三年生になりました



 はあ。

 ついに。

 ついにこの時が来てしまったか。



「おはようございます、お義兄さん!」

「おはよう、ルーク。いやぁ、早いものだなぁ、お前とケリーも二年生か〜」

「そうですね、無事に二年生になれて良かったです! ……あの、お義兄さんは……」

「ああ、一応巫女様の分もと思ってな」

「ああ、やっぱり! ぼくもハミュエラ様とアルト様とラスティ様の分をお作りしました!」

「……ルーク、それは多分断って良かったと思うぞ?」


 ルークが持ってきたのは弁当だ。

 今名前が挙がった通り、ルークが作ってくる必要のない面々ばかり。

 いや、一人そうでもない奴がいるな?


「そういえばエリックの事は見たか?」

「見ました! ラスティ様にずーっと文句を言ってました! ひどいです、あの人……ラスティ様がお可哀想です」


 二ヶ月間、使用人宿舎でシェイラさんやアンジュに使用人、執事のなんたるかを叩き込んでもらったのだが奴は結局変わらなかった。

 むしろ、二ヶ月会えなかったラスティを目にした瞬間、それはもう満面の笑顔!

 反対にラスティは萎縮してしまって、肩を落として目を背けて俯いて……。

 あれが主従の再会の時の様子だと思うとこう、イライラする。


「やはりあの主従はなんとかしないといけないよな」

「はい、お義兄さんが言ってた理由がとても良く分かりました! なのでぼく、ケリー様に相談しました!」

「え、仕事早……!? っていうか、ケリーがアレなんとか出来るもんなのか?」


 俺はローエンスさんに手紙で相談して返事待ち。

 よその主従の事だし、ケリーやスティーブン様にはちょっとな、と思ってたのにルーク……!


「ちょうど良いから隠密のお勉強も始める事にしました!」

「…………。ん?」


 隠密の勉強って、何?

 俺それ知らないんだけど?


「あ、義父さんがお義兄さんは、その、アレなので……血筋的な……だから、ぼくが教わる事になってます」

「へ……? いや、でも……」

「それに、今年と来年は……あの、魔法の訓練も入るので忙しくなると思うしって……」

「……ん、うーん……まあ、それはうん……」


 それを言うとルークの魔法適正は追加攻略対象の中ではトップクラス。

 レオと俺に次ぐ『特高』。

 まあ、それを言うとクレイも『特高』だったようだけど。

 クレイの魔法適正は『特高』で属性は『闇』。

 なので……魔法研究所では俺の『劣化版』として認識されているらしい。

 まあ、そういうやつらはケリーがしばいといたらしいけど。

 正直戦ったら勝てるか分からないしな。

 魔法研究所のやつらのように、一口に俺の『劣化版』とはとても言えないだろう。

 何にしても、ミケーレの話だと「属性は揃っていた方が好ましいと思います」とされ、巫女殿にはいわゆるメイン攻略対象たちがゴリ押しされている。

 そう、『光』と『炎』の魔法属性を持つレオ。

『風』の魔法属性を持つエディン。

『土』の魔法属性を持つケリー。

『闇』と『水』の属性を持つ俺である。

 さすがメイン攻略対象……悔しいぐらいバランスが良いんだよなぁ!


「お義兄さんも魔法は使えるようになったんですか?」

「うーん、一応な。でも、俺の場合本来使えるはずの治癒系が全然使えないという異様な感じで困惑してる」

「え……」


 まあ、使えるようになったのか、と聞かれると本当のところよく分からないんだが。

 とりあえず水は出せるようになった。

 魔法というと、呪文を唱えて魔法陣が出て、とかいうイメージだったけど、巫女殿とレオの通訳によると『イメージで何とかなるのだわ!』だ、そうで実際は大変にこっちの想像力頼みとなっている。

 これが……スゲェ難しい!

 そして水属性といえば治癒系のイメージだろ?

 ふっ…………全然使えねーんだよこれが。


「……確かに魔法に関してはもっと試行錯誤が必要だろうな。思っていた以上に難しかった。せめて二つか三つは技のようなものを考えないと……」

「た、大変そうです……」


 果たして一年でどれほどの準備が出来るのか……。

 ゲーム内の攻略対象たちすっごい頑張ったんだろうな〜!


「…………生き延びる為だから仕方がないか」

「え?」

「いや、何でもない。せっかく城での勉強も今年一年は休みになった事だし……そうだな、戦争準備に専念させてもらおう」

「はい!」


 お嬢様の破滅エンドを回避してお救いする。

 戦争準備もさる事ながら、ヴィンセント・セレナードとしての現時点での半生を注ぎ込んできたこの目的も佳境だ。

 レオのルート。

 エディンのルート。

 ケリーのルート。

 思いの外危険度の高かったクレイのルート。

 まあ、多少関わりのないスティーブン様やライナス様のルートも破壊完了、と思われる。

 あとは俺、らしいが……俺の場合は強力な協力者、ケリーとヘンリエッタ様、アンジュが妨害してくれる事になっているから……うん、このままいけば——。


「おはようございまーす! ヴィンセントのオニーサマー! ルークたーん!」

「うわ、びっくりした……」

「おはようございます、ハミュエラ様」


 ルークたん?

 どこかで聞いたような……。

 なんだそのオタクっぽい呼び方。


「無事に進級みんなおめでとうございます! 俺っちもなんとか二年生になれましたよ! 褒めても良いですよ!」

「エライエライ」

「はい、ハミュエラ様偉いです!」

「それはそれとしてオニーサマ、ちょっとヤバいですよ」

「ん? 俺?」

「はい。……オニーサマが『前々妃ユリフィエ様と陛下の第一子、オズワルド殿下ではないか』という噂が最近お茶会で流れまくってるんですよー」

「「………………………………」」



 …………ん?

 んん?

 ……ン、ンンンンンン〜〜〜〜?



「はぁ!? なんで!?」

「誰かが吹聴しているようです」

「だ、誰がそんな事を……!」

「ん〜、色んな方向から調べましたがなかなかたどり着きませんね〜。ケリーは最近お茶会に顔を出さないのでまだ知らないかもしれません。今日会ったら言うつもりですー」

「……っ……」


 いや、まさか……なんで?

 ゲーム補正?

 ば、馬鹿な……! そんな、今頃……!?

 いや、でも……今更補正が効き始めたところで……!

 そもそも、ゲーム補正だとしてもなんで『俺』なんだ!?

『オズワルドルート』は最強難易度の隠れキャラって佐藤さんも言ってたのに……!


「……でもオニーサマ、その反応は悪いです。自白してるようなものですよ?」

「えっ」

「オニーサマには恩があるので黙ってまーす。理由があると思うので。他の皆さんにも内緒ですね、知ってまーす! まあ、そんなわけで俺っちももう少し調べであげるので今みたいに気は抜かないでくださいねー! あ、マカロニグラタンチーズ増し増しで良いですよ! ヒャッホーイ!」

「………………」


 マ、マカロニグラタンチーズ増し増し……って。

 言いたいだけ言って行ってしまったな……?


「お、お義兄さん……」

「はっ! あまりの勢いに見送ってしまったが、あいつなんかやっベー事言ってたな!?」

「は、はい! ……オズワルド様って……」

「っ……!」


 ど、どういう事だぁぁああぁぁ〜〜〜〜!?






 *********



「ああ、その噂な」

「エディンも知っていたんですか?」


 三年生になったがクラスは変わらず。

 まあ、クラス替えもないから変わりようもないのだが。

 席順も変わらない辺りこの面子の優秀さがお分かり頂けるだろう。

 ……だが本日はその話ではなく。

 スティーブン様がエディンを見上げる。

 俺とレオも、その視線を追った。

 うーん、窓際の前の方……レオの席に固まっているとはいえ、本来ならこんな話は教室でするものではない。

 しかし、我々はあえて教室でこの話をする!

 なぜなら!


「ああ、俺もあまりに荒唐無稽すぎる上、今だに流産された事で体調の芳しくない伯母上を更に追い詰めるようなつまらん噂にはらわたが煮えくり返っている。故に出所にはそれなりの覚悟をしてもらわねばなぁ?」


 シーーーン……。


 と、このようにエディンが邪悪な笑みを浮かべて大きめな声で宣伝してくれれば、クラスメイトたちから「この噂はヤバイんだな」という事が他の貴族にも伝わり、根も葉もない噂として沈静化するからである。

『元正妃』というのだけでもディリエアス家にとっては汚点。

『オズワルド』はそんなユリフィエ妃が『流産』してしまった子どもなのだ。

 まして王太子はレオで定まっており、いくら本物のマリアンヌが現れたからといっても、その本来生まれていない『オズワルド』まで実は生きていて、それが俺である、なーんてさすがに出来すぎているだろう。

 まあ、その通りではあるんだけどさー……。

 なのでここは、ユリフィエ元妃の身内であるエディンに堂々と否定してもらうのが一番効果的だろう。

 血筋的にも、やはり『オズワルド』は亡き者のままの方が良い。


「そうですね、私の方でも出所は調べておきます」


 にこり。

 スティーブン様が付け加えると、教室内の気温が下がった気がする。

 ……この二人は誰がどう見ても『レオハール派』固定なので、あえて敵にしてまで『マリアンヌ』や『オズワルド』に付こうというやつは……少なくともこの教室にはおるまい。


「……しかし、そのオズワルド殿下がピンポイントでお前とはな?」

「そうですね、どうしてそうなったんでしょう? 確かに俺は親の顔も知りませんけど、スラム出身ですよ? ありえませんよねー」

「でも、本当にそうなら僕にはお兄様もいた、という事だねー。僕、ずーっと『兄』だったから『弟』もやってみたいな〜」

「…………」


 っく……、この……っ!

 レオめ……今でもそれなりに弟扱いしてやっている気がするのに更に『弟扱いして!』と目で訴えてくるとは!

 十分『弟』だよお前!


「ですが、少し気を付けていた方が良いかもしれませんね。一年生にはマーシャも入学してきましたし……二年生には巫女様も……。まあ、二年生はケリー様がいらっしゃるので、あまり不安はないのですが」

「うん」

「そうだな」

「? 何を気を付ければ良いんだ?」

「うーん、ライナス様にはあとでご説明しますね」

「おう!」


 よ、よろしくお願いします、スティーブン様……。


「まあ、何にしても……今年も賑やかそうだね!」

「「……………………」」


 そうにこやかに締めくくるレオに、ジト目を向ける俺とエディン。

『賑やか』……ねぇ?



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