女の戦い、開幕の狼煙
「…………?」
翌日、月曜。
とりあえず俺は首を傾げた。
俺だけではなくすでに教室に来ていたスティーブン様とライナス様も首を傾げてる。
まあ、だよな?
「ローナ様、おはようございます」
「ご機嫌いかが? ローナ様。今日は素敵な朝ですわね!」
「失礼、ローナ様。私、今度お茶会を主催しますの、来て頂けません事?」
「あ、ずるいですわ! 私が先よ!」
「それならわたくしが来月主催する予定の夜会にも来てくださいませ! ローナ様!」
「おは…………なんだあれ」
「おは、え? なにあれ?」
「あ、おはようございますレオ様、エディン。……それが、ローナ様が登校して来た途端にこの有様でして……。ヴィンセントにも分からないそうです」
「なんじゃそりゃ」
「え、えー?」
登校してきたエディンとレオも首を傾げる仲間入り。
そ、そうなんだよなぁ。
なんで? 休み前は普通にクラスメイトの令嬢たちはお嬢様とほんのり距離があるいつもの感じだったのに。
今日登校して来たら別のクラスの令嬢までお嬢様に挨拶に来ている。
な、なに? 何が起きてるの?
俺がヘンリエッタ嬢の事で盛大に落ち込んでいた間に一体何が⁉︎
「……そういえば昨日、うちの執事が使用人宿舎で一悶着あったとか言っていたが……それが関係しているのか? ……いや、まさかなぁ?」
「え? 使用人宿舎で一悶着?」
「俺も詳しくは聞いていないな。シェイラも女子宿舎の方で騒ぎがあったみたいだ、としか言っていなかったから。今日アンジュ辺りに聞いておくと言っていたが……」
「えー、気になるな……朝、俺もアンジュに会ったけどお礼しか言われなかったぞ?」
「……?」
「お礼ですか?」
「なんでお礼?」
「え、ええと……」
みんなに見られて答えに詰まる。
しまったー、余計なこと口走ったー……。
「き、昨日の、ですね。昨日はヘンリエッタ嬢とデート……して来ましたので」
「「「あ〜〜〜……」」」
「なんですかその顔は」
ライナス様以外の3人のその「察した」みたいな顔よ!
……ック! もしかしなくてもみんなヘンリエッタ嬢が“誰を”好きって気付いてたのか⁉︎
俺マジで鈍器じゃねぇか〜!
「え? ではエディンはマーシャと普通にデートしたんですか⁉︎」
「エディン?」
「別に変な事はしていないぞ。むしろ劇を観た後、何故か武具屋に寄って欲しいと言われて俺が馬鹿高い弓を衝動買いしてしまった……」
「なにしてんの」
「なにしてるんですか……」
頭を抱えるエディン。
……デートで武具屋ってオメェ……。
し、しかし、そういえば昨日マーシャとエディンもデートだったんだよな……。
俺は本来その邪魔をするつもりだったのに……あー、俺ほんとポンコツ……マーシャをポンコツポンコツ言えないなこれは……。
昨日マーシャにエディンとのデートに関しての聞き込みにも行けてないじゃないか〜。
「自分でもアホな事をしたとは思ってるんだが……でも良い買い物をした」
「そうか。まあ、戦争に向けての出費と思えば良い買い物は良い事だな!」
「それで、ヴィニーはどうだったの?」
「……………………」
「あ、なんか地雷踏んだっぽい……」
ジトッとした顔になった自覚はある。
……仕方ないだろう、昨日の今日なんだ。
自分でもケリーの言う通り心の底から「俺ってアホだなぁ」と思ってるんだから……。
「………………」
「お、おい、ヴィンセント?」
「なんだあれは。まさか人のデートの邪魔が出来なくてあそこまで落ち込んでいるとかではあるまいな?」
「ヴィンセントならありえますけど……そんな感じにも見えませんね?」
「え〜? ローナもそうだけどヴィニーも……一体どうしたの〜?」
********
で、昼!
あれ? 今日はマーシャじゃなくてメグが居る?
話しかけようとしたらスティーブン様がお嬢様の横に座り「ローナ様」と声をかけた。
あ、そうだ……朝からのあの珍現象についてやっと聞けるんだ。
休み時間もずーっと色んな令嬢が取っ替え引っ替えお嬢様に会いに来てたもんなぁ。
「今朝からのあの状況……なにかあったんですか?」
「……そうですわね……昨夜、夕飯後にメグが慌ててわたくしを呼びに来ましたの。使用人宿舎でマーシャがヘンリエッタ様のところのメイドと一緒にご令嬢たちに囲まれている、と言われて……」
「ええ⁉︎ な、なんですかそれ⁉︎ マーシャの奴また何かしたんですか⁉︎」
俺知らない!
メグよ、何故俺ではなくお嬢様を呼びに行った⁉︎
…………。
……俺の帰りが遅かったせいか……そうだな、すまん……あと俺普通に女子禁制の男子寮住まいだもんな……そうだよな……選択肢はお嬢様一択だな……すまん。
使用人宿舎内だって女子宿舎の方は男子禁制だもんな。
だが、それにしてもえらく物騒な状況だな?
ご令嬢たちが使用人宿舎に?
それも、マーシャとヘンリエッタ嬢のところのメイドを囲んでるとか……想像しただけでイジメ案件じゃ……。
「そうではないの。エディン様とマーシャが昨日観劇に行ったでしょう? 2人きりで」
「まさかそれが原因か? しかし令嬢が使用人宿舎に行くほどの事では……」
「普通はそうでしょうけれど……どうやら『王誕祭』後からすぐにこの話題で女子寮も宿舎も持ちきりになっていたそうなのです。マーシャに嫌がらせを始めるメイドも居たらしくて、ヘンリエッタ様のところのアンジュが庇ってくれていたんですが……メイドの中にそれさえ面白くないからと主人の令嬢に報告した者がいたようで……」
「な、なんという……」
「そ、そこまでの事なのか?」
「いえ、いくらなんでも普通はそこまでは……」
スティーブン様やライナス様も呆れる事態。
俺もそんな話初めて聞いた。
メイドの多くは……そりゃ下級とはいえ貴族令嬢が大半を占める。
そんな中でも執事家系……所謂本職のアンジュのようなメイドには頭が上がらないものだ。
マーシャに嫌がらせ……少し耳に入ってはいたけど、じゃあ……まさかマーシャとアンジュが令嬢たちに囲まれたってそれが発端だって?
お、おいおいおいおい……。
「ご令嬢たちにマーシャが絡まれたところを、アンジュがまた助けに入ってくれたみたいなの。でも、相手は侯爵家のご令嬢だったので彼女も困っていたのです。メグが見兼ねてわたくしを仲裁に呼びに来た、という感じですわ」
「あ、ではローナ様は仲裁に入って……、……何故あんな事に?」
「……。……お相手のご令嬢がアリエナ様でしたのよ」
「ええ⁉︎」
ア、アリエナ⁉︎
アリエナって、あのアリエナ⁉︎
あ! そうか侯爵家って……え、えええ!
「……ア、アリエナ・オークランド⁉︎ ……そ、そうか、それは確かにアンジュでも手に余るな……」
そう、アリエナ・オークランド……オークランド家の長女だ。
エディンが顎に指を当てて険しい表情をする。
レオとスティーブン様はいかにも「うわぁ」という顔。
多分俺もそんな顔になっているだろう。
……ライナス様は「はあ?」という表情なんだけど、この人ほんとに大丈夫かな貴族的な意味で。
「わたくしが仲裁に入った事で、ご気分を大層害してしまわれたようなのです。しかし、こちらに非はありませんのではっきり申し上げさせて頂きました」
「あ……あー……な、成る程……では、もしかしてそれが……」
「ええ。レオハール様の婚約者候補同士、という事で対立が表面化した構図になってしまいましたの。今朝からご挨拶に来てくださる方々は……所謂わたくしの側に「付いた」と表明したいのでしょうね」
「…………まぁ、普通ローナ様に付きますよねぇ……」
「スティーブン様」
「あ、す、すみません! ……それで、マーシャは今日来ないのですか? ええと……」
「あ、メ、メグと申します!」
改めて、メグがみんなに頭を下げる。
『王誕祭』の日にエディンとは会っているが、ライナス様とスティーブン様は初めてだもんなー。
それに…………レオは、メグを覚えているだろうか……?
ちらりと見ると……。
「初めまして〜」
「は、は、は、は、はじめ、まして!」
………うん、レオはレオだった。
微塵も覚えている様子がない!
「マーシャ、怪我でもしたの?」
「いえ、マーシャは大丈夫ですわ」
「? お嬢様、マーシャ“は”……とは?」
「アンジュは叩かれたのよ。アリエナ様に」
「…………」
…………ほお?
「ヴィンセント、顔が怖いぞ」
「あ、すみませんつい」
「……アリエナ嬢も“やってしまった”なぁ? ……同じセントラル侯爵家息女のメイドに手を上げたのか……」
「マーシャはそれがショックだったみたいで、今日はアンジュの側に居たいと……」
「あいつ、アンジュに懐いてましたからね」
かく言う俺もその話はかなり頭にきた。
アンジュには俺も世話になっている。
お嬢様の朝食を運んでもらっている件もそうだが、昨日の事もある。
……そのアンジュが殴られた、と。
ヘンリエッタ嬢は大丈夫なのか?
お、俺、最悪なタイミングで……その、ふ、振ってしまったんじゃ……。
夕飯後って事は、ヘンリエッタ嬢とアンジュが帰寮後って事だろう?
「っ……」
泣くヘンリエッタ嬢にショールを掛けてやるアンジュの姿。
ハンカチを手渡したり、デートって事でしっかりサポートしていたり……あの2人には、きちんとした信頼関係がある。
そんな主従に追い打ちになってやしないか、それ。
ふ、ふざけた事してくれるじゃあねぇかアリエナ・オークランド……!
「しかもアンジュにとは……やってくれたな」
「ああ……!」
「あれ? ヴィニーもエディンも随分そのアンジュ? という子に肩入れしてるね?」
「それはもう。彼女には日々お世話になっておりますので!」
「わたくしの朝食を寝坊するマーシャの代わりに部屋まで持ってきてくれるのです」
「うちの執事が嫁に欲しいそうなんだ。アンジュ」
「はあああぁーーー⁉︎」
「ええええええー⁉︎」
「……あ、ヴィンセントはやっぱり知らなかったんですね?」
えええ!
スティーブン様知ってたのぉ⁉︎
「え、あ、ま、待てエディン⁉︎ お前んちの執事ってーーー」
「シェイラがな。仕事は出来るしサイズがミニだし好みにドンピシャなんだそうだ」
「え、えええぇー!」
「えええええぇー⁉︎」
「男子の使用人の中では有名な話のようですよ」
「そ、そうなんですかー⁉︎」
俺と共に声を上げるメグ。
知らぬ間に使用人宿舎が……お、俺の知らない世界に⁉︎
で、でもなんかあの2人が結婚とか……さ、最強夫婦の予感しかしないよそれ!
「え? そ、その場合アンジュってカーリスト家のメイドになるのか? あれ? じゃあヘンリエッタ嬢は……」
「落ち着け。まだその段階じゃない」
「そ、そうですよヴィンセント……話が飛びすぎてますよ」
「あ、そ、そうですか!」
つ、つい……。
で、でもそうだったんだ……シェイラさんがアンジュを……へ、へー……。
お似合いといえばお似合いだなぁ……ははは……。
「……成る程、それは……なんというかアレだね……」
「………………」
「? ライナス様、どうかされましたか?」
「……いや。……なんでもない」
「?」
思案顔になるレオと、表情が一番険しいライナス様。
あまり「なんでもない」感じではないが、どうかしたのか?
「こんにちは、義姉様、皆様。そろそろダモンズの奴が来ますよ」
「あら、ケリー」
「こんにちは、ケリー様」
「あー、ではここまでだな」
ケリーが薔薇園に現れた。
確かに、少し遠くから騒がしい声が聞こえてくる。
頭を抱えるライナス様。
……はあ、ホント……ハミュエラが居ると話が進まない。
ちなみに「ルークとアルトは?」と聞くと首を横に振られた。
……ど、どういう意味だケリー……。
「ところでなんの話ししてたんだ?」
「ん、あ、ああ……後でまとめて報告するよ……」
「……ああ?」
……。
あれ?
というか、このままだとメグが追加攻略対象組の2人とも顔合わせにならないか?
……あ……メグがヒロインの場合のお嬢様のエンディングチェックまだしてない……。
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