IF 〜喜劇の世界〜

【side オズワルド】



ふと、熱に浮かされて目を覚ました。

飛行機の事故で死んだはずだったが、目の前には鉄格子。

体には鎖が巻き付いていて、身動きが取れない。

グラグラと暑い頭。

口からは涎が垂れた。

ぼやける視界から見えるのは数人の白衣の男。

紙に何かをメモしながら、準備が終わった、と告げる。


「『クレース様の血液』を三%ほど多めに投与しました。拒絶反応が酷いようですが、馴染めば治るかとは思います。……しかし、やはりレオハール様よりは……」

「ふぅむ、オズワルド様の方が血筋としては正当なのだが……体質の問題か?」

「恐らく。ですがやはり王家の血筋ですよ。末端貴族じゃあ『クレース様の血液』を薄めて投与しても死にますからね。やはり上手く神の力を引き出すのは難しい……」

「ハハ、だからこそ研究し甲斐があるんじゃあないか」

「そうですね」


「………………」


朦朧とする意識の中、男たちのそんな会話を聞いた気がする。

そして、なんとなく俺の現状は『まともではない』のを感じた。

その直感は意識を取り戻し、彼らの会話を聞いているとますます強まる。

とりあえず俺は『オズワルド』と言う名らしい。

様付けで呼ばれている割に扱いは罪人のようだ。

鎖に繋がれ、鋼鉄の手枷で壁に張り付けにされている。

食事は点滴のようなもの。

糞尿は垂れ流し。

まあ、帽子やマスクで頭を隠した男か女かも分からない白衣の人間が片付けていくけれど。

会話はない。

話しかける気力が、とても湧いてこなかった。

倦怠感が恐ろしくて身動きを取る事も億劫。

意識もたまに朦朧とするし、鉄格子の外で和気藹々と何かしている奴らの会話内容で辛うじて情報をかき集めるくらいの事が精一杯。

それらで組み立てた俺の状況としては、とりあえずなにやら『戦争』があるらしい。

そして俺はその為に『調整』を受けている。

時折注射される薬は体を強化したり『記憶継承』とかいうのをより強く発現させる為のもの……だとか言っていた。

足元を見ると子どもの足。

多分これは俺の足。

飛行機事故で死んだ……間違いなく死んでいるという事を思うと、どこかの国で子どもの体に脳みそでも移植されて改造されてるんだろうか?

アハハ、そんなバカな。

どんなSF映画だよ……。

と、突っ込む気力も今はない。


「そろそろ殿下も十歳だな。戦闘訓練を開始した方がいいんじゃないか?」

「そうだな。しかし、ディリエアス家の坊ちゃんにも困ったものだ。レオハール様を“見付けてしまった”そうじゃないか」

「ああ。これでレオハール様の事は公表されるらしいぞ」

「まあ、仕方ないな。王家の血筋である事は間違いない。……しかしそう考えるとオズワルド様は本当にお可哀想だなぁ。正当な血筋でありながら、『戦争』の使い捨ての兵器として今後も存在を秘匿され続ける事になるんだろう?」

「仕方ないさ、陛下のご意向だ。それに、ここまでしなけりゃ人間は他の種族には勝てない。オズワルド様には申し訳ないが……王族としての務めを果たして頂こう。国民を守るという、王族としての大義名分をさ」

「そうだな」


「…………」


ちっとも申し訳なさそうではない、軽い口調。

俺は、王族?

はあ……この体は王子様、とでもいうのか?

今日は頭がひどく痛んだ。

意識は、そこで途切れる。








【side レオハール】



母が目の前で死んだ。

殺された。

毒を飲み、僕など産まなければ、と呻き声で途切れ途切れながら言葉を残して。

城に連れて来られるまでの母は毎日笑顔で、明るく優しく、元気な人だったのに。

見上げると白い服の大人たちに見下ろされていた。

連れて行かれたのは夜が続くような場所だった。

後から、そこは『王墓の檻』であると知るが……その頃はただ、この広い『部屋』で色々な液体を体に打ち込まれる日々。

苦しかったり、暑かったり、寒かったり。

まだ城の外で母と……貧乏で、その日食べる物もない暮らしの方がマシだと思えるような。

だから最近になって、母の言葉の意味を理解した。

生まれてこなければ、こんな苦しい思いをする必要はなかったのに。

それがどのぐらい続いたのか。

一年?

二年だろうか?

僕は時折、運動がてら城の庭まで連れてこられてそこで少しだけ一人にしてもらえる。

僕付きの研究者が言うに、僕は『外』で暮らしていた事があるので定期的に陽の光に当てないとダメだとかなんとか……。

だから、陽の当たるガゼボの中に放置されて……その研究者はメイドに会いに行く。

ここから時々見えるのだ。

研究者が城のメイドと逢瀬を楽しむ姿が。

僕を陽に当てる、と言いつつ本当の目的は彼女に会う為、あの暗い闇しかない『王墓の檻』を出る口実なんだよね。

あの研究者にとってきっとあの女の人は『光』なんだろうな。

僕もやはり陽の暖かい光には敵わない。

日頃の暗い場所にいるせいか、太陽の光を浴びると……確かに心が穏やかになるし、とても眠くなる。

僕とあの研究者は……共犯というやつだ。

だから僕も黙ってこの暖かな光を享受する。



「おい、起きろ」

「……う、うう……」


誰?

もうあそこへ帰るのかな……?

やだな、もう少し寝ていたい。


「おい、こんなところで寝たら風邪引くぞ」

「……………だれ?」


え?

本当に誰?

雀茶色の髪、藍色の目。

子ども……?

お城に子どもなんているものなの?

あ、お腹が鳴ってしまった。

思わずお腹をさする。

やだな、最近もらえるのは栄養食とかいう苦くて硬いパンなのだ。

あれならまだ『外』で食べていた硬いパンの方がマシだった。

それに……お城の人は信用出来ない。

だって母を殺した。

あの白い粉。

お砂糖と言ってたけど……毒だった。

言うことを聞いていても、こんな目に遭うんだから……いらなくなったら僕もあんな風に殺されるのだろうか。


「あ、お、おれは……ええと」

「……………?」

「伯母上に会いに……あ、いや、探検だ」

「たんけん……。おしろの、ひと、じゃ、ないの……」

「城で働いているように見えるか? まあ、俺の父は偉いけどな!」

「…………」

「腹が空いているならこれ食べるか?」


その子は、「ほら」と、カバンの中からハッシュドポテトやサラダを挟んだパン……この場合サンドイッチを取り出して手渡した。

それと、彼を交互に見る。

見たところ、僕がいつも食べさせられる硬いパンとは違うようだ。

それに緑色の野菜なんて久しぶりに見たな。

お城の人ではないと、言っていたし……確かにお城で働けるのは大人になってから……。

彼はお城の人じゃない?

「これ嫌いなんだ。お前が食えばしょうこいんめつできる」と得意げに言う。

そうか、これは彼が嫌いな食べ物なのか。

まあ、それに…………これが毒でも、いいか。

苦しいのは嫌だけど、それでまたたくさん苦しい事とか痛い事をされずに済むんなら……いっそ。


「………………………」


食べろ、とまた促されたので、ぱくり、と手渡されたものを口にする。

あれ。

美味しい。

甘いパンの味。

パンってこんなに柔らかくて、甘いの?

野菜もとてもみずみずしい。

そらに、なんて濃厚なんだろう。

これは、パンにバター?

ほんのわずかな塩気。

自分でも泣いているのに気付かないほど、美味しかった。


「…………おいしい」

「そうか。それで、お前名前は? なんで城にいるんだ? オンナ、だよな? 脚なんて出して、はしたないぞ?」

「…………なんで……」

「ん?」

「……………………分からない…………」


あ、すごい……会話が続いた。

会話、久しぶり。

何年振りだろう。

『外』にいた頃以来。

僕、まだ言葉が話せてる。


「……? …………お前大丈夫か?」

「…………でも……おいしいです……」

「……そ、そうか……よかったな? お前、名前は? 俺はエディン・ディリエアスだ」


名前。

わあ、名前……えーと、名前、誰の?

僕の?

僕の、名前……。



『レオ』



お母さんに呼ばれた。

僕の名前……。


「…………なまえ……レオ」

「ん?」

「……レオハール……」

「ふーん? 男みたいな名前だな」



……あれ?

僕って男じゃなかったっけ……?

忘れたなぁ。








【side マリアンヌ】



わたしの母は別棟の最上階にいる。

扉には厳重な鍵がかけられ、会う事は叶わない。

今日もわたしにはたくさんのメイドが付き、家庭教師たちが色々覚えなければならない事、を延々説明してくる。

わたしは『次期女王』なので、たくさん『思い出して』おかなければならないのだそうだ。

そういえば最近、わたしにはお兄様がいる事が分かった。

お会いしてみたいのだが、覚える事が多いので今は無理なんだって。

残念だな。

けど、いつかお会い出来るだろうとルシアメイド長が言ってくれた。

そのいつか、は四年ぐらい経った後。

わたしが八つの頃だった。

お兄様だという人は今年十歳のお誕生日なのだけれど、お誕生日が冬場なので雪が降る前にお誕生日会をなさるとか……。

そこにわたしも参加出来る!


「マリアンヌ様は、そのお茶会で婚約者をお探しになられないと」

「エディン様などいかがですか? セントラル公爵家のご子息です。ああ、オークランド家やオルコット家のご子息もよろしいかと」

「最低でも伯爵家以上のご子息の中からお選びくださいね。次期女王の夫となる方です。慎重に……」

「は、はあ……」


色んな人に色々言われる。

わたしはお兄様に会いたいだけなのに。

お父様はご飯の時間をご一緒出来るけど……なんでお兄様にはこんなに会わせてもらえなかったのかしら?

体調があまり良くないと聞いてはいたけど〜。

だーれもお兄様のお話してくれないんだもんなー。


「ああ、あの方ですよ」

「!」


ルシアメイド長が教えてくれた。

お茶会の会場の手前の通路で……ようやく会える!

わたしは嬉しくて、はしたないのは分かってたけどドレスの裾を持ち上げて駆けた。

後ろからメイドたちの「姫様!」という叱る声がしたけど、でも、四年待ったんだからちょっとくらいいいよね!


「お兄様! お兄様! はじめまして! わたしがマリアンヌ…………」


ピタリと足が止まる。

金色の髪と青い瞳。

王族に多いと言われる容姿のこの方がきっとそうだ!

その隣には雀茶色の髪と藍色の髪の令息。

誰かが「まあ、エディン様」と声をかける。

この方がセントラル公爵家のエディン様。

わあ、かっこいい。


「…………あ、あの……」


まずい、と慌てて姿勢を正す。

その間にメイドたちが追い付いてきた。

裾を直して、走ったのが恥ずかしくなり慌ててスカートを摘んでお辞儀した。


「は、初めまして、マリアンヌ・クレース・ウェンディールです。……あの、レオハールお兄様……でお間違いございませんか?」


ドキドキと顔を上げる。

柔らかな笑顔を浮かべたーーーお兄様。


「はい、僕がレオハールです。初めまして、姫様」

「…………」


あれ?

なんだろう。

わたしだって普通に挨拶をしたけれど……。

でもなんだか、思っていたのと違う。


「俺はディリエアス家のエディンです。初めまして」

「は、はひ! 初めまして!」


お、おおう、忘れてた!

ディリエアス家のエディン様にもちゃんとご挨拶しないとだった!

この人が、わたしの婚約者候補、の人なんだもんね!


「姫様」

「ハッ! あ、あのお兄様、お誕生日おめでとうございます! これまでお祝い出来なかった分、今日はたくさんお祝いさせてください!」

「そんな、姫様……お気遣い頂かなくて結構です。どうぞ、姫様はエディンとお話でも。ねえ、エディン」

「……。……そうですね、では、僭越ながら今日は俺がエスコートさせて頂きます。お手をどうぞ」

「え……」


差し出されたエディン様の手を見て迷った。

お兄様は?

わたし、今日お兄様とお話たくさん出来ると思ってた。

でもお兄様は、わたしに興味が、ない?


「…………お、お兄様が、いいです……」

「ま、まあ、姫様?」

「どうされたのですか」

「そうです、そんな我儘……、次期女王でありながらそのような……」

「っ」


わたしは、次期女王だから。

そう言われ続けてそういうものだと思って、女王らしくなろうと思って……ずっと我儘も言わずにいたけど……。

こ、これもダメなの?

お兄様とお話ししたい。

この気持ちも次期女王として間違ってるの?


「…………わ、分かりました……ご、ごめんなさい……」

「ああ、良かった。さ、エディン様と……」

「は、はい。よろしくお願いします、エディン様……」

「ええ……、……よろしくお願いします」


エディン様にエスコートしてもらい、お茶会の会場へ。

通り過ぎる時に、お兄様の顔を見た。

なんの感情も見えないお顔だった。


お兄様はわたしに興味がないんだ。

だからずっと会ってくれなかったんだ。

体調が良くないと伝えられてたのも、お兄様がわたしに会いたくないからだったんだ。

……なんだ、そうか……。

でもなんでお兄様はわたしに会いたくなかったんだろう。

エディン様は分かるだろうか?


「あの、エディン様……お兄様はわたしに、なんで会いたくなかったんでしょうか」

「は?」

「……だって、お兄様がいると聞かされてから三年、いえ、四年も会えませんでした。……体調が悪いからと……」

「ああ、それは多分本当ですよ。本当なら今日もあまり体調が優れないんです」

「え!」


驚いて顔を上げた。

確かに思い返してみると顔色は……最初から少し悪かったように思う。


「……今日は王子殿下お披露目の意味で、無理を押して出てきたらしいです。三日ほど前から、調整していたようですが……」

「そ、そんな……」

「…………貴女は何も知らないんでしょう?」

「?」


なんだろう。

エディン様って、わたしの周りに今までいないタイプの方。

男の人、だからかな?

何も知らない?

お兄様の事、確かに、わたし何も知らない。


「は、はい……」


だから素直に答えた。

エディン様は目を細めた後、少しだけ悲しそうに微笑む。

先程の、お兄様の笑みとはなんとなく違う感じ。


「…………まあ、今はそれで良い。貴女も俺もまだ子どもだ。何の力もない。何も救えない、無力な子ども」

「え、え? あのう?」

「でも一つだけ」


人差し指をエディン様がご自分の唇にあてがう。

その仕草がとても大人っぽい。

どきりとした。

これが男の人……?


「次期女王なら、周りの言葉だけ聞いてただ黙り込むのは愚かだ。地位と権力を持ったまま、周囲の言いなりになればただの傀儡に成り果てるぞ」

「…………」

「意味が分からないならそれでもいい。理解したくないならそれもいい。俺は姫様じゃないんでね」

「……え、ええと……」


どういう意味なの?

難しい……いえ、なんとか、意味は分かるけど、でも、エディン様がそれをわたしに仰る意味が分からない。

ただ、あまり良い感情は、今、向けられていなかったように思う。







*********




それから七年後。

その日は雪が空を舞う、とても冷えた日だった。

お城の小さい方のダンスホールで始められる。

大きな魔法陣が描かれ、魔宝石というものが中心に置かれるとレオハールが「エメリエラ」と声を発した。

玉座にはバルニール王と、その娘マリアンヌが鎮座して見守る。

レオハールの背後には三人の青年。

レオハールの友人のエディン・ディリエアスと、伯爵家の跡取りであるケリー・リース。

そしてケリー・リースの執事である、ルーク。

これからここで戦巫女が召喚される。

『大陸支配権争奪代理戦争』に勝利する為の、最大にして最強の切り札。

どうか成功して欲しいと、その場の皆が切々と祈る。

腹の奥に抱えた祈りの差はあれど、その願いだけはどれも本物。

光が渦巻き、天井へ向かって大きくなる。

ああ、どうかーーー。




(この仄暗い世界に光をお与えください)










IF 〜喜劇の世界〜

*********

『うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。』一周年企画。

グールフルーツ様のリクエストで『オズワルド、レオハール、マリアンヌが何事も無く兄妹として暮らしていた場合の幼少期のお話』でした。

何事もなく、の解釈は

・オズワルドが仮死状態にならなかった。

・マリアンヌの入れ替えが失敗していた。

です。


実は考えていたオズワルドルートのシナリオの一つでした。

鬼条件クリアで出会う、ウェンディール王国の制御不能破壊兵器と化した第一王子ルート。

意外とこのルートもアリかなぁ、と思ってたんですけど話が全く別物になるので没。

ヴィンセント以外に『オズワルド』が存在した場合も考えましたが、『オズワルド』をヴィンセントにした方が面白いと思ったので完全没☆

いやぁ、まさか書ける機会が来るとは〜。

でも書籍発売前の内容としてはドロ暗ですかね〜、まあ良いか〜。

リクエストありがとうございました。

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