番外編【メグ】16



それはあたしが八つになる前に起きた事件だ。

当時の長は高齢になり、次の長に誰がなるのかで亜人族はいくつもの派閥に分かれ、毎日誰かが殺し合いをする日々を送っていた。

派閥は大まかに四つ。

一つ目は亜人は力の強い、戦いの上手い者が長になるべきで、現状を打破し、陽のあたる場所で堂々と暮らそうという派閥。

二つ目は人間を淘汰して国を乗っ取ろうという派閥。

三つ目は人間から国を乗っ取ってしまおうという派閥。

四つ目はツェーリ先生の思想に共感し、とにかく今は現状を維持して機会を伺う派閥。

ツェーリ先生にはみんな感謝していたが、獣人の亜人は基本的に血の気が多い。

ので、いつしか荒熊のズズと、妖精の亜人メロティスに現状打破を望んでいた派閥は割れて吸収されていった。

あたしの両親もまた、その時にメロティスの『人間の国を乗っ取る』ところに共感して取り込まれてしまう。

でも、それはメロティスが持つ特別な『魔法』……『魅了』と『暗示』によるものだったと、後から知る。

その時はまだ訳も分からず、両親に手を引かれてメロティスの派閥に属していた。

けれど、クレイには……クレイとクレイの母親にその魔法は通用しなくて、メロティスはとても焦ったらしい。

メロティスが魔法でズルをしていたとバラされて、メロティスはみんなに責められ、『暗示を解け』と追い詰められたのだ。

でもメロティスは『長の座を賭けた戦い』を持ち掛けて話を逸らす。

少なくともズズは乗っかってしまった。

クレイの父親はメロティスの『暗示』にかかってメロティス側。

クレイの母親はメロティスから夫を取り返す為に、その『長の座を賭けた戦い』に挑もうとした。

でも……それは許されなかったんだ。


クレイの母親は狼の『獣人』だったから。


正真正銘、純血の『獣人』が亜人族の長になどなれるわけがないとみんなで彼女を否定した。

あたしはその時の事がよく分からなかったけど、今ならその意味が分かる。

彼女のような純血の『獣人』が戦いに参加すれば圧倒的に有利。

亜人は人間との血が混ざってる。

純血の獣人となんて戦えば普通に負けちゃう。

だから『ずるい』と責めたのだ。

彼女は戦いを諦め、代わりにクレイを『長の座を賭けた戦い』に差し出した。

クレイならば亜人の条件を満たすからだ。

何しろ、クレイの父親は人間。

国境騎士と呼ばれる、ヨハミエレ国境山脈の警備をたった一人で行う騎士だった。

クレイの母親が何らかの理由でヨハミエレ国境山脈を転げ落ち、怪我で動けなくなったところを助けて、介抱し……そして惹かれ合い結ばれたんだって。

話だけ聞くととても美しい恋物語。

獣人はあたしらと違って、本当に獣の姿のまま立って歩くのだ。

そんな彼女を、彼は心から愛していた。

あたし、覚えてるもの。

メロティスの『暗示』でおかしくなっていても、妻を説得してメロティスの方に属させようとしていたのを。

クレイの母親もそれが分かっていて、メロティスの『暗示』を解かせようと必死だったんだと思う。

だからクレイをーー。


たった十歳のクレイを『長の座を賭けた戦い』に差し出したんだろう……。


王都から少し離れた平原で行われたその戦い。

ツェーリ先生は『強さ』にこだわる長の決め方に疑問を呈していたが、『強さ』にこだわるズズは聞く耳を持たなかった。

メロティスが余計な事を言って丸め込んだりもしたらしい。

数人の候補は最終的に、ズズとメロティス、クレイに絞られた。

みんなクレイが残ったのには驚いたという。

でも、純血の獣人と人間から生まれたクレイは、ある意味であたしたちとは全く別物だったのだ。

五百年という歳月で、亜人同士、様々な種類の血が混じり合い、人魚の特徴が強く現れた亜人から獣の亜人が生まれてくる……それが当たり前になりつつある『現代の亜人』。

ツェーリ先生はクレイを『原始の亜人』と呼んだ。

それ程クレイは別格だった。

ズズを倒して、クレイはメロティスと対峙し、そしてーー勝利を収める程に!


幼いあたしは、その時のメロティスの顔が忘れられない……。

あまりにも……邪悪だった。

はっきり覚えてる。


陣地に帰ったメロティスは、自分の陣営にいたクレイの父親を呼び出し、そしてクレイと仲の良かったあたしとあたしの両親も近くに呼んだ。

あたしは小さかったから、メロティスはあたしに『魅了』も『暗示』も使っていなかった。

逆にそれが酷だったと今は思う。


『殺せ』


たった一言、あたしの両親にそれを命じた。

完全なる八つ当たり。

亜人と……いくら騎士でも人間の、クレイの父親とでは純粋な力に差がある。

その上、クレイの父親はメロティスの言いなりで逃げる事も抵抗もしなかった。

いや、出来なかった。


『や、やめてー!』


あたしが叫んでも、父さんと母さんはやめてくれるはずもない。

だって操られてると同じだもん。

鋭い爪と牙で、クレイの父親は……引き裂かれて亡くなった。

その直後、戦いで疲れたクレイを置いて夫を迎えに来たクレイの母親は…………その遺体を目にして怒り狂う。

当たり前だ。

ああ、きっとあたしの父さんと母さんは殺されてしまう。

そう思ったら、クレイのお母さんの前に飛び出して懇願していた。

今思うと、そんな事しなきゃ良かったんだ。

あたしの父さんと母さんは、殺されて当然の事をしたんだから!

……クレイのお母さんはあたしを前にして冷静になってしまった。

きっと息子と歳の変わらないあたしから、両親を奪えないと思ったんだろう。

とても優しい、人だから。

でもそのせいで、ただ夫を殺された女性がそこに佇む事になった。

心から絶望し、夫の死に打ちひしがれたただの一人の女性が。

メロティスはその弱った心に漬け込んで、クレイのお母さんへ『暗示』を掛けてしまったのだ。




翌朝、戻らないクレイの両親を迎えにツェーリ先生がやって来た。

そこには人間の遺体とあたしがいただけ。

メロティスはその日の夜に、みんなを……あたしの両親、クレイの母親……他にも暗示をかけて言いなりにしているみんなを連れて、どこかへ移動した。

あたしは自分の意思で残ったのだ。

一生懸命に穴を掘って、クレイのお父さんをーー。


『メグ⁉︎ 何があったのです⁉︎ このご遺体は……まさか⁉︎』

『ツェーリせんせぇ……』

『…………なんという事を……』


ツェーリ先生と一緒に来た亜人たちと、クレイのお父さんを掘った穴に埋めた。

あたしは泣いてる事しか出来なかったけど、二つ決めた事がある。


クレイに、クレイのお父さんの事を黙っている。

クレイのお父さんは、お母さんと一緒にメロティスの『暗示』にやられて連れて行かれた。

そういう事にして……。

そして、あたしはクレイから……離れない。

たったの十歳で亜人族の全てを背負う事になったクレイ。

……可哀想なクレイ。

どんなに強くても、あたしはクレイがとっても優しい、情に深い奴だと知っている。

メロティスを倒せば両親が帰ってくるって思ってると、知っている。

あたしの事もそうやって慰めてくれるんだもん。


クレイ……。








「そろそろ戻らないと不審がられるかもしれないな。明日も仕事があるし。戻ろう、メグ」


アメルの声に頭をあげる。

明日も仕事……確かにそうだよね。


「ではワタクシも戻りますよ……ふふふ。ああ、同盟締結は来月の末との事です。同盟が結ばれれば、貴方方も身の振り方を考えてもいいかもしれないですね」

「どういう意味だ? 諜報活動は、もうしなくていいって意味じゃないだろう?」

「ええもちろん。……そうではなく、貴方達の主人はレオハール殿下に近しい方々だ。思想も殿下のものに共感しておられるはず。正体を明かしても、もしかしたら問題ないかもしれない、という意味です。特にライナス様は……」

「! ……正体を……、……うーん、まあ、確かにあの人は……いや、でもなぁ」

「その辺りはお任せしますよ。……正体を明かして仕事をしていくのは、今の亜人族には大変な事だろうとクレイ様もツェーリ先生も仰ってましたからね。ですが、同盟が締結されれば我々は堂々と日の当たる場所を出歩いても良いのです。何かを言われても、我々はこの国に、その権利を与えられた事になる。思想だけで誰もその権利を侵害する事は、許されない。国がそう保証した事になるのです」


ドキッとした。

今のあたしやアメルは諜報員としての隠密行動。

でも、それをしなくても良い。

お嬢様にあたしが亜人だと言ったら、どう答えるのだろう?


「…………」


クレイが亜人族の未来の為にもぎ取った、権利。

あたしはそれを享受するだけ?

このままでいいのかな……?

あたしがクレイにしてあげられる事は、本当に何もないの?


「ねえ、ニコライ」

「?」

「クレイはどんな情報が欲しいの? あたし、クレイの役に立ちたいんだ! ねえ、お願い! 教えてよ!」


バカにされるかもしれないけど、あたしはクレイの力になりたい。

必死に頑張ってきたクレイ……。

あたしも! あたしも亜人族の未来の為に出来るなにかをーー!


「……クレイ様が欲しい情報ですか……そうですね、ありますよ」

「ほんと!? どんな情報!?」

「貴女が日々、どんな生活を送って、何を感じているか……」

「…………。へ?」

「貴女が毎日、元気で楽しく過ごせているか。クレイ様が今一番知りたい情報です。何かありますか? 出来るだけ詳しく書いてある報告書が好ましいのですが? ……例えば日記とか」

「っ!」


カッと顔が熱くなり、思わずニコライをぶん殴る。

華麗に羽ばたいて空へ逃げられたので、正確にはぶん殴ろうとした、だけど。


「待てこら降りてこい! なんで日記の事知ってんのよぉ!」

「ふふふふふふふふふ!」

「こんのやろー!」

「メグ危ない! 騒ぐと目立つし、暴れたら落ちるよ⁉︎ いくら亜人でもこの高さからの着地は痛いって」

「ぐぬぅあー!」


乙女の日記なんか見せられるわけないでしょー!

アホのニコライ死ねええぇ!

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