ラスボ…いや、戦巫女召喚!【後編】



巫女殿もアミューリアに行く事はとりあえず了承してくれた。

部屋はお嬢様の使っている女子寮の一室……王族と公爵家が使う部屋を用意していたらしい。

まあ、公爵家と王族はお嬢様と同年代に1人もいないので空いているのは分かるんだが……。


「分からない事があれば僕の婚約者に……あ、ま、まだ婚約者じゃないんだけどね、今晩申し込むのでその……なんというか婚約者になる女性なんだけど……」


……移動の馬車の中でレオが耳まで赤くしてわちゃわちゃ弁解している。

因みにクレイは「顔は分かったので帰る」とさっさと帰りやがった。

それよりもう早く結婚しろ。

御者台からそう思う俺の隣でケリーもぽそりと「いっそさっさと結婚しろ」と暗殺者みたいな顔で呟いていた。

い、いや、というかお前……。


「ケリー、今からでもボックスに入ったらどうだ?」

「巫女殿の格好を見ただろう? あれの隣に座るのは無理だ」

「う、うん、それは、まあ……」


馬車とは一般的に4人掛けのソファ席。

彼女を後方席に乗せ、レオとエディンは前方部に乗っている。

ケリーが乗るなら巫女殿の隣……。

しかしあの生足は、まあ……、ソウデスヨネ。

ケリーも一応、本日婚約を申し込む予定だし。


「それに俺寒いのそんなに嫌いじゃないし、御者もやり方覚えたいし?」

「なあ、さすがに御者の仕事は教えないぞ。俺たち使用人の仕事をことごとく奪おうとするのマジやめろ」

「できない事は少ない方がいいだろう? ケチケチするな」

「ケチケチじゃなくて、弁えろっつってんだよ!」


こちらもこちらでわちゃわちゃしながら、約30分程かけてアミューリア学園、女子寮前に到着する。

レオとエディン2人にエスコートされて馬車を降りる巫女殿の顔ときたらさすがに真っ赤だ。

まあ、あの2人に左右を固められたのでは! そりゃあね!


「お待ちしておりましたわ」

「ローナ」


……女子寮前にはうちのお嬢様とヘンリエッタ嬢。

その後ろにマーシャとメグとアンジュ。

ところでうちのお嬢様を呼ぶレオの声がすごく甘ったるかったのは俺の気のせい?


「わたくしはローナ・リース。お初にお目にかかります、巫女様」

「あ、あの、あの……」

「私の義姉(あね)です。全ての淑女が見習うべき手本と言われているほど素晴らしい人なのですよ」

「ケリー、言い過ぎです」


そんな事ないです、と俺が間髪入れずにうっかり口を挟むとメグとマーシャが「うんうん!」と援護してくれる。

あとついでにレオとヘンリエッタ嬢も「うんうん」と。

ですよねー!

満場一致ですよねー!


「…………」


っていうかうちのお嬢様は悪役令嬢……。

戦巫女(ヒロイン)とものすごくナチュラルに出会ってしまったけど!

い、いや、どうせ近いうちこうなる運命だったんだけど!

でも、だだだだだだ大丈夫かな⁉︎

い、いきなり悪役令嬢っぽくなったり、しない⁉︎


「……そして、こちらは友人のヘンリエッタ・リエラフィース様です」

「あ……へ、ヘンリエッタ・リエラフィースです。初めまして巫女様。お会いできて光栄ですわ」

「は、初めまして……」


……そういえば、俺ケリーとヘンリエッタ嬢がこうして2人で居るところお茶会以来初めて見る。

ケリーには是非、ヘンリエッタ嬢と上手くいってほしい。

万が一戦巫女と……その、恋愛ルートに入られたらお嬢様だけでなくヘンリエッタ嬢も……。

それだけはやめてくれよ、ケリー!


「……」

「……」


不安に思いながら2人を見ていると、ケリーがにっこり微笑む。

ヘンリエッタ嬢はゆーっくりと目を逸らす。

心なしか頰は赤いものの……なんなんその反応……ええ?

俺恋愛数値底辺らしいからそんなやりとりされても分かんねーよ!


「そして……。……ええと、少々分かりづらいといいますかややこしいのですが……」

「は、はい?」

「この子はマーシャ・セレナード。ヴィンセントの義妹で、レオハール殿下の異母妹になります」

「初めまして巫女様! マーシャ・セレナードです!」

「俺の可愛い恋人だ。仲良くしてやってくれ、巫女殿」

「ぶふぉ!」

「…………」

「え、ええ?」


爆発したように赤くなってすごい速度でメグとアンジュの後ろに隠れるマーシャ。

めっちゃいい笑顔のエディン。

殺していいかな?

殺していいよな?

今、この場で奴を…!


「ヴィニー、ダメよ」

「エ? 勿論分かっております、お嬢様っ」


お嬢様のお目汚しになるような事はいたしません。

ご安心ください、今夜辺り……寮で……。

い、いや、寮はシェイラさんがいるから無理か……なら明日の学園で……!

弁当に毒……いや、ライナス様やハミュエラが誤って食べる可能性もある。

やはり確実に始末するには物理的に……。


「……。……? えーと、ヴィンセントさんの妹で……でもレオハール様の妹……? え? ヴィンセントさんと王子様は兄弟なんですか⁉︎」


正解!


「アハハ……分かりづらいんだけど、僕の異母妹は赤ちゃんの頃に行方不明になってね……最近彼女が僕の異母妹だと発覚したんだよ」

「マーシャは普通の平民として生きていましたの。我が家の執事が彼女を引き取り、セレナードの姓となりました。しかしヴィンセントの義妹として今後も生活していくと決めたので……ややこしいですが、血の繋がった兄がレオハール様、義理の兄がヴィンセント、という事になっております」

「そうなんです」

「そ、そうなんですね……」


うふふふふ、うふふふふふ。

……。

複雑だがまあ、そういう事になっているのでそういう事にしておこう。

血の繋がった云々は……特に俺の事は秘匿されてるわけだし。

俺も陛下にあんな公表のされ方さえしなければこのままの生活が出来る。

まあ、される事ないと思うけど!


「こちらはわたくしのメイドでアンジュ・ケミュト。使用人の中ではそれなりに顔が利きますので、もし困った事があればなんでも仰ってください」

「アンジュ・ケミュトです。初めまして、巫女様」

「わ、わあ、本物のメイドさん……」

「わ、わたしもメイドさんだよ!」

「あ、ご、ごめんなさい⁉︎」


アンジュの後ろからそう主張するマーシャ。

メグと俺は半笑い。

お嬢様に至っては頭を抱えている。

……うん、姫の自覚ゼロな!


「こちらはメグです。亜人であり、わたくしのメイドの1人ですわ」

「は、初めまして」

「先程城で同席していたクレイの幼馴染なので、クレイに用向きがある時は彼女に言ってください」

「あ、クレイに会ったんだね。大丈夫? 変なこと言われなかった? あいつデリカシーってものがないからさー」

「だ、大丈夫です。というか、あんまりお話できませんでしたし……」


意外と「モッモッ」とおにぎり食べてたからな。

気に入ってくれたようでよかったよかった。


「それで、アンジュ……巫女のメイドを頼んでいたはずだけど……」


と、レオが切り出すとアンジュは「勿論、ご用意しております」とまるで物のように言う。

なんとなく一抹の不安。

お嬢様とヘンリエッタ嬢も、妙に緊張しているような……?


「こちらが巫女様付きのメイドとなります……『マリー』です」

「………………」

「………………」


アンジュにより、壁から引き摺り出される『マリー』。

藍色の髪を左に結び、リエラフィース家のメイド服を着ている。

え?

俺の見間違い?

この子、俺知ってるよ?

見たことあるなぁ?


「…………。あ、あの……は、はじめ、まして……マリーと申します」

「初めまして。あ、わたしは昊空真凛と申します。よ、よろしくお願いします」

「ソラ…カラ、様? …ええと……変わったお名前ですわね? なんとお呼びしたら……」

「あ、名前は真凛の方なんです!」

「マリン様ですわね。可愛らしいお名前ですわ」

「あ、ありがとうございます……」

「マリン様とマリーですかぁ……なんか名前似てて呼びにくいかもしれませんねぇ〜……」

「ちょ、ちょっとアンジュっ」


……………………。


……ヘンリエッタ嬢の咎めの声もアンジュはなんのその。

そして、やはり奇妙な沈黙が流れる。

特にレオの表情は哀愁が漂っているような?

なんだろう、悲しいような、懐かしいような、哀れむような……複雑な表情だ。

一言にまとめると「これだから攻略対象不動のNo. 1は!」的な絶対的美少年感。


「……あ、あの……」

「え、ええ、まずは巫女様をお部屋にご案内しましょう。レオハール様、お城ではどのようなお話をなさったのですか?」

「あ、ええと……そうだね……彼女の世界とは文化が大分異なるようだから……そこかな……」

「あ、ああ……後は……今宵の『星降りの夜会』に巫女殿も参加してはどうか、と提案していた。その辺りはお前たちの方でまとめてくれ。来年からの話は考え中との事だから、相談に乗ってやってほしい」

「そうですか。分かりました。ありがとうございます、エディン様」



…………こ、困惑が、拭えない!



「ま、待てアンジュ」

「なんすかー?」

「なんすかー? じゃないよ、あれどういう事だ⁉︎」


お嬢様たちが寮に入っていくのを見送りつつ、アンジュを呼び止めた。

固まったままのレオ。

俺と同じく説明を求めている顔のケリーとエディン。

「ですよねー」と言いつつにへら、と全く悪びれた感じもなく笑うアンジュ。


「彼女はリース家の方で預かっていたはずですが」

「ええ。でも、応募があったんですよ。ケリー様とうちのお嬢様の縁談が持ち上がった頃に、連れて行くメイドの補充をしないといけません。それで、セントラルの各地方から多少の礼儀心得がある娘を募ったら……」

「成る程…。そういうものへの応募に関しては特に取り決めていませんでしたね……もう懲り懲りだろうと……勝手に思っていました」


眉を顰めるケリー。

俺も頭を抱えた。

そんな事ある?

あの娘、自分で応募してきたっていうのか?

確かに……去年の事を思うと懲り懲りしているはずだと……俺も思っていた。

王都に戻ってくるなんて、そんな命知らずな事するはずがない。


「事情を知っている者へ預けたわけではなかったのか?」

「いえ、ルコルレ街の町長には知っています。目を離すなとは言ってませんが、やってきた事は義父様と俺がちゃんと教えましたから……」

「となると単純な町長の知識不足か、手違いか? どうする? というか、アンジュ、お前も分かっててなんで連れてきた?」


ホントそれ!

エディンに同意するのは癪ではあるが、本当になんで連れてきたんだ⁉︎

見ろ、レオがボサー……と、王子らしからぬオーラと顔になってるぞ⁉︎


「そうですね、まあ、単純にあの娘より礼儀作法がなってる娘が居なかったのが理由ですね。……『記憶継承』はなくとも 城で高等教育を受けてきたのは事実ですから〜……能力そのものは下手な令嬢よりマシだったんですよ」

「っ……」

「……まあ、確かに……。真面目に勉強はしていなかったが、マリー姫の育った環境を思えば礼儀作法は出来ていて当然……か」

「だからって連れてくるのもどうかと思うんだけど?」


目線が鋭いケリー。

こっちの不手際もあるが、やはりアンジュが連れてきたのが驚きだ。


「ご批判ごもっとも。ですが、あたしにも妹がいるんでね……」

「は?」


なんの話?

妹?

まあ、アンジュは確か姉と妹がいるって聞いた事あるけど……。


「こんな事言える立場じゃないのは分かってる。でも、レオハール様に一目だけでいいから会いたい。……ただそれだけだったみたいなんですよ。……なんかそう言われちゃうと……ダメでしたね」

「…………そう。すまなかったね……気を遣わせて……」

「いえ……殿下のお気持ちを無視した行動だったのは重々承知の上です。罰は受けます。ですが、どうぞうちのお嬢様にはご勘弁を……このような事をあたしが言える立場では……」

「いや。……元気そうでよかった……ありがとうアンジュ」

「……殿下……」


……レオに会いたかった、だけ、か。

とんだブラコン姫だったからなぁ……。

ゲーム補正が効いたのかと思った。

一応、冒頭では高笑いしながら現れるし。


「ただ、やはり追い返しておいてくれ。ローナも気分がいいものではないだろう。……他の令嬢の目に付くのも危ないし……」

「はい、そのように」

「……なにより、マーシャに対して危害を加えないとも限らない。……そうなったらさすがに極刑は免れないから」

「はい」


アンジュが丁寧にお辞儀をして、そして「因みに、巫女様にはなにかございますか?」と聞いてくる。

お嬢様には説明したが、それ以外、という意味だ。

アンジュのような立場の人にしか話せない事もあるのでは、との気遣いだろう。

さすがメイドの鑑……。


「そうだな、気持ちの面をフォローしてあげてほしいかな。……僕も少し事を急いでしまった。もっと彼女の気持ちを慮るべきだったんだけど……」

「いえ、致し方ありませんよ……。ただ、我々が思っていた以上に巫女様は『普通の少女』でした。ただそれだけの事です」

「俺もそう思いますよ、レオハール殿下。……生まれながらに戦争へ行くよう育てられた殿下からすれば、むしろもっと考えが乖離していても不思議ではない。十分ではないでしょうか」

「だな。召喚されてきたばかりで混乱もしていただろう。まあ、数日は様子見でいいんじゃないか? 年末年始でこちらもしばらくはバタバタするし」

「うーん、まあ、確かにそうだね……。……儀式が立て込むもんねぇ……」


さ、さっきと違う意味で目が遠い……!

レオは年末年始、クッソ忙しいもんなぁ!


「あー、来年の予算の組み替えとセントラル南の税収の落ち込み……食糧確保の不足分……やる事がいっぱいあるなぁ〜……ふふふふふ……」

「……いつも以上にヤバそうですね」

「お、俺もお手伝いしますよ……その、明日からは義兄様(にいさま)とお呼びする事になるわけですし?」

「ふは⁉︎」


ケリーの若干恥ずかしそ〜な顔とセリフにレオが顔を真っ赤にして噴き出す。

ああ、その表情よ。

恐るべし、さすが攻略対象不動のNo. 1。


「あ、それなら俺もだな? 義兄上(あにうえ)?」

「あれ? なんだろう、ケリーとのこの差……」

「どういう事だ」

「殺していいですか? 殺しましょう今すぐ」

「お前には言ってないぞ」

「ではアンジュ、諸々頼んだ」

「かしこまりました、ケリー様」


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