うちのケリーは良い子です



その日、帰寮してすぐに使用人宿舎に急いだ。

適当な使用人に聞いて、アンジュとマーシャの居所を探す。

丁度夕飯の準備に向かう2人を見付けたので、声を掛けた。


「あ、義兄さん!」

「お前大丈夫か?」

「い、いきなりなんさ!」

「あ〜、もしかして昨夜の事聞いた感じですかー?」

「ああ……手を上げられたって、聞いたけど」


朝会った時はいつも通りに見えたけど……。

アンジュは舌打ちしながら腰に手を当てる。

……あ、相変わらず強いなぁ、態度が。


「ビンタくれぇで大騒ぎしすぎなんすよ。軟じゃ……いや、か弱い令嬢ごときのビンタであたしがほっぺ赤くするわけねぇでしょ」

「……へ、返答に困るけど……つまり大丈夫なのか?」

「見ての通りですけど」

「……そ、そうか……。ヘンリエッタ様は……」

「あー、まあ、ピーピー泣いてうるさかったですけど……黙らせました」

「………………」

「………………」


俺とマーシャも黙り込む。

アンジュの目が、なぜか険しくて怖かった。

へ、ヘンリエッタ嬢〜……。


「お陰で今日はオタクのヒヨコがずーっとくっついて来てさすがにウゼェんですけどねぇ」

「え!」

「だ、だって! アンジュはわたしの目標なんだもん! 勉強させてけろ!」

「え⁉︎」

「はあ〜……なんであたしなんすか。オタクのお義兄さんだって十分優秀な使用人でしょ〜」

「メイドだったらアンジュが一番だもん!」

「ったく、面倒クセェ」


メイドらしからぬ気品のなさで頭を掻くアンジュ。

……アンジュがマーシャの目標……?

ま、まあ、アンジュは確かに優秀なメイドだ。

でも素直にマーシャにアンジュみたいにはなって欲しくないと思う……なんとなく……。

く、口調とかこの態度とか……決していいと言えないというか……いや、完全仕事モードのアンジュはパーフェクトではあるんだが〜……。


「す、すまないアンジュ、うちのポンコツが」

「……いいですよ。もう、この際。どうせうちのお嬢とオタクのお嬢様は部屋が隣ですから……こうなったらまとめて面倒見てやりますよ」

「ええ⁉︎ い、いや、でも!」

「その代わりうちのお嬢とオタクのケリー様の婚約話に一枚噛んでくれません?」

「はああああい⁉︎」


親指立てて何言い出されますかー⁉︎


「え、ええ……⁉︎ うちのケリーと……えええぇ⁉︎」

「実は昨日、ヴィンセントさんと別れた後、偶然ケリー様があの公園を通りかかったんすよ」

「ええええええ⁉︎」


俺今日何回驚いてるんだろう。

ええええ〜⁉︎ ケリーが昨日、あのタイミングで通りかかっ…………うわぁ……すんごい嫌な予感……あいつ町でなにしてきた〜?

後で聞き出さないと、嫌な予感しかしねぇよ!


「ち、ちなみに何しに町に居たんだ? き、聞いてる?」

「同級生のお茶会に呼ばれてたって言ってましたね〜。あの辺り、貴族の別荘も多いっすから」

「あ、そ、そうなのか……そういえば……」


『ウェンデル』西区は貴族の別邸が多い。

ちなみにうちの、リース家の別邸もあの辺りにある。

セントラルから少し離れている貴族が王都に来た時……例えば『王誕祭』の時に前乗りで来て使うのである。

四方エリアの公爵家邸などもあの辺に建っていたはずだ。

そうか、学園外でも別荘で夜会やお茶会を開く貴族もいるということか。

成る程……確かに先に借りられて学園のダンスホールを借りられなかった令息令嬢もいるだろうしな。

お嬢様の誕生日は『女神祭』当日でもあるから、学園のダンスホールは借りられたけど……そうか、リース家の別邸という手もあったな……次回検討してみよう。


「その帰りに買い物に寄って、馬車乗り場までの近道だったらしいっすね」

「……成る程」

「泣いてるお嬢にビックリしてましたけど……結構優しく慰めてくれましたよ」

「へ、へぇ〜……」

「へ、へぇ〜……」

「……なんすか、その反応」


いやぁ、だって……俺とマーシャはケリーの裏というか、本性を知っているので……ねえ?


「で、考えたんすけど〜、うちのお嬢は今絶賛婚約者探し中なんですよ〜。でも、昨日の夜ローナ様とアリエナ様が対立しちまったじゃないですか〜?」

「あ、ああ、聞いたよ……お嬢様から……。学園もすごかった。うちのお嬢様に付くって態度のご令嬢がひっきりなしに挨拶に来て……」

「でしょうね。家柄、血筋、品位品格、成績、容姿……あらゆる面でローナ様以上のご令嬢は居ないっすから」

「ありがとう!」

「うちのお嬢も……あたしも、庇ってもらっちまいましたからね……ローナ様側に付かせてもらいますよ〜」

「……アンジュ……」


な、なんかものすごーく心強い。

それに、お嬢様が褒められてる……ふ、ふふふ、よ、ようやくみんながうちのお嬢様の魅力に気付き始めたようだな。

時代がやっとお嬢様に追い付いてきたというわけか!


「まあ、そんな訳でうちのお嬢とケリー様が婚姻関係になればお互いとってもいい感じなわけですよ」

「色々端折ったな。でも理解した」

「え⁉︎ え⁉︎ ど、どーゆー意味さ⁉︎」

「……アンジュの主人、ヘンリエッタ様はセントラル西区の領主家の令嬢だ。で、うちのケリーは東区領主家の子息」

「簡単に言うとケリー様とうちのお嬢の婚約が成立すると、少なくともセントラルの半分の領地はローナ様陣営確定って事になるんですよ〜」

「お、おお?」


……多分分かってないな。

まあ、ざっくり言うとそういう事なんだけど。


「……ここで堂々としていい話ではないな?」

「別に構いやしませんよ。昨日の事でうちのお嬢は真っ先にローナ嬢陣営筆頭になりましたから〜」

「え、ど、どうしてまた?」

「あたしが叩かれた時に既に近くに居たらしいんですよ。で、二発目食らいそうになった時にローナ嬢に助けてもらいました。アリエナ嬢が居なくなるまでは我慢してたんですけどねぇ……居なくなった途端にピャーピャー泣き出して……ったく、みっともないところを大勢の前に晒しやがって……」

「………………」


俺のせいで涙腺緩くなってただろうしなぁ……。


「アリエナ様って人、酷いんだよ! アンジュの事叩いた後、それでもまだ生意気って言って暖炉のシャベルで叩こうとしたんさ!」

「な!」

「わたし! 思わず箒で止めようとして……!」

「……本っっ当〜にローナ様は素晴らしいご令嬢っすよ……」

「……ありがとう……今俺も心の底から改めてそう感じたよ……」


成る程。

お嬢様が本当に止めたのはこのポンコツメイドの方か……!

……でも、どっちもどっちだな。

暖炉のシャベルは……もうすぐ使う時季になるから用意されたのだろう。

基本、暖炉には灰を掃除するシャベルや箒、薪を燃やしている時や消す時などに使う灰かき棒、火かき棒が備えてある。

灰かき棒も火かき棒も先端が尖っていたりするから危ない。

シャベルも鉄製だし、先端が広いからそれで殴れば痣になるだろう。

……じゃあ箒なら大丈夫かと言われると、メイドが侯爵家の令嬢に正当防衛とはいえ斬りかかるなって話だ。

それで相手が怪我でもしたら……ううう、考えただけでも恐ろしい!


「でも、一応本人たちの意思は確認しないとだな」

「貴族に自由恋愛なんて、とは思いますけどね〜……」

「あれ、でもヘンリエッタ嬢は一人娘じゃなかったか?」

「うちのお嬢が嫁入りする場合、あたしの妹がリエラフィース家に入る予定なんで心配いらね〜っすよ」

「お、おお……そうなのか」


……それはそれでそっちの婚約者も探さないといけないんじゃ……。

い、いや、それはリエラフィース家の事情だ。

俺は首を突っ込む事じゃないな。


「昨日の今日で複雑かもしれませんけど、どうです? そっちにしても悪い話じゃあねぇっしょ?」

「そうだな」


俺の場合、ケリーがヘンリエッタ嬢とくっ付けば、お嬢様の破滅エンドが一つ確実になくなるぜぇい! ……とか考えているからむしろ願ったり叶ったり……。

しかしアンジュの言う通り、昨日の今日なのでものすごーく複雑!

……い、いや、巡り巡ってお嬢様のためだ!


「俺もそれとなくケリーに聞いてみるよ」

「じゃ、決まりっすね〜」

「なんかよく分かんないけど、ケリー様とヘンリエッタ様をくっ付けるって事だな⁉︎ 分かった!」

「あ、マーシャはなにもしなくていいっすよ〜。こういうのは本人たちの問題っすからね〜」

「え、ええ〜!」

「それにお前、ケリーとその手の話をして丸め込めると思うのか? お前が?」

「…………そ、それは〜……」

「な?」

「ね?」

「……ううう……」


……と、言ったが昨日の今日なので俺も自信はない。

気付けば自然に天井を仰ぎ見ていた。

いや、まあ……マーシャが無事で、アンジュも大した怪我じゃなくて良かったなぁって事だ……うん……。

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