レオハールと俺



「えー、びっくりした〜。ヴィニー、どこで亜人の人と知り合ったの?」

「うーんと…ちょっとしたご縁ってやつか? でも、会わせるチャンスは今しかないと思ったんだ」

「うん? どういう意味?」

「レオ、実は…………」


正直どこからどう話せばいいのか悩んだ。

悩んだが、全部話すことにした。

エディンとお嬢様の婚約解消に端を発した今回の件を謝罪して、頭を下げる。

レオはやはり笑って許してくれたが、話はこれでは終わらない。

俺がクレイたちにマーシャの出自を調べてもらったこと。

そして、その結果知り得たことと手に入れた姿絵を手渡す。

この情報はエディンとも共有している。

レオにも、知ってほしいと思った。

それから、亜人たちの事も。


「…………」


大体30分ほど喋り続けたと思う。

そして、今日クレイに新しい情報として提供されたエレザの孫娘の血液型の事も伝える。

そこでレオは少し、指先を唇に当てて考え込む。

マーシャが実の異母妹のことさえあまり反応がなかった。

エディンが話した、のか?


「レオ?」

「いや、うん。言いたいことはわかったよ。…それにしてもまさかヴィニーが亜人族の長と知り合いだなんて…それが一番驚いたかも…」

「う…悪い。本当はもっとちゃんとしたところで紹介したかったんだが…」

「クレイ、だったよね? ごめんね、2人とも立たせっぱなしで…あ、お茶入れようか?」

「不要だ」

「俺もこの後パーティーだから…」

「ああ、マリーが言い出したアレか…本当に開催したんだね…」

「ああ…おかげで『星降りの夜会』は潰れたよ」

「…………」


やはりまた考え込むそぶり。

なんとなく、いつものレオとは違うように見えた。

いつもなら疲れた笑顔で「仕方ないね」とでも言って肩を落としそうなものだが…。


「なにかあったか?」

「え? なにが?」

「…いや、なんとなく…。…そういえば、なんかマリアンヌ姫に怒ったとかって表の衛兵が言ってたが」

「ああ、うん。ちょっとね…。いや、そうか…うーん…」


またも濁す。

レオハールという王子は、言葉を選ぶ時こうなる。

自分の気持ちを形にするのがそれほど得意な子ではないからだ。

目を閉じて、しかしすぐに首を振るレオ。


「…………。ねぇ、ヴィニー…どうして彼を僕に会わせたかったの?」


そして真っ直ぐに見据えてきた。

少し、驚く。

いつも俯いて気持ちも話も濁すのに。

やはり、何か変わった?

監禁状態で、考える時間が増えたから何かがレオの中で変化したのだろうか?

…それはいい変化か?

それとも…。

見極めるためにも、真正面から…俺もレオを見た。


「色々理由はある。マリアンヌ姫のこと、お前のこと、お嬢様のこと、マーシャのこと…そして、こいつとこいつの仲間たちのこと…。全部俺1人で決められることじゃないから、お前の意見も聞きたかった。俺は当事者ってわけじゃない。当事者は…やっぱりお前たちだから。…だから、お前がどうしたいのかも聞きたいんだ。お前がなにを望むのか…俺と同じ事を願ってくれるなら、俺はどんな事もする」

「…………」


この質問の答えでクレイはレオハールという王子を見極めるだろう。

この国の王に相応しいか。

自分たちの運命を託してもいい相手かどうか。

それによってクレイの協力体制も変わってしまうかもしれない。

レオが笑顔を消して真顔になる。

どことなくぼんやりとした表情にも見えるが、あれは相当考え込んでいる時の表情だ。

でなければ、全部笑顔で誤魔化している。


「…うん…」


と、一言。

なにが「うん」なのかは本人にしか分からないが、これまでとはどこか質の違う笑顔。

こんな笑顔は初めて見たかもしれない。


「……そうだったね…」

「…レオ」

「君は僕の隣で戦ってくれるって言ったんだものね…。…エディンも…いつも僕のために…僕の側に…」

「…………」


そうだな。

あいつはいつもお前のことを気に掛けていた。

クズはクズだが、信念のあるクズだ。

俺がお嬢様の為にどんな事も出来るように、あいつもお前のためならなんでもするだろう。

友人の1人として、俺もやれる事はなんでもやる。

だから、レオ。

お前の気持ちを、どうか吐き出してくれないだろうか。

俺の前でなくても構わない。

エディン相手でもいい。

お前の願いを…どうか。


「…ヴィニー、僕は王位に興味がない」

「ああ」

「そしてマリアンヌがこれからまともになるという可能性がゼロではない以上、やはり僕はあの子が女王になってもいいと思う」

「え? え、でも…」

「僕はあの子が偽物でも構わない」


…………マジで?

でも、真顔だよ。

本気で言ってるよこの王子。

監禁までされて…ここからあの姫が更生すると?

う、うーん…。


「そしてマーシャの事だけど、彼女の『記憶継承』と意思を確認してからでも遅くないと思う。今すぐどうこうする必要はないんじゃないかな」

「あ、ああ、それは俺もそう思う」

「クレイ、君の望みは亜人族の待遇改善、でいい? なら、僕が戦争で勝利を持ち帰った暁には陛下に君たちのことを頼もう」

「⁉︎」

「!」

「僕は帰ってくるよ。生きて帰る。1人ではないからね…きっと帰ってこれる。……だろう?」


俺が見たことのない表情。

どこか吹っ切れたような笑顔。

それを向けられた俺の気持ちが分かるか?


「ああ…」


感無量ってこういうことを言うんだな…。

レオハール…お前…。


「……。…では、その方針で動くのか?」

「そうしよう。ただし…一つ」

「マリアンヌ姫が変わらなかったらどうするか、だよな?」

「うん。正直あの子が今後まともになる可能性は高くないと思っている。それでもマーシャが今更「本物の姫」だと言われても困惑するのは目に見えているから…やはり彼女の事は確信が持てた後で構わないだろう。…もし、マリーが僕の『忠告』を聞き入れなかったら…その時は僕があの子を潰すよ」


へ…?


「…つぶ、え?」


え、今、え?

レオが、言ったのか?


「それがあの子をあんな風にした僕の責任だもの」


柔らかく、けれど悲しそうに微笑む。

レオ、本当になにがあったんだ…。

いや、監禁され続けたら何かおかしくなるのもわかるけど…でも、そんな…。


「…………そうならなければいいって、心から思ってるけど…こればかりはあの子次第だね…」

「…レオ…」

「ねぇ、ヴィニー…僕は平民出の下女の息子で、王族にふさわしくないし、王になんて興味もない。もしマリアンヌがいなくなっても、王になれないかもしれない。…小狡いところもあるし、今もまだ自分はただの兵器だとも思ってる。…それでも、僕と友達でいてくれる…?」

「は? そんなの当たり前だろ? なんだよ、急に」

「…………ううん…言って欲しかっただけ…。…僕はみんなが思ってるほど、立派な人間ではないし、強くもないから…」

「……そんなの、普通だよ。俺だってそうだ」

「………ヴィニー…」


ずっと“哀れんできた”異母妹を、自分から「潰す」なんて…本当にレオに出来るんだろうか?

口ではああ言っても、争いごとの嫌いなレオには無理なんじゃ…。

だが…確かにマリアンヌ姫をどうにか出来るのは…レオしか居ない。

国王バルニールも、王妃マリアベルも…あの姫をなんとかする気なんてないんだろうからな…特に王妃は。


「大丈夫だ、隣にいる。必要なら、俺も手伝う」

「…罪に問われることになるかもしれないよ?」

「ああ」

「ローナの側にいられなくなるよ…」

「それは困るが…それでも俺はお前を見捨てないよ」

「…………」


なんとなく、そんな事になったらお嬢様もレオの隣にいる気がする。

お嬢様は、レオの味方だから。

頷いて、そしてクレイを見た。

無表情だが、眼差しはどことなく優しい。


「…甘いな…。だが、不思議と嫌いではない」

「…クレイ」

「しかし、国王に俺たちのことを頼むというのは他力本願が過ぎる。…俺も戦争に参加させろ。自分で国王に交渉する」

「え」

「えっ」


ええええ!

お前なんでそういうところが積極的なのーーー⁉︎

介入はやめろって言ったのにー!


「俺は亜人族の長として、お前たち人間族に我々の存在を認めさせたい。その為に貴様たち人間族に…協力する。戦う術を持たぬわけでもないのだからな」

「え、ええと…そ、それは僕の一存では…。…う、うーん……あ!」

「ど、どうした⁉︎」


さすがに目を泳がせるレオ。

突然驚いたように声を上げる。

だがレオが時計を指差しながら「パーティー始まるんじゃない?」というので俺も慌てて時計を見た。

ヤバイ! 本当だ! 10分前!


「すまない、俺は行かないと!」

「僕はもう少しクレイと話をするよ。気を付けてね!」

「パーティー行くのに「気を付けて」ってなんか怖い!」

「あ、そ、それもそうかな?」

「でも、ありがとな。じゃあ、先に抜ける!」

「うん」

「ああ」


急いで、しかし華麗に優雅に余裕を持っているかのように!

部屋を去った後、階段を下りながらなんとも言えない高揚感に顔が勝手に笑ってしまう。

レオが、生きる決断をした。

クレイがレオを、認めてくれた。

きっと何かが変わっていく。

足取りも軽くなるものだ。

お嬢様、貴女が認めた王子は…生きることを選びましたよ。

早く伝えたい。

ああ、いや、でもクレイのことは話せないし〜……いや、いいか。

お嬢様にも話そう。

スティーブン様や、ライナス様にも。

エディンにも相談して、みんなの知恵を集めて乗り越えよう。

複雑な上、難しい問題だけど…ラスボス悪役姫、マリアンヌを倒すには…戦巫女じゃない俺にしか出来ない戦い方をするっきゃないだろ。

情報の大切さは学んだ。

共有する事で広がる可能性も知った。

古臭いRPGじゃないけど…ただ純粋に、あの歩く破滅フラグ建築士のようなお姫様は止めなきゃいけないと思う。

お嬢様のこともレオのことも込みで、なんとかしないと。

そうさ。


お嬢様の破滅フラグと、レオの絶望の根幹は…俺が絶対ぶっ壊して救済する!




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