ラスティ・ハワードの事情【前編】



 という事のあった翌日、授業を二つ休んでプリンシパル区内の装飾品店にやって来た。

 昨日預かった巫女殿の『鱗』をヘアピンに加工してもらう為だ。

 とはいえ、鱗一枚じゃあデザインもたかが知れている。

 職人さんには……何か可愛い感じに仕上げてもらいたい。

 と、そんなざっくりした希望では職人さんも困り果てる。

 それならば……。


「なにかデザインに希望はありますか?」

「えーと、では……」


 巫女殿、すでに桜の形のヘアピンしてたんだよな。

 日本人らしいよな〜、桜。

 うん、桜いいよ、桜。

 似合ってたし可愛いし。


「チェリーブロッサムの形で……」

「うん? あんな地味な花でいいのか?」

「え、ええ」


 地味……。

 まあ、この世界では木に咲く花は地味に見えるのかもな。

 花弁も少ないし、色も薄い。

 咲く期間も長くて二週間。

 でも……日本人は桜大好きだからな〜。


「ああ、分かったよ。このくらいなら一日で出来るだろう」

「ありがとうございます。では、明日受け取りに来ます」

「はいよ」


 店を出て、一息吐く。

 白い。

 うーん、寒い。

 雪解けはまだ先だろうな、四月にならないと。


「あ! 貴方は!」

「ん?」


 鋭い目付きの執事を伴った、ふわふわしたオレンジ色の髪と緑の瞳、眼鏡の美少年。


「これはこれは、ラスティ様。お買い物ですか?」

「は、はい。本当はハミュエラ兄さんとアルト兄様にお付き合い頂いてたんですが……、……まあ、その、お二人が楽しそうだったので……えーと」

「?」

「えっと、お兄さんは……ヴィンセントさんは……」


 ちら、と俺が出て来た店を見るラスティ。

 装飾品店に男一人で何の用かって?


「ああ、装飾品を予約してきたんです。ラスティ様も巫女様の歓迎パーティーには招待をされているのでは……」

「あ、えーと、はい。でも、ボクなどが行っていいのか……」


 はあ?

 別にいいんじゃないか?

 と、思うが、そういえばラスティってしょうもない事で落ち込みやすい子だったな。

 一昨年の、偽者のマリアンヌ姫の誕生日の時、ライナス様大変そうだった。

 ははぁ、ラスティはアレか、いわゆる『ネガティブ系』の攻略対象か。

 ギャルゲーでも内気人見知りで後ろ向きな攻略対象はいるもんな。

 まあ、俺はどっちかというとツンデレ系とかお姉様系とか男勝り系が好きだったけど!


「…………」


 まあ、それは……置いておくとしても?

 後ろの執事、目付きわっる。

 いや、ただ目付きが悪いだけの人かもしれないし、見た目で判断はしちゃダメだよな。


「んん、もちろんだと思いますよ。というよりも、巫女様の歓迎パーティーです。ラスティ様も公爵家のご子息として、出席されるべきかと」

「……そ、そ、そうですね……公爵家の……」


 ちら、と後ろを見るラスティ。

 後ろにはあの執事。

 まるで執事のご機嫌でも伺うような目だな。

 んん? これは、まさか?


「ラスティ様、そろそろお買い物の続きに行かれませんと。本日中に終わりません」

「……は、はい、そうですね……えっと、では……」


 俺を見た執事の目……明らかに敵意がこもっている目だ。

 まるで『余計な真似はするな』と言わんばかり。

 いやいや、そんな目で睨まれたら……なあ?


「ラスティ様、もしよろしければプリンシパル区をご案内致しますよ? ラスティ様はこちらにいらして、まだあまり町へはいらしてないのでは?」

「! あ、い、良いんですか?」

「ええ、もちろんです」

「…………」

「…………」


 うん、やはりだ。

 今度は間違いなく、あからさまに睨み付けてきた。

 ラスティはこの執事に、どこか怯えるような態度を見せていたから……。


「ちなみに、そちらはラスティ様の執事の方ですか? 初めまして、私はリース家の執事見習い、ヴィンセント・セレナードと申します」

「初めまして、私はハワード家執事見習いでエリック・ベタニーと申します」


 うわー、悪い笑顔〜。

 ……顔で損してる人、だと良いんだが……さて、もう少し探ってみないと分からないな。

 だが、なんつーか、こう……初対面から『ウマが合わない』感じがする奴は久しぶりだ。

 中身が実はいい人だとしても、俺は合わなさそう。


「…………」

「…………」


 ニコ、と微笑みかけると向こうもニコ、と微笑んでくれる。

 まあ、空気は悪いけどな!

 向こうからの分かりやすい敵意。

 俺はそれに笑顔で返す。

 ラスティが微妙に縮こまるが、こんなのは貴族の世界ではよくある事。

 つーか、こうもあからさまに敵意を向けられたのは初めてかも。

 一応リース家は公爵家並みの権威があるし、ディリエアス公爵家の執事であるシェイラさんとは俺、仲良いもん。

 アルトの執事、レイヴァス・ディオン氏はそこそこなご年齢。

 みんなが『おじいちゃん大変そうだね』と、つい手助けしてしまう、ある意味最強の執事。

 ハミュエラんちの執事、ジャイルズ・カドワース氏も、なかなかのご年齢。

 こちらはハミュエラの行動力に、すでに諦めの境地に達している。

 ライナス様の場合はそもそも使用人を連れて来ていない。

 アメルはこちらで雇った使用人で執事とは呼べないからな。

 そんな感じで、使用人宿舎男子寮側の力関係は依然シェイラさんが維持。

 俺は生徒でもあるから、使用人の間では一線引かれてる。

 簡単に言うと喧嘩売られるほどフレンドリーな使用人はいない、って事だ。

 なのでこうもあからさまなのは、新鮮だな。


「それで、他にどのようなものをご購入の予定だったのですか?」

「ええと、ある程度のものは揃えてあるんだけれど……万年筆がなかなかしっくりくるものがなくて……」

「なるほど。でしたらあちらの店は……」

「もう回りました」


 じろ、という目。

 細いのに。

 うわぁ、去年のダモンズ邸でのアリエナを思い出すレベルの分かりやすーい威嚇〜。

 こいつ何なの、俺なんか怒らすような事した?

 初対面なんだけどな?


「分かりました。それでは、プリンシパル区を少し離れますがーー」


 ウェンデルの北区。

 アミューリアがあるプリンシパル区の下の区画。

 その北側が北区だ。

 こちらは西区が劇場や美術館など芸術に特化している為、西区出身の装飾職人などはこちらの北区に店を構えている。

 それを差し引いても北区はノース地方から豊富な金、銀、銅、鉄、希少鉱物、宝石が入ってくる場所でもある。

 宝石の類はそのままプリンシパル区の方に上がっていく事が多いものの、職人が集まるのはこちらなのでプリンシパル区よりも安くて良い物が多かったりするのだ。


「万年筆は使っていくうちに味が出るものでしょうに……」

「…………」


 と、後ろから主人の行動に舌打ち付きでケチまで付けるエリック。

 ええ、こいつ本当に執事見習い?

 ラスティがおどおどしいからって調子乗っちゃってない?

 こんなタイプの執事初めて見たなー?


「…………」


 案の定、ラスティは俯いてしまっている。

 表情は、悲しげ。

 主人にこんな顔させるなんて、執事以前に使用人失格だろう。

 今度はこちらも意図を持って睨み付けてた。

 向こうの睨み付けも先程より敵意が込められている。

 よその家の使用人が口出すなってな。

 ああ、そりゃ普通の家の普通の主従関係だったらそんな事しねーよ。

 でもお宅の主従関係は間違ってる。

 主人を俯かせるのは絶対違う。


「こちらの店ですよ」

「あ、あ、ありがとう……ちょっと見てきます、ね」

「はい、ごゆっくり……」

「お早めにお願いしますよ」

「…………」


 こ、い、つ!


「「…………」」


 店の中、その出入り口の横で並んで待つ。

 ラスティは万年筆をあっちにウロウロこっちにウロウロしながら選んでいる。

 小動物みたいで可愛らしいな。

 髪色がオレンジふわふわなので、だんだんハムスターがうろうろしているように見えてきた。


「…………」


 で、隣からガチ目の殺意が。

 鬱陶しいのでジロリと睨むと……おお、向こうも殺意丸出し。


「良い物が見付かりました! ありがとうございます、ヴィンセントさーーひっ!?」


 ラスティが買い物を終えて戻るまで、俺とエリックの殺意のこもった睨み合いは続いたのだった。




「何にしても良い物が見付かったのでしたら何よりでございます」

「あ、ありがとうございます。あの、そういえばヴィンセントさんとはボク、少しお話ししてみたい事がありまして……。ほら、以前『スズルギの書』に関して興味があると仰っておられたでしょう?」

「! ええ! そうなんです!」


 店を出て、買い残しがない事を確認してからラスティはセントラルのお屋敷へと帰る。

 ラスティがアミューリアに入学するのは四月だ。

 それまではセントラル西区にある別宅で、自習などをして過ごしているらしい。

 年の約半分近く雪が積もっているウェンディール王国では、地方から来る新入生貴族のほとんどは前倒しで王都へ来て、このような別邸で過ごすのだ。

 まあ、それはそれとしてラスティは昨年の『女神祭』俺の質問をきちんと覚えていてくれたらしい。

 大変にありがたい!


「もし可能なのでしたら、近いうち拝見させて頂く事は出来ますでしょうか?」

「はい! あ、あの、それなら今から我が別邸にいらっしゃいませんか? お仕事がおありなのでしたら、また後日……」

「あ……申し訳ございません、授業を抜けて来ておりますので……」

「そ、そうですよね。あ、そうか、そういえば平日でしたね」

「はい、ですが早い方がいいですよね。ええと、巫女様の歓迎パーティーが一週間後ですから……明日の午後お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「分かりました、お待ちしております!」


 よっしゃ!

『スズルギの書』には色々種類もあるらしいが、なんとなく俺と無縁ではない感じがする。

 俺、というより『鈴緒丸』と縁がありそうなんだよな。

 ああ、そうだ。


「ラスティ様、実は私は『スズルギの書』に関係しているかもしれない、武器を持っているのです。もし良ければ、明日持っていきますので鑑定して頂く事は出来ますでしょうか?」

「なんと! 『スズルギの書』関係の武器ですか!? それは実に興味深いですね! はい! はい! 是非!」

「良かった。色々分からない事が多かったので、助かります。それでは明日、よろしくお願いします」

「はい!」


 エリックには歯軋りするほど睨まれたけど無視した。

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