救済完了?【前編】



「いよいよですね」

「ええ……」


アミューリアの生徒は『星降りの夜』、学園のダンスホールで行われる夜会に参加する。

城の方は大人の貴族が集まって舞踏会。

一応、こちらもダンスは行われるのだがずっとではなく、ほとんどの時間はプロポーズターイムに消える。

で、本日うちのお嬢様、うちのマーシャ、そして……スティーブン様もそれぞれプロポーズを受ける予定。

お陰で3人ともそわそわ……。


「ケリーは驚くほど普通だな? 緊張しないのか?」


隣を見ると、本日婚約申し込みをする予定のケリーはケロリとしている。

女性陣があんなにあからさまにそわそわしているのに。

多分ヘンリエッタ嬢も今頃、今か今かとそわそわしている頃だろう。

婚約の申し込みはまず、申し込む側が令嬢をダンスに誘う。

短い曲でさらりと踊った後にホール中央で膝をついての申し込み。

ほとんどの場合は事前に「今日申し込むのでよろしく」というように、返答は出ている状態で申し込まれる。

今日申し込まれたらそれで「正式に婚約」となるわけだ。

まあ、別に今日にこだわる必要は本当ならない。

ただ、婚約していない貴族はもうこの日しかないのである。

あと、単純にこの日に申し込まれるのが人気。

駆け込み状態になるのだが、聖夜に正々堂々、大勢の前で申し込まれるというこのシュチュエーション。

それが令嬢には堪らないらしい。

なかなか婚約が決まらなくて、焦って焦って……そしてこの聖夜での婚約の申し込み……。

圧倒的な安堵感と、ロマンチックなシチュエーションがいいということ、らしい。

まあ、王族がこの日に申し込むor申し込まれるのが通例と化しており、いつしか他の貴族もそれに憧れ真似するようになったのが起源のようなのだが。


「そのそわそわしてるのを遠目から眺めるのが面白いんじゃねーか」

「性格悪すぎて心配になるんだけど本当に大丈夫?」


ヘンリエッタ嬢も相手がケリーで大丈夫……?

い、いや、この腹黒は腹黒い割りに変なところピュアだし見目も乙女ゲーの攻略対象らしくイケメンなので優良物件なのは間違いない。

……腹黒いのに目を瞑れば。


「こんな場でなければあの背中の開いたデザインのドレスに氷でも入れてびっくりさせたいくらいなのを我慢してるんだぜ? 褒めろ」

「偉い偉い」


……いや、もう腹黒通り越して鬼畜じゃね?


「あ、そうだ。普通にプロポーズするのもつまらないから、ダンスで俺の足を一度も踏まずに踊れたらプロポーズする事にしよう。……ククククク……慌てふためくだろうなぁ〜」

「…………」


ヘンリエッタ嬢、本当にこいつのプロポーズオーケーしてくれるんだろうか……。

ものすごく心配になってきた。


「ところで義姉様、巫女殿は?」

「そうね、やはりご興味がおありのようだっから準備が済み次第来られるそうよ。眺めるだけで良いとの事だけれど……ヴィニー、いらしたらエスコートして差し上げて」

「かしこまりました、お嬢様」


……消去法でやっぱ俺ですもんね……。

ミケーレ……はやはりこの会場には来ていない。

あいつの事だから魔法研究所にこもっているはずだ。

巫女殿が帰る方法の研究……とかならいいんだが……どうせ適性がない人間も魔法を使えるようになる研究とかしてるんだろうな。


「巫女様ですか……私もご挨拶したいです。どのような方でしたか?」


声を掛けてきたのはスティーブン様。

髪は左右編み込まれ、カチューシャのよう。

竜胆の花の髪留めがなんともお似合いだ。

ドレスもタートルネックにノースリーブ、他はレース生地を使用したもの。

ホライズンブルーで統一されていて、存在そのものが青い海、あるいは雲のない空のように爽やか。

まあ、冬場なのでちょっと寒々しい感じもするが……今日も可愛さが絶好調すぎる。


「そうですわね、良くも悪くも極々普通の少女ですわね。清楚で可憐、そして優しく、気遣いの出来る方。大変真面目で慎重な性格でもありますが……時折警戒が緩むと歳相応、という感じでしょうか」

「まあ、ローナ様がお褒めになられるのならさぞ可愛らしい方なのでしょうね。お会いするのが楽しみです」

「ええ、スティーブン様とならすぐに親しくなられるでしょう。……ただ、まだ戦巫女として戦場へ赴く事には悩んでおられました」

「無理のない事でしょう。今日突然異世界からいらっしゃったのです。……この世界の事に巻き込んでしまっただけでも申し訳ないのですから……」

「そうですわね。……この夜会で、少しでも緊張がほぐれると良いのですが……」


ふう、と実にアンニュイなお嬢様。

その横では同じくアンニュイなスティーブン様。

……で、そのやや斜め後ろでは落ち着きなくお茶を飲んだりジュースを飲んだり、軽食を摘みまくったり右往左往したりと実にダメな感じのマーシャ。

エディン、まだ来ないんだろうか。

いや、来なくてもいいけど。

つーか来るな。

こんな駄メイドやめておけ、お前にはきっと他に相応しい女性がいる! きっと! 多分! この世界のどこかには!


「スティーブン!」

「ライナス様……!」


おっと同じ公爵家子息でもライナス様が一番乗りか?

チラリとケリーを見るとアレ? いない?


「あ」


すでにダンス踊っているー⁉︎

いつの間に⁉︎ 忍者かあいつは!

しかしヘンリエッタ嬢のあのカチコチの表情!

対するケリーのニヤニヤと楽しそうな表情!

や、奴め! マジでヘンリエッタ嬢に「ダンス失敗したら婚約の話は無し!」とか言ったに違いない!


「ああん、ケリー様〜……ヘンリエッタ様へ婚約を申し込まれるお話は本当だったのね!」

「でもヘンリエッタ様では……」

「そ、そうよね〜、ヘンリエッタ様では……仕方ないわよね〜」

「むしろお似合いよ〜! ヘンリエッタ様、どうかケリー様とお幸せに!」


……あれ、ヘンリエッタ嬢のご令嬢たちからの絶大な人気は一体……?

いや、別に悪い事ではないが……うちのお嬢様にはいまだピリピリ嫉妬の眼差しが向けられているのに……?


「スティーブン、次は俺と踊ってくれるだろうか……?」

「は、はい、勿論……喜んで……! ライナス様……」


あー……。

この間の『女神祭』できっと正式に「星降りの夜会で婚約を申し込ませてくれ」と言ったに違いないライナス様と申し込まれたスティーブン様がついに〜……。

ま、まあ、1年……1年間、しっかりお付き合いされてこられたしなぁ。

いいと思いますよ、うん。

ベックフォード家だって親戚筋は多いし、公爵家ともなれば執事家に『予備』は居るだろう。

無論、リセッタ家も。

ただ、家が離れているのにどうするんだろう?

スティーブン様は宰相の跡を継ぐと言っていたが……ライナス様のまさかの婿入り?

…………うん、やめよう考えるの……なんかへこんできた。


「マーシャ、そろそろ飲んだり食べたりをやめなさい。はしたないわよ」

「……お、落ち着かねぇんですぅ〜、お嬢様〜」

「落ち着かなくとも、周囲には落ち着いているように見せるのが淑女です。さあ、背を正して。ケリーの晴れ舞台ですよ」

「……ヘンリエッタ様……ほんとにケリー様でええんでしょうか」

「……そうね。でも、ケリーは悪い子ではないわ」

「え……お嬢様、それ本気で言ってるんですけ?」

「………………」

「あうぐ。ごめんなさい」


流石にマーシャの脳天にチョップを入れる。

例え王女でもマーシャ・セレナードとしてリース家に仕えると決めたんだ。

主人の事を、例え本当の事だとしても悪く言うもんではない。

それもこんな公共の場で!

アホか、全く。



「ヘンリ」



曲が緩やかになる。

ケリーが片膝をついて、ヘンリエッタ嬢の左手をやんわりと掴んだ。

どんどん赤くなるヘンリエッタ嬢の顔。

白のAラインドレスに、白の長手袋。

なんだかウェディングドレスみたいだな。

この世界、花嫁のウェディングドレスは白に限らず多種多様な色だけど。

それにしてもケリーのあんな声、俺も初めて聴いた。

……あいつあんな優しい声も出せたんだ?

というか、ナチュラルに愛称……。


「お前がどこに居ても見つけ出して迎えに行く。だから俺を選べ。一生ドキドキさせてやるよ」

「……ケリー……」


ヘンリエッタ嬢は右手を胸で強く握りしめる。

……どこに居ても、見つけ出す。

ケリーは、まさか知っているのか?

ヘンリエッタ嬢が『ティターニアの悪戯』で俺と同じ世界から来た人だという事を。

それを知った上で……“彼女”を選んだのか?

まさか……。


「本当にわたしでいいの……?」

「おや、まだ言葉が足りませんか? では後程で2人きりになった時に茹でダコになるまで囁いて差し上げますね」

「うっ! そ、それはやめてください!」

「返事は?」

「……、……、……よ、よろしくお願いします……」


ワア!

会場が拍手に包まれる。

一瞬ケリーの『紳士皮』が剥がれた気がしたが……。


「………………」


ケリールート、破壊完了……!

これで最も不安要素の多かったケリーのルートは無しだ! 無しだよな⁉︎

お嬢様の破滅エンドがまた一つなくなった!

よっしゃあ!


「スティーブン」

「はい、ライナス様!」


ケリーたちが中央を離れると次々にプロポーズを成功させていくカップル。

それらが居なくなると、次のカップルたち。

スティーブン様とライナス様が踊り始めると……なんというか阿鼻叫喚。

そんなに大きな声ではないが、そちらこちらから「スティーブンさまぁ〜! 俺のスティーブン様がぁぁぁ……」とか「ライナス様〜! まさか本当にスティーブン様を選ばれるなんてエエェ……!」などなど……。

大体2人の事を狙っていた令息令嬢の呪いの声が聴こえてくる。

だからなんなでワンチャンあると思った?


「ヴィニー」

「あ、はい、お嬢様?」

「巫女様よ」

「!」


入り口をアンジュとメグに案内された巫女が中をこっそり覗いている。

お嬢様に一言断りを入れて、入り口へ近付いた。

モスグリーンの膝下ドレス。

腰の左下にワンポイントで大きめのリボンが付いている。

化粧が施され髪も整えられて、幼さはややなりを潜めた感じだ。


「さ、さすがアンジュ……!」

「はん、あったりめぇーですねぇ」

「あ、あの……」

「ああ、大変お可愛らしいです、巫女様。ではお手をどうぞ。これからライナス様がスティーブン様にご婚約を申し込まれるところなんです」

「わあ! スティーブン様、ついにですね!」

「会場の阿鼻叫喚はそのせいですか〜。ちなみにうちのお嬢様はどうしましたか? まだ申し込まれてない感じですかぁ?」

「いや、今さっき終わったばかりだよ。無事に婚約成立している。おめでとう」

「……そうですか」


ふっ、と柔らかな微笑み。

アンジュって何気にヘンリエッタ嬢大好きだよなぁ。

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