女神祭は不安な予感で満ちている?【後編】



お嬢様はレオがエスコートする、というので預けても大丈夫。

メグは……まさかの自力。

俺とマーシャも申し訳ないなーと思いつつレオの馬車に乗せてもらい、登城した。

心配なのはケリーだな。

お嬢様はレオが迎えに来るにしても、マーシャとメグはケリーとルークが迎えに来るはずだったんだが。

まあ、寮の管理人さんに言伝て来たから大丈夫だと思うけど……。

ルークに馬車の御者を任せたのはまだ早かっただろうか?

馬の手綱に弄ばれている姿が容易に浮かぶのだが……。

い、いや、しかし、割と難なくなんでもこなす子だし……いつまでも従者として御者も出来ないのは。


「ところで、マーシャは今日誰にエスコートしてもらうの? やっぱりヴィニー?」

「はい! ……多分?」

「え? 多分?」

「義兄さん、聞いてねーし」

「ヴィニー? あ、本当だ、なんか考えてる顔だ。おーい、ヴィニー」

「え? なんですか?」

「マーシャのエスコートの話よ」

「あ、すみません。はい、俺がやりますよ?」

「…………」

「おい、待てなんだその不服そうな顔は」


聞いてなかったのは確かに悪かったけどな。

お嬢様もレオもマーシャの不満顔に首を傾げる。

なんだ、俺では不満だとでも⁉︎


「そういえば今日、義兄さんも出席者なんさな? なんか最近変だよ、わたしも義兄さんも使用人なのに」

「…………」

「…………」

「…………」


つ、ついにマーシャがそこに気付いてしまった。

うーむ、ど、どうしたものか。

ここで話してしまうか?

お前は本物のマリアンヌ姫なんだよって。

『エディンなんてマーシャにふられてしまえ』計画実行の時か?

しかしマーシャは最近めっきりエディンの悪口言わないんだよな?

あと思ったよりエディンの口説き文句が嫌そうではない。

ま、まさか、まさかマーシャ……エディンの口説きに落ち、落ち……っ。


「……(ヴィニーが狼狽えた顔してるな〜)……もしかしてマーシャ、今日エディンに迎えに来てもらうはずだったりとかする?」

「え!」

「え⁉︎」


ギクッとしたような表情で跳ね上がるマーシャ。

ま、まさか! まさかだろうマーシャ⁉︎

エディンのことが気になっているのか⁉︎

なんで俺に相談しないんだ⁉︎

確実に息の根を止めるのに!


「い、いや! そ、そんな話されてねーです!」

「そうなの? 最近外で会っているようだったけど」

「図書館でたまに勉強教わってただけですだ!」

「はあ⁉︎ 俺それ知らねーぞ⁉︎」

「あああ……こ、こうなるから〜……」

「「あ、ああ……」」


お嬢様とレオが納得、みたいな顔してるがそれどころじゃないでしょう!

図書館で⁉︎ たまにとはいえ⁉︎ 勉強を教わっている⁉︎

マーシャが⁉︎ エディンに⁉︎


「ま、まさか2人きりじゃあないだろうな!」

「え? えーと……」

「マーシャ……?」

「……た、たまにメグも一緒にいることがあるし……2人きりってのは、あんまりない、デス」

「ああ……? じゃあ2人きりのこともあるってことか? アア?」

「ヴィニー、ちょっと落ち着いて」

「そ、そうよ。馬車の中で立ち上がるのは危ないわ。座りなさい」


お嬢様に「おすわり」と言われたので座るけれど!

……いつの間に立ってたんだろう?

まあいい、それよりまさか、まさかマーシャ!

マーシャがエディンのルートに入った⁉︎

ふ、ふざけるなー!

…………マーシャがヒロインの場合、エディンルートだとお嬢様は崖から落ちて自殺……!

か、完全に破滅フラグじゃねぇかあぁぁぁぁ!


「マーシャ〜……エディンだけは……エディンだけは許さないぞ」

「ちょ、な、何言ってんださ! そんなんじゃねーし! そんなんじゃねーし!」

「本当だろうな⁉︎ あんなナンパ野郎お兄ちゃんは絶対に反対だからな!」

「わ、分かってるべさ〜っ」

「…………」

「…………」


これはもう城に着いて野郎の面見たらとりあえず締め上げて詳細を確認しなければならないようだな……!

あいつがマーシャに変なことをしているとも思えないが、前科が! あるんだよ!

ガララン、ガラランと馬車が城門前に止まり、お嬢様をレオがエスコートして降りる。

俺も一応マーシャのエスコートをするが……ふつふつと怒りが……。


「で、でも義兄さんだってエディン様と仲良いじゃん」

「はあ?」

「な、なんでもねーよ!」

「おい待て! お前まさか本気か⁉︎ 本気なのか⁉︎」

「ち、ちっげーよ! ちょっとそう思っただけだしぃ〜!」


お、おのれエディン!

お前のことは(レオが大好きなだけの残念な男だと分かったから)見逃してやろうと思っていたがこういう事ならやはり始末する!

お嬢様の破滅フラグを完全にへし折る為にも!

個人的にとてもマーシャを貴様の嫁にやるのもなんかムカつくし!


「あ」

「あ?」


立ち止まるマーシャ。

その視線の先には開場待ちのご令嬢の人垣。

その中心に抜きん出た頭が一つ。

黒檀色のタキシードが似合ってる似合ってる。

なんじゃあの色気は。


「わあ、エディン、今日は随分早めに来たんだね」

「いつもギリギリで来られて早々に帰られますのに」


お嬢様とレオが珍しいものを見たとばかりのコメント。

成る程、早めに来てご令嬢の群れに捕まったのか。


「………………」

「………………」


で、俺の横ではマーシャがその光景から目を逸らしてどことなく拗ねたような、悲しげなような顔をして俯いている。

…………おい、こら、それはお前……。


「…………」


いや、待て落ち着け俺。

俺の恋愛に関する認識や憶測は大体ズレて間違っている。

そう、思うべきだ。

なにしろヘンリエッタ嬢の気持ちを恐ろしい方向に勘違いしていたんだぞ。

じ、自分を信じるな、そこは!

マーシャのこの表情が意図するところ……こ、これは一体どういう意味なんだ?

……ケリー……そうだ! あいつならなにか……。


「っ」


居ないんだった!

まだ来てないんだった!


「ヴィニーがやきもきしてるね」

「レオハール様はよろしいのですか? マーシャがもしエディン様のことを本気にした場合は……」

「うん。エディンは優しいから」

「…………。まあ、そうですわね……レオハール様関連でしたら……」

「え?」

「いえ、なんでも」






********




「あの人垣はなんだ?」

「あれか。あれはエディン・ディリエアスという生き物だ」

「んん、あれら全てがか?」

「ある意味その一部だ」

「お、お兄さんクレイに変な嘘つかないで」


会場に入るとメグとクレイに遭遇した。

ケモミミカップルのなんて癒し系なことだろう。

荒みきった心が少し癒される。少し。


「で、メグが着飾ったところはどうだクレイ。リメイクは俺がした」

「は? あ、ああ、いやまあ、そういう奴だな、貴様は」

「なんだそのコメント。俺じゃなくてメグへ感想を述べろ」

「え、ええ〜!いいよそういうの〜。どーせロクなこと言わないんだから」


そう言って唇を尖らせるメグ。

しかし、それにしてはがっつり腕を組んで離そうとしていない。

ちなみにクレイもタキシードだ。

この間俺がライナス様のお古を下取りしてリメイクしたやつ。

同じやつは本当なら好まれないのだが、クレイたちは亜人なので仕方ない。

それに似合ってるから別にいいだろう。

なんてかっこいいんだ、俺のリメイク作。

クレイに似合いすぎててヤバイ。


「…………」

「…………」

「…………」


…ロクなことどころか言葉も出てこない。

が、頑張れクレイ……!

いつもの男らしい発言はどうした!

ここでガツンと決めるべきだろう⁉︎


「……どう言うのが正解なのか分からない」

「どういう意味よ」

「………………」


それは俺に聞かれても分からない…。


「あ、亜人の人はっけーん! ついでに執事のオニーサマもはっけーんでーす! こんばんは! ウエスト区のハミュエラ・ダモンズでーす! なかよくしてくださーい! って思ったらどこかで見たことある! マーシャのお友達のおねーさん! 亜人さんだったんだー!」

「落ち着け」

「ハミュエラ兄さん、勢いつけすぎですっ」


ヒャッホーイと両手を上げて飛びかかりそうな勢いで現れたのは東西南の公爵家ご子息。

ハミュエラは相変わらずだが、アルトとラスティもちゃんと出席したんだな。偉い偉い。

特にアルトはよく逃げずに来たものだ。

というか……。


「こんばんは、ハミュエラ様、アルト様、ラスティ様。ライナス様はご一緒ではないのですか?」

「野暮はナシですオニーサマ」

「御意」

「そ、それだけで伝わるのか⁉︎」

「ええ! ボクにも分かるように説明してください!」


成る程、知ってるのはハミュエラだけか。

こいつ妨害方向はポンコツだったがサポートの方は上手いしなぁ。


「ライナスはなにか用向きか?」

「おお、亜人のオニーサマとライナスにいにはお友達ですか⁉︎」

「友と呼べるほど親しいわけではない」


……ライナス様が聞いたらへこむぞそれ。


「ではまず俺っちとお友達になりましょうそうしましょーう!」

「………………」


ハミュエラの距離の詰め方よ!

グイグイいくどころでなく、もう鼻先がクレイの顎につきそうな距離だぞ!

ドン引いてる! クレイが近年稀に見ぬレベルでものすごいドン引いてる!

うん、あれは俺の前世の海外の人でもドン引く距離の詰め方だ!


「あ、あのね、クレイ! ハミュエラ様ってテンション高いしなに言ってるかよく分かんないだけだから大丈夫だよ」


メグ、それはフォローになってない。


「リース家のメイドの片割れは亜人だったのか……⁉︎ リ、リース家はすでに共生を試みていたのか⁉︎ く、詳しく話せ執事!」

「…ひえ! ア、アルト兄様…⁉︎」

「……」


ああ、クレイがアルトの食い付きでますますドン引きしてる!


「あ、あの、あたしは最近まで亜人だったこと隠してたんです。でも、その、同盟もしたし、お嬢様にもバレてしまって……」

「それ見たことか」

「ち、ちがーう! 別にあたしがドジってバレたんじゃないもん! 馬車が倒れてきたのを支えて…って前に説明したじゃん!」


……メグはクレイに「は? メイド? 亜人ってバレるに決まっているだろう」とでも言われていたんだろうか?

そんな気がするなぁ、ニコライに「メグをよろしくお願いします」とか言われた身としては。


「……。……そういえばラスティ様、お伺いしたいことがあったのですが」

「は、はい? ボクですか? な、なんでしょう?」

「『スズルギの書』の類をお持ちだったりしませんか?」

「⁉︎」


馬車で思い出した。

俺があの時、持ち歩いていなかったはずの『鈴緒丸』を気が付けば手にしていたこと。

そして、それまで“思い出していなかった”はずの『技』まで使えたこと。

あれはなんだったんだろう。

もしかして、俺は前世……『水守鈴城』である前とかにこの世界に落ちてきた武士か何かだったのだろうか?

馬車を両断どころか、バラバラにする『剣技』をもし“思い出せる”のなら、戦争で役立つ。

ヒントがあるなら是が非でも手に入れたい。


「ど、どうしてそれを……執事のお兄様は考古学にご興味がおありなんですか⁉︎」

「え、えーと、以前『スズルギの料理書』なるものを読んだことがありまして? アルト様に、他にも書があるとお聞きしたのであるいはと……」

「なんと! はい! はい! 持っております! 写しですが、『料理書』も『指南書』も『戦術書』も持っております!」

「そ、そんなに!」


そんなのまであったのか!

そりゃますます興味深い!

というか!

…………ラスティってなんて常識人属性なんだろう。


「えー、アルトもラスティももっと貴族らしく交流を大切にした方がいと思いまーす。というわけで亜人のおねーさん一曲踊りませんかー」

「あ、あああああたしダンスわかんないんで! 無理です!」

「ヘーキヘーキ! 俺っち足を踏まれても気付かないのでノー問題でーす! さあ! いざ!」

「ぎゃあああぁ! 助けてお兄さん! クレイー!」

「コ、コラ! ハミュエラ様! 無理強いはいけませんよ!」

「そ、そうですハミュエラ兄さん、紳士にあるまじき行為です!」



足踏まれても気付かないとか反応に困る!


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