脳筋トリオではありません。
ぐっ、と刀の柄を握る。
眼前に剣を構えるライナス様。
その横では、水分補給中のエディン。
魔宝石のアレコレが再調査になった今、俺とエディンがやれるのは自らを高める事くらい。
なので、本日はライナス様に付き合ってもらいながら剣技場にやってきた。
貴族に人気の剣技場だが、放課後まで真面目に訓練する脳筋学生はそんなに多くない。
なので、今は比較的人は少なめ。
更に言うとエディンとライナス様は生徒会の仕事を本日は休んで付き合ってくれている。
俺たちが借りているスペースは1年生が使用を許されているところ。
そして、その場所を上の観覧席から眺めるのは数人の上級生たち。
まあ、公爵家の子息が2人、執事見習いと剣の稽古なんて珍しいもんな。
それでなくとも俺の使う武器、刀はこの世界では見慣れないもののはず。
「行くぞ、ヴィンセント!」
「はい」
掛け声の後、練習用の木剣が振り下ろされる。
俺の刀は真剣なのに、向こうが木剣なのはあえてである。
ただ単に、俺がこの刀を使いこなせる気がしなかったから。
いくら前世で基礎は学んでいるとはいえ、ほとんどやってきてない。
でもせっかくだから…使いたいじゃん⁉︎
と言うわけでライナス様たちにお願いして練習に付き合ってもらうことにした訳で…。
「!」
「っ!」
振り下ろされた木剣。
刀を手前へ構えていたはずの体が突然、その刀を腰の鞘へと戻し、背をかがめるようにしてから引き抜いた。
俺自身全く意識もしない行動。
ライナス様の木剣は真っ二つになり、危うくライナス様の胴体まで斬るところだった。
そこはさすがのライナス様、素早く後ろに飛んで避けてくれたが…。
「も、申し訳ありません! ライナス様、お怪我は⁉︎」
「いや、大丈夫だ。それよりも凄いな今の動きは! どうなっていたのか全然わからん!」
「それが……か、体が自然に動いて…」
「なんと! …慣れん武器だと言っていたが…」
「え、ええ。基礎はなんとなくわかるのですが…あんな動きは学んだ覚えがありません…」
な、なななにあれー、めちゃビビった〜!
俺自身が凄いビビった!
体が勝手に動くって…怖…!
一体どうなったんだ、今の…?
まさかヴィンセントとしてのゲーム補正みたいなモノ?
「…お前に覚えがねーんなら『記憶』じゃないのか?」
「⁉︎」
「そうだな……、だが…こんな武器は見たことがない…。どう思う、ディリエアス」
「手に入れたのは怪しげな雑貨屋とか言ってたよな? …考えられるとするならば、何千年か昔…『奪われた人間史』の産物、とか?」
「ふむ、成る程…」
「………支配された時代の、その前の時代のものという事ですか…」
成る程、そういう…。
というか、これが『記憶継承』の本来の出現の仕方なのか…。
俺は異世界の前世の自分を覚えている。
だからこそ、自分が前世でどんなことが出来たのかが分かっているが…それは本来の姿ではない。
お嬢様も言ってたが普通、俺やスティーブン様のように人格に影響が出るほど前世のことを覚えていないのだ。
アミューリア学園は来世のために『出来ることを増やす』『知識を増やす』事が主な目的だが、その他にも『出来る事を知る』『知識を呼び起こす』事も目的の一端となっている。
この学園で眠っていた『継承した記憶』を呼び起こし、卒業後に国に貢献する事で文明を失っていた頃に近付けていく。
人魚族や獣人族に支配されて、奪われた人間族の古い歴史はもうそのほとんどが失われている。
王族や貴族たちも人格に影響するほどの記憶は現れないから、昔どうだったのかが分からないんだ。
だから支配される前の時代は、俺の世界くらい科学が発展していたかもしれない。
確認する術はないが…今とは全く違う…それこそこの刀が表すような、和風な文化があったのかも。
「…『記憶継承』って凄いですね…」
「? どうした今更」
「あ、いえ…。まさか使えると思わなかったので」
「そうだな。だが、ある意味来るべくしてお前の元に来た、とも言える。その武器は奪われた人間族時代に生きた、前世のお前が使っていた相棒なのかもしれんな!」
「…そ、そうであれば…なんだかロマンチックですね…」
なんか照れること言い出したぞ、ライナスのくせに!
…………いや、でも俺ロマンチックはおかしいよ…武器、刀だよコレ…アホか。
「よし! もう少し訓練に付き合うぞ! ヴィンセント、お前ももっとその武器の使い方を思い出したいんじゃないか!」
「え、しかし危ないですよ⁉︎ これ、本物ですから!」
「鉄剣に変えればいいんじゃないか? 木剣ほど容易くないだろ」
「そうだな! そうしよう!」
…………と、思ったのだが。
「…………鉄剣が真っ二つとは…」
「お、お怪我は⁉︎」
「う、うん、大丈夫…だが…」
この刀の斬れ味たるや…!
そ、そりゃ、刀の斬れ味はテレビとかでよく見るけど…!
この刀、いつから手入れされてないのかも分からない…むしろ鞘から抜けなかったと言われてたのに!
振り下ろされた練習用鉄剣は木剣同様綺麗に真っ二つ。
うわ、木剣はともかく鉄剣ダメにしたのは怒られるかも…。
「昔の鍛治師職人の腕の凄さを垣間見た…感動したぞ! ヴィンセント! 俺は感動した!」
「お、落ち着いてください…」
そいつは何よりだが、そんな肩にしがみついて顔を近づけなくても…!
「なんか貴様…ずるくないか?」
「はあ?」
「なんかずるいだろ、だって! 魔力適性はレオ並みの『極高』…この俺よりも色々出来て、しかも新しく手に入れて来た武器は無駄に凄い斬れ味で、しかもちゃんとその剣に見合った技術まで持っていて…! なにより許せんのはこの間の王誕祭にレオの従者として一緒に仕事をしてきたところが!」
「んなの自業自得だろーが。というか、大半は俺の意思じゃねーし!」
刀はたまたま手に入れたもの…というか恐らくゲーム補正。
刀の使い方、剣術が使えたのは俺も予想外だが…これも多分ゲーム補正。
魔力適性は俺だって予想外。
「…し、しかし王誕祭の時は確かに自業自得だな。まさか座学があんなに難しくなっていくなんて」
「ま、まあ、それに関しては私もそう思います…」
そもそも、この世界の教育水準はそれ程高くない。
高くないのだが、これもまた『記憶継承』でどんどん知識が呼び起こされるとされ、瞬く間にレベルが上がる。
アミューリア学園に入学する前、家庭教師などから小学4年生レベルまでの勉強は教わって終わらせることができるが…入学後にいきなり高校、大学レベルまで跳ね上がるもんだから『記憶継承』で知識が戻る前の生徒は置いていかれるのだ。
俺は前世、これでも一流大学を卒業している。
大学時代には流行りの家庭教師バイトもやっていたので、学力はあまり落ちていないと思う。
でなかったら俺もヤバかった…。
まさかあんなに一気にレベルアップするなんて…。
「…だが、ヴィンセントはちゃんと授業についていけていたではないか」
「お嬢様に情けないところは見せたくありませんので」
「執事の鑑のようなやつだな!」
「そうあればと思っておりますが、まだ見習いですので…」
「ディリエアスはまあ、アレだが…ローナ嬢が結婚した後は一緒にその家について行くのか?」
「そうですね、お嬢様がお許しくださるのであればそうしたいです」
「だとしたらその家は運が良いかもしれんな。お前のような優秀な執事が家に居ると、さぞや安心だろう」
「そうか? 家を乗っ取られそうで逆に不安じゃないか?」
…………家を、乗っ取る…。
「成る程その手が…」
「え…」
「ちょ、貴様…なに真顔で呟いている⁉︎」
「万が一、お嬢様がディリエアス家に嫁ぐことになった場合はそうします」
「は、はああ⁉︎ ふざけるな! 絶対婚約解消してやるからな⁉︎」
そうだろう、そうだろう。
早く婚約解消しろ。
お前との婚約解消がお嬢様を破滅エンドから救済する最も手っ取り早い手なのだから!
「気になっていたが、婚約解消の件はローナ嬢も承知の上なのだよな?」
「そうですね、なんの興味もないとは仰っていましたね」
「俺だってないわ!」
「その口、三枚におろすぞ」
興味あれとは言わんが、その言い方は腹ァ立つな!
「……ならいいが…婚約解消後はどうするんだ?」
「それは勿論、お嬢様に好きな殿方が現れて…その方とご婚約、ご結婚されるのを心穏やかに待てればと思っております」
難しいとは思うけど。
…お嬢様のお気持ちをはっきり確認したわけではないが、もし俺の考えが正しいなら…。
「ローナ嬢は国一番の伯爵家、リース伯爵家のご令嬢だからな…引く手数多だろう」
ガサガサとライナス様が練習用鉄剣置き場を漁り出す。
そこから、細身の鉄剣とライナス様が得意な通常よりやや重い鉄剣を持って来られる。
細身の鉄剣を手渡され、これでもう少し手合わせをしようと言われた。
…そうだな…鈴緒丸の斬れ味はよーく分かった…。
このままコレで手合わせしてたら確実にライナス様が怪我をする。
礼を言って受け取り、お互い構えた。
「なによりローナ嬢は見目麗しいご令嬢だ。所作も完璧、学業優秀…ディリエアスと婚約している故に声を掛けられない令息も多い」
「…確かに見目だけはいいよな…」
「すみませんライナス様、先にこのクズをボコってよろしいでしょうか」
「良いわけあるか⁉︎」
「…因みにヴィンセント、俺はローナ嬢に釣り合う男だろうか?」
「はい?」
なんて?
思わず聞き返してしまった。
「え、ライナス様はお嬢様にご興味が?」
「うむ、俺もベックフォード公爵家の跡取りとして、婚約者になってくれる女性を探してはいるのだが…どうも、こう………………」
「…スティーブより胸が高鳴る女はいない、とか?」
「そうなんだ! ダメなんだどうしても! リセッタを見ると胸がドキドキして顔が熱くなる! …こ、これはやはりローナ嬢の言う通り、こ、こ、恋…」
「思いとどまって下さい」
なにお前までお嬢様同様ライナス様を禁断の扉の前までがっつり誘導してやがるんだエディン。
スティーブン様はお前の幼馴染だろう!
ああ、ダメだライナス…お前は乙女ゲームの攻略対象なんだぞ!
気をしっかり保て!
その方向はまずい!
乙女ゲームのキャラとしても公爵家跡取りとしてもーーー!
「……こ、この想いを吹っ切るためにも…早く婚約者を探さねば…ううう…」
た、戦ってるー!
禁断の扉の前で己と必死に戦ってるよ!
頑張れライナス!
負けるなライナス!
そこで踏みとどまらないと大変なことになるー!
「…じ、事情は分かりましたが…そういった理由でお嬢様を婚約者に望まれているのであればご遠慮下さい」
「だよな…ローナ嬢に失礼だよな…! いや、ローナ嬢でなくとも…相手に失礼だ…! クッ、俺は一体どうしたら…!」
ほ、本当に……どうしたら…。
「俺と婚約解消後か…ローナはレオの事をどう思っている?」
「は? レオハール様、ですか?」
エディンから、まさかエディンからレオの名前が出るなんて。
凝視するとエディンも練習用鉄剣を持ってきて、それを肩に担ぐ。
「いや、レオは絶対ローナに気があると思って…」
「…………」
……わあ、正解。
「…何故そう思われたのですか」
「基本アイツは博愛主義だろう」
「そうですね」
「だがローナに対してだけは笑い方も眼差しも別物だ。スティーブも気付いてる。キャッキャしてた」
うああ…想像に容易いぃ…。
「気付いてないのは本人ばかり」
「…あー…やっぱりですか…」
「と言う事は貴様もやはり気付いていたか」
「まあ、それとなく…バレバレですからね…」
「だよな」
…そうか、やはり幼馴染にはバレバレだそうだぞ、レオ。
そりゃ、付き合いの浅い俺にバレるのだから幼馴染にはとうにバレていてもおかしくはなかったな。
「でも肝心のローナが全然分からん。貴様は何か聞いていたり、気付いたりはあるか?」
「微妙ですね…。好意はおありでしょうが、それが恋愛面かどうか…」
「…実は意外とローナをレオの婚約者に推す声は多いんだ」
「え⁉︎」
なにそれ俺初めて聞いた⁉︎
く、詳しく! それもっと詳しく!
「俺とローナが婚約解消間近だと噂が出回っているだろう?」
「まあ、そうですね」
入学からずっと俺が騒いでいるので。
そういう噂になっているのは、知っている。
特に使用人宿舎に行くと、めっちゃ聞かれる。
皆、主人から情報を集めるよう言われているんだろう。
使用人宿舎は男女で棟こそ分かれているが、食堂や洗濯場など共有の場が多いからな…。
使用人に限らず貴族が情報交換、収集する場にはもってこいなのである。
むしろ、使用人の腕の見せ所ですらあるかもしれない。
「耳聡く聞き付けた者の中で、レオを次期王に推す者たちはローナを王妃にすれば国が安泰だと考えている者が多い。リース伯爵家は権威、発言力共に公爵家並の力がある。見目もそうだが所作、成績の優秀さ、生徒会にも入った事でよりそういう声が増えた。俺の耳にも入るほどな」
「…そうなのですか」
…つまり、レオの奥さんにうってつけじゃんってみんな気付き始めたのか!
エディンと婚約解消すればお嬢様はフリー。
レオも未だフリー。
お、おおおおお?
こ、これは、かなりいい流れなのでは…⁉︎
外堀が勝手に埋まってきてるんでは⁉︎
「もちろん逆も多いし、問題もある」
「どういうことですか?」
「マリー姫を推す連中からすると、厄介な事この上ないんだ。…ローナ程優秀な女をレオが婚約者にしたとなると、陛下も無視できなくなる。陛下とリース伯爵は同級生で友人関係だから俺との婚約が決まる前は、ローナはレオの婚約者候補の中で一番有力視されていた」
「…はい、それは、存じておりましたが…」
むかーし酔った旦那様がローエンスさんに話してた。
バルニールがローナをレオハール殿下の嫁にどうって言ってからその気になってたけど〜、的な話を。
マジ、目が飛び出るかと思ったし何故そうしなかった、と思ったが…。
旦那様、そのあたり緩いお方だからな…。
「レオはあの通り王位に興味がない。ないが…もしローナを婚約者に据えれば周囲に『王位を狙っている』と受け取られかねない…。周りが推してもアイツがそれを良しとするとは思えないから…アイツは多分俺が婚約を解消しても自分から申し込んだりはしないだろーな…」
「なっ!」
な、なんだそれは!
つまり、レオはあからさまに誰がどう見てもお嬢様のことを特別視しているにも関わらず、お嬢様が優秀でお美しすぎるが故に婚約を申し込んだらイコール『王位を狙ってます』アピールになりかねないから例え恋心を自覚したとしても婚約話には進まないだろうと…そういう事だと⁉︎
うがぁ、政治面倒なぁぁぁ!
「…では、レオハール様を王にと望んでおられる方々にお嬢様を勧められても頷かないと」
「十中八九頷かない。王位に興味ないアピールをしてきたアイツが、今更それをすると都合が悪い奴らも多いからな。特に一番騒ぐのはマリー姫だ。レオにローナを勧めた連中の首が物理的に危ない」
「ぶっ、物理的に⁉︎」
そ、それは死刑的な…⁉︎
そこまでか⁉︎
「当然マリー姫のことを思うとローナにも危害が及ぶ可能性は高いだろう。そのこともあるから、レオはローナを婚約者にはしないだろうな…。生涯独身を貫く王子もありえないと思うが…アイツやりかねない」
「…………」
うわ、マジか…。
確かに今のままだとやりかねない…。
それに、お嬢様にも危害が及ぶ。
あの姫なら言い出しかねない…!
頭がいてぇ…なんてこった。
ただレオが…お嬢様が…好きな相手と幸せになってほしいだけなのに、そんなところにも破滅フラグ、だとぉ⁉︎
「……けど、純粋に今驚きました」
「なにがだ?」
「…………お前、結構ちゃんと公爵家の跡取りっぽく考えられたんだな」
「貴様俺のことどんだけダメだと思ってたんだ」
底辺レベルでダメな奴だと思ってた。
「うがあああああ!」
「⁉︎」
「⁉︎」
そこへ突然の咆哮。
今まで地面に手をついてぶつくさ自分と戦っていたライナス様が戻ってきた⁉︎
ちゃ、ちゃんと己に勝利してきたのか⁉︎
「ええい、ヴィンセント、ディリエアス! 俺と手合わせしてくれ! 頭がこんがらがってしまった!」
「…………まあ、元から手合わせ目的で
「………とりあえず無事にお戻りでなによりでございます…」
はらり。
涙が出る。
ライナス様…どうか今後も己に勝ち続けて下さい…どうか…どうかっ!
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