ブラッシングは亜人の嗜み


「なん、だと……⁉︎」

「な、なんだ?」


馬車をぶっ壊し、後片付けを任せられる業者に託したあと、俺は大急ぎで寮に戻った。

今日の前夜祭、何がなんでもクレイの服をきちんと整えてやろうと息巻き招いた俺の部屋。

そこで採寸した結果、衝撃の事実が明らかとなる。


「俺より胸囲が……ある、だと……⁉︎」

「きょうい? ……そ、それがあると何かまずいのか?」

「あ、ああ、まずい。俺の上着が入らない! それと、忌々しい事に足の長さも俺の方が短い!」

「…………。それは、身長のせいではないのか?」


ぐっ。

確かにクレイの方が俺より背が高い。

つーか俺だって絶対小さくないぞ! 身長180はあるからな! 春先に測ったから間違いない!

あとついでにヴィンセントの公式プロフィールにも身長180って書いてあった!

クレイがでかすぎるんだ。

耳含めて188センチっておかしいだろ。

ライナス様よりでかいじゃねーか!

…………耳含め……耳含まなければ何センチなんだ?

いや、でもやっぱ俺よりはでかいしなぁ。


「うーん、イケると思ったが、これじゃ俺よりライナス様の方がサイズが近いか?」

「どうしたらいい?」

「そうだな、とりあえず今日はライナス様の礼服を借りろ。多少の手直しをすればバレねーだろ」


多分。

あとは装飾品を付ければ幾分ごまかしが効くはず。

明日の同盟締結日はちゃんとしたやつを着せなければ、亜人たちが馬鹿にされかねねーからなー。


「よし、ちょっとライナス様のところへ行ってくる。お前はここで待ってろよ」

「…………」

「なんだその不満そうな顔」

「待ち時間が惜しい。仕事に戻っていいか」

「お前も隠れワーカホリックか」

「わーか……?」


レオもそういうとこあるけどお前もかクレイ!

いや、しかし、亜人族の長ともなるとやはり忙しいのだろう。

裏稼業ともなればヤバめな案件も多そうだし。

採寸は終わっているし、手直しにも多少時間はかかるから確かにただ待たせておくのもクレイにとっては『時間が惜しい』のかもしれないが……。


「でもいいのか? 全部俺に任せて。すごい事になるかもしれないぞ?」

「な、なんだすごい事とは⁉︎」

「装飾品ジャラジャラでド派手な色の汚したら一発アウトみたいな、すごーい格好をさせるかもしれないぞ」

「な、なぜそんな事を⁉︎」


いや、単に俺が着せてみたい?

こんなイケメン好き放題に着飾れる機会、今後あるか分からんからな。


「嘘だよ、心配すんな。ライナス様の礼服は基本そこまで派手じゃねーから。本当ならオーダーメイドで生地から選んで作りたいけど、同盟締結日は明日だからな……。とりあえず今日の分と明日の分、それっぽく見えるようになんとかしてやるよ。そんな小汚い格好で会場入りしたら亜人族はやはり礼儀知らずだ! とか馬鹿にされるからな」

「う……」

「少し待ってろ」


というわけで四階まで登り、ライナス様に事情を話して使わなくなった礼服を二着頂いた。

ライナス様も前夜祭の準備で忙しいだろうに、相変わらず良い人だな。

しかし、そこで気になった事が一つ。


「あれ? アメルはどうしたんですか?」

「アメルか? アメル燕尾服が間に合わなくてな……馬車の手配だけを頼んだ。御者もまだ出来んそうだから……」

「はぁ……。まあ、アメルは執事の教育など受けていないでしょうしね」

「うむ。というか、俺たちは少々ヴィンセント、お前の有能さに慣れすぎている。普通の執事は御者など出来ん。いや、出来る者もいるだろうが、普通はしない」

「む」


それは、まあ、確かに。

必要に迫られればやるだろうけど、常にやったりはしない、か?

シェイラさんも手配だけで、自ら御者台には登らないしな。


「それにあまり色々やらせては、覚える事が多すぎて『辞める』と言われかねないからな。これまで自分の事は自分でしてきた。大丈夫だ」

「そう、ですか。まあ、何かございましたらお声がけください」

「ありがとう。クレイにも会場で会ったらよろしく頼むと伝えてくれ」

「かしこまりました」


ライナス様に一礼して、踵を返す。

ぱたんと閉じる扉。

ふむ。

まだ上着は着ておられなかったが、椅子の背もたれに掛かっていたから多分、ライナス様の準備はギリ大丈夫だろう。

エディンにはシェイラさんが付いてるしケリーにはルーク……ルークにはケリーが付いてるし?

あれ?

いや、まあ、いいや。

やはり問題はクレイだろう。

今日の分は装飾品を取り替えて、ネクタイに俺の物を添えて……。

足の長さは多分問題ないはずだから、あとは靴かぁ。

靴も今度オーダーメイドで作らせないとダメだ、が……あいつそんなに金あるか?

うーむ……レオに立て替えてもらえないか聞いて……いや、だが国の予算から出るとかになったらそれはそれでどうなんだろう。

俺から贈るというのもなんかキモいしな〜。

くっ、悩ましい。


と、いう話をしたら。


「ブーツではダメなのか?」

「うん。少なくともそのブーツはない」

「うっ」


さすがの俺も靴は作れないから、やはり近いうち買うしかない。

オーダーメイドは時間もかかるし、この際既製品を磨いてそれっぽく見せる!

ズボンに尻尾が通る穴を開けて、裾や襟などを簡単に縫い、チェーンなどの装飾品を付け替え、ネクタイを締めてやれば……うむ、まあ、ギリ、かな?


「……きゅ、窮屈だ」

「我慢せい。式典用のやつはもっとゴッテゴテにしてやるからな」

「な、なぜ⁉︎」

「当たり前だろ、人間族の国民の前に出るんだぞ。レオたち王族に見劣りしない格好しなきゃ、馬鹿にされるだろうが」

「ぐっ……平民であっても馬鹿にするのか?」

「するだろうな。というか、人間族と亜人族の立場は平等、という前提の同盟なんだ。舐められて困るのはそっちだろうが」

「…………」


耳がへたっ……と下がる。

可愛いんだが、そこは譲れない。


「ほら、ちょっと椅子に座れ。後ろの襟もチェックする」

「む、うむ」

「あと髪もとかすぞ。ボサボサじゃあ衣装が見劣りしてしまうからな」

「うっ」


そして俺はクレイの髪をとかす名目の下、耳にも触れるおまけ付き。

イェーイ、最高かよ。

ぬくぬくいくい、クレイの犬耳……はあぁ、癒される〜。


「………………お、おい」

「なんだよ」

「……その、髪や、耳の毛並みを……整えるのなら、その……お、尾は……」

「ああ、そうだな。尻尾も……え? 尻尾のブラッシングもしていいのか?」


あ、しまった。

さらりとブラッシングって言っちまった。

つい。


「ま、まあ、貴様にならさせてやってもいい……。み、見栄えが重要なのだろう?」

「! ああ! 安心しろ! 俺がサラッサラのツヤッツヤのフワッフワに整えてやろう!」


うひゃー! 腕がなるぜ〜い!

はあ、これだよこれ、犬特有の尻尾の硬毛!

絡まりやすい毛質。

漂う獣臭!

尻尾の芯へ到達するまでの毛は驚きの長さ!

ブラシを通せばふざけた量の抜け毛が取れる。

しかし、その無駄な抜け毛が取れると、それはもうフワッフワのフサッフサのモッサモッサにボリュームアップ!

あぁ〜、これこれ〜!

そのブラッシング後のもっふもっふがいいんだよ〜!


「癒し……」

「………………」


思わず顔を埋めたくなるもっふもっふ。

あえて尻尾をフッサフッサのもっふもっふにしてから顔を埋める、この背徳感。

犬が大切な尻尾を預けてくれる、信頼してくれていると感じる至福の瞬間……!

ああ〜、幸せだなぁ〜。


「何してるんですか?」

「うわあああぁ⁉︎」

「ニ、ニコライ! 貴様いつからいた⁉︎」

「今し方ですが……お邪魔でしたか?」

「「べ、別に!」」


すげー変なとこ見られた!

こほん。

ブラッシングは終わったし、まあ、いいだろう!


「それよりどうだニコライ! お前んところの長の出来栄えは! 急拵えにしてはなかなかのもんだと思うんだがな」

「ええ、満更でもなさそうでしたしね」

「おお、そうか?」

「ニコライ!」

「?」


人間の格好なんて、と嫌がっていたがそうか気に入ってくれたか。

まあ、素材がいいからな。

と、思ったがなんかクレイは不服そう。

あれぇ? 気に入ってくれたんじゃねーの?


「明日の締結日はもっと立派な感じに仕立て上げてやるよ!」

「おや、良かったですね、クレイ様」

「お前何しに来たんだ」

「あ、そういえばそうだな? 何か用かニコライ」

「ええ、ツェーリ先生も準備が整ったそうですので、お迎えに」

「ああ、そうか。先に行け。俺はまだ…………色々残ってるんだよ、色々……」


馬車の後処理とか新しい馬車の発注とかそれまでの間の馬車のレンタルとか……馬車関係が諸々。

お嬢様やケリーはルークに城へ連れてってもらうよう頼んだから大丈夫だと思うが、俺、今日はお嬢様にこれ以上ご奉仕出来そうにない。

くそぅ、俺の全能力を以てしてもこればかりは……くそぅ!


「そうか。まあ、なんにしても感謝する」

「おう、下手こかねーようにな」

「良かったですね、クレイ様」

「やかましい!」

「?」


亜人って仲良いな。

と、思った。





*********

何気に『うちのお嬢様が破滅エンドしかない悪役令嬢のようなので俺が救済したいと思います。』一周年リクエスト企画。

あんころもち様リクエスト『クレイに礼服を着せる?ヴィンセント』でした。

リクエストありがとうございました。

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