ダンスのレッスン



 さて、計画は完璧だ。

 何しろこの計画を立てたのはケリーだからな!

 先日話し合っての即実行。

 マリーはアンジュが巫女殿のドレスや何やらのお買い物の名目で連れ出した。

 まあ、巫女殿の歓迎パーティーは中旬を予定しているから、マッハで準備せねば間に合わないのは確か。

 食事等の世話もそうだが、メイドが一人なのならばそれもマリーがやらねばなるまい。

 むしろアンジュが教えている事に感謝しろ。

 ……若干。

 若干、うちのポンコツメイド二名も「付いていく」事になったのは不安を感じるが。

 メグにはマリーの監視を頼んで、本人も「任せて!」となぜかやる気満々だっだから、メグが付いていくのはいいんだが……マーシャがなぁ……大丈夫かあいつ。


「こんにちは!」

「あ、こんにちは、巫女様」

「? あれ、ヴィンセントさんだけ……ですか? わたし、ヘンリエッタ様にダンスの練習をするからって……言われて……」

「はい。ヘンリエッタ様とケリー様もいらっしゃると思いますよ」


 というか、すでに来ている。

 ダンスレッスン室は一階にあるのだが、そこの窓の外に……“張って”いる……。

 俺がヘマをしたらまずいので、見張っててくれるそうだ。

 それなら別に側でいいじゃん!

 って思うんだけど!


「そうなんですか。えっと、よろしくお願いします! わたし、ダンスなんてした事がなくて……」

「私も身分的にそれ程パーティーで踊る機会はございませんので……本当に最低限、とお考えください」

「いえいえ! わたしなんて素人ですし!」


 …………。うーん、日本人!

 あわあわとしながら、コートを籠に入れる姿は……。


「?」


 あれ?

 巫女殿のポケットから何か落ちたな?


「巫女様、何か落ちましたよ」

「わっ! あわわ……」


 小瓶?

 コロコロとこちらに転がってくる。

 ひょいと拾い上げると、中には白い鱗?

 あ、いや、ジロジロ見るのは失礼か。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 にこりと笑顔でお礼を言われた。

 うーん、可愛い……良い子!

 ハッ! いかん!

 しっかりしろ、俺! 相手はラスボス! 十五歳の女の子だぞ!


「いえ。えーと……」

「あ、あのですね、これはその! お、お兄ちゃんが受験頑張ってね、ってくれたんですよ!」


 俺の表情をどう受け取ったのか、はたまた小瓶の中身がなにか彼女にとって複雑な意味でもあったのか、聞いてない事を教えてくれた。

 あー、そういえば巫女殿受験生なのか。

 普通なら試験受けて合格発表待ちの時期、かな?

 設定は女子高生のはずだったし、受かってるはずだったんだろうか?

 ……クッソ大事な時期に召喚されてしまったんだな。

 まあ、ゲームだと『帰れない』。

 あちらの勉強はこちらでもある程度出来るし、むしろこれからは貴族の常識を新たに覚えなければならないだろう。

 そう考えると――。

 いや、それもあるが……。


「巫女様にはお兄様がいらしたんですか」

「はい! 二人いました」

「っ……」


 ミシッ、と胸が音を立てた気がした。

 下には、と聞いたら「わたしが一番下でした」と。

 つまり兄二人、妹一人。

 うわ、俺の前世と一緒!


「……それは……お兄様方は、さぞ、巫女様の事を……心配されておられるでしょう、ね」

「え? ……えーと……そうですね……そう、かな? そうだと良いですけど……」

「そうですとも!」


 それはもう!

 兄は妹が可愛いものさ!

 例えどんなにアホでもブスでもドジでもポンコツでも!

 よっぽど性格の相性が悪くなければ兄として生まれた以上妹は可愛いさ!

 まして巫女殿レベルの可愛さではお兄さん達もさぞや心配している事だろう!

 俺だって――……。


「ヴィンセントさんも『お兄ちゃん』だから、分かるんですか?」

「ええ」

「そうか……」


 と、納得したような巫女殿。

 ん? はうっ! 窓に二人が半分顔を出してこちらを見てる!

 こ、こわっ!

 ん? え? なに? この話の流れで巫女殿に例の件を話せ?

 なんだ例の件って。

 …………………………あ! 例の件!


「あの、巫女様にお話があります。妹……マーシャの件です」

「え? はい?」

「実は、俺とマーシャは義理ではなく、本当に血が繋がった兄妹なんです。更に言えば、レオハール殿下も俺と半分血が繋がっています」

「…………。え? えーと……?」


 まあ、普通「は?」となるよな。

 目をパチクリさせて、困惑している。


「なぜ突然そんな話を、と思われると思います。なので、最初からお話ししますね。……実は…………」




 本当に最初から話した。

 もちろん、俺が前世で恐らく巫女殿と同じ世界で生きていた事などは伏せて。

 なんかもう話しても良い気もしたけれど、ややこしくなるし、さすがに情報量が多すぎてパンクされそう。

 だから、俺がどんな風に生きてきたのか。

 そして、俺が『オズワルド』である事をバラされるとどうなってしまうのかを説明した。

 マーシャの事もあるので、俺の境遇は概ね理解してくれたらしいが……。


「そ、そんな事が……。……お、王族なのに、そんな事に巻き込まれたりするんですね……」


 うーーーん! それは多分ゲームプレイしてる人もみんな一度は思ってると思うーーー!

 本当にその通りですーーー!

 でも赤ちゃんの時の事なので俺もマーシャもどうする事も出来ませんでしたー!


「でも、今は元気なんですか?」

「え?」

「だ、だって赤ちゃんの頃に死んだと思われて……、って、そのぐらい弱っていたという事ですよね?」

「…………」


 ああ、言われてみると……。

 赤ちゃんの時に心肺停止になったから、死んだと判断されて墓の中に入れられた、だったな。

 そうだな?

 まあ、その後『斑点熱』には罹ったが……それ以降風邪くらいしか……うん。


「はい、今は健康そのものです」

「良かったですっ」


 本当に安堵したかのように微笑んでくれる巫女殿。

 とても可愛い。

 ……それに、優しいな。

 さすが、女神の器として選ばれるだけはある……。


「……えっと、分かりました! この事はみんなに内緒にしておかなきゃいけないんですね」

「はい。エメリエラ様はすでに“ご存じ”だと思うのですが、うっかり公衆の場でその事をバラされては堪ったものではございませんので、くれぐれもご内密にお願い致します。もし万が一、貴族の皆様にこの事が漏れれば……レオハール様のお立場が危険に晒されかねないのです」

「……分かりました。肝に命じます……」


 真面目な顔で頷いてくれる。

 うん、これなら……大丈夫、かな?


「他にも知ってる人はいるんですか?」

「ええ、近しい方は何人か。でも、皆俺やレオハール様の事を慮って黙っていてくれています。俺は……レオハール様に比べればとても王の器ではない。彼ほどこの国の事を愛していないですし、この国の未来に想いを馳せる事もしません。血筋の為に彼が王位を継げなくなる事こそがこの国の最大の損失でしょう。……それに……」


 それに、お嬢様とレオには幸せになってもらいたい。

 お嬢様……俺の命を救ってくれた人。

 レオは、俺の友人であり弟。

 兄貴としても、俺はあいつを守りたいし幸せになってもらいたい。

 あの二人にはこのまま、普通に結婚して幸せになってもらえたらと思う。

 でも……『代理戦争』がどうしても、立ちはだかる。


「…………ローナ様とレオハール様に幸せになってほしい……?」

「!?」

「あ、ち、違いましたか?」

「……い、いえ、当たってます。よく……いや、なんで……」


 なんで分かったのだろう?

 戦巫女の、不思議な力?

 本気で驚いていると巫女殿は両手を合わせてそれを唇に持っていく。

 そして、少し無邪気に微笑んだ。


「えーと、ヴィンセントさんは……ローナ様のお話をされる時とっても嬉しそうで……きっと心から尊敬してるんだろうなって、思ってました。……それに、レオハール様の事も。今のお話で、えっと、色々? なんとなくそんな気がしたんです。去年の『星降りの夜』に、レオハール様がローナ様にプロポーズしてる時も……感極まってた感じでしたし……」

「あ、あはは」


 その通りですぅ……感極まって泣きました〜……。

 …………バレてたんかい。


「うん、分かりました。ヴィンセントさんの立場だったらきっとそう思う。わたしも同じ立場ならそうしたと思います。邪魔したくないですよね」

「…………」


 祈るように、手を重ねて目を閉じる巫女殿。

 きっと、想像してくれたのだろう。

 ……心から驚いた。

 この歳の女の子で、これほど……人の心に寄り添い、相手の立場や想いを想像するような子がいるものなのか。

 驚きと同時に、素直に尊敬した。

 俺には出来ない事だ。

 ここまで、相手の立場や想いを想像して寄り添う事は、きっと俺には出来ない。

 ヘンリエッタ様の気持ちも全然気付かなかった俺には……。

 その手の中に、あの小瓶。

 白い鱗。

 なんか、このままだとまた落っことしそうだな、とぼんやり思った。


「あ」

「?」

「巫女様、良ければその鱗、髪留めに加工してみてはいかがですか? もしくはネックレスなど……」

「髪留めに……出来るんですか?」

「ええ。中旬には巫女様歓迎のパーティーもございますし、それに間に合うように発注しましょう。デザインはこちらで決めてもよろしいですか?」

「……あ、えーと……でも、わたしそんなお金持ってないですし……」


 ほあ?


「…………。……え? 普通に俺の方で……えーと……」

「?」


 巫女殿がお金出すと思ってる?

 いや、まあ、確かに加工にはお金がかかるな?

 しまった、つい……お嬢様との会話する要領で……。

 巫女殿にお金を出させられないから、まあ、ここは無難に……。


「……プ、プレゼント致しま、す……ので?」


 あれ、これ……なんか俺すごい事言ってない?

 プレゼントって、つまりそのー、男から女の人にプレゼントはつまりそれなりに気になる人へのアプローチ的な意味に……!?

 いや、けど、他に言い方はない。

 言い出したの俺だし!


「え、そんな申し訳ないです!」


 おおおおぅ!

 そうだった、巫女殿は異世界の人だった!

 そしてとても日本人らしく謙虚!

 この噛み合わなさ!

 多分単純にそう思ってるこの子!

 いかん、これは……このままでは俺以外の例えばエディンのようなクズ野郎に手玉に取られかねない!

 お兄さん心配!


「あ、いえ、あの巫女様、実は……」

「?」

「…………な、なんと申し上げればいいか、その……」


 え?

 待ってでもこれどう説明したら解決するの?

 俺が自分で今の提案を『気になる男からのアピール行動の一種』とか説明するの、ヤバくない? 恥ずくない?

 いや、でもこんな無垢なお嬢さんを野獣のような男どもの餌食にされるよりは! 俺が今この場で恥をかいた方がマシ!


「こ、こほん。……えーと、勘違いされたら申し訳ないのですが、私は純粋に小瓶で持ち歩く不便さを解消して頂きたいと思いまして」

「え? あ、は、はい。確かに……鱗のままだと壊しそうだったので、マリーちゃんに小瓶をもらったんですけど……」


 …………あの小娘、自分は散々レオに国費で装飾品を買わせておいて巫女殿には小瓶しか渡さないとは……。

 いや、まだ使用人としての知識、気遣いがなってないだけ、という可能性もある、か。

 ははは、今回は見逃してやろう。

 次はないぞ。


「髪留めへの加工でしたら大してかかりませんよ。俺の方で手続きして、まあその、口止め料、という事でお代は俺が持ちます。いかがでしょうか」

「……え、あの、でも……」

「手を加えるのがお嫌なのでしたら……」

「え、えーと、そういうわけじゃないんですけど、でもその……い、いいのかなーって……」

「ええ、もちろん。これは取引です!」

「取引……」


 どうだ!

 これなら変な意味にはならないだろう!

 で、俺は一切巫女殿に変な気持ちは持ってないアピールをしたから、次は男のアピール方法としてアクセサリーなどを贈る風習もあると教えて……ん?

 窓の外のケリーとヘンリエッタ様の顔がものすごく不審!?

 な、なんだあの顔!?

 俺別に変な事してないじゃん!?


「わたしはヴィンセントさんの秘密を黙ってるので……その代わり、という事ですか?」

「え? は、はい! そうです」

「…………。ふふふ、は、はい! それなら、じゃあお願いします! ……実を言うと、小瓶で持ち歩くのも結構大変で……」

「でしょうね……」

「ネックレスも可愛いのかなって思いますけど、今は魔宝石があるし……」


 あ、そういえば魔宝石はネックレス状になって巫女殿が常に持ち歩いていたんだっけ。

 確かにネックレス二つはちょっと邪魔か。


「髪留め……ヘアピンは毎日使うので、嬉しいです!」

「……それは、良かったです。それでは、お預かりしても?」

「はい、よろしくお願いします」


 手を差し出すと、巫女殿が大切に握っていた小瓶を手渡してくれる。

 ずっと握ってたから瓶がほんのり温かい。

 それに、なんとも小さな手だな。

 ……女の子の手ってこんなに小さくて柔らかくて、あったかいものなのか……。


「そういえば、ケリー様もヘンリエッタ様も遅いですね……何かあったんでしょうか……」

「! ……だ、大丈夫ですよ! ……え、えーと、では! ダンスの練習を! 始めてしまいましょうか!?」

「そうですね……よろしくお願いします!」

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