SSボツネタ【同士たちへ捧ぐ】


「ああ、今年も咲いたわね」

「うわあぁ! スッゲー! 空がピンクだ〜!」

「ケリー様、走ると転びますよ!」

「ヘーキヘーキー!」


先月十歳になったばかりのケリーは、俺の声などまるで聞いてないかのように道を駆け降りる。

ああ、俺とお嬢様とケリーは今からこの小さい丘を越えて、セントラル東区の首都とも呼べる町『フェリース』へ、旦那様の忘れ物を届けに行く途中だ。

馬車なら十分もしないが、徒歩だと二十分はかかる距離。

子どもの足なら三十分かな。

『フェリースの町』はセントラル東区を預かるリース家のお屋敷の眼下に広がる大きな町。

東区内で生産されたものはここを通り、セントラル中央などへと出荷されていく。

旦那様の仕事はざっくり言うと前世でいうところの県知事、かな。

毎日お屋敷からこの『フェリースの町』へ出勤して、領主としてのお仕事をこなしておられるのだ。

そして町まで行く道の脇には、広大な畑が広がっている。

なんの、とは聞くな。

リース家の畑なので、一言では言い表せない種類のいろんな作物が育っている。


「ずーっと続いてる! 義姉様、これなんの花⁉︎」

「チェリーブロッサムという木よ。春が来るとほんの二週間ほど、こうしてピンクの花を咲かせるの。すぐ散ってしまうので、見られるのはこの時期だけね」


と、お嬢様が見上げるのは桜の木だ。

正直この世界にも桜があるのは少し意外だった。

が、よくよく考えると海外にも桜って普通に存在するから、この世界にあっても別に不思議じゃないんだよなぁ。


「散ったあとの道は、花弁が絨毯のようになって……それは美しいのよ」

「へぇ〜! それも見てみたいな〜!」

「花弁が散る前に集めて、ジャムにしてもいいですね」

「ああ、いいわね。あとはポプリにしてみたり、お茶用に取っておいて……」

「え、お茶? 花びらを?」


意外そうなケリー。

ふふふ、出来るんだな、これが。


「花弁や花そのものを塩漬けにしたものへ、お湯を注ぐものですね」

「ええ、貴方が去年考案したものね」


まあ、いわゆる『桜茶』な。

洋風なこの世界ではちょっと珍しいかも。

塩っ気が少し強いが、桜の風味と香りが前世を思い起こさせる。

日本人って、好きだよな、桜。

不思議だ、こんな洋風の世界だからなのか、余計にこの時期こうして桜を見上げるのが楽しみでならない。


「もちろん開花前の花を乾燥させた、普通のハーブティーもご用意出来ます。それに葉の方もとても香りが強いので、お菓子も使えますね」


一番に思い付くのは桜餅!

だが、餅米も小豆もないから無理だな。

ああ、あの桜の葉っぱをぺりぺり外して食べる感じが懐かしい。

兄貴(前世のな)は桜の葉っぱごといくタイプだったなぁ。

まあ、そんなわけで葉っぱは茶葉のように乾燥させたものを細かくして、マドレーヌやシフォンケーキなんかに混ぜたりする。

生クリームをちょこんと載せ、花びらの二枚三昧を飾れば桜ケーキの出来上がりだ。

桜系ケーキって意外と簡単に作れるよな。

あ、パンケーキやホットケーキのタネに混ぜてもいいな?

生クリームに乾燥させた桜の花びらを混ぜればピンクになるだろうし、それでクレープを作るのもアリ……。


「この花のハーブティーもあるのか……へえ、どんな味なんだ?」

「帰ったらお淹れしましょう。よろしいでしょうか、お嬢様」

「そうね、今日のアフタヌーンティーはチェリーブロッサムにしましょう」

「やった! 楽しみ!」


はしゃぐケリーに、お嬢様の目元が優しくなる。

馬車ではなく、徒歩で来たのにはこの桜並木をケリーに見せる為。

俺はちゃーんと気付いていますよ、お嬢様。


「喜んで頂けて良かったですね、お嬢様」

「はしゃぎすぎて怪我をしなければいいのだけれど……」

「⁉ 待て!」

「ちっ」


俺とお嬢様が話している隙に、一本の木へ手と足をかけるケリー。

どう見ても登る体勢ぃぃ!


「いいだろー、上から見てみたい~」

「ダメに決まってんだろ! ねえ、お嬢様!」

「お父様に届け物をしてからならいいわよ」

「ほら見……ええ⁉」


い、いいんですかお嬢様~⁉


「やった! じゃあ早く届けにいこーう!」


木から手を放すケリー。

珍しくお嬢様がオーケーを出したから上機嫌に飛び跳ねている。

はあ、まったく現金な奴め。


「本当によろしいのですか?」

「今回だけ大目に見てちょうだい、ヴィニー。わたくしも一度でいいから、木の上から見てみたかったの。……お屋敷の皆には内緒よ?」


人差し指を唇にあてがい、悪戯っぽい声色。

はあ~!


「かしこまりました、お嬢様」


うちのお嬢様、尊い‼





*********

書籍特典で、TSUTAYAさん特典SS用に書いたもの……のボツになったやつの加筆修正版です。

SSはこれを基に書き直しました。

なのでストーリーの流れは似てますね……オチは盛大に違いますけど。


古森と同じく近くにTSUTAYAさんがない。

あるいは、対象店舗じゃなかった同士たちへ捧ぐ……!

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