夜会【前編】



『戦争の事もあるから、とりあえずお前のルートのイベントがあればスルーするようにしろよ! イベントについては……』

『えっと、近いものだと『流行病の治療院』と『王誕祭』ね。『例の人のルート』だと『斑点熱』で城下町の治療を依頼された巫女たそのお手伝いをするイベントよ。『王誕祭』は血筋云々がバレた事で『王誕祭』に執事としてではなく客として招かれるの。でも、国王バルニールは貴方の事を無視する。その事を気にした巫女たそに慰められるのよ』

『じゃあ『治療院』イベントはスルー。『王誕祭』も普通に欠席……は、無理か。なんだかんだ陛下にはとうにバレているからな。今年もアミューリアの一生徒として招かれるだろう』


 ……という事なので普通に『慰められない』事になった。

 そしてもう一つ出来る対策としては巫女殿には、他の攻略対象にエスコートしてもらうように頼む。

 うーん……なんだかな〜……。


「………………」


 みんなが大人になる。

 それは、分かっていた事。

 でもなんだろう。

 俺は前世含めて一番大人のはずなのに、その事がすっぽり抜け落ちていたかのようだ。

 いつまでもお嬢様は子どもではないし、お嫁に行けば俺はお側にいられない。

 まあ、それがまさか城とは思わなかったが……。


「はぁ……」





 *********



 などと悩んでる間に『巫女様にお茶会マナーを学んでもらう会』が開催され、そしたまたあっという間に『巫女様に舞踏会のマナーを学んでもらう夜会』の日が来た。

 お茶会?

 ああ、お茶会は良い感じに多分女子会だった。

 あれが女子会というものなのだろう。

 ……いや、まあ、うん、男という理由で厨房で延々とお菓子作ってたのでどんな感じだったのかは分からんっていうのがぶっちゃけだけど。

 女子トークとか、まあ、確かに聞いても分からないだろうし。

 俺が作ったお菓子をお嬢様が美味しく食べてくれたなら本望というか……。


「ヴィンセントさん!」

「これはこれはラスティ様、いらっしゃいませ」


 おっといかんいかん、気分を切り替えないとな。

 今日は『巫女様に舞踏会のマナーを学んでもらう夜会』ではあるものの、参加メンバーが王家、公爵家、侯爵家の面々。

 その上主催はうちのお嬢様。

 場所はリース家の別邸。

 そこへ最初にいらしたのはラスティ・ハワード。

 満面の笑みで駆け寄ってくる。

 お犬かな?

 ふわふわしてて可愛らしい。

 いや、しかし……ラスティがいるという事はだ。


「…………」

「…………」


 はーい、やっぱりいたー、エリック・ベタニー。

 相変わらず忌々しそうに睨み付けてきやがるなー。

 俺はにっこり笑顔で返してやる。

 今日はラスティがご機嫌そうなので許そう。


「あの、あの、もし本日お時間があれば先日お話しした新しい『スズルギの書』を……その……」

「え! 持ってきてくださったんですか!?」

「は、はい。た、頼まれてもいないのに余計な事をと思われるかもしれないと思ったんですが、でももしかしたらと思って……」

「ありがとうございます! 是非!」

「!」


『スズルギの書』!

 俺の『鈴緒丸』と確実に無関係ではないからな、貴重な情報源だ。

 それに前回読ませてもらった書物に『クレース』が戦巫女だった時の『従者』ぽい事書いてあったし。

 戦い方に関しても、もしかしたら『技』とか他にもあるのかもしれないっつーか『地の組』があるなら他にも『組』がありそうだし……。

 うん、やっぱ『スズルギの書』は積極的に読んでいきたい。

 しかし、今日時間取れるかな?

 さすがに時間がないから貸してくださいって言っても無理だろうしな?


「よ、良かったです……!」


 …………ンッ……。

 あまりにも嬉しそうに笑うラスティが普通に可愛い。

 何この子ホント良い子なんだけどしんどい。

 うちのルークも天使だけどラスティもなかなかに天使だな〜。

 何かあって心が荒んだ時にラスティとルークとレオを並べて愛でたい。

 お菓子と紅茶と軽食をもくもく食べて、話をしてる光景だけでいいから!

 お嬢様にご奉仕させてもらえれば一発なのだが……。


「話といえば」

「え? は、話? なんの……」

「お聞きになっておられますか? 本日レオハール様がラスティ様を招待してほしいとうちのお嬢様に頼んでいた『理由』に関して」

「え!? ……す、すみません、う、窺っておりません……。と、いうよりも、え? 殿下がボクを……? どどどどういう事でしょうか? ボ、ボク何か殿下の気に障るような事……」


 ふーん、聞いてない……ね?

 ちらりとエリックを見ると、奴も豆鉄砲食らったような顔してる。

 ……はんっ、つまりあれか!


「!」

「……左様でございましたか」


 にや〜〜と、顔が笑ってしまう。

 俺も大概自分の力不足で後々悔しい思いとかするんだけど……ふーん?

 …………エリックは自分の主人が王太子に『招待を希望されている』事すら知らなかった。

 これは、執事として結構間抜けだ。

 いくら俺が質の低い紙で招待状を作っていたからとて、主催は『王太子の婚約者』だぞ。

 ならば使用人として、執事としてその『真意』は汲みとらねばならない。

 こいつはそれが

 出来ていれば今の質問でラスティは狼狽える事はないからな。

 例えこいつの好きな『主人虐め』の一環で教えなかったのだとしたらさっきの顔はしないだろうし、教えないなら教えないで問題だ。

 何しろ今回の相手はうちのお嬢様と王太子なんだからな!


「っ!」

「…………では、先に少しご説明を。パーティーが始まるまで別室でお待ちください。ラスティ様が早めに来てくださって助かりました」

「は、はい! ありがとうございます、お願いします!」


 つまり分からなかったんだ、こいつは!

 俺が送った招待状の紙質にでも惑わされたのか?

 確かに今回も紙質はあえて下げた。

 身内のみで巫女殿にパーティーマナーを学んで頂く機会として開く、簡易なパーティーだからな。

 だが重要視すべきは招待主。

 深読みしなかったのならそれがお前の現時点での限界って事だよ、エリック・ベタニー!

 どうやら俺の含み笑いでお前もその辺りようやく理解したみたいだけど、遅い遅い。

 はははは〜、なんかめっちゃ勝った気分〜。

 …………まぁ、若干ラスティ、お前もか……という気もしないでもないけど……。

 主人のサポートが出来なかった時点でエリック、貴様の負けだ!

 ……何に、というツッコミは受け付けないぜ!


「こちらです」

「はい」


 まあいい。

 エリックのあんのくっやしそーーーっな顔で十分だ。

 お茶を出して、座ったラスティに『斑点熱』の事を話す。

 サウス地方は……『斑点熱』と因縁深い。

 何しろ『斑点熱』はサウス地方に落ちてきた隣国『獣人国』の住民によってもたらされるらしいからな。

 話せばすぐに理解したラスティの表情。

 緊張と、申し訳なさそうなのと……そしてとても悔しそうな表情と変化が早い。


「そうですか……さすがレオハール殿下……。そうですね、確かに……『斑点熱』については母からの手紙にもありました。でもそんなに流行り始まっていたなんて……」

「以前うちのお嬢様と少し、『斑点熱』に似た病のお話をされていませんでしたか?」

「え? ああ、はい、しましたね。……獣人国に人間族が支配されていた時代の文献の中に、特徴が酷似したものがあるんです。獣人国でそれはいわゆる『風邪』のようなもので、隷属されていた人間の多くがそれに罹り亡くなった、とありました」

「っ……」


 獣人からすれば単なる『風邪』か。

 まあ、そういう事もあるのかもしれないな。

 種族差とはおそらくそういう事も含めて、だろうし。

 つまり、やはり『斑点熱』は獣人の病。

 でも、獣人国から来た『斑点熱』の発生源は亡くなっているとかなんとか……。


「分かりました、そのお話は是非殿下とお嬢様にもお願い致します」

「はい……。すみません、分かっていたらもう少し調べてきたのですが……」

「いえ、それはラスティ様のお気になさるところではございませんよ。ねえ?」

「っ!」


 にっこりと、扉の横に立つエリックに微笑みかける。

 どうやらラスティは良く分かってないらしいが、こいつはきちんと自覚があるらしい。

 ふっふーん、これで無闇矢鱈にラスティの『考古学』をバカには出来まい。

 ラスティの知識は王太子の! レオが! 必要としているのだからな!


「……!」


 あれ、いや待て。

 獣人……の、風邪……ん?

 んんん?


「ヴィンセントさん……?」

「……獣人……が、罹る、風邪…………じゃあ、亜人は……?」

「え? …………あ!」


 ラスティも俺と同じ事を思ったらしい。

 ソファーから立ち上がり、大声を出した。

 そうだ、亜人はどうなのだろう?

 もしかして……もしかするかもしれない!



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