番外編【マーシャ】3



その日、わたしは1人町に来ていた。

もちろん、れっきとしたメイドのお仕事だべさ!

誕生日に義兄さんからプレゼントされたメイド用メリー・ジェーンを履いて、髪もメイド服も靴下もバッチリ!

そりゃ、普段は義兄さんに「町に用があれば一緒に行くから必ず声をかけろ。お前は目立つ」ってめっさ言われるけんども…この用事だけは義兄さんにやらす訳にはいかねーんだ!

何故ならわたしがこれから買いに行くのは貴婦人の必需品…クラウト!

下着さ入れる生理用のリネンだべ。

お屋敷から持って来た分がさすがに見るに耐えないことになったから、お嬢様に新しいものをお願いされたんさ。

……これはどんなに義兄さんが優秀だからって任せらんねー乙女の領域んだ!

あのお嬢様が頰ばピンク色にして「ごめんなさい、よろしくお願いね…。貴女の分も買って来ていいから」って言ってくだすったんだ…必ず一級品を買ってくるだべさー!


「えーと…」


最近使用人宿舎で仲良くなった同い年のメイドの娘から聞いた、婦人用品店は…町の端っこの川を越えた所にある…と。

川を越えて…右に穀物が売ってる店、パン屋…あ、あった!

ふっふーん、わたしだってメモと地図さえあれば1人で町さ買い物にくらい来れるんさ〜。

でも、思ったよりしっかり高級店だべ…ごくり…。

いやいや、貴族様御用達なんだからそんなん当たり前だ!

入り口でビビってたら買えるもんも買えねーさ!

いざ!






********






「ふふぁ〜〜」



なんとか買えた…。

意外と種類もなくて悩まなくて済んだけんど…全部赤い色だったのがなんとも言えねーさ…。

店の前でため息を吐いて…さて、帰ろうかなっと思った時…仲良くなったメイドの娘に書いてもらった地図がねぇのに気がついた。

う、そん、ど、どっかに、落とした⁉︎


「あぁうぅ〜」


城下町は広くて入り組んでる。

なんだっけ…確か一応、城を守る迷路の役割があるとかって義兄さんが言ってたさ…。

だから、すごく迷いやすい。

あのお店のことば教えてくれたメイドの娘も、地図を書いてくれた時「学園から少し離れてるから迷いやすいよ」って言ってた…。

どこで落としたんだろう。

店の辺りを中心に地図を探してみたけど見つかんねぇ!


「あれ、ここどこだべ⁉︎」


店の辺りだと思ってたのにいつの間にか店すら消えたべ!

あわわわ…か、完全に迷子ださ〜…。


「…ねぇ、どうかした?」

「!」


途方に暮れて肩を落としていたら、大きな帽子を被った茶髪の女の子に話しかけられた。

女の子、だよね?

髪が男の子みたいに短いさ…。

でも、スカートだしなぁ?

…………。

あれ? でもスティーブン様も男の子だけど女子の制服…あ、いや、スティーブン様は中身が女の子だからいいんさね。

じゃ、なくて!


「あ、ごめん。こんな所にメイドさんなんて珍しいから、つい」

「あ、あの、わたし、その、迷ったんさ…」

「なぁんだ、やっぱりそうだったんだ。この辺り、プリンシパル区じゃなくてその隣の外区って言うんだよ」

「え⁉︎ 区画が違うんけ⁉︎」

「うん。プリンシパル区はもっと上。良かったらアミューリアのあるところまで案内してあげようか?」

「本当け⁉︎ いいんさ⁉︎」

「うん」

「め、女神様〜〜!」

「うわあ⁉︎」


なんてこった!

いつの間にか逆方向さ来てたんだなっ。

でもでも、親切な女の子に声かけてもらって助かったさ〜!

思わず抱きついちゃった、えへ。


「ありがとう! 本当に困ってたから助かるべさ!」

「あはは。…いや、あのね…実は前にあんたみたいな髪と目の人に助けてもらったことがあったんだ。…だから、なんかほっとけなくってね…」

「そうなん? わたしみたいな髪と目の色は珍しいらしーべさ」

「うん。だから、かな? まぁいいや、行こ」

「うん!」


声が可愛いからやっぱり女の子だな。

あれ、でもスティーブン様も声は女の子みてぇに可愛いさ?

………だ、だんだん分からなくなってきたな。

この子は女の子であってるさ?


「ねえねぇ、わたしマーシャ・セレナードっていうさ。あなたは?」

「え? あたし? あたしはメグ。へぇ、あんた『苗字持ち』なんだね? すんごい訛ってるから田舎貴族の下女かと思った」

「うぐ…! …た、確かに田舎から出てきたし、養子に入って『苗字持ち』になったけんど…それは酷いさ!」

「あはは、ごめんごめん」


入り組んでる道を物ともせず、迷いのない足取りで坂を上っていく。

本当だ、プリンシパル区とは全然違うさ。

坂道が多いんやね…。

いつの間に降りてきたんだろ…?


「ふぅ…ふぅ…」

「大丈夫?」

「わ、わたし坂道降ったん全然気付かんかったんだべ…」

「外区はプリンシパル区に登る坂道が多いから、普通あんまり迷い込まないんだよ?」

「そ、そうだったんけ⁉︎」

「うん。外区は大きな丘になってるの。プリンシパル区はその丘の上にある。お城はその頂上。だから降りてきた人はすぐ気付くんだよ」

「あ、あるぇ…」


で、でもそういえばアミューリア学園からお屋敷に帰る時とか坂だった気が…。

馬車の中だったからよう分からんかったさ。


「…………。…ねえ、マーシャはアミューリアに通ってる貴族の召使いなんでしょう? 王子様って見たことある?」

「え? うん、毎日会ってるさ」

「え…ま、毎日⁉︎」


王子様!

やっぱりメグも女の子なんさね〜、レオハール様に興味あるんなんて。


「んだ。わたしのお仕えしてるお嬢様と仲が良いさ。義兄さんが作るお弁当ば一緒に食べてるんよ。そん時、わたしもご一緒さしてもらってるんだ」

「嘘! 王子様とあんたが⁉︎」

「細けぇこと気にしない優しくて素敵なお方だべさ〜。この間、本も買ってくれたんよ。…あ、そうだべ、メグは恋愛小説とか読むべさ⁉︎」

「小説…? いや、読めないよ。あたし、文字とか分かんないもん」


…あ、そっか…文字は位の高い方や商家の人間しか使わねーんだな…。

わたしはお嬢様に「我が家に仕えるなら文字の読み書きは必須」って言われて教えてもらったけんど。

う〜、もったいねぇ〜。

もっと恋愛小説の素晴らしさ語り合いたい〜。


「でもあんたみたいな訛りの強い田舎娘にも本を買ってくれるなんて、確かに優しい人なんだね。……いいなぁ」

「⁉︎」


いいなぁ?

今いいなぁって言ったんけ⁉︎

勢いよく顔を横に向けるとメグがビビった感じで一瞬ひるんだけんど、メグは今、間違いなく「いいなぁ」って言ったよなぁ⁉︎


「恋愛小説に興味あるんさ⁉︎」

「は、はぁ?」

「今いいなぁって言ったんべ⁉︎」

「え、いや、違…」

「読めないなら読めるようになればいいんさ〜! わたしが教えるから! だから恋愛小説、読んで! 貸すから!」

「…………は…はあ?」

「大丈夫! 文字の読み書きなんてラクショーだべ! わたしでも1日でマスター出来たんさ!」

「え、ええ? いや、それは普通無理…え? あんた『記憶持ち』なの?」

「そうと決まればダッシュで帰るさ〜!」

「こ、こらー! 人の話を聞けー!」


恋愛小説仲間が増える!

それなら元気いっぱいにもなるさ!

坂を駆け上がって、メグに怒られながらも案内してもらい…知ってる道にたどり着いた〜!


「ありがとうメグ! この辺りならわかるべさ!」

「あ、そう、うん、良かったね…それじゃあ…」

「待って! お礼がまだだよ!」

「い、いいよお礼なんて! そんなつもりじゃなかったし!」

「そう言わねーで!」


ちょっとだけちょっとだけ〜、と言いながらメグを第2図書館さ連れて行く。

アミューリア学園の敷地の中で、わたしら使用人専用の施設の1つ。

第1図書館よりも大きくて、普通の貴族の方々はとっくに終わらせた初級の勉強をするとこなんさ。

四角い建物で、中は本屋さんより本がいっぱい。

天井まで本でびっしり!

本棚で反対側は見えねーし、中央には螺旋状の本棚があるのが特徴さ。


「な、なにこここ」

「第2図書館だべさ。使用人専用の図書館で、文字の読み書きがまだの使用人はここで習うんだよ!」

「え…いや、だとしてもあたしは部外者だよ?」

「バレなきゃヘーキヘーキ」

「バレたらどうすんのさ⁉︎」

「この時間帯は貴族の人たちが寮さ帰ってくるから人なんていねーさ」

「それあんたも帰んないとまずいんじゃないの?」

「うちのお嬢様は勉強してたって言えば怒んねーさ!」


思ってた通り、第2図書館の中には誰もいない。

貴族の使用人って言っても…わたしみたいな平民出を連れてくる貴族はあんまりいねーさ。

だいたい地方貴族や、貧乏で家庭教師を雇えない末端貴族を雇って連れてくる。

どんなに田舎で、貧乏でも爵位のある貴族なのは間違いないから…そういう子達はこの第2図書館で初級の勉強をして、その後の自分の人生をより良いものにするんだって。

そんで、そういう人たちは王族に近い身分の人たちみたいに『記憶継承』でめっさたくさん知識や技術が現れない。

王族に近い身分の人たちは、王族と親類縁者が多いから『記憶継承』でたくさん知識や技術が現れるって言われてるんさ。

だから反対に、王族から遠い人は平民みたいに『記憶』は現れないだって。


「まずはこれだべな〜。『はじめての文字』! みんな最初はこれで勉強するってお嬢様が言ってたんさ」

「…ね、ねぇ、本当にいいの? あたし部外者だし…それに…」

「大丈夫大丈夫〜。それに文字覚えるのなんて簡単だべー」

「…………」


それからこ1時間くらい、メグに文字の本ば読み聞かせて説明した。

メグはなんだかんだ言いつつ、熱心に聞いてくれたから…やっぱり恋愛小説に興味あるんさね!

メグが恋愛小説を読んで、一緒に語り合えるようになったら…。

そ、その時はぜひスティーブン様にも一緒に、3人で…むふ、むふふふふっ!


「……はぁ、難しい…」

「ええ〜? そうけ? わたし1日で覚えられたさ」

「そりゃあんたは『記憶持ち』だからでしょ? 文字の読み書きを1日で出来るようになるのなんて『記憶持ち』だけだよ〜」

「き、『記憶持ち』⁉︎ そんな恐れ多い! わたしは普通の田舎者だべさ!」

「平民からもたまに『記憶持ち』は出るんでしょ? あんたはきっとそれだよ」

「そ、そんなはずは…」


…………そりゃ、お嬢様や義父さんに「マーシャは『記憶持ち』かも」って言われたことはあるけんど…。

わたしが?

そんな事あるんだべか?


「よくわかんない」

「お嬢様? に、一回ちゃんと説明した方がいいよ」

「う、うん…」

「………。まあ、なんにしても貴重な体験だったよ。ありがとね」

「え?」


カタン、と椅子から立ち上がり、メグは出口に歩いていく。

え? え? 恋愛小説…。


「ま、待って!」

「まだ何かあるの?」

「…こ、これ」


『はじめての文字』。

読み書きは、わたしは1日で出来た。

メグの言う通り『記憶持ち』だからなのかはまだ分かんねーけど…。

メグはそうじゃないから1日で覚えられないのかもしれないけどね…!


「1週間なら貸し出してもらえるんさ! わたしの名前で貸し出ししてもらうから、持って帰ってもう少し頑張ってみてくんねぇべか⁉︎」

「…えっ…」


めっさ驚いた顔された。

けんど、わたしまだメグにちゃんとお礼ばしてねーさ。

ほんと助かったんだもん、メグにお礼ばちゃんとやりたいんさ。

あんなに熱心に聞いてくれたんだもん、文字の読み書きに全然興味ないわけじゃないんだ。

だから…。


「……あ、あんた馬鹿?」

「なして⁉︎」

「…貴族の通う学校の本なんて…あたしがちゃんと返しに来ると思ってんの? 売ってお金にするかもよ?」

「ええ⁉︎ そ、そんな事するんけ⁉︎」

「い、いや、しないけど…」

「なーんだ、なら大丈夫だな。はい」

「⁉︎ …い、いや、はいじゃなくて……、………」


なんでか難しい顔をしてから、メグは夕方の陽射しでも分かるくらい顔を赤くした。

わたしの差し出した本を両手で受け取って、小声で「ありがと」って言う。

やっぱり恋愛小説に興味あるんね!

そうだよね、読んでみたいものたくさんだよね!


「まあ、頑張ってみるよ…。1週間後に返しにくればいいの?」

「うん! えーとね…」


そうだ、それじゃあ約束をしておかないとだ。

お嬢様に誕生日プレゼントで貰った懐中時計を取り出して時間を見る。

今、16時23分だから…。


「来週の午後3時にここで待ち合わせしよ!」

「3時だね、分かった。…あんたも忘れないでよ?」

「大丈夫! これに書いておくさ!」


そして次に義兄さんに貰った手帳!

ここに来週の予定を書き入れる。

むっふーん、これで大丈夫!

絶対忘れない!


「…ところで、あんたも帰るんだよね?」

「んえ? うん、けーるよ?」

「紙袋持ってなかった?」

「んぉあ⁉︎」


ない!

お嬢様に頼まれた例のものが!

どどどうしようどこに…⁉︎


「図書館の中もう一度見ておいでよ」

「行って来る!」


回れ右をして、図書館に戻る。

メグと勉強してた席…わたしの座っていた席の横に紙袋が!

あ、あ、あったーーー!


「メグ〜! あった〜!」

「良かったね…」

「ありがとうありがとう! メグのおかげだよ〜!」

「…………。なんかあんたってほっとけない。それ、貴族の寮に届けにいくんでしょ? 建物の前まで一緒に行ってあげるよ…」

「ほんと⁉︎ わぁーい!」


メグ優しい!

もう少しお話ししたかったから嬉しい!

図書館を出て、女子寮までの道のりを全力で堪能するべさ!


「あんたよくそんなんでメイドやってられるね」

「まさかの先制パンチ⁉︎」

「つーか、あんたを雇ってるお嬢様がすごいわ」

「ふがんちょすっ!」


お嬢様がすごいのは否定しないけどひどーい!

そりゃ、わたしはドジだけど〜……うー…ドジだから…何度も貴族のお屋敷クビになってるんだけんど〜…。


「……まあ、あんたを雇ってるお嬢様の気持ちはちょっと分かる気するけどさ…」

「んえ?」

「なんでもなーい。ねぇ、それよりもさ………………」




今日、素敵なお友達が出来ました!

えへへ、お嬢様に自慢するのが楽しみだべさ!





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