回避に向けて!



「あ、あと、さっきのあの人のルートよね」

「!? …………まさか」

「あの人……あの方の事もゲームに出ているのか?」

「隠れキャラなのよ」

「やっぱり!?」


 思わず立ち上がる。

 それは! 是非知りたい!

 やはりというか、まさかとは思っていたが……オズワルドは隠れキャラ!


「隠れキャラ……?」

「えーと、難しい条件をクリアしないと攻略対象にならない特別なキャラよ」

「な、なるほど?」

「他にも色々分かんない単語だらけでしたけど、それってこの間も言ってた一番ヤベェやつですよね」

「一番ヤベェの!?」

「え、ええ、一番ヤベェわ」


 一番ヤベェ!?

 俺の……オズワルドルートが一番ヤベェ!?


「そ、それはうちのお嬢様にも危害があるって事なのか!?」

「あるわ」

「っ!」


 俺の、ルートで……お嬢様にも、危害が……。

 嘘だろ……。

 どんなルートなんだ。

 どんなシナリオで、そんな!


「ヘンリ、その方のルートもスケートが関係しているのか?」

「え、えっと……ううん。あの方のルートは……お城で巫女様歓迎パーティーが開かれる時に、巫女様がエメリエラの言葉を貴族や陛下に伝えてしまったところから始まるの」

「歓迎パーティー? ……まだそんな話は出ていないが……」

「そ、そうね……」


 俺が詰め寄ろうとする前に、ケリーが冷静にヘンリエッタ嬢へ問い掛ける。

 ……歓迎パーティー。

 確かにそんな話は……ないな。

 じゃあ、俺の、オズワルドルートじゃない、のか?


「……分かった。その話はまた今度にしよう」

「え、ケリー!」

「俺はクレイの話の方が気になる。スケートは週末だよな? その間にどんな対策が取れる?」

「!」


 ……そうか、まあ、確かに。

 直近の危険があるなら、その対処が優先。

 う、うん、それは確かに理に適ってる。

 でも……。


「ヴィニーはちょっと落ち着け。お前、うちの義姉様の事になると視野が狭くなる」

「うっ!」

「順序立てて整理して、対処出来るものから対処する。ゲームのシナリオがどうとか、よく分からないが……」


 分かんないんかい。

 いや、まあ、異世界の人にそれは確かに分からないだろうけど。

 ケリーが指先を唇にあてがい、目を細めて微笑む。

 …………あ、れ?


「義姉様に危険が及ぶなら俺も黙っていられない。どんな手を使っても潰す」

「「「……………………」」」


 …………こ、この子、こんなに悪い顔で笑うような子だったっけ……?

 せ、背筋に薄ら寒いものが駆け抜けましたけど……!?


「……え、ええと、え、ええ、そ、そうね、ローナは、何にも悪い事してない、し」

「まあ、長殿が当日『クレイシス湖』に現れるかも分からないし、本当に義姉様に一目惚れするのかもそれは長殿本人にしか分からないけどな」

「そ、そうだな」


 あれ? 今のは幻覚?

 いつものケリー……だな?


「だが、それがシナリオだというのなら手を打とう。ヴィニー、長殿の当日の予定を空けてもらえるように今週中に調整しろ」

「ふぁ!? こ、今週中!?」

「アンジュはその日、長殿とリエラフィース侯爵との会談をセッティング」

「え、あ、う、うちの旦那様とですか?」

「そうだ。西区に亜人族の町を作る話があっただろう? その打ち合わせだ」

「……!」

「え? え!?」


 な!? はぁ!? 亜人の町!?

 ど、どういう事!? 俺それ知りませんけど!?


「ケリー、亜人の町ってなんだ? その話、俺は知らないんだが!?」

「ああ、まあ、西区の話だからな。東区でもまだいくつか廃墟になって放置されている町がある。再開発に関しての事業は俺が担当だから、俺も同席しよう。ヘンリも来るか?」

「え、あ……」

「その代わりスケートデートはなしだ。嫌なら……」

「う、ううん! ……ヘンリのお父様に会うのよね? それならわたしもいた方がいいわ! え、ええ! 任せて! ねえ、アンジュ!」

「は、はい」

「……ケ、ケリーさん、あのう……」


 俺が置いてけぼりですよ。

 なんだそれ! 俺知らないんだけどー!


「拗ねるな。亜人の町の件は同盟締結日以降に粛々と進んでいたんだ。本当はサウス区に亜人の区画を用意する話があっただろう?」

「あ、ああ」


 この国の中では比較的温暖で過ごしやすい……しかし、隣国獣人国と隣接するサウス区に土地を用意して亜人を住まわせる区域を作る。

 その辺りはサウス区領主、ハワード家と城の方で調整が進むと思っていた。

 だが昨年、ハワード家が『ウェディール王国』と同盟を結ぶ事になったクレイたちとは別の亜人の勢力と『仲良く』している事が発覚。

 それ自体はなあなあで流されたが、亜人たちは一枚岩ではない。


「だが、リエラフィース侯爵がメグに助けられたと知ってそれはもう感激されてな」

「ん? ……メグに……あ、ああ、馬車の件か?」

「そう。お前が馬車をいい感じに解体してくれたからこっちも手を打ちやすかった」

「…………。は?」


 にやり、と笑むケリー。

 あれ、なに? なんかまた、嫌な予感……。


「恩着せがましくなりそうだから黙ってたけど、あの馬車の件は俺がローエンスにいくつか口添えて処理した。あの『事故』は車輪の不具合が原因」

「は!?」

「車輪不具合で倒れかけた馬車。そこを助けた亜人のメイド。まだ同盟締結前だというのに……うちの娘を助けてくれた彼女とその仲間に感謝を込めて土地を用意する! うちの義姉様も馬車の中から助け出されたわけだし? 東区の方でも廃墟になっていた町の再開発に着手出来る。予算の確保も終わっているから後は亜人の長殿と東区と西区の土地で用意した建設予定地に関する諸々の打ち合わせをしたかったんだ。ちょうどいいだろう?」

「………………」


 ……今日、何度目か分からない血の気の引く音。

 お、おおう……う、うちのケリーが、い、いつの間にこんな……ひ、ひぇ。


「うちの土地も人手が増えるし、町が一つ増えれば爵位が上がった後の税金の心配も減る。義姉様を助けてくれた亜人への義理も通した事になるし、あとは亜人との交流を増やして問題になりそうな点を洗い出しつつ、町の再興」

「そしてリース家とリエラフィース家は、最初に亜人たちを受け入れた功績が出来ますね」

「そういう事」


 アンジュの付け加えてきたそれに、年相応の笑顔を見せるケリー。

 だが言ってる事は全然子どもっぽくない!

 う、うちのケリーが腹黒い!


「後ろでピィピィ批難してくる老害どもに見せ付けて黙らせる。その為にも亜人の長とはしっかりとした話し合いをしたい。とはいえリエラフィース侯爵はまだ亜人に耐性がないだろう。ヘンリと俺が一緒なら、話し合いもスムーズに進むはず。ついでにその一目惚れ? を防げる。うんうん、いい事尽くめだなあ? なあ? ヴィニー、そう思うだろう?」

「……ハ、ハイ……す、素晴らしいお考えです……ケリー様……」

「ヘンリはその時にルート? とか、シナリオ? の事をもう少し俺に教えてくれ。義姉様に危害が及ぶルートとやらは全部潰す」

「あ、は、はい」


 一拍の間。

 アンジュが微妙な表情でヘンリエッタ嬢を見る。

 ヘンリエッタ嬢も冷や汗かいてるが、顔は嬉しそう。

 俺はあまりにも……あまりにもケリーが貴族しまくってて……唖然だ。

 う、うちのケリーがこんなもにも腹黒い貴族に……。


「で、ヴィニー」

「うあ!? は、はい」

「もちろん義姉様の為ならお前も働くよな? いやむしろ働きたいよな?」

「え? あ、ああもちろん!」


 思わず敬語で答えちゃったよ。

 でも、お嬢様の為に働く?

 当たり前だ! 俺はお嬢様の犬なのだから!


「とりあえずルート云々は俺がヘンリに情報提供してもらって、色々整理整頓、精査する。さっき聞いたらなんか、ゲームと違うところがあるんだろう?」

「…………はい」


 主にスティーブン様とかライナス様とか。

 悪役姫マリアンヌが退場済みとか、レオやお前に婚約者がいたりエディンの婚約者がマーシャだったり。

 いや、全てお嬢様の為の努力の結果だ。

 後悔は――あんまりない。

 スティーブン様とライナス様の事は本当にあれで良かったのか……俺にもよく分からん。

 二人が幸せならそれでいいとは思うけれど。


「一生こき使ってやると言ったよな? 覚えているだろう? ……まあ、覚悟しておけ」

「…………。はい」


 なんだろう。

 今日一、薄ら寒い。

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