定期会議【中編】
「そう! そういうところ!」
「あ、声に出てました?」
「出てたぞ」
ケリーに突っ込まれてしまったぜ。
いや、しかし、そうか。
ん? いや、待て、それじゃあ何か?
「は? ハミュエラがヒロインに攻略されてるって事か!?」
「貴方よ! 貴方!」
「俺!?」
俺何にもしてませんけどおおぉ!?
一切! 全く! ハミュエラのルートに関わった記憶はございませんよ!?
「あんまり様子がおかしいから! さり気なく聞いてみたのよ! そしたらどうだったと思う!? なんて言われたと思う!? 満面の笑みで『執事のオニーサマに人間にしてもらったんですよ』って萌え殺されるかと思ったわよおおぉーーー!」
「お嬢、声が大きいです。部屋の外まで聞こえちまいますよ」
「ごめんなさい!」
な、なんだとおぉ……!?
……俺にはそんな事…………!
『オニーサマには恩があるので黙ってまーす』
……って、もしかしてあのセリフはそういう意味か?
恩って言われてもな?
俺何にもしてねーぞ?
何の事だ?
やっぱヘンリエッタ嬢の勘違いなのでは?
「そしてその流れから多分アルトんもツンデレのデレ多めになってるし!」
「それは確かに……」
あー、それは実感があるかも。
面倒くさいあからさまなツンがだいぶ軟化したんだよな。
むしろ最近は少し気弱そうなところとか悩みが多いところとか病弱なところが目立つようになって、放って置けないというか、世話したくなるというか……。
あと、何よりイースト地方の食材とか良くくれるからとてもお世話になっているというか。
「ずっとハミュたんとイチャイチャしてるっていうかぁぁぁぁぁあぁ!」
「は?」
「ああ、聞き流せ。ヘンリにはそう見えるらしい」
「は、はあ」
……佐藤さんって腐女子属性のある人だったのか……?
頭抱えながら振り乱して叫ぶ姿はご令嬢としてアウトだと思うんだけど、アンジュ的に俺とケリーには見られても問題ないって事なの?
俺は少しショッキング映像見た気持ちなんたけど?
「……はぁ、はぁ……! ……つまり、ヴィンセントがあの二人を変えたのよ……! ハミュたんがそう言うって事は! あの二人を攻略したのはヴィンセントって事でしょ!? ホンット! スティーブンやライナスどころかあの二人まであんなに美味しい事にしてくれて! ありがとうございますありがとうございます! 可愛いのテロご馳走様ですウマァアアアァァイ!」
「ヘンリエッタ様、少し落ち着いて頂いて良いですか?」
「お嬢、ちょっとお茶を飲んでください」
「はい! ごめんなさい!」
酒でも入ってんのかと思う荒ぶりだ。
アンジュがあまりにも荒ぶるヘンリエッタ嬢に櫛を持ち出してきて乱れた髪を整え始めたぞ。
それでもドゥルン、と形の戻るたて巻きロール。
…………どうなってんのアレ。
「と、いう事らしいが、お前はその自覚がないんだな?」
「ないな」
「ふむ……。ヘンリが落ち着いたら改めて確認するが……もしダモンズとフェフトリーが攻略対象から外れているなら、確かに残っている攻略対象はハワードと長殿、そしてニコライという亜人だけになるのか」
「うっ、そ、それは……」
それは選択肢として少な過ぎるのでは!?
つーか、ニコライは個人的に嫌だ。
だってあいつ、血を吸うんだろ?
マーシャはエディンという虫除けが発動しているから大丈夫なのかもしれないが、じゃあ巫女殿やメグがあの牙に襲われると思うとそれはそれでなんか、なぁ?
女の子が吸血鬼に襲われると分かっていて、吸血鬼に差し出すっつーのは……なあ?
「…………し、失礼しました」
あ、戻ってきた。
まだ興奮で顔は赤らんでいるが……。
「で? ヘンリ的にダモンズとフェフトリーは攻略対象として機能しそうなのか?」
ケリー、言い方が酷いぞ!
「ないわ! ……ない、と思う。ルート破壊済み認定しても良いと思いわ」
なん、だとぉ!?
ハミュエラとアルトのルート、破壊済みぃ!?
俺にはそんな事した記憶ないのにいぃ!?
「……じゃあハワードと長殿とそのニコライという亜人だけか……」
「そうね……あとは、巫女たそなら敵国の攻略対象も残ってるけど……」
「敵国の攻略対象?」
あ、ケリーは知らないのか?
あれ? 説明した事なかったっけ?
彼らは無印時代からの攻略対象だ。
一周しかしていない俺はさっぱり覚えていないが!
「ふふふ、仕方ないわね。教えてあげる!」
「ヘンリエッタ様、今日テンション高いですね」
「一人目はマーケイル・カリス! エルフの国『星霊国』の王子様よ! 冷徹で、自国の勝利のために巫女たそを利用しようと近付くんだけどミイラ取りがミイラになるの。ニコライよりえげつなくて最低なんだけど! 落ちた後の苦悩する姿は悶絶ものよ!」
無視!
別にいいけど!
エルフって王政なんだ?
へー。
「次にガイ・マスルール! 獣人の国『獣人国』の王子様! 黒豹の獣人ね。自信家で、それに見合う実力を持っているのよ! 対等な闘いを望み、魔法を編み出した『ウェンデール』にも理解を示し巫女たそにも正々堂々戦うよう求める。彼女がそれに応えた時、種族も世界も超えた絆が生まれるの〜!」
え、獣人国も王政なんだ?
意外だな、なんかあの国は政治とかそういうのまともにしてなさそう。
「アニム! 妖精の国『カンパネルラ』の王弟よ! 満月の日は人と同じサイズになるの! 悪戯好きな妖精族にしては珍しく、内向的。兄と比べられ、嘲笑われる事が多かった為自信もない。巫女たそに自分と似たものを感じ、共感して心を通わせていくのよ〜!」
……もしかして他の種族もみんな王政なのか?
つーか、妖精って満月の日に人のサイズになれるんだ?
へえぇ〜!
「最後はヤフィ! 人魚の国『シェリンディーナ女王国』で騎士団団長を務める男の人魚! 力以外取り柄のない男の人魚は、美と魔力のこもった歌声を持つ女性人魚の奴隷なのよ。女王の魔力で足を手に入れた彼は、男の尊厳と自由を求めていたわ……そこへ巫女たそが手を差し伸べた時、彼の中に言い知れぬ渇望が生まれるの……! そこから始まる彼の粘着質とも取れる独占欲が……ふふふふふふふふ!」
『シェリンディーナ女王国』……うん、これは普通に歴史書などでも記載がある。
人魚は女性人魚の女王によって支配される国。
なるほど、敵国攻略対象か…………でも、巫女殿だけ、なんだよな?
今一番お嬢様ルートに入ってるっぽいのがメグかもしれないのなら、メグを誰かとくっ付ける方が現実的なような……?
「ふーん? でも敵国の奴らとどうやってくっ付くんだ?」
と、俺の思考に割とかなりまともなケリーの意見。
普通に考えればそうだよなぁ。
「敵国攻略対象とのルートは全部、巫女たそのステータスを平均に上げて、メイン、追加、隠れ攻略対象たちとの恋愛イベントを中途半端に終わらせておくと開戦後に起きるのよ! 選択肢によってお相手を選ぶの」
「「へーーー」」
「で、選んだお相手の種族とは最後に戦う事になるのよ!」
「「へーーー……」」
ちら、とケリーを見下ろす。
ケリーも俺を見上げていた。
目が合う。
うん、なるほど……それもありだし、むしろ敵国の攻略対象と巫女殿にくっ付いてもらった方が利が多いかもしれないな。
なんとなく腹がムカムカするのはよく分からないけど。
「つまり戦う順番がこっちで決められるのか? というか……『代理戦争』のシステムってどんな感じなんだ?」
その辺り、情報がないんだよな。
人間族は戦争に行くと『帰ってこない』から。
初代戦巫女と言われるクレース女王も戦争に関して多く語らず、五百年後の為に『記憶継承』の発現を高めるよう教育に力を入れた。
だから戦争のルートとかよく分からないんだよな。
俺もゲームで一度しかやってないから……とりあえず『レオハールありがとうううっ!』って叫んだのは覚えてる。
「総当たり戦よ」
「「げぇ……」」
「五人のうち誰かが欠けてもその人数で戦う事になるの。巫女たそには『治癒の力』があるから翌日には怪我も体力も気力も満タンになるし、戦闘のない日もあるけど……調整の日、みたいなのも含めて二ヶ月は『聖戦域』と呼ばれる場所に寝泊まりする事になるのよ」
オリンピックみたいなもの?
総当たり戦ってのも……。
なるほど、確かに人間族には不利だな。
体力も、歴戦の騎士や戦士でも二ヶ月間自分たちより強い生き物と戦わせられるとなると。
「ん? 『治癒の力』ってなんだ?」
「え? 巫女たそが最初から持ってる力よ? 怪我も病も治しちゃうの! 『斑点熱』も薬不足で大変な事になるんだけど王都のやつは巫女たそが治めちゃって、その時にユリフィエ様も助かるんだけど……熱で正気を取り戻しちゃうのよね、逆に」
「っ!」
「へ、ヘンリ!」
「あ!」
すごい「しまった!」って顔された。
……でも、いや、そうか……。
「…………王家関係……」
「え、えーと……あの〜……」
「ヴィニー……」
三人が焦った顔になる。
どこから、どの程度……けど、もし、今の話の流れで、もしも……。
——もしも俺をあの人が『認識』したのだとしたら……。
「…………そうですか」
「ヴィニー、あの……」
「ケリー、ヘンリエッタ様、正直に答えて欲しいんだが、俺のルートに『血石』や『クレースの名』とか『禁忌の力』とか……そういうのは関わるのか?」
「……」
ケリーがヘンリエッタ嬢を窺い見る。
どう説明していいか分からないのか、ケリー自身の知識と照らし合わせても話せないのか。
でもヘンリエッタ嬢の方は首を傾げている。
という事は、俺が一番警戒していた『禁忌の力』関係ではない、という事らしい。
…………なんだ、そうか。
それなら……。
「え、えーと……それはわたしも分かんない単語ばっかりなんだけど……」
「え、そうなんですか!?」
逆にヘンリエッタ嬢が知らない!?
そっちに驚きなんだけど!?
「……そうか、ヴィニーが心配していたのは『禁忌の力』の方か」
「それ関連は俺にとっても未知数な領域。王家の秘密は俺もまだ知らない事の方が多いからな」
「そうだな……確かに……」
ふむ、ケリーは『禁忌の力』に関して旦那様辺りに聞いたのかな?
「…………俺が聞いたお前のストーリーは……」
「え! ケリー!」
「ヴィニーが案じていた内容は俺たちが隠していたそれじゃない。多分話して大丈夫だ」
「…………」
ちょっと思いもよらない感じになったが……ケリーが俺を見上げる。
俺も、ケリーへと頷いてみせた。
『オズワルドルート』の……『トゥルーエンド』!
「正気を取り戻したユリフィエ妃の凶行に引きずられて、お前が……その、巫女殿や義姉様含め、手当り次第に傷付けたり、殺したりして姿を消す、というものだ」
「……そうか」
「その……王家の……というか、バルニール陛下が、生まれて間もないお前の事を、ユリフィエ様から引き離した、理由とかは……」
「ん? 理由? 出産直後に仮死状態になったからじゃ……」
……!
ケリーがそれを聞く、という事は……。
「違うのか」
「…………」
思い切り目を逸らされたな。
そうか、違うのか。
溜息を吐く。
「そうか。まあいい。あの人が今更何をしたと聞いても驚かねーよ」
「…………レオハール殿下と同じように、『記憶継承』の発現を促す投薬を行われて心肺停止になり、そのまま死んだものとされたらしい」
「……なるほどー?」
あの陛下ならやりかねねーわ。
そうか。
それで俺は仮死状態になり、墓に埋葬されたのか。
で、後々息を吹き返したと。
……俺にそんな投薬をした理由も分かりやすいな。
戦争の為だろう。
この国を守る為。
人間族を、守る為。
はぁ、どこまでもブレないな。
「でもユリフィエ様は、その事を受け入れられなかったんだな」
「……うん、そうよ」
それで、心を病まれた。
なのに『斑点熱』による高熱で、
……そうだな、あの
何もかもが……。
「…………俺は大丈夫だよ」
「……そうか」
陛下の事がまた一つちょっぴり嫌いになっただけで。
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