星降りの夜



俺の世界で12月23日は天皇誕生日という祝日だった。

翌日はクリスマスイブ。

そして25日はクリスマス。

ちなみに『星降りの夜』は26日だ。

王妃の誕生日が29日らしいが、マリアンヌ姫の『星降りの夜』を理由に今年もパーティーは見送られた。

31日は年越えの儀式。

1月1日は年初めの儀式。

年末年始は異世界でも似たような感じ…いや、『フィリシティ・カラー』の製作会社が日本だからかも?

まあいいや。

そして、1月15日は忠誠の儀。

まあ、実際貴族が儀式に参加するのは雪が溶け出す3月末の忠誠の儀の振替日だが。

カレンダーをめくり、少し考え込む。

今月12日はレオの誕生日もあったわけだし。

来年度の準備も考えると…ふむ…。



「…異世界でも師走は師走だな…」



結論、忙しい。








「お嬢様、来年からの専攻はお決めになりましたか? 提出日が迫っておりますが」

「ええ、料理と薬学に進むつもりよ。貴方はどれを専攻するの?」

「俺は戦術と剣技と弓技、あとは裁縫と医療でしょうか」

「また随分忙しそうね…」

「本当は他にも建築や土木関係、考古学と宗教学も学びたいんですけど…」

「余り手を出しすぎると必ず疎かになるわよ」

「はい。なので片手間で齧るくらいにしようかと」


馬車の準備を整えて、コートを羽織ったお嬢様を女子寮からご案内する途中もこんな会話だ。

幸い今日は雪は降っていないが、道以外は雪が既に太腿あたりまで積もっている。

使用人や下男の皆さんの日々の雪かきのおかげで道は馬車が通れる程度にはなっているが…マジ、ご苦労様です。ありがとうございます。

しかし冬は暗くなるのも早い。

少し明るい今の時間じゃないと馬車同士で衝突する可能性もあるから、気を付けて行かないと。

見送りで後ろを付いてきたマーシャがなにやら不機嫌そうだが、馬車の扉を開いてから向き直る。


「どうした、むくれっ面で」

「うー…なんて言っていいかわかんないんさ…」

「はあ?」

「ここ数日こんな感じなのよね…。言葉がまとまったらで構わないと言ってるのだけど」

「まさか最近生徒会が忙しくて、昼食をみんなで食べられないから寂しいとかそういう…」


仕方ないじゃないか、マリアンヌ姫の通称『夜会潰し』…生徒会1年生が準備してきた『星降りの夜会』を潰した意味…が行われたせいで、これまでの準備がむしろ早急な後片付けを迫られる形になってしまったのだ。

悪いのはお前の偽物である。

俺もお手伝いに追われて、マーシャはここ数日使用人宿舎の食堂でシェフの料理を食べていた。

本職の作るものだし、まずくねーだろうに。


「それもあるけどー」

「それもあるのかよ」

「…そうじゃないよ〜…。…うー…」

「どうしたんだよ、本当に」

「ん〜…」

「言わないならもう行くぞ? 雪道だから早めに出ないと間に合わない」

「…………あのね、メグに言われたんさ…。わたしが『記憶持ち』でねーかって」

「ああ、それな。そうだと思うけど、何かあったのか?」


そりゃそうだろう。

馬車に乗り込んだお嬢様も窓から顔を出して興味深そうにマーシャの言葉を待っている。

俺があっけらかんとしたせいか、マーシャは盛大に驚いた顔をしたが…いや、お前…俺が『フィリシティ・カラー』のネタバレ見てなくても気付く勢いで勉強出来てるからな?

勉強は出来るくせに、なんかこう、アホだけど。

まだ自覚なかったのかむしろ!


「……、…け、剣術みたいなんが出来たんさ…」

「剣術?」

「うん。メグを追っかけた酔っ払いのおっさんを追っ払おうと、箒掴んだら…なんか4人まとめてのしたべさ…」

「…貴女が?」

「…………」


お嬢様の驚いた声に、しょぼくれた顔で頷くマーシャ。

これには、俺も思わず…引いた。

ここ数日忙しくて、相談に乗ってやる時間もなかったが…へ、へぇ…酔っ払いのおっさん4人も、のしたと?


「なんか自分でも信じらんねー動きしたんさ。剣なんて習ったことなかったから…ビビって…!」

「そう…。それは確かに驚いたわね。…けれど、剣術を即座に扱えるなんて…いくら『記憶持ち』でもそんな事あるのかしら…?」

「!」


それって、俺が刀を初めて使ってみた時と一緒か?

あれは確かにビビる。

だって使えると思った事ないし。


「俺も初めて雑貨屋で見つけた剣を使えた時は驚きましたよ」

「そんなにすぐに使えるようになるの? …そうなのね…。なら、マーシャが『記憶持ち』なのはもはや疑う余地もないという事ね。…となると、アミューリアに入学の申請手続きを……マーシャは今年14歳になったのだから、再来年かしら?」

「そうなりますね」

「ほんげえぇ⁉︎ わ、わたしがアミューリアに⁉」

「それはそうよ。『記憶持ち』は必ず通うことが法で決まっているのだから」

「う、そ、そっか…で、でもなー…」

「まあ、いいわ。そのお話は帰ってきてからしましょう。留守をお願いね、マーシャ」

「! は、はいですだ!」


近いうちこうなるとは思っていたが…。

あれ? でもゲーム内でマーシャって戦巫女の『後輩』ではなくお嬢様のメイド兼ヴィンセントの義妹って感じの登場してなかったっけ?

…というか、ゲーム内でマーシャを見かけてないような…。

ノーマルルートだったからマーシャは登場しなかったのか?

だめだ、思い出せない。

…なんでマーシャ関係こんなに記憶が曖昧なんだ俺は?

あれか、興味なさすぎたからか?

エメリエラのこともど忘れしてたし…。

歳か? いやいや…。

エメリエラの事は一応救済ノートにメモはあったから、あのノートを作った時に出し切ってしまったのかも。

今度確認すればいいや。


「ではヴィニー、お願いね」

「はい」


マーシャに見送られて、早めに城へと出発した。

余りギリギリまで支度していたら馬車で混む。

緩やかな坂を登り、いつもより10分ほど時間がかかったが無事に到着。

お嬢様を城の小ホール横の控え室に案内した後、城の使用人とともに馬車を格納。

控え室に戻った。

まあ、ぶっちゃけ今日は生徒として参加なので馬車は城の使用人に任せても良かったんだよなぁ。

…ん、という事は…マーシャも入学後はこういう機会が増えるという事…。

お嬢様のお下がりでもドレスは用意させないとダメという事だな。

靴や装飾品も揃えるとなると…ローエンスさんに相談しなければ…。

あ、ケリーのタキシード、サイズ大丈夫か?

この間会った時は大丈夫そうだったが、そろそろ成長期も終盤…最後の追い込み成長が起こったら、ライナス様みたいに作り直さないとならなくなるぞ。


「お嬢様、お待たせいたしました」

「早かったわね」


パーティーが始まるまで1時間以上。

スティーブン様は一度邸に戻ってから来ると言っていたし、ライナス様もまだいらしていない。

エディンは一度レオのところに顔を出すと言っていたな。

となると、パーティーが始まるまで…。


「お嬢様、この機会にご奉仕させてください」

「…じっとしていられないわね貴方も…。…なにも手伝ってもらうことなどないわよ?」

「お茶を淹れてもよろしいでしょうか」

「そのくらいなら許します」


じっとしている時間が惜しい!

と、いそいそ控え室にあるポットなどでお茶を淹れる。

む、お嬢様のお好きな茶葉じゃないな。


「ちょっと茶葉を頂いてきます。ついでにお菓子も」

「え、あまりメイドや侍女の方に迷惑をかけてはダメよ?」

「大丈夫です」


お嬢様は俺をメイドや侍女の方に迷惑をかけるような男だと思っているのだろうか。

控え室を出て勝手知ったるなんとやらで厨房の方へ行く途中。


「おい」

「! …クレイか? どうして…いや、よく入れたな?」


柱の影から聞き覚えのある声。

立ち止まって、辺りを見回す。

とりあえず誰もいない。


「一つ分かったことがある」

「例の件か?」


相変わらずこちらの話は聞かない奴だな。

というか、俺の担当はニコライでは…。

いや、こいつに聞いても多分答えは返ってこないからもういいや。

俺もできればあいつにはもう関わりたくないし。


「エレザの孫娘を取り上げた助産師を見つけて、診断書を手に入れた」

「⁉︎ それ、まさか孫娘の…」

「そうだ。それによるとエレザの孫娘はB型」

「…」


血液型!

そうか、この世界にも血液型を診断するだけの医療技術はあったのか…!

そういえば攻略キャラのプロフィールにちゃんと血液型の項目あった!

…そりゃそうだよな…外科手術の技術がある以上、輸血をする場合がある。


「だが、王族の血液型までは入手できていない」

「…! …待て、それなら…今から聞きに行こう」

「は?」


レオの自室なら王誕祭の手伝いに来た時に二階の端っこにあるって聞いた。

普通王族なら最上階とかじゃないのかと思ったが、詳しく聞くと確実に王家の闇を垣間見そうだったので聞かなかった…けどそれはまあ今はいい。

時間のある今がチャンス!


「少し待っていてくれ、すぐにお嬢様にお茶を淹れてくる!」

「え、あ、おい!」


すぐに厨房から茶葉を選んで控室に戻り、お茶をお淹れしてできるだけ爽やかに「少し頼まれごとをしたので片付けて参ります」と断りを入れ出て来る。

俺が城で文官や衛兵たちと知り合ったのはご存知なので、やっぱり「あまりメイドや侍女の方に迷惑をかけてはダメよ」と少し疲れた顔で注意された。

うん、なんで?

なんでですかお嬢様…。

俺、メイドや侍女の方に迷惑かけた事なんてないのに…!


「行こう、二階だ」


少し悲しくなりながらも、二階への階段へ進む。

姿を物陰に隠したまま付いて来るクレイ。

慎重だな。

途中、衛兵の知り合いに会ったのでレオに会いに行くと言うと割とあっさり通してもらえた。

監禁されてはいるものの、面会謝絶ではないということだ。


「…城の警備が緩すぎないか?」


二階に到達してレオの部屋の前まで歩いて行くとクレイがやっぱり物陰から言う。

姿を隠しながら進むのもアホらしい警備の緩さ。

…確かに…俺のイメージだともっとこう、各廊下の一定間隔で衛兵が見回りしてそうなものだが…。


「理由は簡単だ。…マリアンヌ姫が今年だけで衛兵を50人以上クビにしたからさ」

「頭おかしいな、その姫」


本当だよな。

城の警備に必要な人数を下回り、ディリエアス公爵は最初こそ城壁などの外の警備担当と入れ替えたりしてなんとか警備を維持していたが…それも限界を迎えた。

来年度、新卒の騎士志望者を城の場内警備に配置するわけにもいかない。

そんな事したらベテランが騎士団そのものを辞めちまう。

これもまた頭の痛い問題の一つというわけだ。

まあ、そのおかげでクレイは軽々城に侵入して王子の部屋の前まで来れた。

部屋には衛兵が1人立っている。

…執務室にはいなかったのに…。

まあ、レオが部屋から出ないように見張っているだけだろう。


「…すみません」

「あれ、君は…。ああ、そうか、姫の言い出したパーティーだね?」

「はい。レオハール様に目通りは出来ますか?」

「構わないよ。…というか、レオハール様もパーティーに参加されればいいのに…。誕生日も部屋から出られなかったんだよ? 酷いよねぇ…」

「…鍵かかってないんですか?」

「ああ、レオハール様に鍵なんてかけても無駄だからね」

「はあ?」


どういう意味だ、と首を傾げた俺に衛兵は「だってこの間テーブル半壊させてたんだよ、素手で」と説明してくれた。

…説明してもらっといてなんだけど、それはどんな状況だ。

レオが素手でテーブルを半壊させた?

はあ? 何故?


「ど、どうしてそんなことに?」

「マリアンヌ姫が怒らせたらしいよ。レオハール様があんなに怒ったところは初めて見たって同僚が…」


「誰か来たの?」


俺と衛兵が話し込んでしまったことで、部屋の中からレオの声が聞こえてきた。

ハッとして、衛兵さんが誤魔化すように「こ、交代の時間なので失礼します」と扉の向こうへ声をかける。

そしてそのままいそいそと立ち去っていく。

いや、だから…王子の部屋の、しかも見張りがいなくなるとかどうなの?

それとも俺に気を遣ってくれたのか?


「レオハール様、ヴィンセント・セレナードです。入ってもよろしいでしょうか?」

「え? ヴィンセント? どうぞどうぞ〜」


なんにしても都合がいい。

扉をノックして、返事を聞いてから入室する。

ほんの少し隙間を開けたまま部屋に入ると、レオが庶務机から椅子を引いて立ち上がるところだった。

…仕事してるし。


「お久しぶりです、お元気でしたか?」

「うん、君は?」

「はい、問題なく」

「そうだ、ケーキありがとう! すごく美味しかった!」

「それは何よりでございます」


表面上の挨拶を済ませ、お互いニッコリと微笑む。

…いや、元気そうで本当に良かった。

割と本気で…安堵する。

そして上っ面を装う必要を感じなくなってから、俺はすぐに本題に入ることにした。


「レオ、会わせたい奴がいる」

「え、いきなり? 誰?」

「クレイ」


名前を呼ぶ。

黒い塊が上から落ちてきて一瞬「どこにいたんだよ」と心の中で突っ込む。

しかし、少し開けていた扉を開いて招き入れるとクレイはすぐにフードを外す。

大きなケモ耳。

レオは入ってきたクレイに目を見開いた。


「あれ…君……」

「…………」

「前に町に行った時に……会った、よね?」

「…亜人族の長、狼の亜人クレイだ」

「あ、はじめまして。僕はレオハール・クレース・ウェンディール。この国の王子です」


いつもの笑顔で対応するレオ。

クレイはクレイでいつもの仏頂面。

うーん…なんという対照的な…。



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