お嬢様の変化



王子レオハールの誕生日が5日ほど過ぎた。

マリアンヌ姫によるレオの監禁は、20日近く経とうとしている。

誕生日を過ぎても未だにレオは戻って来る気配がなく、エディンに聞けば無言で首を振られる次第だ。

割と簡単に丸め込めると考えていたエディンだが、そんなのはお見通しだったらしいマリアンヌ姫派の貴族たちによりとっくに情報操作がなされていたのだと言うから汚い大人って怖い。

俺はあんな大人にはならないぞ。

精神年齢はそんなおっさんたちと変わらないと思うけど。

しかし一応、誕生日の日にはスティーブン様と試行錯誤したスイートポテトのミニケーキをエディンに届けてもらったのでお祝いの気持ちは伝えられたと思う。

レオの方はなんともし難い状況が続いているが、リース家とお嬢様にあからさまな攻撃行為は見られないので、一応『元サヤ作戦』は成功して…いるのか?

しかし…あのお姫様はやはり俺たちの想像を超えてくる…………。



「はい? 『星降りの夜』に城で舞踏会⁉︎」


思わず声が裏返りかけた。

俺は本日放課後、お嬢様たちの生徒会のお仕事のお手伝いだ。

もうすぐスティーブン様が楽しみにしている『星降りの夜会』…アミューリアのダンスホールで行われる愛の告白パーティーがある。

その日こそ『元サヤ作戦』の集大成。

大勢の生徒の前で、エディンはお嬢様に婚約を申し込むというここ1ヶ月の努力の成果を見せる時だ。

しかし、生徒会長のアスレイ・マクレランが盛大なため息を吐きながらお嬢様たちに一通の招待状を見せてきた。

その招待状は、『星降りの夜』に城の小ホールでダンスパーティーを行うので生徒は全員参加するように、という無茶苦茶な内容。

これもう招待状じゃなくて命令状なのでは?


「アミューリアの生徒は全員参加…。本気か? 舞踏会だなんて、来年春まで食糧は保つのか?」

「レオは首を横に振っていた。正直陛下もよく許可したものだと思うが…大ホールではなく小ホールを使うようだから、そこは妥協した方なんじゃないか?」

「ですがこの時期に突然告知してくるなんて…。生徒会では学園で行う『星降りの夜会』を1ヶ月以上前から準備していたんですよ? …それを突然こんな…酷いです…」

「スティーブン…」


俺もたまにだが生徒会にはお手伝いに入る。

主にお茶淹れなどの雑務だが、それでもスティーブン様をはじめ1年生徒会役員がせっせと『星降りの夜会』を準備していたのは見ているし手伝ったのでよく知っていた。

それを…そ、それを…あのお姫様は…っ!

ライナス様でなくともスティーブン様の落ち込みようには心が痛む!


「全くだな。王子の誕生日ではなく『星降りの夜』だなんて…」

「アスレイ会長、どうにもなりませんの?」

「姫の言い出した事で、うちの父も散々説得したようだが聞く耳がないそうだ」

「…そうですよね…マリー様では…」


しかし存外諦めるのが早いのもスティーブン様だ。

マリアンヌ姫のことを昔から知っているからこそ、こういうところはレオの幼馴染である。

ちなみにアスレイ会長は城勤めの宰相補佐のお一人。

スティーブン様が最初から男の娘として覚醒していたらライナス様ではなくこの方と婚約していたかもしれない。

そのくらい、アスレイ会長はスティーブン様に甘いお方だ。

男の娘になってからはより甘くなったらしい。

…まあ、それはいいとして…。


「頭が痛いな…こちらで手配していた食材や人員を今から断るのは…。最悪食材は城に回して使ってもらうにしても…スティーブン、その件はアンドレイ様に交渉してもらっていいか?」

「はい、お任せ下さい」

「会場の準備はどうしますか? 生花などは…」

「それも城で使ってもらえないか聞いてくれ。あとは……」

「生徒たちへの告知はわたくしと他の1年生役員で行いますわ」

「頼む。ライナスとエディンはすでに搬入されている楽器を演奏家たちに連絡して引き取りに来てもらってくれ」

「分かりました」


…………。

解せぬ…。

あんなに一生懸命に準備してきたのに…あのお姫様はっ!

大体、星降りの夜はただの民間行事だぞ?

まして冬の寒さ厳しいこの時期に、城に生徒全員呼び出しとは…。

車輪が大きな馬車と、大きな馬を二頭は確保しないと…。

当日の天候がどうなるか分からないが馬車が走れる程度ならいいんだが。

星降りの夜辺りは毎年雪がごっそり降るから、大きな馬と馬車でないと埋もれる!

そもそも、何故アミューリアの生徒がこの時期に学園から実家へ戻らないと思っている?

生徒の出身地によっては帰省中に雪で死ぬかもしれないからだ。

夏は休みが1週間あるが、冬は瞬く間に寒くなり、雪が降り積もり始める。

除雪車もないこの世界では帰省そのものが危ないからアミューリアに入学したら余程近くなければ皆、アミューリア学園で冬越えした方が安全なのだ。

…あのお姫様はそんなことも知らないんだろうがな!

まあ、リース伯爵家は王都から大体2時間。

雪の積もり具合にもよるが、帰省は出来ないことはない。

しかし突然大雪に見舞われれば2時間の道のりも命懸けになる。

危ないのでお嬢様も帰省は見送った。

城までは30分…されど30分。

雪道は1時間以上を見積もっておいた方がいい。

くそ、マジでふざっけんなよ…!


「困ったわね…」

「はい、本当に…」


お嬢様が他のクラスの1年生役員たちと、各クラスの担任教師に城のパーティーのことを説明する。

教師たちもみな肩を落としたり、溜め息をついたり、いっそ笑ったりと様々な反応を見せたが口を開けば「さすがマリアンヌ姫」と台詞だけはよく被った。

ああ、全くだな。

我々凡人には思い付きもしない、常識はずれな思いつきだ。


「ねぇ、ローナ様…少々よろしくて?」

「まあ、ヘンリエッタ様。なんでしょうか?」


生徒たちには明日告知される事となり、一度生徒会室に戻ろうというところだ。

二つ隣のクラスの…ヘンリエッタ嬢。

俺は彼女があまり得意ではない。

幾度となく、自分の屋敷の執事になれと引き抜きのお誘いを受けたからだ。

しかし彼女も侯爵家のご令嬢。

立ち居振る舞いはご立派だな。

うちのお嬢様と並んでも、全く見劣りしない。


「先程、教員室で『星降りの夜会』が城のパーティーになると聞いたのだけれど、どういう事?」

「マリアンヌ姫様のお達しだそうですわ。『星降りの夜会』は中止…恐らく取りやめとなります。その代わり、お城で舞踏会を行うそうです。小ホールの方だそうですが…」

「は? ふざけてますの? この時期に外を出歩くなんて。まして、ドレスの準備もしていませんのよ? …それに、『星降りの夜会』で婚約を申し込まれる予定のわたくしの友人はどうしたらいいんですの⁉︎」

「…………申し訳ございません…わたくしにはなんとも…」

「クッ! ようやく婚約者が決まりそうだったのに…!」


…そ、そうか、そういう事情も出てくるのか…!

なんて事…………ん?


「っ!」


え? じゃあエディンがお嬢様に婚約を申し込むのもナシ⁉︎

いよっしゃあ!

って喜べない!

『元サヤ作戦』どーするんだ⁉︎


「貴女ももっとお怒りになられては? エディン様から婚約の申し込みをされるはずだったのでしょう? あれだけ毎日言い寄られて…」

「そ…そうですわね…」

「あの方が他の令嬢と一切遊ばれなくなったのはある種の事件でしたのよ? お誘いした令嬢からは貴女への愛の言葉しか出ないエディン様にそれはもうショックを受けたとか…」

「そ、そうでしたの」

「一体婚約解消後になにがありましたの? 皆知りたがっておりますわ。エディン様に聞いても、大切な思い出なので教えられないと…」


ク、クセェ…。

そして、それは『元サヤ作戦』が開始してから結構聞かれる。

お嬢様ではなく、俺が。

とっつきにくいお嬢様に話しかける女子はこれまで居なかった。

スゲーなヘンリエッタ嬢、お嬢様に正面突破で聞いたのあんたが初めてだぜ。


「…そ、そうですね…多分ですが…は、花を愛でている時に、見惚れたとか…言われましたわ…」

「まあ。まるで恋愛小説のようね…」

「そ、そうでしょうか……」


シナリオはスティーブン様が考えたのでそうだと思います。

そしてお嬢様、目が泳ぎまくっています、頑張ってください!

というか。


「ヘンリエッタ様も恋愛小説をご覧になるのですね」

「っ」


ぼふん、と急に顔が赤くなるヘンリエッタ嬢。

え? 恋愛小説ネタってそんなに恥ずかしい事か?

いや、俺はただお好きなのならマーシャやスティーブン様ともお話が合うだろうなぁと…。


「べべべ別によろしいでしょうわたくしがなにを読もうと!」

「え、あ、はい、そうですね。申し訳ありません」

「…………」

「こ、こほん! なんにしてもマリアンヌ姫様はこれで大多数の令嬢も敵に回しましたわね。貴女を貶めようとしていた令嬢たちも、婚約申し込みの場を奪われたとなればもうマリアンヌ姫様にもお味方しないのではないかしら。…良かったですわね」

「! …………。…そ、そうであれば良いのですが…」


……そ、そうか…お嬢様に嫉妬していたご令嬢たちはまだ婚約者が決まってない人たちが多かったのか。

まあ、確かに…。

エディンという婚約者がありながら、ライナス様やレオと仲がいいように見えればそりゃ…イラァっともくるものなのかもな。

あの2人婚約者いないから。

つーか、お嬢様に嫉妬して陥れようとなんてするから婚約者が決まらなかったんじゃないのか?


「なにかまだ不安なことでもおありなの?」

「…いえ、問題ないですわ」

「そう? まあ、わたくしに相談しなくても、貴女には素晴らしい執事やご友人がいますものね。…では失礼」

「……、……え、ええ…」

「…………」


…ふーん…?

ヘンリエッタ嬢、面倒見がいいんだな…。

自分の友人の為に怒ったり、そんなに親しくもないお嬢様に助言したり励ましてくれたり。

口は悪いというか、きつめだけど…。


「……………………」

「? …お嬢様? どうかされたんですか?」


いつもならすぐに切り替えてツカツカと背を向けそうなものなのに。

いつまでもヘンリエッタ嬢の背中を眺めて、ボーっとしている。

声を掛けると、ハッとしたように瞬きを数回。


「…………そうよね…」

「はい?」

「わたくしには貴方や、スティーブン様やライナス様、マーシャや、ケリーも……。…どうして人に言われるまで分からなかったのかしら…」

「……お嬢様…?」


アメジストの薔薇のネックレスを左手で握り締めて俯くお嬢様。

なに?

どうしたんだ?

まさかまた泣いて…⁉︎

え、ええ⁉︎ こんな廊下のど真ん中で⁉︎

ど、どうし…っ!


「…………。…いいえ、いいの。わたくしがお馬鹿さんだったと気付いただけよ。…まずは仕事をしましょう。生徒会室に戻るわよ、ヴィニー」

「え? あ、はい?」


ど、どういうこと?

顔を上げたお嬢様はなぜか無表情の中にも清々しい感じ…。

え? なにがあったの?




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