ケリーにバレた!【後編】



「ええ、そうなの。で、ケリーと巫女様が親しくなるとローナは黙っていられなくなるわ。もしケリーが巫女様を選ぶなら、巫女様にはリース家の当主に相応しい淑女になってもらわなければ、と思うのよ」

「!」

「ああ、なるほど……義姉様ならそう思うだろうな。それで義姉様のあのキッツいご指導が入るのか。巫女殿にとっては虐めに感じるほど」

「そうよ」


 そ、そ、そうだったのかーーー!

 お嬢様が巫女殿を虐めるはずがない。

 でも、巫女殿からするとお嬢様の『指導』は『虐め』に感じるほど厳しかった!

 前世でもそんなニュースがあったなぁ!

 そ、そういう事……!


「貴族の世界での厳しい指導は、巫女様の世界だと『虐め』に捉えられてしまうレベルなの。……ケリーのルートも、バッドエンドが二種類、ハッピーエンドが一種類、それからトゥルーエンドというものがあるんだけど」

「なんだそれ」

「えーと、巫女様の言動によって迎えるエンディングの種類よ」

「そ、そんなにあるんですか!?」

「うん」


 俺それ知りませんけどおぉ!?

 トゥルーエンド!? なにそれえぇ!?


「ケリーのルートではローナがそうして巫女様を虐めた事になり、色んな令嬢たちから陛下に告げ口されて戦後、戦争勝利の妨害行為をしたとされて服毒自殺を命じられるのよ。バッドエンドだと、ケリーが帰ってこなかったり……巫女様が亡くなったりする」

「……」

「……それは、俺も知ってる。攻略サイトで見た」

「ええ、でも、ケリールートのトゥルーエンドは巫女様がローナのしごきに耐え抜き、立派な淑女になって戦争にも勝って、ローナをはじめみんなに祝福されて結婚するの! わたしの好きなエンディングの一つよ! ……まあ、今は複雑なんだけど……」

「ケ、ケリーのルートでお嬢様が死なない!?」


 いいなそのエンディング!

 でもトゥルーエンド……そんなのあったのか。

 それってやっぱり『トゥー・ラブ』のアップデートで追加されたエンディングなんだろうか?

 その辺も詳しく聞きたい!


「なるほど、ヴィニーは義姉様が服毒自殺するエンディングを避けたかったから、俺にヘンリとの婚約を推しまくってきたのか」

「うん」

「……でも俺の婚約者はヘンリだぞ。今更巫女殿を選ばない」

「ほ! ……ほんとう……?」


 溢れるような問い掛け。

 俺も、少しの不安とともにケリーを見た。

 ああ、けれど……本当に変わったな。

 変わったというよりも、男前になったというか、俺の中のケリーが全然成長してない子どもの姿のままだったのに気が付いた。

 ギャップがものすごい。


「不安に思わせるのは、俺が歳下だから仕方ないと思う。婚約だって半分は政治的な意味があるし。でも、そこまで無責任なガキではないつもりだ。あんたから見ればまだガキかもしれないけど……信用がないのは心外だな」

「っ」

「くっ!」

(なんでヴィンセントさんまで胸キュンダメージ受けてんだ?)


 などとアンジュが怪訝な顔をしているのも無理はないだろう。

 でも仕方ない。

 子どもだと思っていた弟分が、政略的な意味込み込みで女性にこんな事を言い出したんだぞ!

 あんな、あんなちっちゃかったクソガキが!

 事あるごとに悪戯してたやんちゃ坊主が!

 まだちょっと拗ねた顔しながらも!

 彼女を安心させる為にこんなぁぁぁ!


「ち、違うわ! ケリーの事を信じてないわけじゃないの! ……た、ただ、やっぱりゲームのシナリオの事を思うと……色々不安になるというか……あの、だから別にこれはケリーを信じてないから不安なわけじゃなくて〜」

「ま、まあ、巫女殿に『従者』として選ばれるかどうかもまだ分からない。戦争で帰ってこないかもしれない。……そういう不安込み込みって言いたいなら納得もするさ。それは俺も不安ではある」

「……そ……そうね……」


 しゅん、と落ち込むヘンリエッタ嬢。

 戦争、の事となると……まあ、そう、だよな。

 生きて戻れる保証はないのだ。

 俺も、ケリーも、巫女殿も。


「だが、リース家の跡取りとして行く覚悟は出来ている。酷かもしれないがあんたにもその覚悟はしてほしい。……リエラフィース侯爵家令嬢として」

「…………、……うん」

「だからヴィニーもそこは……というか、俺が巫女殿と付き合うとか、それはないと思えよ。俺の婚約者はヘンリエッタ・リエラフィース……中身が誰だろうとそこは揺るがない」

「……! ……ああ……」


 ヤバイ、男前。


「あのやんちゃ坊主であんなに小さかったケリーが……」

「その成長を喜ぶ使用人スタイルマジやめろ、そろそろ本気で!」


 ほろり。

 思わず涙が溢れてしまう。

 ハンカチでそれを拭いつつ、怒られてしまったぜ。

 でも仕方なくない?

 野原の坂でバク転して着地失敗して転げ落ちたり、収穫前の木に登って枝が折れて収穫が一部ダメになったり、使用人の中でもトップクラスで顔の怖い庭師のグローズさんの靴の中に芋虫大量投入してクッソ叱られたり……。

 そんな事をしていたケリーが!

 こんな事を言うように……!


「お、俺の話はとにかくそれで終わりだろう! ……で? なんか話の流れ的に義姉様って他にもあるのか? そのお亡くなりになる未来ってやつが」

「あるある」

「軽く言うな」

「あ、悪い。でも、多分こっちは大丈夫だと思うんだ」

「というと?」


 俺の知るお嬢様の破滅エンドトップツーはエディンと婚約したお嬢様の自殺エンドと、ケリーの服毒自殺エンド。

 生涯苦労人エンドも回避すべきエンディングだろう。

 だが、お嬢様のその生涯苦労人エンドは前提として『エディンと結婚した場合』なのだ。

 つまり!


「ディリエアスと婚約解消した今なら、その自殺エンドも生涯苦労人エンドも回避した事になる、という事か」

「と! 俺は思っているだけど……」


 恐る恐る、ヘンリエッタ嬢を見る。

 ケリーの言葉に感情がやや昂ぶっていた彼女は、ハンカチで目元を拭いつつ「そうね」と頷いてくれた。


「エディンとの結婚に関するエンディングは、確かに回避したと思っていいと思う」

「よっしゃあ!」

「でも……ローナが死んでしまうエンディングって、まだあるのよね……」

「ええ!?」

「!」


 ギュッとハンカチを握り締めるヘンリエッタ嬢。

 俺もケリーも顔が強張る。

 そ、そんな……回避したと……お救い出来たと思ったのに!?


「レオハール殿下と婚約したのに?」

「あるわ。多分このルートはローナが誰と婚約していても関係ないと思う。……というか、余計悪いかも」

「!?」


 どういう事だ!?

 詰め寄りたい衝動に駆られるも……。


「…………」

「…………」


 ア、アンジュさんの目が『ぶっ飛ばすぞ』と言わんばかりに怖いので一歩下がります。

 あ、はい、冷静に、はい、分かってます。


「どういう事なんだ?」

「実はこのゲーム……『フィリシティ・カラー』は全部で四作出ているの」

「よ、四作!?」


 俺が知るのは二作だけだ。

 最初の『フィリシティ・カラー』と、その続編『フィリシティ・カラー 〜トゥー・ラブ〜』。

 他にも二作!?

 ば、馬鹿な!?


「水守くん、全部やってないの?」

「い、妹に借りた最初のやつしかやってないんだ。そ、そんなに出てたのか……!?」

「えぇ……? それで良くこんなに引っ掻き回したわね……」

「え、えぇ……?」


 そ、そんなに引っ掻き回した覚えはないんだが……。

 ……いや、まあ、スティーブン様とライナス様の事なら……ま、まあ! じ、自覚は多少……でもあれ俺のせいなの?


「ま、まあ、いいわ。まず最初に発売された『フィリシティ・カラー』無印。次は増補改訂版『トゥー・ラブ』、これは二回ほどアップデートされて各キャラのシナリオとスチル、攻略キャラが追加されているわ。ニコライとルークは『トゥー・ラブ』の最後のアプデで追加されたキャラね」

「ええ!? ニコライって攻略キャラだったのか!?」

「え? ええ!? ヴィンセント、ニコライの事知ってるの!?」

「ええい! いちいち話の腰を折るなヴィニー! そのびっくりするのは後にしろ!」

「うっ! す、すまん」


 ケリーに叱られてしまった。

 だって、だって〜。

 知らない事が多すぎてもう、もう〜!


「で、それらを整理してまとめ、更に『ゲーム難易度』システムが加えられ、一部キャラのシナリオ追加、ヴォイスの追加、スチルの追加、隠れキャラ出現条件緩和などなど、より盛り沢山になったのが最後に発売された『フィリシティ・カラー 〜パーフェクト・ラブ〜』よ。いわゆる完全版ね」

「そ、そんなのが……」


 ちなみにケリーとアンジュは顔に『ほとんど何言ってるのか分かんない』とありあり出まくっている。

 まあ、確かにこの世界の人間にはワケ分からん単語の羅列だろう。

 いや、しかし驚いた……そんなにシリーズになっていたなんて。

 まあ、レオがイケメンなのであれは仕方ない気はする。


「ちなみに『パーフェクト』では各ヒロインが他のヒロインとも友情エンディングを迎えられるようになっているわ。マーシャルートとメグルートとローナルートと……」

「はあああぁ!? お、お嬢様ルートぉ!?」

「うん、わたしまだ見てないけど……ネット情報だとヒロインが巫女だとローナが侍女になって、ヒロインがマーシャやメグだとローナの侍女になるらしいわ」

「嘘だろ……嘘だろおおぉ! 誰か嘘だと言ってくれええぇ!」

「…………」


 俺の! 知らないうちに!?

 な、なんて事……なぜ、なぜ!

 俺はあのまま『フィリシティ・カラー』の情報を追い続けなかったんだ……!

 仕事が忙しかった?

 ああ、確かに忙しかったさ!

 一応、一流企業だったからな!

 ……でも! だが! お嬢様のルートが追加される可能性をなぜ! なぜ当時の俺は考えなかったのか!

 そりゃ乙女ゲームなんて妹の領分。

 俺はどっちかというとギャルゲーとかアイドルの追っかけの方が好きだった!

 ぶっちゃけ『フィリシティ・カラー』がそんなにシリーズとして出されるとも思わなかった!

 マジか。

 マジかよ。


「…………ちなみに『フィリシティ・カラー 〜パーフェクト・ラブ〜』は二年前のゲーム……その、わたしが二十三歳の時に発売されたんだけど」

「え…………」

「……あ、ごめんなんでもない……」

「…………え…………」


 それって俺まだ生きてない?

 生きてるな?

 え? じゃあなに、俺がもしもあのまま本当に『フィリシティ・カラー』を追い続けていたら……『パーフェクト』の存在も知って、お嬢様のルートを……。


「……………………」

「……な、なあ、ヘンリ、なんの話になってるんだ?」

「えーと、ちょっとした意趣返し的なつもりだったんだけど〜……ごめん、ほんっと〜にごめん!」

「?」


 俺、死ね。

 ……いや、死んでるけど……。

 今の俺じゃなくて前世の俺を全力で殴り飛ばしたい。

 マジかよ。

 マジかよ……。

 マジか……。


「とりあえずうるさかったヴィンセントさんがおとなしくなったので続きをお願いします」

「そうだな。ヴィニーなんぞより義姉様だ」

「ふ、二人とも酷くない? い、いや、追い詰めちゃったのわたしだけど。……え、ええと、まあ、じゃあ続けるけど……その『パーフェクト』で、ゲーム難易度を『鬼』っていう最高レベルに設定して始めるとクレイルートを別なシナリオで遊ぶ事が出来るの。で、そのクレイの追加シナリオではまず最初にスケートでクレイがローナに一目惚れするわ」

「……は、っ?」


 …………………………は?


「これまでクレイはローナと全然接点がなかったんだけど、ゲーム難易度『鬼』で始めるとそのシナリオになるのよ。で、ヒロインたちはローナを好きなクレイを振り向かせる為に、健気に努力するの」

「? よく分からないんだが……乙女ゲームというのは、そんな複雑な恋愛事情を……いや、それのどこが楽しいんだ?」

「えーと、一向にローナに振り向いてもらえないクレイに自分を見てもらえるよう頑張っていたら彼が振り向いてくれて、愛してもらえるようになるところが……キュンとするのよ。見てもらえた、頑張って良かった! みたいな」

「ふ、ふーん?」


 は、はあ……?

 乙女ゲームって本当に男の側からするとよく分からないんだなぁ?

 いや、ギャルゲーも多少自分磨き的な事はするけど……あんまりそういうのは、ない、なあ?

 プレゼントを渡したり、相手の服を褒めたりすれば好感度って上がるんじゃねーの?

 俺のギャルゲー知識が古いのかな?

 はあ、お嬢様ルートショックがでかくてあまり頭に入ってこないな。


「…………でもその代わりローナは亜人のクレイと仲良くしていたとされて、エディンに不貞を働いたと言いがかりを付けられて殺されたり、処刑されたりするのよ……」

「お嬢様だけ破滅エンドじゃねぇか!」

「あ、元気になった」


 ふ、ふざけんなエディンンンン!


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