夜会【後編】



 ……まあ、結局ハミュエラもライナス様に頭をなでなでされてご満悦な顔してるからこれはこれで良しとして。

 俺は少し離れて壁際待機してる二人の元へ。


「……という話なんだが、アンジュは何か知ってるか?」

「ええ、最近宿舎のメイドたちも少しずつマリーに対して態度が軟化しています」

「軟化? ほう? 興味深いですね」


 微笑むのはエディンちのシェイラさん。

 笑顔が怖いのは気のせいか?

 まあ、シェイラさんはエディンと一緒に元姫時代の諸々の所業は俺より詳しいからなぁ。


「あたしも異様に思いましたね。けど、マリーは仕事も頑張ってますし礼儀もマナーもやはり城で学んでいただけありますから、その辺の下手な下級貴族のメイドより余程『ぽい』んすよね〜……」

「そうですね。認めるべきところは認める、というのであれば、まあ、仕事ぶりは認めて良いものと思います。だからといって遺恨が容易く消えるものでもないのですが」

「いやぁ、シェイラさん良い感じにしつけーっすねぇ〜、嫌いじゃねぇっすよ、そーゆーの」

「ふふふふふふふ!」

「……………………」


 二人とも顔が邪悪すぎるよ……。


「まあ、冗談はさておき宿舎のメイドでマリーを手伝う者も最近はちらほら現れてます。あの娘の主人が戦巫女様なのも影響してるんでしょう」

「つまり、かなり上手くやっている、と」

「ええ、それは言えますねぇ〜。たった四ヶ月で見事なもんです。連れて来たのはあたしですが、ここまでやるとは思ってませんでした」

「実際どうなのでしょうね? 彼女が純粋に主人の為に努力しているのなら、我々も多少の譲歩はするべきでしょうか?」


 と、いうシェイラさんにアンジュの笑顔ときたらさっきより悪い顔になってない?

 まあ、多分人の事言えない顔になってると思うけど、俺。


「出会って四ヶ月の赤の他人にそこまで肩入れしますかね〜?」

「何か感動的なストーリーでもあるのでしたら俺も納得しますよ?」


 ないだろ!

 あったとしても『偽者のマリアンヌ』だぞ!

 ホントなら初対面で巫女殿に『お前なんか納屋で十分よ、おーっほっほっほっほっほっ!』って言う奴だぞ!

 性根から入れ替わっているなら、少なくともお嬢様とレオのデートの時に巫女殿の制止を振り切ろうとする事はなかったはずだ。

 だからない!

 絶対ない!


「ヴィンセントさんが一番信用してないと思いますけどぉ?」

「そりゃ、俺は刺されてますから?」

「「ですよね」」


 二人の笑顔よ!


「何にしても探りは入れておきますよ。余計な事に手間取らせるわけにはいきませんからね〜」

「ああ、あと彼でしょうか」


 ちら、とシェイラさんが見たのは反対側の壁で苛立った顔を必死に隠してるつもりのエリックだ。

 その視線の先を見ると、ラスティがアルトの横でうちのお嬢様と共に新薬開発に関して意見交換してる。

 クレイとメグもそれに色々助言を施し、何を試してみるかを検討中のようだ。

 あの様子だとお嬢様の横で時折口を挟むレオが資金や実験する場所、器具、材料の提供を行う感じだろうな。

 そして巫女殿は「わたしの世界だと……」とこの世界では聞けないような提案を混ぜている。

 エリックが気に入らないのはあの中の誰か、なのだろうか。

 まあ、レオやお嬢様ではないだろうさすがに。

 亜人のクレイか、メグ。

 もしくは……アルトか巫女殿か?

 とりあえずラスティという『自分のおもちゃ』が他人に関わるのをとにかく嫌がる。

 俺にはラスティが色んな人間と……まあ、主にアルトと意見交換出来て嬉しい、と全身から溢れ出ているようにしか見えないんだよなぁ。

 あ、ちなみにさすがに立っていられなくて今はテーブルとソファーの方で繰り広げられている。

 アルトとラスティが作ったメモがテーブルに散らばり、もはや資料作成のようになっているな……。


「…………けほっ」


 ん?


「アルト兄様、大丈夫ですか?」

「ん、少し喋りすぎただけだ」

「今お茶を……」


 お嬢様が俺の姿を見付けた途端、その間から優雅に一人の紳士がお茶を差し出す。

 俺が動くまでもなく、アルトの執事のレイヴァスさんが全員分持って来ている。

 のが見えたので、俺も動かなかった。

 レイヴァスさんは普段あまり動かないのだが…………。


「さすがレイヴァスさん」

「つーかヴィンセントさんにしては珍しく動きませんでしたね」

「ああ、今夜のアルト様の世話はレイヴァスさんがやると仰っててな……」

「「ああ、成る程」」


 これだけで察してしまう辺り、この二人もさすがだよ。

 微笑んで穏やかそうにしているのだが、レイヴァスさんは一番怒っている人だ。

 エリックの、ラスティへの扱いに。


「長老は怒らせるとコエーですから正解ですね」

「ましてレイヴァスさんはイースト地方の方ですからねぇ……」


 なのだ。

 体の弱い主人を持つレイヴァスさんからすると主人をねちねち虐めるエリックの姿は、言語道断通り越して『存在が無理』のレベル。

 俺が使用人宿舎に連れて来てきていた二ヶ月で、最大の変化が奴にあったとすれば『レイヴァスさん』という天敵を奴に与えた事だろうか。

 ああ、もちろんアンジュとシェイラさんも奴にはそこそこ『逆らうとヤバい人』認定されているようだがレイヴァスさんは別格。

 それでなくともイースト地方とサウス地方は因縁が多いのに。

 ……まあ、俺も実際この目で見るまであまり実感もなかったんだが……。


「…………」

「っ」


 エリックの方をにこやかに見上げたレイヴァスさんの目が…………あれは、ヤバい……。


「いやはや、早くあのぐらいになりたいものですね」

「すねー」

「……………………」


 そして俺の横の二人もヤバい。

 十分すぎると思うんですけどおおおぉ?

 少なくともヘンリエッタ嬢は泣くぞ?


「ヴィンセントさん、よろしいですかな」

「うぇは、はい、レイヴァスさん」


 うーわ、びっくりした!

 お茶を入れ終えてから声掛けられると思わなかったよ。

 ニコニコ、俺たちには本当に穏やかなじーさんなんだが……。


「処理はした事ございます?」

「……………………えーと、一応お伺いして良い内容のものの処理でしょうか?」


 死体の処理とかならないです。

 え?

 いやまさか、うちではやめてくれ。

 さすがに今夜はちょっと。

 ここリース家の敷地なのでそれはちょっと。


「ああ失礼、言葉が足りませんでしたね。茶葉の後処理です」


 絶対わざとだろこのじーさん。


「……はあ、それならもちろんですが……。何かおかしな点がございましたか?」


 まあ、それでも先輩なので、不備があったなら改めたい。

 聞いてみるとどこからともなくなんか出してきた。

 筒状の入れ物と、茶器……ってかこれは!


「それは、抹茶ですか!」

「おお、さすがご存じでしたか。素晴らしい。いえ、こちらの方をお淹れしたいのですが……こちらでその後処理が出来るかどうか……」

「あ、そういう……」


 うーん、と覗き込む。

 抹茶か……茶器が見るからに値段がヤバそうだな。

 しかしまあ、洗って帰る分にはこちらとしては別に。


「構いませんよ? 抹茶は俺もお菓子に使うので」

「助かります」

「……? あのう、なぜ今このタイミングで抹茶を……?」

「アルト様は苦いものが大変苦手でして」


 得意な人少ないと思うよ。

 うん、アルトに限らず。


「昨日もお薬を苦いからと飲んでくださらなかったので……」

「はい」


 子どもかな……?

 苦い薬が嫌だからって飲まないとか……アルトよ。


「案の定、今日はやや咳き込まれる事が多ございます。ですからこれは最後の手段。皆様の前でお茶を点て、存分に苦い思いをしてからいつものお薬を飲んで頂こうかと」


 …………この人エリックと同類とかじゃないよね……?


「え、えーと、すいません、ちょっと良く分かんないんですけどー……苦い薬が嫌な子が苦い茶は飲むんですか?」


 ごもっともな疑問だと思うアンジュ。

 俺もそこんとこ気になる。


「人前で、というところが重要なのでございます。アルト様の性格なら飲まざるを得ません」


 あ、純粋な鬼畜だこの人。


「……予定ですと幼い頃より飲まれていた常備薬が、そろそろご実家より届くはずなのですが……」

「届かないんですか?」

「ええ、その薬が一番アルト様のお体には合うのです。……昨年は環境も変わりますので注意しておりましたが、実家から持ってきた分が底を尽きかけておりまして……」


 ……成る程、実家で飲んでた分がなくなって、届かないから代用してたけどやはりあまり体に合わないのか。

 多分アルト用に調合されてる薬が必要なんだろうな。

 それが届かない。

 そして、代用の薬はクッソ苦いからアルトは飲むのを拒んでいる、と……。


「了解しました。熱いお湯をご用意致します」

「私もお手伝い致します。他に何をご用意すればよろしいですか?」

「そうですね、じゃあシェイラさんにはご褒美のアップルパイでも……。アップルパイ自体はアルト様が来られるので用意してあるので、あとは焼くだけで……」

「おお、なんと! ありがとうございますヴィンセントさん! うちの坊っちゃまの好物をご存じでしたか! ご用意くださっていたなんて!」

「じゃああたしはタイミングを見計らってテーブルの上を片付けさせますよ」


 ……ちなみにその後アップルパイを立ったまま優雅に食べる練習を巫女殿とマーシャにはしてもらい、二人とも要練習という結果になった。

 そして『薬は多少苦くても仕方ない』と考えていたうちのお嬢様がイースト地方の文化の一つと言われて興味津々抹茶を飲み、あまりの苦さからこっそり俺に「……少し苦味を抑えられないかも検証しましょう……」とヘコんだ顔をしていたので、あえてクソ苦い抹茶を出してきたレイヴァスさんの作戦勝ちだなー、と思った。

 ん? アルト?

 茶と薬の苦さで涙ながらに震えてたよ。

 アルトは犠牲になったのだ。

 自業自得だと思うけど。

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