハール様たちはお帰りになるんですよね……」

「ええ、さすがに殿下は……」


 帰るのはレオだけ。

 みんな一緒とはいえ、婚約者の別邸だからな。

 あと、明日は公務が入っているらしい。

 ルティナ妃が一昨年増税した件と、今年取り潰した家、爵位を下げた家、上げた家などを鑑みてバランスを再調整すべきだ、と進言してきたのだ。

 レオとしてもごもっともすぎて「ですよね」としか言えなかったらしい。

 ちなみにリース家は戦争が終わるまで爵位は据え置き。

 理由はケリーがどうなるか分からないからだ。

 リース家としては今から新しく跡取りを育てるのがきついので、ケリーに帰ってきて欲しいのだが……こればかりは巫女殿次第。

 そして、戦争の結果次第。

 もしケリーが選ばれ、帰って来なければルークを引き取って跡取りに据える話も出ている。

 ルークは元セントラル西区の領主、オークランド家の血統。

 血筋も『記憶継承』も全く問題ない。

 むしろ男爵家の出自であるケリーより血筋は良い。

 ……ケリーよりも優秀かと言われると微妙なところがケリーのすごいところだが。

 元オークランド侯爵も手放しで推し推しらしいのでそれがなくとも、もしかしたらルークはリース家の養子に入るかもしれない。

 まあ、その辺りはまだ調整中のようだしお嬢様やケリーにも近いうち相談がいくと思うが。

 その話はまあ、まだ旦那様とセレナード家の内々の話題。

 俺はどちらにしても『おとうと』だと思ってるから、まあ、ご自由にって感じだけど。

 おっと、これはリース家の話だった。


「今宵はごゆっくりお休みください」

「あ、ありがとうございます……」


 リース家の出張メイドたちがいるのでマリーがいなくとも巫女殿は大丈夫……だと思うんだけど、反応が微妙だな?

 なんだろう?

 何か心配事か?


「巫女殿、何か心配な事でも……」

「おい、部屋割りはどうなっているんだ?」


 む、このクソ腹立たしい声は……。


「言っておきますがマーシャの部屋は教えませんよ、エディン様」

「チッ。……まあ、白目剥いて気絶寸前だったからこれ以上の無理強いはハナからするつもりはないが……」

「……それはさすがに厳しすぎでは……スティーブン様……」

「すみません。けれど誕生日パーティーまで本当に時間もありませんし……。ねえ? ローナ様」

「そうですわね……」


 む、俺相手だからお嬢様を引き合いに出してきたな。

 さすがスティーブン様。

 んで、ライナス様は何を背負ってるんだ?

 …………ん!?


「ラ、ライナス様? 背負われているのはまさか……」

「あ、ああ、アルトだ。先に部屋に運びたいんだが……」

「大丈夫なんですかそれ!?」

「はしゃぎすぎただけでーす」


 と、後ろから顔を出すのはハミュエラとケリーとラスティ。

 廊下のど真ん中でほぼほぼ揃ってしまったなぁ。

 まあ、男女で部屋の方向こそ逆だが、その突き当たりまで行く通り道に集まるのは無理ないか?


「というか、フェフトリーは本当に最近ダウンする事が多いな?」

「俺も驚いている」


 俺もエディンと同意見。

 だがさっきアルトが実家で飲んでた薬が届かないとレイヴァスさんに聞いてしまったからな〜。

 あまり考えたくはないが、アルトの境遇を思うととても嫌な考えが一つ浮かぶ。

 そうでない事を祈るばかりというか……。


「…………」


 ……いや、後ろにいるヘンリエッタ嬢の表情的に『当たり』っぽい。

 アルトの追加ストーリーはざっくりとしか聞いていないが、『フィリシティ・カラー』のなかなかのエグさを思うと予想的中の可能性大か。

 レイヴァスさんもそこまで語っていなかったが、だからこそその可能性が極めて高い。

 ああ、だとしたら本当に、アルトのあのツンケンした態度は——。


「で、変な事を聞くがスティーブンはどちらの部屋に行くんだ?」

「へ?」

「へ? じゃないだろう? さすがに女部屋はまずいよな?」

「えーと、まあ、そうですね……?」


 ……ああ、エディン……そこに突っ込んでしまったか……。

 さすがだ。

 俺は触れたくない、その辺。

 なんか色々、色々すり減るから。


「そうですか? スティーブン様のベッドもご用意しておりますが……」

「「ローナ様!?」」


 悲鳴に近い声を上げたのはヘンリエッタ嬢と当人のスティーブン様。

 うん、俺は突っ込まないぞ。

 突っ込んでなるものか。


「ローナ様いけません、私一応肉体性別『男』の自覚はございます!」

「え、そうでしたの?」

「そうです!」


 ソウナンダー。


「ですが男性のお部屋ですとライナス様がおられますし」

「っ!」

「ング!」


 あ、ちなみにクレイは帰ったぞ。

 仕事があるって。

 いやー、あいつも忙しいよなー。

 メグはマーシャを女部屋に運んでから、会場の片付けをしてるはずだ。


「さすがに婚前のお二人を同じ部屋にするのは……」

「………………そうだな……」


 ……気が付いたかエディン。

 お前にしては気付くのが遅かったな。


「? 何かまずいのですか?」

「ふぁ!?」


 まさかそこで果敢にも突っ込んできたのはケリー!

 俺変な声出ちゃったよ!

 巫女殿とラスティが顔赤くしてる!

 いや、巫女殿すら察してしまったこの事案!

 お前! 嘘だろケリー! 嘘だろ!


「スティーブン様は精神的に女性の面が強いとお聞きしました、義姉様に」

「あ、うううう〜〜〜! そ、そ、そそそそそれはそうですがそれはそれとしてそういう理由だけで私が女性のお部屋に入るのはいかがなものかと!」

「はあ? では男性部屋に?」

「そ、そそそそれはそれでいかがなものかと!」

「そそそそそうだな俺もまだそこまでの覚悟的なものは出来ていないというか紳士としてそれはダメだと思うというか!」

「何の話ですか?」

「「「んんん!?」」」


 ケ、ケリー、そんなストレートに!

 スティーブン様とライナス様、エディンが変な状態で固まったじゃねーか。

 おかげでハミュエラが優しい笑顔で言ってはいけない事を言い放つ。


「夜這いの話だよねー」


 と。

 貴様ああああぁぁぁ!

 その口にオーブンから出したてのチーズマカロニグラタン皿ごとぶっ込んでやろうかあぁぁぁぁぁーーーー!

 ヘンリエッタ嬢、ライナス様の影で見えないと思ってます?

 輝きの笑顔はこちらに筒抜けですからねええぇーーーー!

 その笑顔は一体どういう意味の笑顔——……!


「夜這い?」

「え……」

「…………」


 ぴた。

 と、心底不思議そうなケリーに空気が止まった。

 主に、ハミュエラとエディンとヘンリエッタ嬢の顔が……。


「…………」

「…………」


 バッ、とエディンがお嬢様の顔を見る。

 お嬢様はあからさますぎるほどにゆっくり優雅に目を背ける。

 その流れから俺にエディンが訴える……いや、問い質すような顔を向けてきたので思わずあからさまに顔ごと背けてしまった。

 いや、いやあの、その……俺はまあ、あの、ケリーの事だから多分勝手に色んなところで知識を得てくると勝手に思っていたわけでしてね〜?


「嘘だろお前ら……」

「「…………」」

「いや、だが……そうか、そういう事か……」

「エディンはものすごく人の事を言えませんよ……主にレオ様の事とか」

「具体例を出すな」


 頭を抱えるエディンに俺とお嬢様は明後日の方向を向いたまま。

 うんまあ、そうだな。

 歳相応……ではないだろうな、ケリーの、その、貞操観念的なものは……。

 わ、悪い方面は多分情報収集の過程で色々覚えてはいると思うよ?

 そればかりは俺でもどうする事も出来なかったし。

 いや、出来る事ならその辺りから少しずつ学べば良いなー的な……。

 単語の意味とかは知ってると思うよ?

 …………具体的な中身までは知らないだけで!

 うん、受粉という単語は知ってるかもしれないが受粉するまでの経緯的なものは一切…………あははは、そうだなー、一部とてもケリーの教育内容から遠ざけたものの事だなー。

 ぶっちゃけ死ぬほど、微塵も! かけらも! それに触れそうな部分さえも! ……取り除いて教育してきた自覚はある。うん。すごくある。


「いや、ダメだろう!? ある程度は教育しないと!」

「エディン、それはブーメランです!」

「やかましい!」

「…………ではヘンリエッタ様、巫女様、部屋へ参りましょう。私が案内致します。スティーブン様には別室用意致しますわ。ヴィニー」

「はい! すぐに!」

「えええぇ、ちょっと待って! わたし意外と他人事じゃないんですけどー!?」

「「その辺りお任せしますヘンリエッタ様!」」

「嘘でしょおおぉ!?」


 …………うんまあ、正直……ケリーの知識の偏りがどれ程のものかは……俺にも今や分からないのだ……すまん。




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