ヘンリエッタ嬢とデート【5】



「っ…………」

「……!」


涙?

急に、どうして……。


「お嬢……?」

「…………、……ご、ごめ……っ、ちょっと……」

「す、すみません……」

「違うんです! 違うの……貴方は悪くないんです、そうでは、なくて……」


本格的に泣き始めた彼女に俺もアンジュもおろおろする。

……ああぁぁ……俺はどうしてこう人が……特に女子が泣いてるのを見ると何にも出来なくなってしまうんだぁぁ〜!

アンジュのように肩を抱くのはさすがに憚られるしぃ〜!

どうしよう、どうしよう⁉︎

こういう場合はどうしたら⁉︎


「…………」


十分ほど俺がおろおろしている間に、ヘンリエッタ嬢は泣き止み始めた。

結局泣いた理由は聞けないまま。

いや、聞けねーよ! 泣いてる女の子に「なんで泣いてるんですか?」って聞けるやついたら前へ出ろ!

俺もそこまで無神経ではないよ!

そりゃ、人気のない路地とかで泣いてる女の子には手を差し伸べるくらいはする! はず!

だが! 泣いてる理由を聞くのは無神経! だと思う!

女子の涙は理由を聞くもんじゃない、察するもんだ。

との弁は兄貴である!


「…………ヴィンセント」

「は! はい!」


名前を呼ばれて思わず立ち上がってしまう。

涙をアンジュから借りたハンカチで拭い、ヘンリエッタ嬢は「間違ってたらごめんなさい……」と前置きしてこちらを真っ直ぐに見る。


「……水守くん、ですか? 水守鈴城くん……?」

「!」

「あの、わたし……!」

「ど、どうして俺の名前を……」

「っ!」


ぶわりと、また瞳に涙が溢れる。

え! わ! ちょ! もしかして俺の知り合い⁉︎

え! ど! どどどどど、どうしっ⁉︎


「あの!」

「す、好き……」

「え?」

「…………ず、ずっと、す、好きでした……」

「………………」


浮いた手のやり場もなく、顔を上げたヘンリエッタ嬢……なのかな……その人が俺に真正面から告げた言葉に喉がやけに熱くなった。

全身が痺れるような感覚。

なんだ、これ、こんな……す、好き?

なんでこのタイミングで……いや、違うな……そうじゃない。

好き……好き?


……俺を?


「……俺、ですか?」

「そうです! 貴方のこと! ……ずっと、好きだったの! ……水守くんの事も、ヴィンセントの事も……好き、だったのに! なんで、こんな……ひどいよ……水守くんが、ヴィンセントになって、こんな……うっ!」

「…………」


やけくそのように叫ばれてしまった。

……ただ、言いたい事はなんとなく伝わる。

指先が冷えていく。

緑の瞳があまりにも涙で濡れて、そして真摯だった。

俺なんかを、好き、って、それは……ヘンリエッタ嬢っケリーの事が好きなんじゃなかったのか……。

……え、じゃあもしかして去年俺にくれたあの手紙って本気のラブレターだった、とか?



「………………………………」



さ、最低かな俺。

マ、ジ、か……。


「あ、あの……」


どう答えればいいんだ?

あのラブレターが本気で、そして今の彼女の言葉もきっと本気で……いや、本気というよりも、もう……。

………………、……落ち着け、俺。

男ならしっかり受け止めて……そして答えてやらねばだろう!

俺はーーーー。




「申し訳ございません」




腰は90度。

背筋をきちっと伸ばして頭を下げた。

心の底から、本気で……申し訳ない。

俺は貴女の事をこれっぽっちも全く! そういう目で見た事がなかった。

それどころかかなり残念な目で見ていたし、疑ったり、面倒がったり……それになによりケリーの事が好きなんだろうな、とも……!

“俺”が好き、だったのか。

だ、だとしても俺は貴女とそ、その、付き合えない。

男女的な意味では。

見れないし、見た事がない。

…………本気で申し訳ないが……俺は……。


「…………。ありがとう」

「え!」


お礼言われた⁉︎

なんで⁉︎ 俺断ったんだよ⁉︎


「……ううん、初めて『答え』を貰えたから……。それに、断られるのは最初から分かっていたの。えへへ、だってもうずっと……ノーリアクションだったものね……そんな風にも見て貰えていないし、その気もないんだろうなぁって分かってた…」

「……、……。……ヘンリエッタ様……」

「…………だからありがとう……やっとスッキリした。…………。っ……」

「……申し訳ありません……」



『鈍器』。


……あああぁ……ケリーの台詞が突如頭を殴りつけるように降ってきたな……。

あいつもしかして、ヘンリエッタ嬢の事、気付いてて……?

…………ああああああぁぁぁ……。


「…………。ヴィンセントさん、馬車を呼んできます。……申し訳ないんですけど、今日は……」

「あ、だ、大丈夫だよ。……1人で帰れるから! えーと、その、そ、そう! よ、寄りたいところもあったし!」

「……ど下手くそな言い訳っすねぇ……。まあ、いいですよ。……じゃあ、気を付けて」

「う、うん。…………ごめんな……」

「いやー、別に……。お嬢も言ってましたけど、断られるのは最初から分かってましたから気にしないでください。まあ、一つ言わせてもらうと」

「?」


ガゼボから半ば逃げるように出て、振り返る。

ヘンリエッタ嬢の肩にブランケットを掛けてきたアンジュが、腰に手を当ててため息をつく。


「うちのお嬢は別に、アンタと親密になりたくてローナ様やケリー様に近付いたんじゃあねぇってのは信じてください。『ティターニアの悪戯』の件も本当だし、アンタへの恋も本気でしたけど……オタクのご息女、ご令息を利用しようとしたわけじゃあねぇんです。マジでローナ嬢とは友達になりたがってたんで」

「……。うん、それは信じるよ」

「ありがとうございます。じゃあ、マジで気ぃ付けて帰ってくださいね。また、学園でお嬢を見掛けたら普通でお願いします」

「こちらこそ」


……さすがアンジュだなぁ……。

俺は、あんな風に上手く取り持てるだろうか……。

レオはお嬢様を好きだ。割とやばいレベルで好きだと思う。

お嬢様もレオを好きだ。……俺の知らぬ間に、お嬢様も長い間、レオの事を好きだったらしい。

だから、きっとあの2人はこんな風になる事はないんだろう。

陽は落ち始め、藍染の様な空には星がちらほらと瞬き始めている。

『王誕祭』も終わり、空気は少しずつ冷たくなっていた。

まだ吐息が白くなる程ではないが、過度に緊張していたのは自分でも分かる。

息を吐き出すと、やけに喉や口の中が熱いと感じた。

無性に泣きたいような、苦しいような、そんな気分。

でも、仕方のない事だ。

俺は……あの人を『いい人』だとは思うが……そういう風には思った事がなかったのだから。

それでも不思議と足が痺れて上手く歩けないような……。

なんだろうなぁ……俺、告白されるのってもっと……もっとウキウキするような事だと思ってた。

多分、これが『夢を見てる』ってやつだったのだろう。

現実の『告白される』とはーーー……。


こんなにも重いのか。



「…………」



誰かの、気持ちを……告げられる、というのは……。

そりゃ、そうだけど……こんなに……。

なんだろうな、兄貴が付き合ってる人を紹介してきたと思ったら1週間後に「別れた」って連絡してきた時みたいなモヤモヤした感じだ。

あてもないけど、寮に直帰するのが憚られた。

気温、もう少し寒くってもいいんだぜ?



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