お嬢様とレオ、戦巫女と俺
「では、俺は巫女様にお食事の仕方などをお教えしてきますね」
「え、み、見守っててくれないの?」
うぐっ。
レオの不安げな表情に、兄としてとても「勿論側にいてやるぜ!」と親指立てたいところなのだが……。
「なんとなく見たくない……」
「ええ〜」
「絶対泣くと思うし」
「え、泣く⁉︎」
「ローナの父親かお前は……」
「黙れ」
入学前、お嬢様がアミューリアの制服を着て見せてくださった時でさえ俺は旦那様と共に泣いたんだぞ!
ううう、ご立派になられて……!
それなのに、お嬢様の嫁ぎ先が今度こそ決まると思うと……。
それも、異母弟のレオのところに。
「アホくさい」
「アァ?」
「ヴィニー、巫女の前だから抑えて」
「ぐっ」
そ、そうだった。
さっきの今で俺まで暴走するわけにはいかない。
「あとお前のプロポーズは尚の事見たくない」
「そういえばお前も俺の義兄上様になるんだもんなー?」
「殺す」
「落ち着いて」
巫女殿が半笑い。
事情は察してくれたのだろう。
とにもかくにも大切なうちのお嬢様と可愛い弟、アホとはいえそれなりに情はある妹が、プロポーズするされるところを見るのは何か辛いものがある。
別に俺だけ独り身かぁ、とかそう言うのはどうでもいいんだ。
ただ、なんかこう……なんかこう……? なんかこう……形容し難い。
「とにかく行ってこい。あとエディンは後で必ず報いを受けさせてやる……」
「ははは、やってみろ」
「ライナス様に夜の相談事はエディン様が得意ですよと釘を刺しておく」
「本当にそれだけはやめろ……」
肩を落とす。
2人がお嬢様とマーシャのところへ向かうのを、黙って見詰めた。
物悲しいような、寂しいような……なんなんだろう……この気持ち。
「さて、巫女様はなにかお食べになりますか?」
「妹がお嫁さんに行くのは、お兄さんも寂しいと思うものなんですか?」
「はい?」
突然なにを言い出すのやら?
巫女殿を見下ろすと真剣な眼差しとかち合った。
寂しい……まあ、寂しいは、寂しいけど……。
「そうですね、まあ……相手が奴でなければもう少し気持ち良く送り出せもするのでしょうがなに分エディン様は浮名の多い方なので心配の方が先立っておりますね」
「でも、エディンさんとヴィンセントさんはとても仲が良さそうに見えました」
「……ええ……」
複雑だな。
「というか、皆さん仲がいいんですね。王子様と、エディンさんと、ケリーさんと、ヴィンセントさん……」
「ケリー様とは幼い頃から一緒に育ちましたので……どちらかというと彼も弟のように思えております。私は彼らより幾分歳上のようなので……」
「わたし……」
はい。
と、言葉を区切る。
ほんの少し、遠くを見る巫女殿。
彼女の横顔を眺めながら、ダンスの曲があっという間に終わりに近付くのを感じた。
「わたし……戦争とか、分からないんです。誰かに必要とされた事も初めてで……本当なら……お手伝いしたいって思ってます! ……でも……」
「それが普通の事だと思いますよ」
戦争に協力してくれなんて、普通に生きてたら言われる事なんてない。
というか、前の世界でそんな事言う奴がいたら100パーヤバい奴だろう。
関わっちゃダメな奴だ。
そっと通報しておくレベル。
……でもこの世界は……『ティターニア』は乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』の世界観を持っている。
この世界がゲームの中だとしても、ストーリー通りには進ませない。
そんな事になればお嬢様が死んでしまう。
俺は戦争に行くし、絶対に戻ってくる。
そしてレオを必ず生かすんだ。
お嬢様の願いのためにも。
「……俺も最初はそうでしたから」
「……最初、は?」
「はい……最初は。……今はただ、この理不尽な戦争を早く終わらせたいですね。……お嬢様の為に必ず生きて帰る。殿下の事も、連れて帰ってくる。我々が貴女を求めたのは、生きて戻る為なのです」
曲が終わる。
戦巫女、君にはまだ理解出来ないと思う。
ここは君の常識外の世界だ。
君が誰を連れて行くのか、まだ分からないけど……。
「生きて、戻る為……」
「はい」
ローナ、とレオの声が会場に柔らかく響いた。
耳心地いい声色。
布ずれの音。
きっと今膝をついたのだろう。
巫女の瞳が揺れた。
目を閉じる。
俺を哀れむような眼差しが居た堪れなかった。
その目が、まるで俺やケリーが『代表候補』だと知った時のお嬢様の眼差しにとてもよく似ていたから。
「ローナ、僕と一緒にこの国を守ってくれないか?」
レオらしい。
王太子らしい、プロポーズの言葉。
水を打ったように静まり返った会場に、お嬢様が「ふふ」と笑う声。
少し驚いて、ダンスホールの中央を見た。
思った通りの光景だが、一つだけ思っていたところとは違う。
レオは小箱を開いてプロポーズしていたんだ。
箱の中身はここからでは見えないが、この場合は普通指輪だろう。
お嬢様は両手で口を覆って、目を細めていた。
「はい! 勿論……喜んで……レオハール様……!」
目尻に光るものを見た。
……良かった。
良かったですね、お嬢様……。
「……………………」
出会った時から2人は惹かれあっていた。
乙女ゲームの世界で。
本来なら配役柄、お嬢様はレオと結ばれる事などなかった。
だから、これは……やはり救済成功という事になるんだろうか?
これで救済完了だといいなぁ。
ゲームそのものは、まだ冒頭。
立ち上がったレオが小箱の中身をお嬢様の髪に差し込む。
……?
あれは……ピン留め?
え? 指輪じゃないの?
「ありがとうございます」
「ううん、指輪は来年まで待ってね。今頑張って作ってるから」
「まあ、無理なさらなくてもよろしいのに」
「無理はしていないよ。僕がやりたい事だから」
手を取って隣合って歩く2人に拍手が湧く。
俺も少し、ぼんやりとしながら手を叩こうとして……失敗した。
溢れてくる、この気持ちはなんだろう。
「ヴィンセントさん……」
「すみません……嬉しいのに……なんで涙が出るのでしょうね」
側で見ていてコレなのに、側で見守っていてくれなんて酷な事を言ってくれるなよレオ。
ああ、ダメだ……止まらない。
ポケットからハンカチをーーー。
「はい、どうぞ」
「……あ、ありがとうございます……」
先に巫女殿に差し出されてしまった。
素直に受け取り、目元を拭う。
たまには人に借りるのも、良いものだ……。
「ヴィンセントさんは優しい人なんですね」
「は? い、いえいえ? おかしいですね、涙脆くなるような歳ではないはずなんですが……」
精神年齢が影響しているのか?
ハハハ、まさかな?
「あの……」
「はい?」
「……戦巫女って、どんな事をすればいいんですか?」
見上げてきた彼女の瞳とかち合った。
その瞳には覚悟が見える。
なにがこの子の心に響いたのだろう?
レオのプロポーズ……お嬢様の嬉し涙……。
あの2人の幸せを守ろうと思ってくれたのだろうか?
「……よろしいのですか?」
「は、はい。……だって、レオハール王子様もローナさんも優しくていい人ですし……! ……せっかく婚約したのに、戦争で帰ってこれないなんて……そんなの悲しいです。わたしに出来る事があるなら…………こ、怖いですけど……」
「大丈夫ですよ」
「え……?」
「貴女の事は守ります。それが我々が異界の民である貴女を巻き込んでしまったせめてもの誠意」
「…………」
戦うのが怖い。
俺も同じだ。
戦争に行くのが、怖くて嫌だ。
逃げ出したい程に……怖い。
自分の命を賭けるのも、相手の命を奪うかもしれない事も、どちらも怖い。
震えた肩に、触れる。
「俺も怖いですが……1人で戦うわけじゃない」
レオとクレイは確定。
あいつらが行くというのなら……。
「巫女様、俺を従者の1人にお選び下さい。……一緒なら多少は怖くありませんよ」
「……ヴィンセントさん……」
この日、ゲームは開始された。
俺の知るストーリーとは、盛大に外れた感じで。
うちのお嬢様の、救済成功!
……だと思いたいな〜。
了
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