女神祭は不安な予感で満ちている?【前編】



「おめでとうございます、ローナ様!」

「おめでとうございます!」

「さすがローナ様ですわ!」

「それで、ご婚約の確定はいつ頃……」

「も、申し訳ございません、皆さん……そのお話はええと……」


「はあ、ついにこんな日が来たのですね〜」


…………と、頰を両手で包んでほっこりするスティーブン様。

今日は朝からずっと色んなご令嬢がひっきりなしに現れる。

まあ、昨夜お嬢様の誕生日パーティーに陛下と王妃が来たのだ……みんな勘違いするよなぁ。

とても陛下がマーシャ目的だとは思うまい。


「で、レオハール様は本日も欠席か。多いな」

「今日は『女神祭』だから仕方ないさ。まあ、確かに同盟締結などあり最近休みがちだったがな」

「ふむ、クレイたちは今日も招待されているのだろう?」

「ああ、ものすごく嫌そうな顔はしていましたけど来ると思いますよ。……女神エメリエラへ感謝を捧げる祭りですからね、アイツらにも無関係ではなくなったので」

「本格的にコミュニケーションを取り、戦争に向けて一丸とならなければなりませんからね!」


拳を握るスティーブン様。

なんか今日はテンション高いなぁ?

うちのお嬢様の婚約内定がそんなに嬉しいのだろうか。

うっ……輝きが眩しい。


「それにしても、戦巫女の召喚は今日ではないのだな? 俺はてっきり今日なのかと思っていた」

「そういえばそうですよね。今日ならばエメリエラ様のお力も安定するのではないのですか?」

「残念ながら魔法研究所の方で研究していた魔法陣なるものが完成しなかったんだそうだ。……時期的に人々の気分が最も高揚し、女神への祈りが捧げられる日として『星降りの夜』が適している、らしい」

「では巫女様は『星降りの夜』にいらっしゃるのですか?」

「恐らくな。まあ、準備諸々を考え元から候補日としては『星降りの夜』が良いだろうと言われていたんだが」

「…………。エディン、今日はやけにテンションが低いですね?」


俺もそれ気になっていた。

ライナス様とスティーブン様が首を傾げる。

顎を右手のひらで包み、まるで拗ねたかのような顔で唇を突き出す。

なんだなんだ?


「んん、いや……少しな」

「別にローナ様にレオ様を取られるわけではないのですからそんなに落ち込まずとも良いでしょうに」

「それはもういい!」


ええ〜〜……そっち?


「ではなく、今夜だろう?」

「ああ、そうですね。……私は別段……」

「ん? 今夜?」

「パーティーの事ですか?」

「…………」

「…………」

「?」

「?」


え? なに?

スティーブン様とエディンのなんとも言えない表情。

エディンはやや嫌そう。

スティーブン様は満面の笑顔。

分からないのは俺とライナス様、だけ? ええ?


「…………はっ!」

「? ライナス様?」

「え、いや、まさか……ス、スティーブン……まさか誰かに何か聞いたのか⁉︎」

「へ? え? なにをですか?」

「! ……ベックフォード、そういえば少し相談があった! どうせ今日は自習だろう⁉︎ 顔を貸せ!」

「え? は?」

「…………?」

「…………」


慌てだしたライナス様を、エディンが回収していく。

…………うん、察した。

スティーブン様はそのまま分からない顔しててください、ライナス様のために。

それよりも!


「スティーブン様たちはなにを企んでおられるんですか? 今宵」

「え? 別に企んでなどおりませんよ?」

「いやいや、スティーブン様はこの一年でほんっっっとうにお変わりになられましたよね……はあ、去年のあの愛らしい笑顔が懐かしゅうございます」

「まあ、酷い。今の私はそんなにダメですか?」

「いえ、十二分にお可愛らしいですよ? しかし、笑顔の質が完全にうちのケリーの外面と似通ってしまいました」

「ふふふ、仕方ありませんね。私は父の跡を継ぎます。……これは小さい頃より決めていた事」

「…………」


窓辺に寄り、ゆっくり目を瞑るスティーブン様。

窓辺の美少女……。


「ヴィンセント、戦争の候補者は貴方やエディンだけではありませんよ」

「!」

「もし戦巫女様に申し付けられれば私もライナス様も戦争に赴きます。その覚悟はとうにしたのです。故に、貴方たちだけで背負わないでくださいね。そんなのずるいです」

「……スティーブン様」


……それは、確かに。

スティーブン様も、ライナス様も……追加攻略対象。

恋愛ルートは見た感じ完全にぶっ壊れてそうだが、2人もまた戦争の候補者である事に変わりはない。

……いや、マジかよ……。

この人、本当に去年のあの人と同じ人か?

同じ人なんだよな。

だって、ケリーと同じ猫かぶり笑顔じゃない。

今の、この笑顔はーーー。


「ヴィンセントは今、私が変わったと言ってくれましたが、どう変わりましたか?」

「大変に……お強く」

「ふふふ! ねえ、髪が伸びてきたので……また切ってくれませんか? 今宵のパーティーに間に合うように、今から」

「致し方ありませんね……。いえ、喜んで」


胸に手を当てて、頭を下げる。

いや、本当に……心から頭が下がった。

人ってこんなに…変わるんだな。







********




城の『女神祭』は夕方から受付入場が始まる。

うちのお嬢様は本日も遅刻しないために早めに準備が完成した。

去年の今頃はお嬢様の装飾品を揃えに行ったりしていたけど……。


「ふむ。いいのではないでしょうか」

「そうよね、いいわよね」

「……あ、あの、あの……お嬢様……さすがになんつーか、これは……」

「メグ! 可愛い! 可愛い!」

「〜〜〜〜〜〜!」


お嬢様のドレスの一着をリメイクしたドレスを着たメグ。

化粧を施して、まあ見えなくもないな。

髪が短いからそこはリボンと装飾品を大目に使って飾り付けた。

もちろん耳は丸出しだ。

以前着た黄色のドレスを、少し手直ししたのだが全体的に黄色い、かな?

いや、こんなもんだろう。

うちのお嬢様は少しシックな紫紺のドレス。

今までのものよりも装飾品の類は全く取り払い、シンプルなノースリーブのロングドレスで、長い手袋。

そろそろ冷えるので、大きめの紫の肩掛け。

手首に金の腕輪、胸元にはいつもの紫薔薇のネックレス。

髪も紫薔薇のバレッダ……と、レオに誕生日で貰ったもので固めておられる。

しかし、大人っぽい……。

横のマーシャが陛下に頂いたドレスその2……ピンク色の三段差レースのドレスのせいだろうか。

腰に大きなリボンが付いていて、背中の空きは気になるが肩にもレースやリボンが大量に付いている……ちょっと子供っぽい気がするんだよなぁ。

これ、陛下の趣味……なのか?

いや、流行りはピンクでリボン多め、らしいんだけど。

合う合わないがあるのご存知ないんだろうか?

こんな感じでマリアベルにもゴリ押ししてたのだとしたら……心ッ底有難迷惑に思われた事だろう。

……俺が言うのもなんだけど、陛下は女心が分からないんじゃないか?

俺が言うのもなんだけど。

つーか俺って陛下のそういうところ似てしまったとかじゃなかろうな?

い、嫌すぎるー!


「というか! やっぱあたしがパーティーに行くのは! どうかと思うんですよ!」

「何故? 貴女はわたくしの命の恩人。ヘンリエッタ様も是非と仰っていたのよ。それに、亜人の長の知り合いなのでしょう? 堂々とすればいいわ」

「で、でも!」

「メグ、おねげーだ、一緒に来てけれえええぇ!」

「マ、マーシャ……けど〜……」

「まあ、貴女がわたくしの使用人というのは今後考えなくてはいけないわよね……。亜人の長の方にもちゃんと相談しなければ」

「あ、あいつにはちゃんとオーケー貰ってるんです! だから……」

「いいじゃないか、メグだって飾ればこんなに可愛くなるんだぞってあの朴念仁に見せつけてこいよ」

「とょっとおにーさん何言ってんの⁉︎ クレイがあたしがめかし込んだところ見たって鼻で笑うに決まってるから!」

「それはそれで見てみたいな」


クレイが鼻で笑うのかぁ。

さぞやカッコいいんだろうなぁ。


「今夜も陛下に会うと思うと胃が潰れそうだよぉ〜! お願いメグ、一緒に居て〜!」

「………………」


こればかりは俺もお嬢様も何も言えない。

メグも心の底から「嫌すぎるー!」って顔してるが、ここまで泣きつかれると面倒見がいい性分故に「わ、分かったわよぅ」と頷く。


「しっかし、陛下はなんであんたの事あんなに気にかけるんだろうね?」

「め、めっちゃ怖いさ……」

「そ、そうだね。……まさかあのおっさん陛下、あんたの事狙って……」

「いやださ〜〜‼︎」

「…………」

「…………」


ざ、ざまぁ……怯えられてやんの……と、気持ちよく思えない。

しかし確かに理由もなくデレデレされるのは女子には恐怖だろうな。

つーかこれ、エディンよりも凄まじい虫除け効果じゃないか?

相手が公爵家より上の王族の頂点。

うん、そんな問題でもねーや。


「ちなみにお嬢様は今夜、レオハール殿下がお迎えに来られるんですか?」

「そ、そう仰ってくださっていたわ……」


……お嬢様……無表情なのに顔が真っ赤です。

女子寮の前でそわそわそわそわ……。

他の婚約者待ちの令嬢のように、寮の中で待っておられればいいのに。

……確かヘンリエッタ様に「レオハール様に迎えに来て頂くのを話したら、嫉妬されてしまいますからギリギリまでお部屋に!」って言われてなかった?

いや、俺としては……お嬢様のお側に居られるので門の横のベンチはありがたいのだが。

でも10月末。

普通に寒くない?


「お嬢様、やはり中で待ってらした方が……」

「来た!」


マーシャ、早いな。

立ち上がって門が開くのを見ると、ああ、確かにあれはお城の馬車だ。

なんかもう、他の貴族のものと作りが違う。

ガランガランと着飾った馬が四頭。

隅々までこだわっているのがここからでも分かる金の透し彫り。

中のソファーも赤いベルベット。

純白に磨かれた車体。

金の車輪と……これは、すごいやー……。

そんなものがお嬢様のいるベンチの前に止まり、レオが驚いたように中から出てきた。

そりゃ驚くわ。


「ローナ、なんで外で待ってたの⁉︎ 風邪を引いてしまうよ⁉︎」

「……えええと……その……、……ま、待ちきれませんでした」

「え……」


スーーン。


「……に、義兄さん……」

「なんか無我の境地みたいな顔になってる……」


誤魔化すにしてもそんな言い方……。

言われた方は爆発しそうな気分になるでしょう。

うちのお嬢様は天然だったのか?

恐ろしい。

なんて末恐ろしい。

手を合わせておくべきか。


「……そ、そう言ってくれるのは光栄だけど……こんな時期に外で待つなんてダメだよ」


と、言ってレオは自分の上着を脱いでお嬢様に掛ける。

うわあ、俺なんでその手を思い付かなかったんだろうかー……そうだよ、コートをご用意しろぉ! とわちゃわちゃしているメグとマーシャにそのわちゃわちゃが終わったら言おう、とか思ってる場合じゃなかった。


「というかマーシャたちも⁉︎ も、もう乗りなよ! 寒いよ!」

「え、ええー、で、でも!」

「大丈夫、見た目より広いから。ほら! ……それとも誰か迎えに来るの?」

「ルークが馬車を回すと言っていたのですが……」


そういえば遅いな?

ケリーも乗ってくるはずなんだが……。


「何かあったのかな……なんにしてもそんな薄着では寒いだろう。まず乗って」

「は、はい。すみません」

「え、あ、あの、あたしも、ですか?」

「勿論。どうぞ」


レオに微笑まれて顔を赤くするメグ。

心なしかプルプル震え始めたようなーーー。


「む、むりーーー!」

「メグ⁉︎」

「無理無理! この空間が無理!」

「く、空間⁉︎」


空間が無理ってなに⁉︎

あ、レオのいる空間が眩しくて辛いという意味か?

た、確かにメグにとっては命の恩人のいる空間……俺もリース家に来た当初、お嬢様と同じ空間にいるのは尊すぎて辛かったな!


「あ、あたし……あたし走っていきますのでお構いなくーーーー!」

「メグー⁉︎」


マーシャが手を伸ばすがあの格好で寮の前の植木を飛び越え、ガゼボを足掛かりに屋根を飛び越えていく……。

これはもう追えない。

というか、亜人ってバレてから躊躇ねーなメグ……!


「な、なんてはしたない! あとでお説教だわ……」

「お嬢様……」


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