三年生最初の昼休み



 さて、いつもの薔薇園は今日も今日とて喧しい。

 何しろ新たに巫女殿とラスティが加わったのだ。

 ハミュエラのせいで安定的に喧しいのだが、一角とても静かなところがある。

 ラスティのところだ。

 ラスティの背後には背後霊かと突っ込みたくなるほど近くにエリックの野郎がいやがる。

 シェイラさんやアンジュのどぎつい躾もなんのその。

 あのように本日も忌々しい感じでラスティへ圧をかけ続けている。

 あいつがいるせいで和気藹々とした空気が悪いったらない。


「なるほど、シェイラに聞いていたがあれは酷いな。ベックフォード、貴様から何か言ってやれば良いんじゃないか?」

「うむ、言ったんだが……」

「ライナス兄様は口で丸め込まれるからダメだ」


 さすがにエディンも不快に思うらしく、ライナス様へ適当な視線を投げつつそう言うのだが……それに対する返答はアルトから返ってきた。

 あー、うん、ライナス様は……そうだろうなぁ。


「ではフェフトリー様が注意なさればよろしいのでは?」

「オ、オレは…………オレはフェフトリー家の者だから……その……」

「うむ、リースよ、ダメなのだアルトは。地方領主家の者は他地方領主家の執事家系や使用人に話し掛ける事は禁じられている。特にフェフトリー家はその戒律が厳しくてな」

「はあ……? ああ、もしかして地方領主戒律の法ですか?」

「そうだ。俺が使用人を連れてこなかった理由の一つでもある」


 ああ、例の『ブシ』の戦闘技術独占に関してで、か。

 フェフトリー家の執事家系には確実に入っているんだろうしな、その技術。

 なるほど……仲良くなったら技術が流れるかもしれないから、そもそも話しかけんなってか。

 え、エグいな……。


「でもその戒律って実際あんまり守られてませんよねー? 具体的な罰則もよく分かりませんしー」


 と、話に混ざってきたのはハミュエラだな。

 まあ、確かに……。

 今し方ライナス様がエリックに丸め込まれたと言っていたしな?

 その理屈で言うとハミュエラもエリックには話しかけられない?

 一番あの空気破壊に向いていそうなのにな。


「…………」

「ウエスト地方とノース……俺とお前はな……」

「んー? アルトとラスティは超ダメって事ですかー?」

「まあ、そうだな」


 ……あ、ああ……そういえば武力衝突スレスレになったのはイースト地方とサウス地方か。

 戒律とは言うものの、あってないようなものではあるが、イースト地方とサウス地方はかなりその辺が敏感、という捉え方でいいのかな?


「じゃあ俺っちなら良いですかー?」

「お前もあまり……良くはないな……。あのエリックという執事はどうも……ハワード家の本家に連絡をしそうだし」


 要するに告げ口。

 ライナス様でさえそんな心配をするとはな。

 地方領主問題、意外と根深って事か。

 まあ、武力衝突云々まであるんだから当然か。

 それはそれとしてこんな殺伐とした話題よりも、お嬢様や巫女殿たちのいる女子テーブルの方に行きたい……。

 でも向こうにはアンジュがいるしなー……。

 アンジュがいると俺、どうやったって劣るしなー……ううう。


「よし、じゃあここは僕が!」

「「ステイ」」

「なんで!?」


 行きたかったんだがこのようにレオが余計な事を言い出す恐れがあったのでやはりこちらのテーブル待機で正解!

 エディンと共にレオを座らせ、説教だ!


「あのな、お前が出て行ったらややこしい事になるんだよ!」

「そもそもなんて言って説得するおつもりなのでしょう?」

「怖い怖い怖い……! ヴィニー怖いよ! ……な、なんてって、ラスティをあんまり脅すような真似はしないであげてねって言えば良いんじゃないのかい?」

「それでやめたら誰も苦労しませんよ」

「え、ええ……ダメなの?」


 なんて平和なんだレオ。

 お前のそういうところ良いところだと思うけど、それだと間違いなくライナス様と同じ末路だよ。

 言いくるめられて終わり!

 というわけでやはりここは……。


「ケリー」

「ンー……仕方がないな。シェイラ、奴の詳細を」

「はい。エリック・ベタニー、年齢は十九歳、ハワード家執事家系ベクター家の次男。虫を虐めたり、殺したりして休憩時間を潰すだいぶ陰湿な性格で……」

「いや待て! なんでうちの執事を平然と使いこなす!?」


 ……ハッ!

 俺も流れるように聞いてしまったけどなんでケリーが指パッチンでシェイラさんを呼び付けて、しかも情報を出させるんだ!?

 エディンが顔を青くするわけだよ!

 自然すぎて一瞬分かんなかったよ!


「申し訳ありません、坊っちゃま……ケリー様がアンジュとのデートをセッテングしてくださるとの事ですので時折このようにお力添えを……」

「いやあ、さすが公爵家の執事家系。大変に優秀ですね」

「き、貴様……!」


 お、恐ろしい子……!


「だが、休憩時間にやってる事がえぐいな。その様子だと使用人宿舎で友人も作らず部屋でもうもうとしている、という感じか?」

「大体そうでございましたね。メイドたちには距離を置かれておりますし、同じ執事家系の者からも敬遠され……私が話しかけてもほとんど皮肉と嫌味で返してくる。うちの坊っちゃまより捻くれたヴィンセントさんの仰る通りのクズかと」

「おいコラ」


 シェイラさんがこんなに辛口なところ初めて見たかも。

 まあ、概ね同意だけど。


「そういえばうちのジャイルズも珍しく躾が行き届いていないって言ってましたねー。ハワード家のおじさまおばさまはなんであの人をラスティ付きにさせたんでしょうかー」

「それに次男なんだな? 長男はどうしたんだ?」

「斑点熱でお亡くなりになっているようです。斑点熱はサウス地方から広がりましたからね……犠牲者は特に多ございました」

「!」


 ケリーが改めてシェイラさんに問うと、少し、思いもよらない答えが返ってきた。

 どこで調べてくるんだか……と、思うの半分……。


「斑点熱……」


 またあの病か。

 レオも同じようにその病名を呟く。

 お嬢様とのデートの時にも言ってたな。

 あの病がまた、流行の兆しを見せている……と。

 一気に眼差しが険しくなり、考え込むレオ。


「………………」


 本来ならラスティ付きになる予定ではなかった、という事なのか。

 まあ、だからって主人が決まったならそれに尽くすのが執事家系に生まれた者の責務のような気もするんだけどな。

 ああ、またラスティの表情が曇ってしまった。

 音楽の鑑賞会の時はあんなに晴れやかだったのに……。

 巫女殿、も、ラスティの事は少し気にしているな。

 ラスティルートに誘導するか?

 でも、確かラスティルートは夏季休み……つまり夏頃だ。

 それまでずっとラスティはあのままだと?

 それは、ダメだろ。

 俺が許せない……!

 恐らくまた目の前で奴が自分が『気持ちいい』からラスティに手を出すようなら俺は黙っていられない。

 まあ、もしこの場でそんな事しようもんならライナス様は辺りはブン殴ってでもエリックをラスティから引き離すだろう。

 あ、いっそそっちの方が良い気がしてきたな?


「ふむ。分かった、じゃあハワードの件は俺がなんとかしておきますよ」

「え、い、いいのか? リース」

「ええ、お任せくださいベックフォード様」


 にこり。

 ……と、いうその笑顔よ……。

 俺はきっと今、胡散臭いものを見る目のエディンやアルトと同じ顔になっている事だろうよ。

『公爵家に恩を売れるまたとない機会ですからね』……なんて副音声が聞こえましたけどォ!?

 気のせい!?

 これは気のせいであって!?


「で、レオハール殿下はそれとは別な心配事ですか?」

「ん……あ、ああ、うん……でもまだちょっとね……。あ、いや、リース家には多分もう連絡がいっていると思うよ」

「? 分かりました、確認してみます」

「んー? なんでケリーのお家ですかー? レオハールサマー?」

「まあ、近いうち分かるかな……あ、そういえばラスティは斑点熱に関しての知識がありそうだったよね? 発症は大体サウス地方が多いし……今度話を聞きたいな」

「…………」


 と、レオが言えばさすがに貴族はその言葉の意味を察する。

 特にアルトは目を見開いた。


「……やれやれ、戦争まであと一年を切ったというのに、今年は最初から疫病か……」

「そうだね。……あまり勘繰りたくはないけれど、隣国は獣人国だ。まあ、獣人は強さで物事を決めるというし、さすがにこんな手の込んだ事はしてこない……と、思いたいけど」

「なるほど。まあ、確かに穿った見方ではあるな。……しかし、また斑点熱か。それでリース家、ね」

「うん? 先程からなんの話だ?」

「「……………………」」

「おおぅ、さすがライナスにいに。さすがの俺っちも今の分かりましたよ」

「へ?」


 エディンとレオの「さすがライナス」「さすがベックフォード」的な顔よりも、アルトの「マジかコイツ」という先程とは微妙に違う目の見開き方がとても印象に残る昼休みだった。

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