ハミュエラと俺
会場準備中のところへ現れた公爵家の方々。
陛下の前ではできない超身内限定親戚会議が開催されている。
現在進行形で。
「執事のオニーサマ、俺っちのところは大体終わりましたー! 俺っちも何かお手伝いしますよー!」
「いや公爵家のご子息に手伝って頂くことは……」
「何か手伝いたいです。あの中に入るのはさすがの俺っちもつらい」
「…………」
準備中の会場に用意された椅子に座り、四姉妹とオリヴィエ様が混ざってアルトのお父さんが可哀想なことになっとる。
じ、地獄絵図かな。
その上、ハミュエラのお父さんとライナス様のお父さんは乗馬や釣りの話に花が咲き、ラスティのお父さんは放置状態。
手持ち無沙汰になってしょんぼり縮こまっている。
……あれはあれで地獄かな。
ちなみにディリエアス公爵は割と初期に警備に関する仕事があると言って早々にドロンしておられる。
大変に正しい判断と言える。
さすが騎士団団長。
ハミュエラすら「あの中に入るのはつらい」というような状況……。
確かに親戚の集まりって色々きつかったもんなぁ。
「お気持ちはありがたいですが、こちらの準備も終わりましたので……そうですね、お庭の方はまだやることがあるかもしれませんから見に行きますか?」
「わーい、行きまーす!」
「ちなみに助けてやろうとか思わないんですね」
「アルトのパパん? うーん……」
ハミュエラの目が遠い!
あの一角を避けて、会場を出る。
庭は庭師の領分なのでぶっちゃけやる事なんてないんだけど、よく会場の中に飽きた男女が2人きりになるべく庭に降りたりするんだよ。
ベンチや、ガゼボのある方にも軽食やお菓子の準備、掃除や飾り付けは雰囲気作り的な意味で必要だ。
お城のパーティーでパートナーと2人きりなんて一つのイベントだもん、絶対やる奴らが居る。
そのためなんだがなんだか知らないが、お城も割と空気読んで垣根で区画整理されてるし。
……お城マジでデートスポット。
乙女ゲームの世界のお城だから?
ふ、複雑〜。
「あれ! アルト!」
「え?」
その区画整理されたような山茶花の生垣。
その奥にあるベンチにアルトがしょんぼりと座っていた。
城に来ていたのか…まあ、エディンやライナス様も警備の仕事を手伝うからと来てたし不思議はないな。
アルトの姿を見るなりハミュエラは満面の笑み。
両手をブンブン振りながら駆け寄る。
「アルト〜!」
「っ」
抱き付こうとしたハミュエラの手を、アルトが立ち上がりざま勢いよく振り払う。
バシッとなかなかの音がしたもので、俺も垣根の中に入ってハミュエラを引き離す。
全く、病み上がりにあの勢いでしがみついたらそりゃ怒られ……。
「なんで、お前は……」
「アルト……?」
「お前だって! お前だってオレと同じ、はずなのに! 同じ、公爵家の、嫡子、で…生まれて、なんで! なんでお前は……病気なのに! …オレよりも、よっぽど治らない病気のくせに! ヘラヘラ、ヘラヘラと……毎日! 呑気に! 笑いやがって!」
「………………」
え? あ……これは……ヤバイ。
立ち上がったアルトは、半泣きだ。
しまった、そうだ…!
会場には公爵家が親戚会議中だ!
アルトの父親は、よりにもよってというか…アルトの義弟を2人揃えて連れて来ている。
現在進行形でフェフトリー公爵は奥方カルテットに吊るし上げられているし!
それを見たり、聞いたのなら…。
「……………………」
「アルト…」
ついに決壊したように泣き出すアルト。
それでも声だけは耐えて、袖裾で涙を拭う。
呆気にとられる中、区画から逃げ出していくアルトをハミュエラは固まったまま凝視していた。
俺も、正直なんと声をかけていいやら……。
あと、こっちの公爵家子息も放って置けない表情だし!
「ハミュエラ様? 大丈夫ですか?」
「…………泣いてた……なんで?」
「………………」
なんで、って…、……本気で言ってるんだろうなぁ。
ただ、前回と違うのは“本気で”悩んでいるところだろうか。
アルトに拒まれた理由が分からないんだろう。
確かに突然あんな事を言われれば困惑する。
ハミュエラの前に回り込み、見下ろす。
胸の部分の服を強く、握り込んでいた。
「痛いんですか?」
「? 痛い?」
「…心の痛みは、さすがにお分かりになるのでは?」
「…………、…これが『痛い』なの?」
多分、としか言ってやれない。
俺はハミュエラではないので、ハミュエラの心の痛みは分からない。
だが、入学前から引っ張り回していたアルトのあの拒絶はかなり堪えたんだろう。
そういう表情してる。
……ひどく、傷付いた人間の表情だ。
アルトのアレは完全なる八つ当たりだが、先日風邪でダウンしていたところにお見舞いに行った時にアルトから聞いた話や今日の事を思うと……俺はなんとなくアルトの気持ちの方が分かる。
前世も今世も親父とどうにも折り合いが悪いせいもあるのかもしれない。
だがハミュエラの方からすれば、病気が発覚してから過保護なぐらいハミュエラを構っていたアルトが突然態度を変化させた……。
それも、拒絶の部類。
訳がわからないだろうし、きっと傷付いているはずだ。
見た事のないハミュエラの表情が、それを物語っている。
「俺はハミュエラ様ではないので、貴方が今感じているのが痛いのかなんなのかは推し測る事しか出来ませんよ。でも、痛そうな表情をしておられます」
「…………。胸がぎゅーってなる…ジクジク熱くて、でも冷たい感じ…、重いのと、喉が詰まるように苦しいよ」
「…………」
それはなかなかの痛みっぽい。
目を閉じる。
アルトのことも心配なんだが……。
「ハミュエラ様はアルト様がお父様と今、どういう状況なのかはご存知、ですよね?」
「え? あ、うん……? なんで?」
「考えて下さい。今の貴方なら分かるかもしれない。……アルト様の気持ちですよ」
「アルトの気持ち……? ……なんで、俺っちそんなの分かんないよ?」
「大丈夫、ゆっくりで構わない。貴方が分かってあげれば、アルト様ももう泣かなくて済むかもしれない」
「………………」
握り締めていた服をゆっくり離す。
アルトも心配だが、ハミュエラはハミュエラでなんとか『人の心が分かる』ようになってくれないだろうか。
この無邪気さは貴重だろう。
けれどこの先、公爵家の当主として、貴族として生きていくにはあまりにも無垢だ。
この純白のような心を汚す事になるのかもしれないが、貴族の家の嫡男ならば大人になる時期はとうに過ぎている。
お前には、いや、お前とアルトにもこの先、レオが王になったら支えてもらわないといけない。
ここで仲違いさせてしまうのは単純に悲しいし、ハミュエラがアルトと……俺とケリーが経験したようなあのなんとも言えない微妙な空気を引き摺り続けてそれが普通になってしまうのは……。
だから頑張れ、ハミュエラ。
お前が感じ取ることが出来たなら……きっと……!
「……すごく、心に靄がかかったみたい。悲しい……信じてもらえなくて、とても悲しいよ。ずるい、分かんない、なんでって思う。聞きたいけど、でも怖いんだね……そうか、俺っちとアルトはおんなじだけど違うんだ……? おんなじ公爵家の跡取りなのに、おんなじように病気になったのに……なんで違うんだろうって、アルトは……悲しいんだね。悲しくて悔しくて、そうなった事が仕方ないのに、自分でどうすることも出来ないから俺っちに腹がたつんだね。オニーサンが前に言ってたのはこういうこと…?」
「…………」
やはり感受性は相当に豊か……。
ヒントを与えればすぐに理解する。
優秀な公爵家の血筋、か。
「そうですね、人は同じですが……やはり全然違います。俺はハミュエラ様の心は分からない。分からないから想像はします。しても分からない事の方が普通でしょう。でも、思いやる事は出来ますよ」
「…………思いやる……うん、それはなんとなく分かる」
ヘンリエッタ嬢の涙が脳裏にちらつく。
想像すらしなかった。
当然、俺は思いやる事すらしなかった。
……涙を流しながらも俺の断りの返事に微笑んでくれたあの人の心に俺はちゃんと……もっときちんと向き合えたのではないかと、今でもたまに思う。
もっと早く、ちゃんと、気付いてやろうとすれば……。
人の心がわからないのは俺も同じだけど、思いやる事なら出来るはずなんだ。
それを俺はずっと怠って生きていた。
お前もそうだぞ、ハミュエラ。
でも、多分……お前はーーーー。
「……。今から、思いやる。俺っちはアルトと仲直りしたい……ううん、仲良くなりたい」
「では、アルト様の事はお任せしますよ。そうですね、やる事がなさそうなら寮に帰ってアップルパイでも食べながらお茶にしましょうか。馬車は準備しておきますよ」
「アップルパイ! …………俺っち、マカロニチーズパイの方が好きです」
「我儘言うな、今日はアップルパイだ。つーかそれお菓子じゃなくガチ飯じゃねーか」
「はぁーい、じゃあ次はマカロニチーズパイでよろしくお願いしまーす! にししししし!」
……なにやら面倒な事を言い残して行った気もするが、まあいい。
もやしのアルトが走って逃げられる距離などたかが知れている。
その反面、ハミュエラの身体能力ならすぐにアルトを見つけ出して……今のあいつならアルトの気持ちにも寄り添える、かも、しれない。
まあ、そこはハミュエラ次第だが……。
「…………あの感受性にはあやかりたいかも……」
さぁて、アップルパイの材料を城からパクってこよう。
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