救済完了?【後編】
曲が緩やかになり、各々がタイミングを見計らう。
ライナス様以外にも婚約を申し込むのは二組。
だがやはり、ライナス様は周りなんて気にしない。
スティーブン様の前に膝をついてその手を取る。
「あれ?」
「どうしました?」
「いや、なんか……」
スティーブン様が、泣きそうに……見える?
「スティーブン、俺は君が好きだ! 儚い容姿も、芯の強さも、少し茶目っ気があるところも、全部だ! 俺と結婚してくれ! 必ず君と生涯を添い遂げよう!」
ド直球、ドシンプル!
俺アンタのそういうところ好きだ!
分かりやすくて!
でも最後の「茶目っ気」はどうなんだろう⁉︎
茶目っ気、で済ませていいのかなぁ⁉︎
「わ、私も好きです! ライナス様!」
「!」
がばり、としゃがみ込んでいたライナス様に飛び付くスティーブン様。
阿鼻叫喚だった会場が騒めいて……そして段々熱気のようなものが上昇していく。
「うおおおぉ! お幸せに〜!」
「お幸せになってくださいいぃー!」
と、いう声が上がり始める。
なんだこれ?
「…………お兄さん……」
「ヴィンセントさん? あ、あの、どうかしたんですか⁉︎」
「なんで泣いてんですか……?」
「な、なんでだろう……? 俺にもよく……ただ、急に目頭が……!」
スティーブン様……よ、良かったですねぇ!
出会ったばかりの頃、心と記憶が女性でありながら男性として生まれてきたスティーブン様。
本来のご自分を出す事が出来ず、悩み苦しんでおられた。
いつもどこか寂しそうで苦しそうだったが……ライナス様ならスティーブン様を幸せになさる事だろう。
あの人は、誰かを傷つける事を特に嫌う。
アホだけど、愚直だけど。
「良かった、良がっだ……!」
「なんなの?」
「さあ?」
……これでもう惚気とか地獄のような相談から解放される……!
良かった! ほ、本当に良かった〜〜!
「ヴィニー、なんで泣いてるんだい? 誰かにいじめられたの?」
「うおう⁉︎」
「んにゃーーー!」
メグが猫のような声を……あ、猫だった……じゃなくて俺と巫女殿の間からレオが顔を出す。
亜人のメグにすら気配を感じさせずに現れるとは……さ、さすが王子⁉︎
いや王子としてそれどうなの?
驚きすぎたメグはアンジュの後ろに回り込む。
素早い……。
「ああ、なんかライナス様のプロポーズを見ていたらここ2年の事を色々と思い出して……泣けてきた」
「ああ……ついに婚約したんだねぇ、あの2人……良かったねぇ……これでスティーブンからあんまり聞きたくない相談ともお別れだと思うと僕もなんだか清々しい気分だよ……」
「お前もか……」
……俺とエディンはライナス様に色々地獄のような相談をされてきたが、お前はスティーブン様に……。
お互いつらい2年間だったな……。
「でも来年からは惚気地獄かなと思うと今から憂鬱だね」
「そうか、惚気の方はここからが本番か……憂鬱だなぁ」
「ふ、2人とも目が遠いです……」
すまんな、巫女殿は今日来たばかりなので良くわかんないだろう。
日常の風景になりつつはあるんだが、食事時はなかなかにすごいんだ、色々。
そろそろあの2人だけ薔薇園以外のところで2人きりで食べてくれないだろうか。
「あーん」のし合いとか毎日見せつけられるの、生涯独身童貞にはつらいものがあるんだ。
「殿下も今からご婚約の申し込みでしょうに」
「うっ」
「そういえばえらく遅かったな?」
「……そ、それは……言葉を色々考えていたら……。なんか朝の事もあって頭がごちゃごちゃしてしまって」
「なんかすんません」
アンジュ、あんまり悪いと思ってないその謝り方。
両手で顔を覆うレオは、きっと何日も色々考えていたのだろう。
遅いといえば来なくてもいいが、来ないと来ないでうちの妹が悲しむのでとりあえず顔だけでも見せやがれと思うヤツがいなくもない。
「ちなみにエディンは一緒に来てないんだな?」
「エディンなら……」
「俺ならここだぞ」
「……チッ。……なんだ、遅かったな?」
「……来る途中で5人の令嬢に足止めされたからな……」
「…………」
お、往生際の悪い感じの……。
「…ん? 巫女殿じゃないか。体調はいいのか?」
で、即座にタラシの笑顔。
……あれ、エディンも意外と笑顔を使い分けてたんだな……?
レオやマーシャに向けるものと全然違う。
「は、はい。ローナさんとヘンリエッタさんにお話を聞いていたら、やっぱり興味が湧いてしまって……」
「そうなんだ、いいんじゃないかな。夜会は基本的に会話が中心だから、色んな人と話をしてみるといいよ。そうだ、あとで僕らの幼馴染のスティーブンやエディンと同じ公爵家の者たちも紹介するね」
「…………1人……ちょっと覚悟しておいて欲しい者はいるが、な」
「あ、ああ……」
「え? え?」
目を逸らしながら“奴”の存在を示唆するエディン。
察したメグが遠くを見る。
……でも俺、ハミュエラルートのストーリー嫌いじゃないんだよなぁ。
巫女殿、ハミュエラルートおススメですよ。
「ところで、エメリエラは起きた?」
「あ、はい。さっき少しだけ話しました」
「…………と言う事はやはり巫女殿はエメの姿が見えるんだね?」
「え?」
あ……そうか。
エメリエラの姿が見える、話せるのは『巫女の証』になるわけだ。
これまではレオにしか見えないしレオしか話せなかった。
エメリエラの姿が見えて対話が出来る……それが『戦巫女』の条件。
レオは今まで自分だけだったから、なんだか嬉しそうだ。
「それで、今は?」
「まだ眠いと言って石の中に……」
「まあ、かなり力を使ったみたいだしね。今日は寝かせてあげよう」
「はい」
「おい、レオ。行かないなら俺が先に行くぞ?」
「わ、わあ! エディンの後なんてやだよ〜! 僕、そんなにかっこいい事言えないもん!」
…………天使かな。
だが大体の人間はコイツの後は嫌だろう。
前回、女神祭の時とは比べ物にならない歯の浮くような台詞言いそうだもん。
ライナス様のプロポーズはシンプルでかっこよかったなぁ。
もうああいうのでいいじゃん、と思うんだけど、俺。
「巫女様も会場の方へ行きましょう」
「あ、あのう、わたしパーティーとか初めてで……」
「勿論、分からない事はなんでもお聞きください」
「あ、ありがとうございます」
……やっぱり可愛いなぁ、マリンちゃん。
あ、いやいや! 俺は負けないぞ!
だが、レオがお嬢様にプロポーズすればお嬢様の破滅エンドは回避された事になる。
さすがにレオのルートには入れないだろうし、エディンがマーシャと婚約した方が問題だよな。
マーシャがヒロインの場合、エディンとエンディングを迎えればお嬢様は崖から落ちて自殺……。
あれ? でも、それはお嬢様がエディンと婚約している前提だよな?
ん? じゃあやっぱり救済完了?
お嬢様は自殺もしない?
……でも戦争の結果によっては人間滅ぶし……うう、戦争が終わるまでは安心できねーな!
「? ヴィンセントさん?」
「いえ、なんでもございませ…………」
「きゃあ!」
えらく派手なガッターン! という音。
会場が冷めた空気になる。
レオとエディンが表情を固め、俺と巫女殿も音の方を見た。
そこには3人の令息と、座り込む白い布地にピンクの花があしらわれたドレスのご令嬢。
明るめの茶髪しか、こちらからは見えないが……令息のうちセンターを陣取る男はすごい剣幕だ。
あるぇ、やな予感〜?
「もううんざりだ! リニム・セレスティ! 俺はお前との婚約を今! この場を持って解消する事を宣言する!」
「な……! そ、そんな! デイビッド……! ワタシは、そんな事、本当に……」
「黙れ裏切り者! よくも自分の妹にそこまでの仕打ちができるものだ……! お前のように身も心も醜い女とは添い遂げられない! 二度と俺たちの前に顔を見せるな!」
「ま、待って……」
「さようならお姉様! 永遠にね!」
「エリム……!」
……………………。
高笑いする女。
その女の手を取って、ダンスホール中央へ行き彼女とダンスを踊り始める。
えーと、なにあいつ。
婚約者と婚約解消からの即その妹との婚約?
え? なにあれあんな事可能なの? クズなの?
というかなにが起きてるの? はあ?
残された少女は座り込んだまま呆然と、元婚約者? と妹がダンスを踊る姿を眺めている。
誰も彼女に手を差し伸べる者はおらず、令嬢たちもなにやらクスクス笑って見下ろしているではないか。
な、なんだあれ?
「ええ、なにあれ胸糞悪〜い」
「おいおいマジか。リニム嬢じゃないか……」
「え? 誰?」
「次期南の領主家の令嬢だよ。しっかりしろレオ。恐らく夜会だから従兄弟のグリムに連れてこられたんだろう。マーシャのように来年入学予定の令息令嬢も今日は参加しているからな」
「え? ではあのご令嬢がリニム嬢なのですか?」
エディンが頭を抱える。
それは当然だ。
何しろリニム・セレスティは次期セントラル南の領主家となる、セレスティ家の長女……。
ええ、ちょ、ちょっと待って待って待って!
「想像していたよりお太め……」
「僕もそう思った……」
「あ、あの」
ハッ!
俺たちは「ヤバイところを巫女殿に見られた!」と悟る。
あんの野郎、なんつータイミングで婚約破棄じゃあ! とか言い出してくれやがってんだ⁉︎
巫女殿は今日! この世界に召喚されてきたばかりなんだぞぅ⁉︎
うちの国に変な印象ついたらどーしてくれる⁉︎
「あの、大丈夫ですか? 立てますか?」
「!」
とは言えレオとエディンはこの後婚約の申し込み。
俺は巫女殿のエスコート……兼変なやつらが巫女殿に取り入ろうとしないようにする壁役。
離れるわけにはいかない。
ケリーやライナス様は会場を出てプロポーズ後のイチャイチャタイムだろうし……。
だが、そこへ天使の声。
思っていたより太めのリニム嬢に手を差し出すのは……ルークだ。
あ、そういえばあいつもアミューリアの生徒だから夜会には来ているな。
そして恐らく、あのお気遣い屋さんはケリーのプロポーズの邪魔にならないように姿を隠していたはず。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ〜。ドレスは汚れていませんか? あちらのお部屋で、少しお休みになられてはどうでしょう?」
「アレってセントラル南の男爵家、ジェーレン家の人ですねー。公衆の面前でレディを突き飛ばすなんて非常識丸出し馬鹿丸出し〜。男の風上にも風下にも置けない生ゴミ埋め立て地行きレベルのクズ〜」
「ハ、ハミュエラ様、言い過ぎですよ!」
あ、ハミュエラも現れた。
多分ライナス様のプロポーズの邪魔にならないようにさていたんだな。
という事はアルトやラスティも壁の方にいたのだろう。
ルークの手によって立たされたリニム嬢は、眼鏡を上げて涙を拭う。
なんか、ふご、ふご、って聴こえるけど大丈夫かな?
あとハミュエラってあんな毒っ気強い奴だっけ?
いや、まあ、そう言われても無理ないことしやがってくれやがったけれど。
「ハミュエラたちが来てくれたなら大丈夫かな。公爵家のハミュエラと一緒なら、妙な事にはならないだろう」
「ダモンズそのものが妙な存在だからなぁ」
……エディン……それはあえて今言うな……。
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