ラスティ・ハワードの事情【中編】



 翌日。

 授業を終えてから、俺は昨日予約して来た装飾品店にやってきた。


「まいどー」

「どうも」


 うん、上出来。

 桜の花の形をしたヘアピン。

 一枚だけ、巫女殿の持ってた鱗が使われ、ノース地方で採れる『紅雪石(べにせつせき)』という薄いピンクの石が他四枚の花弁としてあしらわれている。

 うん、可愛い。

 巫女殿のボルドーの茶色い髪に良く映える事だろう。


「さてと……」


 西区、プリンシパル区側の一画。

 でかい庭付きの屋敷の一つがハワード家の王都別宅。

 尋ねればすぐに綺麗なメイドさんが、満面の笑顔で応接間へと案内してくれる。

 すごい営業スマイルだな。

 日本の接客業ばりだ。


「こちらでお待ちください。あの、ところで……」

「ヴィンセントさん、いらっしゃい!」


 なにやら距離が近いメイドさんだなー、と思ったら、ラスティが廊下から本を何冊か持って駆け寄って来た。

 胸に手を当てて、頭を下げる。


「こんにちは、ラスティ様。本日はお忙しい中、お時間を割いてくださりありがとうございます」

「とんでもないです! ボクの方こそ! さあ、こちらへ。色々用意してみたんですけど……」

「色々?」


 なんだろう、と思ったら……応接室のテーブルに本が山積み。

 お、おおう、これは想像以上の用意の良さというか……。

 まさかこれ全部『スズルギの書』や関連書籍?

 嘘だろ!?


「では改めまして」

「はい、まずはこちらをご覧頂きたいんですが……」


 席に座ると早速、お茶が用意される。

 しかし、本がテーブルの半分を埋め尽くしているもんだから、メイドさんも置きにくそうに差し出す。

 それを申し訳なく思いつつ、さっき満面の笑顔だった彼女が急に無表情になったのが気になった。

 まあ、おおよその理由は……察したけどな。

 あれだろう、多分。

 入り口の脇に立つ燕尾服の男……エリック・ベタニー。

 本日も人を殺しそうな目でこちらを睨んでいる。

 あれに悪意的なものが混じってなければ、ただの目付きが悪い顔で人となりを判断される可哀想な人だったんだが……このあからさまな敵意を孕んだ視線を思うと、どうやら見た目通りっぽいんだよな。

 そしてそんな奴がずーっと睨み付けてればメイドさんも不機嫌になるだろう。

 ラスティは、俺が差し出した『鈴緒丸』に意識が完全に持ってかれてるから、気にならないようだけど。


「すごい……細い剣ですね。けれどレイピアよりも重いし、それよりは太いですが。抜いても大丈夫ですか?」

「ええ。片刃なので、ご注意ください」


 結構がっつり切れるので。

 と、忠告するが……。


「んっ……んんっ……! くっ、うっ……!」

「?」

「ぬ、抜けな……っう!」

「え?」


 ラスティは確かに鞘と柄を持っている。

 抜けないはずはない。

 しかし、顔を赤くして必死に引き抜こうとしている。

 は?

 なんで――あ……!


「お、俺が抜きます?」

「はあ、はあ……は、はい?」

「すみません」


 一度ラスティから『鈴緒丸』を返してもらう。

 そして、先程ラスティが持っていたのと同じ場所に手を添えて、軽く握って……引く。


「えっ!? ど、どうして!?」


 やはりだ。

 俺には軽々抜く事が出来た。


「………………」


 これ、改めて考えると……やっぱり変だよな?

 この世界の人間には抜けない、的な感じなのか。

 それとも、この刀が『ヴィンセント・セレナードの武器』だからなのか。

 はたまた別な理由があるのか。

 白銀の刃が顔を覗かせ、切っ先まで鞘から抜け出るとラスティから「綺麗……」と声が漏れる。

 まあ、ですよね。

 日本刀は美術品としても価値が認められている。

 確か、ラスティは考古学と古美術品、骨董品好きのキャラのはず。

 こういうのは大好きなはずだ。


「な、なんて美しい……こんな美しいものは初めて見ました……」

「しかし、不思議な事にこの剣は俺にしか引き抜けません」

「! ……そういえばそうです。ボクがどんなに抜こうとしても、抜けませんでした。一体どうして……コツなどあるのですか?」

「いえ……。元々これを持っていた店の店主は、この剣は『呪われていて誰にも抜けない』と言っていたんです。俺が目を留めた時も笑いながら『抜けたらタダでくれてやる』なんて言ってきましてね」

「呪い、ですか。なるほど、それをヴィンセントさんは抜いてしまったんですね」

「ええ、ですからそのまま譲って頂きました」


 いやあ、あの時の店主の顔ときたら! ははは!

 ……まあ、それはさておき。


「店主の話では、これは古に異界より現れた剣士の持ち物で、剣士が自分以外に抜けぬように呪いを掛けた、との触れ込みでした。異界の剣士……『スズルギの書』を書いた者は異界から現れた剣士との話を聞いたので、まさかと思いまして」

「そうですね、確かに一致します。東南地方は『スズルギ』と呼ばれる剣士の伝説が数多く残っていますが、中でも東……イースト地方はその大半を占めます。未だイースト地方の最東端では、剣士の遺した流派が残存し、フェフトリー家に代々仕える私兵隊にもなっていると聞きます」

「へえ……」


 そうなのか。

 フェフトリー家……アルトんちだな。


「という事は、フェフトリー家の執事家系という感じなんですか?」

「確実にその技術は流れていますね。ご存じかもしれませんが、我がハワード家は隣国……獣人国とヨハミエレ山脈を挟んではいますが隣接しています。故に、私兵隊はハワード家にもあるのですが……」

「はい」


 多分その私兵隊が去年、メロティスたち『乗っ取り』を画策していた亜人たちを取り込んだか、取り込まれたかされていたはず。

 リーダーのメロティスは部下を見捨てて消えたようだから、彼らは路頭に迷い、サウス地方からは移動が確認されたと聞いている。

 その後の事はクレイが説得するとかで動いているはずだから、亜人に関してそろそろなにかしらの報告は上がってくるだろう。


「私兵隊が認められているのは北を除く、ヨハミエレ山脈が隣接する公爵家だけと聞きます」

「そうです。……その中でもイースト地方の私兵隊『ブシ』は最強。これは間違いないでしょう。その根幹を築いたのが『スズルギの流戦闘術』なのです。…………。まあ、それが理由で、サウスとイーストは、これまで色々ありました……」

「…………」


 色々……。

 ああ、そういえばこの間、王家の勉強で『ウェンディール王国の歴史』を習ったな。

 割と詳細のやつ。

 イースト地方に根付いた『ブシ』これは恐らく『武士』の事だと思うが……その実力は『王都ウェンデル』を守護する騎士団より数が少ないにも関わらず、十二分に渡り合えるものとして警戒されている。

 いわゆる少数精鋭。

 ヨハミエレ山脈を挟んではいるものの、獣人国と隣接する範囲が大きいサウス地方は、王都の騎士団と並ぶ戦力を安全保障を理由に『サウス地方へ派遣せよ』とイースト地方へ再三要請――まあ、ほぼ命令じみたやつだったらしいけど――をしてきた。

 イースト地方としては『知るか』。

 ウエスト地方はイースト地方の『ブシ』の戦闘技術だけでも、と打診を続けてきたが……イースト地方は保守的な思想が強く、それも無視し続けていたらしい。

 そして今からおよそ三十年ほど前に、バルニールの母親……前王(俺にとっては祖母)がベッグフォード家に四姉妹のうち三人を東、南、西の公爵家へ嫁に出せないか、と打診を打った。

 それが功を奏し、顔を合わせる度に殺し合いしそうだった東、南、西の公爵家は落ち着き、中でも西は四姉妹の長女、メディア夫人が家督を旦那から譲られ、発展に貢献したとかなんとか。

 しかし、肝心のイースト地方はリディア夫人が病弱だった事もあり、生まれてきたアルトもまた病弱。

 それをどう思ったのか、アルトの父親、アストン・フェフトリー公爵は使用人の娘と子どもを作ったと噂されている。

 それが、まあ、昨年の公爵家勢揃いの際に嫡男であるアルトを差し置いて、お城に連れてきたメイドと二人の男の子。

 フェフトリー家の使用人は私兵隊『ブシ』との繋がりも強い。

 戦闘技術だけでは、ないはずだ。

 と、考えると……フェフトリー公爵は他地方との連携よりも自治区の安寧を最優先にしている……と捉えられても無理がないというか……。

 なるほど……去年公爵家勢揃いの際、吊るし上げられていたのは何も姉妹の団結故に、という理由だけではなかったのか。

 アルトがラスティの両親に王家反逆の疑いがかけられた時、ライナス様以上の動揺を見せたのも『親戚だから』というのが理由だけではないのかもしれないな。


「えっと、つまり話を戻しますと……」

「はい」


 病弱であり、自分の体が思い通りに動かない苦しみだけでなく……母親の事、父親の事、義弟たちの事、私兵隊の事……悩ましいな、アルトの奴。

 今度またアップルパイ焼いてやろう。うん。

 そして、パッと見てきた印象だがラスティは両親の謀反疑惑、知らない?

 まあ、それそのものは去年メロティスの逃走でほぼないものになっているが……ラスティは関わっていない、と考えていいのだろうか?

 あまり隠し事が上手い一族には見えないしな、この四方地方公爵家子息たち。


「その店主の話が事実であれば、これは世紀の大発見かもしれません! 古に異界より現れた剣士、ライレン・スズルギの使っていたかもしれない剣! 伝説の『カタナ』! 本物だとしたら大発見ですよ!」

「……! 『スズルギ』の名前が伝わっているんですか」

「はい! 昨日の夜調べ直しました! これです!」


 ……おお、さすがアルトと同じガチ勢。

 差し出された和風の書物。

 ほお〜、まさかこんな和風な書物もあるなんて。

 しかも漢字だ。

 達筆すぎて分かりにくいが……読めなくもない。


「ラスティ様は、この文字が読めるのですか?」

「はい、ある程度は」


 マジか、スッゲーなコイツ。

 ちょっと舐めてたわ。


「お借りして、読んでも構いませんか?」

「はい、どうぞ。分からないところがあったら聞いてください」

「ありがとうございます」


 まずいまずい、そういえばこの世界の文字じゃねーんだよな。

 パラ見してから、分からないふりして聞いてみた方がいいか?

 まあ、まずはちょっと読んでみるか。

 えーとこれは……。


「伝記、ですか?」

「そうです。イースト地方最東端の領地『スズカゼ』に遺されていたものを、写したものだそうです。剣豪『スズルギ』に関して一番詳しく書かれているのは今のところこれだけですね」

「そうなんですか……」


 奇妙な文法だ。


『古、雷の闇纏いて剣士現る。

 瀕死のところ、乙女が不可思議な力にて剣士を治癒。

 乙女は後の女王なり。

 剣士、名をすずるぎらいれん。

 乙女と共に、戦争へ赴き、生きて帰る。

 後に、戦いの術、料理なるもの、異界の文化を遺し、去る』


「…………。これは、ええと、この乙女というのはまさか……」

「え? ヴィンセントさん、読めるんですか?」


 あ、しまった。

 まあいいや、困った時は『記憶継承』!


「ええ、もしかしたら前世の中にイースト地方の人間がいたのかもしれませんね。ある程度はなんとなく」

「すごい! 羨ましいです! ボクは一から勉強しました!」

「それはそれですごいですね。……ええと、それでこの乙女というのはもしかして……」

「はい、初代女王クレース陛下ですね。初代戦巫女とも呼ばれています」

「……!」


 女王クレースが、初代戦巫女。

 ああ、そういえばそんなニュアンスで教わってはいたな。

 その後、即位したクレースは『記憶継承』と『女神』の存在を貴族たちに知らしめる為に百五十年ばかりを二十歳前後の姿で生き抜いたという。

 自分自身で『崇められる存在』になるーー俺には到底真似出来ない、荊の道を貫いた女王。

 そして『すずるぎらいれん』。

 俺の前世の母方の祖父は鈴流木連山。

 ……うん、なんかもう、無関係では、ないな。

 偶然で被るような名前じゃない。

 それに、俺が馬車を壊した時に使った技の名前。

『鈴流祇流抜刀術、地の組……』――恐らくだが、鈴流木は隠し名か当て字なんじゃなかろうか。

 いや、まあ、ほぼ勘だ。

 ただそんな気がする。

 うーん、五百年前か……俺の母方のご先祖様の一人、なのかな?

 ……そういえば祖父ちゃんは会う度に変な事言ってた気がする。

 確か――『鈴流木の家を出たら、子に『鈴』の名を付けろ。そうすれば鈴流木の『紋』が守ってくれる。お前らのお母はその掟を守ってお前たちの名前に『鈴』を入れたんだ。ちゃんと感謝しろ。きっと『紋』が守ってくれる』……。


「…………!」


 ページをめくる。

 鈴緒丸の鎺(はばき)に描かれた紋と似ているイラストが載っていた。

 あー、これはいよいよ本物っぽいな。

 なるほど、『鈴の紋』か。

 ぱっと見三日月のような感じだが、鈴と言われれば鈴にも見える。


「や、やはり本物なのでしょうか!? 伝説の異界の剣士の剣……『カタナ』なのでしょうか!」

「そうですね、恐らく本当に、そうだと思います」

「すごい! すごいです! 素晴らしいですよ! も、も、もう一度触れても!?」

「あ、はい」


 でも危ないので鞘にしまう。

 ラスティへ手渡すと、目をキラキラさせて鞘をどこからともなく出したハンカチで磨きながら触れる。

 うーん、複雑!

 幸せそうな顔されて、俺の真後ろからは真冬のような冷たい殺気。

 エリックだろう。

 いや、しかし本当に……エリック……こいつ、俺の一体何が気に入らないんだ?

 振り向くとやはり、俺を睨み付けている。

 親の仇でも見るかのように、歯茎剥き出しで。

 うーん……ここまで嫌われるような事をしたおぼえはないんだが……なんで?


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