番外編【メグ】17
なんかよく分からないけど、お嬢様は健康診断に行く事になったらしい。
最近王子様もお休みが増え、着々と亜人族と人間族の同盟準備が進んでいるのを感じる。
その中で、うちのお嬢様はご自分の健康や体質などを改めて調べる事にしたんだってさ。
よく分かんないけど、赤ちゃんが産めるかどうかとか、調べるほどの事なのかな?
とか思ったりもするけどね、アンジュさんのところのヘンリエッタ様もご一緒。
ヘンリエッタ様は花粉症の診察だってさ。
そういう病気もあるんだね?
あたしにはよく分かんないや。
人間って貧弱。
「っで、お兄さんも来るの?」
「貴方まで来なくても良かったのに」
「何を仰います。御者は俺しか出来ないでしょう?」
「それはそうなのだけれど……」
「ぶーぶー、義兄さんまじ乙女心分かんねーさ」
「う、うるさい!」
なんかお兄さんも来るらしい。
面子が女子しかいないから、めっちゃ浮いてるんだけどねー?
本当、お嬢様馬鹿というかなんというか……。
お嬢様の事好きなの?
いや、まあ、好きは好きなんだろうけど……あたしとクレイみたいな感じなのかな?
「では、今日はよろしくお願いしますわ、ヘンリエッタ様」
「ええ、こちらこそ!」
それはそれとして、うちのお嬢様が女の友達出来たのは喜ばしいよね。
今まで休日といえばマーシャやあたしとしか喋ってないもん。
「つーかお兄さん、マジで浮いてるよ?」
「俺は御者に徹する」
「あたしらは後ろに乗りますよ〜、メグ〜」
「あ、は、はい」
あたしとアンジュさんは馬車の後ろの部屋。
マーシャはお兄さんと御者台。
お嬢様たちがボックスの中に座ったのを確認して、馬車は走り出す。
「それで、ヘンリエッタ様……寮で出来ないお話とはなんなのですか?」
ん?
お嬢様の声がそう切り出した。
どうしたんだろう?
寮で出来ない話?
隣のアンジュさんが気になるので、あからさまな感じに聞き耳は立てられないけど……耳は動いちゃうよね。
「……た、単刀直入に申しますわね」
「はい」
「ローナ様……先日からお茶会で他のご令嬢たちとお話ししていて気になりましたが、ローナ様は他のご令嬢たちへの配慮がなさすぎます! わざとですか⁉︎」
「⁉︎ ……え? ……ええと、わざと……わざととは?」
「ああ! やっぱり無自覚でしたのね……」
「どういう意味なのでしょうか? 配慮が足りない、とは……」
…………あ……ああ……。
ヘンリエッタ様のお嬢様へのツッコミ。
それは先月行われたお嬢様主催のお茶会でのアレコレ。
あたしはお菓子を運んだり、換えのナプキンを用意したりしていたんだが、一応お嬢様の家のメイドとしてお側にいた。
その時のお嬢様の素っ頓狂な返事の数々……多分あれの事を言ってるんだろうな……。
貴族の会話は難しくて、ほとんど分からないのだが、あたしでも分かるレベルでお嬢様は、その、なんつーか……変な言い方だが乙女心が分かってない!
例えばアレ。
『ケリー様の好きなタイプはどのような方なのでしょうか?』
こんな問いかけがあった。
あたしでもこれは「あ、この人、ケリー様に興味あるんだ趣味悪ーい」と分かったのに、お嬢様ときたら何と答えたと思いますぅ?
『さあ? そのようなお話はした事がございません』
いやいやいやいやいやいやいやいや!
違うからお嬢様それは返答として間違ってる!
あたしでもそこの正解は『ではケリーとお話しなさいますか?』的な答えを期待してるぞこの女!と分かりましたから!
それなのに「さあ?」って!
お嬢様、ケリー様の事をこの人には紹介したくないのかな?
と思ったりもしたけど、お嬢様の性格上、言葉通りに受け取っている可能性もなきにしもあらず。
その時は「いやあ、まさか?」とか思ってたけどマジにそうだったんかーい!
他にもアレ。
『ローナ様、普段からこのようなものをお召し上がりになっておられるのですか?』
『そうですわね、普段はヴィニーが作ったものを食べております』
『っ』
アウトオオォ!
お嬢様、その人絶対ヴィンセントお兄さん狙いだよ!
それなのにそんな返事したらヤバいってば!
逆効果すぎて逆にマウント取ってるようにしか見えないって!
ああああぁぁ! お相手のご令嬢の顔のヤバさ〜!
「例えばですね……わたしくしの友達でティナエールという娘がいました。あの子は去年、せっかくできた恋人に婚約を申し込まれる事もなく白紙になっています」
「あ、あの方がそうでしたの……」
「そうです! ……ローナ様はその辺りご存知なかったからだと思うのですが……、……あの子がローナ様にどうしたら出会いがあるのかを聞いた時、なんて仰ったか覚えておられます?」
「……。……ええと、確か……夜会やお茶会に参加されればすぐに素敵な方と巡り会えますわ、と」
お、おおおおお嬢様〜!
それ違うよ!
その人絶対、お嬢様経由で男紹介して欲しかったんだよ!
お嬢様の周りにはいつも男の人がいるじゃん!?
その中でも交友関係広そうなエディン様とかハミュエラ様に頼めば、絶対その子に似合いそうな人紹介してくれたんじゃないかなぁ!?
「……ティナエールはその言葉にとても傷付いて落ち込んでしまいました」
「え? な、なぜです!?」
「ローナ様は今、レオハール王子とのご婚約がほぼ確定的状況なのですよ⁉︎ そんな方にそんな突き放されたような言われ方をしては落ち込みますよ!」
「え、ええ!? ……わ、わたくしはそんなつもりでは……」
「分かっております! ……ですがティナは内向的で繊細でネガティブな子ですの。ローナ様にそのつもりがなくとも、ローナ様のお立場で言われたら遥か上から突き放された、と感じてしまうものなのですわ」
「…………そ、そうでしたの……申し訳ございません……」
……うわぁ……うちのお嬢様意外とコミュ障……。
なんとなくそんな気はしていたけど……やっぱりコミュ障だったんだ。
無表情だから地味に威圧的だしねぇ。
「ティナエールはローナ様にこう言って欲しかったんです」
「え?」
お、言ってやってください、言ってやってください! ヘンリエッタ様!
ビシッと!
「ローナ様は来月お誕生日パーティーを開催されますでしょう? そこで婚約者のいない殿方を何人か紹介します……と、まあ、そんな事を言って欲しかったんですわ。ローナ様のお誕生日なら、ケリー様やライナス様、エディン様のご友人もいらっしゃるのではありませんか? その中で、ティナエールに合いそうな方を何人か……」
「そ、そういう意味でしたの⁉︎」
ほらね、やっぱり。
そういう意味なんですよ。
亜人はそんな回りくどい言い方しないけどさ、使用人宿舎はもろそんな感じの回りくど〜い言い方しかしないからそれはもう面倒くさい!
そう考えると、あたしも人間の生態が分かってきた方なのかな?
「ま、まあ、それは高望みだとわたくしも思いますけれどね? ……ですがあの子、去年婚約が決まりそうなところを逃してからますます自分に自信をなくしていて……。ぶっちゃけわたくしも婚約者はいませんのでティナに殿方を紹介できる立場でもなく……っ」
「そ、そうでしたの……では、ケリーやエディン様にお伺いしておきますわ」
むしろエディン様はマーシャを諦めて、そういう方々ともっと積極的に仲良くすればいいと思いまーす!
「まあ、ティナの事はわたくしの贔屓目も入っているので問題はここからなのですが」
「え? ほ、他にもわたくしは何か言っておりましたの?」
「それはもう! お茶会の間ずっとです! ……もう横で聞いていてハラハラしっぱなしでしたわ!」
「え、ええ……」
……気持ち分かるなぁ……。
あたしも側から見てドキドキしちゃったもん。
主にいろんなご令嬢たちの目がマジになっていったり、笑顔が引きつったり、肩がプルプル震えてたり……。
うちのお嬢様、お友達がほとんど男の人なのに、男を紹介して欲しそうな人の言い方に気付かず、むしろ仲の良さを自慢するみたいな言い回しするから怒らせるんだろうね。
「例えば! ……ローナ様、ライナス様とスティーブン様はお付き合いされているのですか? という風のなことを聞いてきた令嬢は何人かいたはずですよね? なんてお答えしたか覚えてますか?」
「え? ええ……毎日仲睦まじくしておられます。婚約も間近ではないでしょうか、と」
「……それではいけません……そんな事を聞いてくる令嬢はライナス様やスティーブン様に気があるのですわ」
「ええ⁉︎」
そうそう。
まあ、あたしもライナス様は無理だと思うわ。
スティーブン様も可愛いけど、そんじょそこらの令息たちにはもったいない可愛さだものね。
ラブラブだし、お嬢様が防波堤になってるのはいいと思う。
……でもヘンリエッタ様の口調から、それもダメだったっぽい。
難しいな、貴族の会話!
「そ、そんな……どうお答えしたら……」
「もちろん、あのお二人のように皆さんにも婚約者が出来ますわ! わたくしがご紹介しますわよ! と!」
「結局仲介役を買って出る事になるのですか……⁉︎」
「それが一番無難なかわし方なのです! 殿方関係の質問は、そのほとんどが「自分も恋人が欲しい」の裏返しなのです!」
「な、なんという……」
うんうん。
いのち短し恋せよ少女だよ、お嬢様!
……けど、恋人かぁ。
王子様はお嬢様が婚約者候補になってるんだよね。
い、いや、別にあたしが王子様とどうこうなんて、夢のまた夢だし世界がひっくり返ってもありえないって分かってるけどさ。
……でもなんだろう、この気持ち……。
「でも中には特定の人物の名前を固定で、尚且つ重点的に話題に出して来られる令嬢もいます」
「え? あ、ええ……そういえばそういう方もおられましたわね……ケリーの事とか……」
「そういう方は、その方に気があるのですわ。あの様な場でローナ様に執拗に質問してきた方がいたでしょう?」
「それは取り次ぎを遠回しに要求しておられるのですわよね?」
「そうですね。……そういう方になんとお答えしていたかは……」
「ええ、もちろん……遠回しにお断りしておりました」
「…………」
「ダ、ダメでしたか?」
不安げなお嬢様の声。
あたし今ちょっと驚いてる。
お嬢様、あれ遠回しに断ったつもりだったんだー……ワオウ〜……。
「……ケリー様やエディン様は婚約者もいらっしゃいませんし……あとヴィンセントも……」
「え、ええ」
「彼女らも本気でお慕いしているので……その、断られるとですね……」
「……は、はい……」
「なんで断るのかが分からなくて深読みしてしまうんです。例えば、ローナ様がエディン様に未練があって紹介を拒んだとか……」
「ええ⁉︎」
「義弟に相応しくないとか、ヴィンセントはまあ、そのアレですけど」
「そ、それはええと、まあ、ヴィニーは確かにアレですけれど……そんなつもりは……」
…………そうね、お兄さんはアレだね……。
「……そ、うでしたの……。でも、皆さんにそう言い寄られてもわたくしの一存では決めかねませんし……」
「それに、中にはローナ様がそのようにエディン様やライナス様、他の公爵家の皆様のことをお話しになるのも面白くないという方々もおられますのよ」
そうそう! うんうん!
ホンッッッッットそれ!
言ってやって言ってやってー!
「? どういう事ですか?」
「公爵家の皆様もそうですが、ローナ様はレオハール様、スティーブン様とも親しいでしょう? ヴィンセントと、ケリー様は身内ですからある程度は仕方ないのでしょうけれど……ご友人が素晴らしい殿方ばかりという事で、ただそれだけで嫉妬の対象となるのですわ。ローナ様派と表明してはいますが、皆が皆ローナ様を慕って味方しているわけではないのです。あくまで、現状、ローナ様に付いた方が得……と思っている者の方が圧倒的に多い、という事ですわ」
「………………」
実際、エディン様とデートしただけのマーシャも未だに無視されたりしてるしね。
女の嫉妬は怖いのよ〜。
……そうね、よく考えたらこの主人にしてあのメイドと執事アリかもしれないわね……。
「特に怖いのはローナ様がエディン様の話をされる時……」
「え、ええ……」
「ほとんどの令嬢はエディン様と婚約を解消しておきながらなんだその仲良しアピール……! と怒りを抱えて笑っておりますわ……」
「……………………」
……本当、それ。
エディン様ってなんでこう、女の世界を引っ掻き回すのかしらね。
死ねば良いのに。
「そ、そんなつもりはないのですが……」
「だと思いました。……聞かれたから答えている、と言うだけなのですわよね?」
「え、ええ。……でも、殿方の話をするだけで不快に思う方がおられるのですね?」
「はい、残念ながら。……レオハール様とのご婚約が確定的だというのに他の婚約者もいない殿方と親しくしている……この事実がローナ様への好感度を下げまくっているんです。ただのご学友としても、異性である事が問題なのですわ」
なるほどねー。
お嬢様の問題点は男友達しかいないところかー。
気持ち分かるなー、あたしも幼馴染がクレイだから、亜人族中の女性陣からそれはもう妬み嫉みを受けまくったもん。
クレイはお兄さんほどじゃないけど、アレに劣らぬヤバさだから尚更アレだよ。
あえて言わない。察して。
「…………。ですがわたくし、同性の、その友人と呼べる方はスティーブン様くらいしかおりません……」
「同性……。……じゃあ……そうね、話題作りをしましょう! ……今夜と明日はお城でパーティーがあるから……明後日! 明後日の夕飯、食堂の個室でわたくしの友人と一緒に食べませんか? ……クロエという子なのですが、わたくしよりもズバズバものをはっきり言うんですよ! ティナエールも誘いますから、ローナ様も……わたくしたちと友達になってくださいませ」
「……ヘンリエッタ様……」
「あ、友人なのに様付けは他人行儀ですわね。……ローナ、と呼んでもいいかしら? わたくしのこともヘンリで構わないわ」
「……! ……あ、ありがとう……是非……ヘンリ、よろしくお願いね」
「ええ!」
お、おお〜!
お嬢様に同性のお友達が!
……まあ、そうだよね。
あたしやマーシャは使用人。
貴族令嬢のお友達がお嬢様には必要だよね!
良かったね、お嬢様!
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