番外編【メグ】15



「人間と同盟を組む……クレイ様も王子も本気のようですね」

「そんなの上手くいくのかな……」

「さあ? けれど、ツェーリ先生は必要な事と言っていましたよ」

「そんなのあたしにも分かるよ。……分かるけど……」

「メグは人間と接しても、まだ不安なのか?」

「アメルは不安じゃないの?」



お嬢様がお茶会を開いた夜、あたしは亜人族の仲間と使用人宿舎の使われていない部屋で話をしていた。

定期報告を聞く為にやって来たのはニコライだ。

アメルは豹の亜人ナタル姐さんと人間の間に生まれた少し……いやかなりレアな亜人。

半分が人間のあたしたち亜人に、更に人間の血が入ったから見た目はただの人間。

だからとても潜入調査とかに向いてるんだよね。

そんなアメルを睨みつける。

人間は全部が全部悪い奴だとは思わない。

マーシャやお嬢様やアンジュ、お兄さん……王子様……良い人もたくさんいたもの。

でも、それとこれとはなんか違うっていうか……。



「ま、穴蔵の中でも不安の声は大きいですよ」

「でしょー?」

「しかし、陽のあたる場所で生活が出来るかもしれない。その期待の前に、表立って文句を言う者はいませんね。何よりクレイ様がお決めになった事だ」

「だよな」

「…………それは、それはあたしも、分かるけど……」


実際陽のあたる場所で生活してみてとても楽しい。

毎朝、朝日に起こされて、石鹸の香りがするシーツをお日様の下に干す。

爽やかな風に包まれ、青い空を見上げる生活。

穴蔵の中じゃ不可能な生活。

みんなもそんな風に暮らしたいって分かってる!

でもやっぱり怖いものは怖いんだよ。

人間はずーっとあたしたちを差別してきた。

同盟を組んだところで、その差別がなくなるわけじゃない。

マーシャのような人間の方が、稀有だろう。

……王子様や、マーシャに『耳付き』は差別用語だから使っちゃダメ、と教えたお嬢様も、多分……珍しい人だと思う。

あたしが諜報員研修中に、次期女王と言われていたマリアンヌ姫は『偽者』という事が発覚し、お城から追い出された。

王子様が次期王になる事が決まり、そんな王子様が最初に打ち出した改革が『亜人との同盟』。

町の様子は王子様の王太子決定に沸き立っていたが、その発表で一気に冷めた。

何を言っているのだ、と町の人たちは途端に王子様を責めたり、悪口を言い始めたんだ。

でも、同盟の理由が『戦争に行く王子が生きて帰る為』と言われるとみーんな今度は押し黙った。

そして、あたしの研修が終わりアミューリアへ行く頃、ようやく『それじゃあ仕方ないのかもしれないな』と納得する声が出始めたのだ。

なんとも現金な話だが、それもかなり嫌々。

王子様の認識がどの程度か分からないけど、町の人たちはきっと亜人を差別するのをやめないだろう。

表に出て来ても、きっと辛い目に遭う。

あたしも、とてもじゃないけどこの帽子は取れないよ。


「俺は……俺は次代の王とその側近となる公爵たちは信用出来ると思う。他の諜報員も同意見の奴が多いはずだ」

「ええ、その意見にはワタクシも賛同です。レオハール殿下は聡明で、尚且つ大胆。そして『騎士』も『剣』も『盾』もお持ちだ。人望は現王とは比べるまでもない。今ブーブー文句を言う民も、いずれ何も言えなくなるでしょうね」

「そ、それも分かるけど……貴族が全員、王子様たちみたいなわけじゃないし」

「まあ、な」


アリエナ様って人や、そのメイドのシンディさん。

彼女らと同じような思想の人も多いのは、宿舎で嫌という程理解出来たもの。

でも、クレイはきっと本気だろう。

人間と同盟を組む事が亜人族の未来の為になるって判断した。

それは分かる。

ずっと穴蔵で、日陰で生きていく事はみんなの望みではないもん。

クレイに今の状況を変えて欲しい。

陽のあたる場所で生きていけるようにして欲しい。

分かるよ、あたしもそう思うもん。

けど……。


「それに同盟を組むって事は、クレイが戦争に行くって事でしょ……?」

「そうですね。メロティスもズズも、クレイ様が戦争から戻るところを狙うでしょう」

「チッ、負けたんだから大人しくしてりゃーいいのにな。特にズズ! 荒熊の名折れだろーに」

「確かに。元々卑怯なメロティスはともかく、ズズも諦めが悪い。年端もいかぬクレイ様に負けたのが、余程信じられなかったのでしょうね」

「あいつらの事はいいよ、別に。……あたしは、それよりもクレイが戦争に行く方が反対。クレイじゃなくたって、いいじゃん」

「メグ……」


二人に、意外そうな顔をされた。

でも、本当にそう思うんだもん。

何もクレイじゃなくたっていいじゃん。

王子様も、王子様が自ら行く必要なくない?

亜人だって強い奴はたくさんいるんだから……。


「だって、だってクレイがいなくなったら……みんなどうするの⁉︎ ズズはここぞとばかりに長の座を狙ってくるよ! メロティスだって! あいつの『魅了』と『暗示』の力は……二人も知ってるでしょ⁉︎ クレイがいなかったら……」

「そうですね。しかし、クレイ様は自らが戦争に向かう事に意味を感じている。亜人の長の立場であるご自分が、神々の前に立ち、そして認められる事が重要なのだと」

「…………っ」


みんな、みんな、みんな!

みんなクレイに頼りすぎてる!

あたし含めだけど!

……分かってるよ、現状はそうじゃないとダメなんだって。

クレイに頼るしかないんだって、分かってるよ!

でも!


「……メグ、大丈夫か?」

「大、丈夫だよ……」


しゃがみ込んで、抱えた膝に額を押し付けた。

クレイがいなくなったら、亜人族もあたしもどうなるんだろう。

メロティスとズズの次の長を決める戦いに巻き込まれて、あいつらの思想に染められるんだろうか。

メロティスは嫌だ。

絶対許せない。

あたしのお父さんとお母さんを連れて行ったメロティス!

クレイのーーー。


「…………」


クレイのお父さんを、あたしのお父さんとお母さんに殺させた、メロティスだけは……絶対許さない。

クレイ、お願いだからメロティスにはもう関わらないで。

どうかそれだけは、その事だけは知らないままでいて!


あたしの事を……嫌いにならないで……。

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