属性検査



扉を開けて少し進むとカウンターがある。

今日は初めてそこに人がいた。

白衣のハゲたおっさんだけど、俺たちを見るとすぐに用件を察して立ち上がる。

「ご案内しますよ」と愛想のいい笑顔で会釈して、大きな実験室へと連れていかれた。

ここは、あれだな。

入学した当初に『魔法適性』を調べた部屋だ。

あの時は大人数で、列に並んでざわざわしていたがこの人数だとだだっ広い多目的ホールのように見える。

しかし、壁際には赤やら青やら色とりどりの液体がポコポコ泡立つのが透けて見えるガラスの柱が立ち並んでおり、ここがただの多目的ホールではないのは明白。

その横にはいろんな機材が木のテーブルに所狭しと乗っている。

フラスコの瓶には緑色の液体が、コッポコッポと気泡を破裂させていた。

それらを忙しなく、4、5人の研究員が揺らしたり、熱したり、別な薬品を混ぜたり……。

お、おおい……ここ魔法の研究所だよなぁ?

ミケーレの研究室もRG-18的な意味でヤバかったけど、ここはここでヤバくないか?


「……ま、前あんなのありました?」

「さ、さあ? 僕は覚えていないな〜……」

「なかったような、気はするが……」

「俺の時はありましたよ?」


つまりケリーたちが入学する前に設置されたのか。

なんの実験してるんだよ?


「なんだろうね? あれ」

「あれは魔力を伝達する絵具を作っているんですよ!」

「わあ!」

「で、出たな貴様!」


まさかの背後!

俺はともかくレオに気配を察知させないとは……!

くっ! この1年で俺は成長したはずなのに……成長したのは俺だけではないということなのか⁉︎

っていうかただの魔法研究員がその気配遮断能力持ってる意味は?


「……魔力を伝達する絵具? なんですか、それ」


唯一あまり驚いていないのはケリー。

……ああ、確かに。

魔力を伝達する、絵具?

そんなもの何に使うんだよ?


「戦巫女様を召喚するに至り、女神様の魔力を一定量、一定の場所に止める必要があると判断しました! 最初は魔宝石を置けば良いのかとも思いましたが魔宝石では巫女様を召喚するのに十分な範囲を確保出来ません。ですから地面に女神様の魔力を拡散させる事なく止めるモノが必要となったのです! そこで我々は魔力を伝達する絵具で地面に円を描いてはどうかと考えたのです! そうすれば円となった線を、女神様の魔力がずっと駆け巡る事ができるでしょう⁉︎ その力を用いて巫女様を召喚するのです。まあ、その円に関してはまだまだ試行錯誤が必要だとは思うのですが!」


…………輝いてるなぁ。

ここ数ヶ月は今にも死にそうな顔してたのに……忘れがちだがミケーレはうちのクラスの担任である。

……要するに、魔力を伝達する絵具って魔法陣を描くための専用道具って事か?

うわぁ、なにそれ胸踊る……!


「……ええと、この方は?」

「ミケーレ・キャクストン。魔法研究所の職員で、アミューリア学園の教員でもあるんだ。魔法に関しては彼が一番かな」

「そうなんですか、よろしくお願いします」


ケリーが猫の皮を被って手を差し出すと、向こうもスン……と紳士の皮を被り爽やかな笑顔でその手を取る。

客観的に見るとキラキラ効果が散りばめられていそうな映像ではあるが、どちらも数分前の自分の顔を見てみろと言いたい。

うぅわぁ、嫌だわ〜……外面紳士コンビ……。


「あの、魔法に関してよく分からないのですが質問しても良いですか? ミケーレ先生」


……そういえばミケーレは先生だった。

俺もエディンもレオも「先生」なんて呼んだ事ない気がする。

あったとしても出会った当初くらいだろう。

うちのクラスも基本「キャクストン先生」って呼んでるから。


「なんですか?」

「魔法とはどう使うものなのですか? ……本当に人間が魔法を使えるのでしょうか?」


…………わあ、シンプルに「確かに」って思う質問だー……。

俺はゲームでざっくり説明聞いたけど、ケリーはまだその辺が分かっていないのか。

まあ、チュートリアルにもあった質問だし、戦巫女への説明はレオとエメリエラが担当だから俺たちがする必要はないだろうけど……戦争で命が懸かってるから俺もちょっと真面目に聞こう。

もしかしたらゲームと差異があるかもしれない。

……ないと思うけど。


「フフフ、良い質問ですね。我々の研究によると、魔法はその魔宝石の魔力を使います」

「? それがよく分からないのですが、我々にも魔力はある、のですよね? なのになぜ魔宝石と戦巫女に頼らねばならないんですか?」

「ふむ、では出来るだけ分かりやすく、新たに分かったことも交えて説明しましょう。……まず、女神エメリエラ様は我々人間族に『記憶継承』と『魔力』を与えてくださいました。しかし、人間たちはそれを上手く理解することが出来なかったのです。『記憶継承』は代を重ねなければその効果が分からず、魔力は目には見えません。ここまではよろしいですね?」

「あ、ああ」


多分新しく分かったこと、がエメリエラ関係だろう。

……人間は『記憶継承』と『魔力』を貰った。

武器を作っても数でしか攻め手のなかった人間は、新たな希望を得たという事だ。

でも、人間はその使い方を理解出来ておらず現在まで魔法の研究はなされなかった……アホくさい。

それを魔宝石の発見とともに始めたのが現王バルニール。


「我々は己の身の内に魔力があるのを知らずに現在まで過ごして参りました。でも、魔宝石の発見以降、我々にも魔力がある事がわかり魔法の研究が始まったのです。とはいえ、魔法の研究が始まったのは20年程前と実に日が浅い。我々は魔法のことも魔力のこともほとんどわからないまま手探りでこれまで研究を続けておりました。そして、そんな時レオハール様が魔宝石の魔力の源となっていた女神エメリエラ様を発見されたのです。それにより、我々は魔法の使い方を開発する事なく、エメリエラ様の魔法の力を戦巫女を経由する事により扱うことが出来ると分かったのです! つまり、戦巫女の従者となる方々は魔法を学ぶ必要なく、魔法を使うことができるという事です!」

「…………」


レオとケリーが無言で俺の方を振り返る。

……まあ、そうだな……要約するとつまりあれだ。


「魔力は持っていますが、魔法の使い方に関しては全く分からないでしょう? 女神エメリエラ様の知る『魔法の使い方』の様なものを戦巫女様を経由して従者石を持つ者にも理解出来るようになる、的な現象が起きるという事だと思われます」

「成る程」

「成る程〜」


……なんかゲームだと『魔力』も貰う的な感じだった様な気もするけど……。


「いえ! 更に付け加えるなら魔力もですよ!」

「え、ええ〜」


ややこしい補足始めたぞこの変態〜。


「我々は魔力を持っていますが、魔法が使えるほどの魔力は持っていないのです」

「え? なに? もうよく分からないんですけど」

「ですから、魔法を使うには魔力が一定量以上必要なのです。皆さんには魔宝石から供給される魔法に必要なその一定量以上の魔力を受け取る容量の様なものとその適性があるとお考えください」


……つまり、魔力はあるにはあるが魔法を使えるほどの量を持ってるわけじゃないって事か。

わ、分かりづら〜……。

んで、俺たちは魔宝石にあるエメリエラの魔力と魔法の使い方みたいなものを戦巫女を経由して従者石で受け取り、魔法を使える様になる……って事?

……結構な手間がかかるんだな〜?

あ、もしかして、だから戦巫女は攻略対象たちと『絆』を深めて魔宝石の力を高めなければならないのか?

あ、そ、そういう構造……。

ちょっと納得した。

だが、そうなると戦巫女と恋愛せずにいかに仲良くなるか、に掛かってくるのか。


…………難易度高くない?



「なんとなく理解は出来ました」

「え? マジで? 俺はまだよくわかんねーんだけど……」

「えーと、あとで説明する」

「だがそれだと、随分な手間ではないのか?」

「エメの話だと戦巫女と従者石を持つ者が愛し合えばエメの力が強くなって魔力の受け渡しはスムーズになるとかなんとか」

「は? それって戦巫女殿と恋愛しろと?」

「いや、そこまでは言わないけれど……仲良くした方がコンビネーションがスムーズになるって事じゃないかな?」

「ま、まあ、それはそうだろうな。……成る程、だとしたら、戦巫女には早々に従者を選んでもらい、一緒に戦闘訓練をした方が良いかもしれないな」

「そうだね。どんな子が選ばれるのか分からないけれど……戦闘経験のある子の可能性は流石に低いだろうし、そういうところもフォロー出来るようにならないと……」


なんかレオとエディンは真面目な話になってるけど、今はその魔法の属性を調べるんじゃあなかったっけ?

……ところでクレイも戦争参加が確定なら、この場に呼んだ方が良かったんじゃないか?

今から呼ぶ? 呼ぶ?


「コホン、レオハール様、エディン様、ケリー様、ヴィンセント君……ここまでは宜しいですか?」

「え? あ、ああ、まあ、あとで詳しく聞く…。とりあえず、なんとなく魔法の使い方に関しては分かった、が……」

「おや、それなら理解出来るまで徹底的に……」

「い、いやいいです! 本来の目的は属性検査というやつなのでしょう⁉︎ ど、どうやるんですか?」


ケリーに詰め寄るミケーレの首根を掴む。

顔が乙女ゲームの攻略対象じゃなくなってるよ。

後退りながらも果敢に属性検査について質問する健気なケリー、ほんといい子。

ケリーになにかしたらマジで攻略対象から外れてもらうレベルで顔面ぐしゃぐしゃにしてやるぞテメェ。


「あ、ああ、そうでした! そっちが本日のお楽しみ……ではなくメインイベントでした」

「いや、そのために呼び出したのだろう⁉︎」


あとイベントじゃねえ。

そこも突っ込んでおけエディン。


「あちらをご覧ください!」


と、変態が頬を染めてウキウキ両手で指した先は例のぷくぷく空気が泡立つような液体の入った柱。

他は色が付いているが、あれだけ炭酸水でも入っている様に透明だ。

……マジで炭酸じゃないよな?


「あれは?」

「あの透明な検査液が入った柱に手を当ててください! あれは今作っている魔力を伝達する絵具の材料の一つなのですが……皆さんの持つ魔力を伝達するガラスの柱に当てて流す事で中の液体がその属性の色に変化する仕様となっております! どうです? 大きくする事により色々な問題が解消されたと思うのですが!」

「ま、まあ、脱がなくて済むのなら……」


俺も文句は、まあ、ない、かな?

……もしかしてあのガラスが絵具の原材料、なのか?

まあ、その辺は変態の領分だし俺が気にすることじゃあないよな。


「触るだけでいいのかい?」

「ダメですレオハール様! まずは俺が安全性を確認致します!」

「え、ええぇ〜……」


えええ〜、ではない!

相手はミケーレだぞ、警戒はするべきだ!

と、言うことでドキドキワクワク魔力属性検査ターイム。

俺だって魔法にはそれなりに興味津々なのだ。

ゆっくり手のひらをガラスの柱にくっつけてみる。

ど、どれ、どんなもんだろう?


「!」


透明な炭酸水(っぽい液体)が青く変わっていく。

えーと、青ってことは……これはゲームと同じ『水』の属性?

でも、下の方はだんだん黒くなっているぞ?

黒ってなに?

え? 俺の腹も黒いって事じゃないよな? まさか。


「これは、水と闇の属性です! 素晴らしい! 二つの属性をお持ちとは!」

「二つ⁉︎」


俺(ヴィンセント)って『水属性』だけじゃないっけか⁉︎

……、……まさかっ、まさか……『オズワルド』だから?

……ええ? やっぱり『オズワルド』って、『トゥー・ラブ』の『出現条件が鬼ヤバイ追加隠れキャラ』なのでは……。

でも『ヴィンセント』が?

『ヴィンセント』が追加の隠れキャラとか、訳わかんねーんですけど製作会社ー!

大体、『闇』ってクレイしか持ってないんじゃなかったのかぁぁ⁉︎


「問題なさそうだな? なら次は俺が触れてみるぞ」


と、俺が衝撃でふらふらと柱から離れると、柱の中の液体は透明に戻る。

そこへエディンが手を触れると、中身は緑色に変わっていった。

これは、風の属性。


「……では、俺も……」


ケリーが触れると炭酸っぽい液体は茶色に。

これは、土の属性。

最後にレオが触れる。

レオハールは……ゲームで『光』と『火』だったはず。


「白と赤! これは『火』と『光』の属性ですね!」

「……火と、光……ヴィニーと反対だね」

「そ、そうですね」


……ゲームでのパラメータ…と、やはりほぼ同じ結果…。

レオは『火』と『光』の魔法で全体のパラメータもめちゃくちゃ高く前衛。

エディンは『風』の魔法で弓技と回避が高く後衛。

ケリーは『土』の魔法で、戦略と防御が高く後衛。

しかし唯一俺の記憶(と、記録)と違うのは俺だ。

ヴィンセントは『水』の魔法で剣技と回避が高めで前衛。………のはず。

俺だけなんか『闇』が加わってますけどこれいかに⁉︎

『闇』はクレイだけじゃなかったのかよ⁉︎


「……光と闇の魔法ってどういうものなんだ?」

「エメの話だと、光は防御系、回復系の魔法が多くて闇は魔法の無効化と攻撃補助が得意だというよ」

「魔法の無効化! つまり、エルフ、妖精、人魚の女が使う魔法を無効化できるという事ですか!」

「すすすすす素晴らしいいいいぃぃ〜!」

「キモい」


寄るな。

抱きついて来ようとするな、変態め!

…………しかし、俺に『闇属性』の魔法が使える?

わ、分からない……それって俺が、攻略対象『ヴィンセント』ではなく『オズワルド』だから、なのか⁉︎



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