定期会議【後編】



 なるほどなるほど。

『オズワルドのトゥルーエンド』は確かに『真実のエンディング』だ。

 一人の子を想う母親の暴走。

 それを止める為に突然『王子』にされた孤児の青年は、突如残酷な現実と真実を両方無理やり押し込められる。

 何もかもを壊して逃げても仕方ない。

 ケリーの言う『半々』も頷けるな。

 俺も……もし今だに何も知らないままなら……。

 けど、俺はある程度自分の立場を知っている。

 全部いきなりじゃない。

 だから、俺は大丈夫だ。


「はぁ〜! 緊張した〜! 良かったぁ、これで『例の人』ルートは大丈夫そうね!」

「そうだな、本人が問題ないと言ってるし。…………別の問題は何一つ解決してないが!」

「そうだった!」

「そうだった……」

「そうですね……」


 主にうちのお嬢様の破滅エンドの可能性が!


「ヒロインとローナのルートはわたしもやってないから具体的な事は分からないのよね〜」

「でも、うちのお嬢様のルートでも『斑点熱』が流行るんですか」

「そうなの! 攻略サイトでネタバレ読んだところによると『斑点熱』が流行って…………で、濁されてるの!」

「そこ! そこが一番肝心なトコロォ!」

「そうなのぉ〜〜!」


 濁すな!

 晒せ!

 確かにネタバレ死すべしっていう人もいるかもしれないけど!

 注意書きとスクロールでなんとか!

 流行って!? 流行ってどうなるというんだ!?


「お嬢様ルートのエンディングはお顔に怪我だったよな!? 『斑点熱』がどーして顔の怪我になるんだ!?」

「分かんない分かんない」

「落ち着けお前ら。……分からないならとりあえず当初の予定通り巫女殿とメグには他の攻略対象のルートに入ってもらうのが確実だろう。ダモンズとフェフトリーはルート破壊済みの可能性が高いものとして、除外しよう」

「っう」


 ケリーの言う通り。

 それが一番確実か?

 迂闊にお嬢様ルート爆進されても困るから、迂闊な妨害工作は出来ない。

 となればやはり『誰かのルートに入れる』のが一番安全策!

 あ、そういえば……。


「ち、ちなみにノーマルエンディングルートって……」

「あー、『パーフェクト』でも残ってたけど〜……でも『斑点熱』が流行り始めてるなら、ノーマルルートは『ない』かな……間違いなく『例の人』か『ローナルート』だわ」

「…………」


 ここに来てまさかのノーマルエンディング不可……。

 ヤバイ、軽く意識飛びそうだぜ……。


「ヘンリ、今一番可能性が高いのはメグの『義姉様ルート』だよな? そっから軌道修正は可能か?」

「クレイのルートしかないわ! ニコメグルートはわたし一回しかプレイした事ないからうろ覚えだけど……クレイルートならイベントの場所、時間、好感度の高さ! 全部暗記してるから!」

「「お、おお……!」」


 なんて頼もしいんだ!

 後光が見える!


「それにメグとクレイって幼馴染同士で元から好感度が上がりやすいの! クレイはどのヒロインよりもメグを大事にするし、追加ストーリーも泣けるし、それを間近で観察出来るとなるともう死んでも良いかもしれない」

「真顔で何言ってんだお前」

「でも! それなら時間はあんまりないわ! クレメグルートを目指すなら! ……………………逆にローナが一目惚れされてないけど大丈夫かなぁ……」

「「あ……」」


 そ、そういえばクレイはお嬢様に一目惚れして……ヒロインたちはお嬢様に夢中なクレイを振り向かせる為に努力する……んだったっけ。

 いや、でもそれはまずいって!

 お嬢様にクレイが一目惚れ……ないし、惚れている状況は死ぬ程ヤバイ。

 せっかく組んだ同盟に亀裂が及ぶどころの騒ぎじゃない!

 考え得るさまざまな可能性全部が最悪!

 無理無理、絶対ない!

 けど……『パーフェクト』軸だとするならばクレイの追加シナリオ、しかも難易度『鬼』なら一目惚れされている。

 クレイがお嬢様を見た時のあの反応は多分……!


「……………………でもなぁ」

「? どうした?」

「俺はクレイがお嬢様に一目惚れしたように見えたけど……でも俺がそう見えたところで本当にクレイがお嬢様を好きになっていたかどうかなんて分からないし……そもそもそう見えたのは『俺』だしなぁ……」

「「「……………………(良い感じに自分の鈍感具合を自覚している……)」」」


 そう。

 俺はケリーに言わせると『鈍器』。

 鈍感すぎて人様の心を無自覚に叩き潰すえげつないレベルの鈍感らしい。

 まあ、実際佐藤さんの気持ちにも一切! これっっっっっぽっっっっっちも! 気付いていなかった。

 そんな俺が……。

 人の恋愛感情を……はあ……感じるとか……なあ?


「そうだな!」


 ズバァ!

 とケリーが同意してくる。

 分かっているがなかなかに胸に突き刺さる!


「ヘンリ、その長殿が義姉様に一目惚れする以外にもルートがあるんだろう?」

「え、あ、うん。あるある」

「なら別にそのルートにこだわる必要はない! その、イベント? っつーのをこなせばなんとかなるんだろう? 足りないところはこっちでさり気なくフォローすれば良い! ダメだったら物理的にどうにかする!」

「「ぶ、物理的に!」」


 …………。

 それは一体どうやるつもりなんだろうか。

 物理的にどうにか出来るものなのだろうか?

 …………だが……。


(((や、やれそう……!)))


 絶対俺以外……ヘンリエッタ嬢とアンジュも今同じ事考えたと思う。


「攻略不可になっていないなら、使えるルートを使うまで。メグには長殿と恋仲になってもらえばいい。そしてもう一人肝心なのが巫女殿だ」

「あ、ああ……」


 強引だけど、それでこそケリー!

 そうか、物理的になんとかすればいいのか。

 ……物理的になんとかするっていうのもよく分からないけど、物理的になんとか出来るなら物理的になんとかしよう。


「ノーマルエンディングは無理そうなんだよな?」

「うん、『斑点熱』の流行りはどちらかのルートで起きるの。つまり、巫女たそかメグ、、あるいはその両方……」

「ならやはり両方を潰す。……一番確実なのは長殿とメグをくっ付けて、ヴィニーをリース家に戻す方法かな?」

「ほぉあ!?」


 俺をリース家に戻す!?

 おおぉい!? それは確かに物理的に一番確実な方法だなぁ!?

 俺のイベントが起こらなければ巫女殿もメグもどうしようもない!

 確実すぎる名案!

 だが! しかし!


「お、お嬢様のお側から……離れ……」

「義姉様の為に!」

「お嬢様の! …………だ、だがしかし!」

「……大体、お前もうっすら気付いているはずだ」

「っ!」


 そ、それは、まさか……!

 入学時から薄々思っていたけど出来るだけ考えないようにしてきた——っ!


「アミューリア学園にいると男の執事ってぶっちゃけ役に立たないと!」

「ふぐうっ!」


 い、言いやがったーーーーー!

 ついに!

 なんとなく!

 誰もが気付いていて口を噤んでいた事をおおぉっ!


「あと卒業後は義姉様、城に上がる事になるだろう? お前ますます要らないじゃん」

「ぐふぁっ!」


 がくっ!

 膝を付いて腹……胸だな、を押さえる。

 今ものすごくストレートに突き刺さった。

 くっ、ケリー……恐ろしい子……!

 何の躊躇もなく、一切の淀みなく、完全に俺の急所を抉り抜いてきやがった……鬼か!


「……あ、あのー、でも〜……あの、ほらケリー、でも、マーシャやメグはメイドとして、その、まだ実力不足、だよね?」

「は、はい。ヴィンセントさんのフォローなしではまだちょっと……」

「まぁな。でも義姉様自分の事は自分でほとんど出来るしな!」

「うっくうっ!」


 そうなんだよなぁ!

 お屋敷にいる時も大体そうだったんだよなぁ!

 お嬢様は自分の事はほとんど自分でなさる。

 着替えの時も俺はお手伝い出来ない。

 俺が出来る事は事前にお嬢様がお使いになる農機具の準備や収穫後の籠の片付け、乗馬の準備片付け、資料の準備、スケジュールの管理、お茶会の準備、パーティーの準備、ドレス、靴装飾品の発注、受け取り、クリーニング、手直し、それらの金銭管理、朝食、お弁当、夕食の準備、それら献立における健康管理程度!

 今はその半分ぐらいしか出来ていない……この程度の事、すぐにマーシャ達にも出来るようになるだろう……。

 金銭管理もルークなら大丈夫だろうし。


「……………………」


 あ、マジで……俺要らないかも……。

 うわ、ヤバイ……前世と合わせて四十数年間生きてきて一番ショックかもしれない……。


「……ヴィンセント」


 ケリーが俺を、愛称でなく、名前で呼ぶ。

 少し久しぶりだ。

 見上げると少し、俺の記憶の中より……大分大人びた表情。

 同じように膝を付き合わせ、しゃがんで目線を合わせる。


「俺も義姉様に、人生を変えてもらった一人だから、お前の気持ちはよく分かるけど……でも、だからこそ……そろそろお前自身の事も考えろよ」

「……?」


 あれ?

 なんだ?

 ケリーが浮かべたその笑みは、俺が知るケリーじゃないようだ。

 あれ、待て……嘘だろお前……いつの間に、どうして……?


「ヴィニー、義姉様は大丈夫な人だ。最初から。……俺も、ルークもマーシャも。この先も、血は繋がらないけど家族だと思ってる。それも大丈夫。お前が一人になる事はこの先一生ありえない。……だから、そろそろ自分自身の事を……見ろよ」

「…………」

「あ、でも魔法の訓練があるんだったな。巫女殿とヴィニーを近付けるのは好ましくないんだが、連携は取れるようにならないといけないのか。うーん、戦争に参加するメンバーを巫女殿が早めに決めてくれればいいんだが……」


 ケリーに肩を優しく叩かれ、その感触がまだ残る。

 自分自身の、事。

 お嬢様は、大丈夫。

 ああ、そうだな。

 そんな事、俺はとうの昔に知っていた。

 でも————……。


「……………………」


 そうか。

 そうだな。

 ……みんないつまでも、子どもではないんだった、な……。


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