公爵家勢揃い
9月も末。
突貫で準備された、亜人族とウェンディール王国の同盟締結日…………3日前。
例の会談の日から、町中、ひいては国中に早馬が走り抜け、報せは最北端の地にも届いている頃だろう。
約1ヶ月を掛けて、3日後の締結日を前にやって来た来賓は東西南北のエリアを預かる公爵家当主たち。
イースト区、アストン・フェフトリー公爵。
ウエスト区領主、メディア・ダモンズ公爵。
サウス区領主、デイビッド・ハワード公爵。
ノース区領主、ギルベール・ベックフォード公爵。
……ここで驚いたことが一つ。
「え! ウエスト区公爵様って女性の方だったんですか⁉︎」
「そうでーす、うち母様が当主でーす! 嫁入りなんですけど父様は経営向いてなくて家督は母様に譲りましたー」
「そ、そうだったんですね」
あれ、確かライナス様のお母様の姉、だよな?
その錚々たる顔ぶれの中に、何故俺とお嬢様まで……と思わないでもないのだが……別に俺たちだけが呼ばれたわけではない。
本日は四方公爵家を交えた、領主会議。
ご夫婦で来られた四方領主たちは、セントラル領主たちともに国王に今回の同盟に関しての詳しい説明を受ける事になっている。
で、すぐに帰れるものでもないので今日はそのまま城で晩餐会が開催され、アミューリアの生徒は晩餐会会場の横にあるダンスホールで小規模な夜会に招待された……という次第。
つまり、俺やお嬢様だけでなくハミュエラを始めほぼ全生徒が招集されたわけだ。
小規模な夜会といってもお城の小ホール(去年レオが壊したやつね)と同じくらいの広さがあるので、生徒全員は余裕で入る。
晩餐会会場はこのホールを見下ろす、正面二階。
向こうからは丸見えだがこちらから晩餐会会場はよく見えない。
城は広いが、こんなところもあったんだなぁ。
まあ、とはいえ晩餐会は夜だ。
俺やハミュエラが事前に城に入って、この会場に来たのは執り行われるのがそれなりに急だった為レオに手伝いを依頼されたから、と……。
「ハミュエラ様、舞台の設置が終わりました。リハーサルに入ります!」
「急にごめんなさいでーす。でも、明日は亜人の人たちも呼んで行うらしいのでがっつりよろしくお願いしまーす」
「「「はい!」」」
……ハミュエラは、劇団員のお世話だ。
劇団員といっても劇を行う劇団ではなく大道芸劇団という大道芸を中心とした劇団。
多少劇も行うようだが、ウェンデルのウエスト地区にある劇場で公演しているがっつり系ではないらしい。
要するに、余興で呼ばれたという事だ。
……こんなやつらまですぐに呼び出せるハミュエラの顔の広さよ……。
「ヴィニー、亜人の方々はどのようなものを好まれるのかしら? お料理の味付けなどは聞いておいてくれた?」
「あ、はい。味覚は種族によるところが大きいそうです。ただ、全体的に薄味を好むものが多数で、出来れば野菜のみや肉のみ、魚のみなど、単品が良いのではとのことです」
「成る程……。わたくし明日は健康診断で来れないから、当日準備はお願いね」
「はい、お嬢様!」
……厨房と城のメイド長に俺がニコライに聞いた情報を伝えに行くお嬢様。
本日もお城のメイド服着用。
あれはあれで気品が増してお美しいのだが、お嬢様……仮にも王太子殿下の婚約者候補のご自覚はお持ちだろうか……。
でも、俺が泣いて縋って止めてもやめてくれないんだもんなぁ……。
「? ローナオネーサマは具合が悪いですかー?」
「いや、一応健康状態を確認しておきたいそうだ」
子供を産める体かどうか……調べる! と息巻いておられた。
確かにとても大事な事なのだが言葉そのものの威力が強すぎて俺は1日無気力化した。
仕方ない。
これは仕方ないと思う。
え、仕方ないだろう?
「えー、大変にお偉いですー! アルトも具合が悪かったら行けばいいのにー。俺っち夏季休み前のテストで完全敗北して嫌々行ってますよー。元気なのにー」
「それは当たり前だな」
お前自分がとんでもない不治の病って自覚足りなさすぎるからな?
とか、ハミュエラと会話しながらもテーブルのセッティング完了、と。
掃除はお城のメイドさんが完璧に仕上げるだろうから、あと手伝う事は……。
うーん、出来れば亜人がどういう文化なのかをもう少し聞いておきたい。
こちら式のもてなしで大丈夫なのだろうか。
一応人間と亜人でテーブルを分けておいたけど……。
こっちのテーブルは明日用って事で赤い布で覆っておいて、明日またニコライに聞きながらセッティングし直すとするかー。
「あ!」
ハミュエラが声を上げる。
何かやらかしたのかと振り返ると、う、うおお!
「まあ、ハミュエラ。お前なんでこんなところにいるの?」
「そんなことは使用人の仕事だろう?」
「父様、母様!」
ハミュエラの両親と、イースト区、サウス区、ノース区の公爵家ご夫妻が勢揃いだとおぉ⁉︎
なんで準備中の会場にお偉方が揃ってるんだよ⁉︎
ここ別に会議室への近道とかではないはずなんですけどぉー⁉︎
「わぁい! 父様、母様、半年ちょっとぶりですー!」
「あらあら、相変わらず甘えんぼね」
「体調はどうなんだ?」
「俺っちはヨユーのよっちゃんです!」
だから古い! 昭和の香りがする!
ハミュエラはどこでそう言うの覚えてくるの⁉︎
「でもアルトは風邪で寝込んでました! 俺っちが会いにいっても会ってくれませーん」
……それは……俺、そこはアルトの味方だなぁ。
お前よりはアルトの気持ちの方がなんとなく分かるんだもん。
「やあ、ハミュエラ。久しぶりだね、大きくなって……、……うちのアルトが風邪で寝込んでるって、それは今もなのか?」
「あ、フェフトリーのおじさま! ……えーと、多分もうよくなったんではないでしょー……か?」
「!」
ぐにゃん、と俺を振り向くハミュエラ。
お偉い皆様の視線が俺に集中する!
う、うおおおぉい、なぜこのタイミングで俺を巻き込むー⁉︎
「え、ええと、そ、そうですね? 大分回復されたのでは……ないでしょうか」
「そ、そうか、よかった」
と、安堵の表情をするこの紳士がアルトの父親……?
……しかし、彼の斜め後ろには紺色の髪の美女メイド。
そして、その横には2人の男の子が手を繋いでハミュエラを盗み見ている。
……え、えーと、え、嘘だろ……まさかあれがアルトの義弟たちとか言わない、よな?
重要な会議が行われるお城に、わざわざ養子の息子たちを連れてきた?
それに、噂だとあの美人なメイドさんが、その、不倫相手、って事だよな?
お、おおい! アルトの親父ー! 最低か!
「ほう、黒髪黒目とは縁起の良い……君はアミューリアの学生か?」
「え? は、はい」
「私はギルベール・ベックフォード。君はどこの家のご子息かな?」
「あ、え、ええと、私はリース家の執事家系の者で、ヴィンセント・セレナードと申します」
「ヴィンセント・セレナード! おお! 君がうちのライナスと友人になってくれたという……! 息子から大変世話になっていると手紙に書いてあったよ! そうか、君が!」
そ、早々の身バレ……!
ライナス様、俺のこと実家に報告してんのかよおおぉ!
…………一応、俺の血筋のことはあの場にいた人間以外に漏れていないはず。
つまり、いかに四方領主の公爵たちであっても知らないのだ。
ベックフォード公爵の気さくな感じは、つまり元からこう言う人ってことか。
「うちの息子のことを、これからもよろしく頼むよ」
「いえ、とんでもございません。こちらこそ、大変お世話になっております」
「ねぇ、待って。リース家といった? リース家って殿下の婚約者候補の令嬢の……」
「はい、ローナお嬢様にお仕えしております」
ズイ、とで出来たのはいかにも気の強そうな女性とオレンジ色の髪がだいぶ後退したハ、……紳士。
流れ的にこちらがデイビッド・ハワード公爵ご夫妻かな。
あれ、イメージとかなり違う……。
主に公爵様が……。
「ふーん、そう……? で、そのローナ様はどちらかしら?」
「お嬢様なら……」
…厨房に亜人の食事の相談に行っております…なんて言えない。
しかも今日のお嬢様はがっつりお城のメイド服!
そんな姿でお嬢様を公爵家の方々にご紹介?
ははは、無理。
「いえ、呼んで参りますのでお待ちください」
「わたくしがローナ・リースでございます」
「うぉーっ! っ、じょ、うさま……⁉︎」
普通にご登場してしまったぁぁぁ⁉︎
メイド服で!
って、その後ろにはディリエアスご夫妻ぃぃ⁉︎
カオス! なにこのカオスぅぅぅ⁉︎
「あぁら、オリヴィエ様じゃあない。まだご存命でしたのね、お元気そうで何よりですわ!」
「まあ、カリュティ様……皺がお増えになったんではありませんの? おほほほほほ、お互い歳をとりましたわね!」
「本当ね! おほほほほほほ!」
……な、何故に出合い頭からの臨戦態勢…?
ハワード公爵夫人とディリエアス公爵夫人に一体なんの因縁が⁉︎
「やめなさい、カリュティ。初めまして、ローナ様。わたくしはハミュエラの母でウエスト区の領主、メディア・ダモンズです。お話は先ほどお伺いしたわ」
「初めまして、メディア様。ローナ・リースと申します」
「…………。そうね、貴女なら……。まあ、あのリース家の令嬢ならわたくしから言うことは特にありませんわ」
「! ……ありがとうございます」
お、おお、お嬢様が本気で照れた。
ほんのり染まる頰。
か、可愛い。うちのお嬢様今日も可愛い!
……そして、ハミュエラのお母様で西の公爵家がお嬢様に付いた!
ほ、他の公爵家の方々は……。
「うむ、私もライナスに聞いている! 私も君なら異論はないな。なあ、ディジー?」
「ええ、貴方とライナスが選んだ方なら王妃としてやっていけるでしょう」
北の公爵家もお嬢様側! よ、よぉっしゃあ!
ありがとうライナス様!
「……しかし、なんで城のメイドの格好などしているんだね?」
と、割とごもっともなツッコミを今入れてきたのはアルトの父親、フェフトリー公爵。
うっ、い、痛いところを!
「ローナ嬢は素晴らしいのよ! お城ではどのように侍女やメイドが働くのかを手伝いながら学んでおられるの! 後宮に入られた後もこれならメイドたちをしっかりまとめられることでしょう!」
「あぁら、貴方のお姉様はそれが出来ていないと聞いたわよ?」
「うちのお姉様は体調を崩されたの。仕方がないのですわ」
「子供も流産して、正妃の座をあんな女に奪われて、更に体調まで崩して実家に出戻りとは大層なお姉様ね?」
「…………」
「カリュティ」
頰を引きつらせるディリエアス夫人。
オロオロとするハワード公爵。
カリュティ夫人を咎めたのは、ベックフォード夫人。
しかし、これはちょっと、酷いな。
俺、一応その人の息子なんだけど。
その言い草……とても公爵夫人とは思えないな。
「こ、こほん。……しかし、王妃は1人に絞る必要はないんじゃないか? 彼女を正妃の座に据えるのには私も異論はないが……オークランド家の令嬢も候補なのだろう? 側室に迎えればいいではないか」
「まあ、アストン様。それはわたくしたち姉妹に対する意思表示と受け取ってよろしいの?」
「ひえ……、……い、いや、別にそういうわけではないんだけど」
何故今それを言い出したフェフトリー公爵。
ご自分も四姉妹の1人を妻に迎えておいて、何故!
ば、バカなの? 今それを言うとかガチでバカなの?
「本当ですわよね。リディアは体調不良で連れて来ていないと仰ってましたけど、新たに引き取ったご子息と侍女をここまで連れてくるなんて」
「アストン、だから置いて来なって言ったのに……」
「だ、だって私が側にいない間に2人に何かあったらどうしようかと思うと不安で……」
ベックフォード公爵とこそこそそんな事言ってる。
しかし、夫人たちの目線はツンドラだ。
オリヴィエ夫人まで……。
うちのお嬢様も状況を察して困り顔。
…………あれ、デジャヴ……去年偽物のマリアンヌ姫の誕生日パーティーでも感じた系の……。
「まあ、アストン様はわたくしたちよりも“お変わりない”ようで!」
「本当……最ッ低なところは本ッ当にお変わりないようで!」
「アストン様、あまりうちの妹を蔑ろにされるならリディアは我がハワード家で引き取りますわよ?」
「そ、そんな! 私はちゃんとリディアを愛しているよ!」
「信用出来ませんわ。学生時代にわたくしとリディア姉さんを間違えたではありませんの」
「それ一回だけではないか! まだ引きづるのかディジー⁉︎」
「アストン、私の妻を愛称で呼ぶのは感心しないな!」
「あ、これは失礼、つい……」
「…………。…………ええと、あの、わたくしまだ準備の手伝いが残っているので……」
「ああ、あれは放っておいていいよ。陛下の前でこの話が出来ないから降りて来ただけだから」
……と、あっさり言い放つディリエアス公爵。
ま、まじかー……。
「ラスティのお父様、一言も喋ってないですね」
「……そういえばまだ声を発していないな……」
「でも俺っちは作業に戻ります!」
「俺も戻るわ」
ぎゃいぎゃいと、どうやら政治全く無関係な事になっているようなので!
息子たちも息子たちだが親はもっとめんどくさい!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます