番外編【レオハール】2



「ふう」


タイを緩める。

今日は朝から陛下と共に地方貴族への挨拶。

異母妹のマリアンヌは舞踏会の準備と称して挨拶から逃げ、しかし3時のお茶の時間にはしっかり付き合えと言う。

まあ、そうなる気はしてたけど。

それに珍しく陛下がちゃんと出てきて来れたのでだいぶ助かった。

ご自分の誕生日なのだから当たり前といえば当たり前なのだけれど…最近の陛下の様子だと引きこもってしまうかもと心配したよ〜。

それにしてもさすが陛下の誕生日…。

今回はマリアンヌの我儘でより派手さを求める羽目になったから、地方貴族も来場していて昨年より遥かに疲れる。

舞踏会の会場を抜け出すのも大変だ。

…でも今日さえ終われば…明日から少し休めるかな…。

ここ1週間、ローナがヴィンセントを貸し出してくれなかったら今日という日を迎えるのさえ難しかったかも。


ローナか…。


セントラルの伯爵家リース家の令嬢。

金の髪と紫の瞳の美しい人。

凛とした佇まいと、氷のように変わらない表情。

容赦のない物言いに怖い人物だと誤解する者も多い。

けれどそれはただ、貴族としてとても意識が高いだけ。

自分にも他人にも、少々厳しすぎる真面目な人なのだ。

彼女は僕とは正反対の存在。

権力にあっさり屈してしまう僕と、芯が強く、間違っていることを間違っているとはっきり言える彼女。

彼女のような人間がこの国にいるという…僕と同じ時代に居てくれるという幸福。

こんな素晴らしい事はないよね…。

……うん……彼女の事を思い出すだけで、心が暖かくなる。

ちょっとだけ、勇気と元気が出てくる。

君のことを、勝手に女神のように信仰して…知られたら絶対気持ち悪く思われるだろうな…。


「…………」


少し、ほんの少しだけ…1人になりたい。

朝からずっと挨拶の為に陛下の横で気を張っていたし、パーティー中も当たり前だけど大勢と挨拶したりしていたから。

すぐ戻るつもりだったけどもう少しいいよね。

ええと、中庭の噴水辺りは入場規制がかかってるから人もいないはず…。

そこで少し休んでから戻ろう。

そう決めて、渡り廊下を歩く。

この辺りももうすでに人気はない。

美しく整えられた庭がよく見える。

僕の好きな薔薇は、残念ながら陛下やマリアンヌが嫌いなので城の中の庭にはない。

陛下はマリアンヌの母…正妃マリアベル様が好まれるから、薔薇がお嫌いなのだと聞いた事がある。

マリアンヌはただ単に香りを好まないようだ。

そういえば、陛下がパーティーを嫌う最大の理由もマリアベル様が男と知り合う機会になるから、という話を誰かに聞いたな…。

我が父ながら歪んでる。

そもそも、陛下と王妃様…マリアンヌが3人揃って食事をするのが月1回、晩餐だけというのもどうなのだろう。

スティーブやエディンは両親と毎日朝昼晩一緒に食べると言っていた。

僕がその晩餐に呼ばれないのは良いとしても…マリアンヌはもっと両親と話したいのではないだろうか。

どうして陛下も王妃様もマリアンヌを放っておくのだろう…。


「…………ん?」


足音。

誰だろう、と歩を止める。

振り返って驚いた。

ドレスを摘んだローナが、早歩きで僕に近付いて…。


「はあ、はあ…」

「ロ、ローナ? 大丈夫?」


ドレスにヒールで、僕を追いかけて来た?

それは…息も切れる!

ああ、もっと早く気付けばよかった!

悪いことをしてしまった。


「も、申し訳ございません…みっともないところを…」

「いやいや、僕のこと追いかけて来たんでしょ? ごめんね、気付かなかったよ…」

「…お声がけしては、人に気付かれると思いましたの…」

「…………それは…」


ちょっとドキッとした。

僕と2人で話をしたかったということ…なのかな。

彼女が僕と2人きりを狙った理由。

それに、少し心当たりがある…。


「なら、どこかの部屋に入ろうか?」

「…殿下」

「あはは、ごめん冗談」


ここは庭に囲まれている一本道。

誰かが近づけばすぐ分かる。

柱の陰に隠れても僕なら…。

だから、婚約者のいる女性と2人で部屋へ…はやっぱりダメだよね〜。

彼女の息が整うのを待ちながら、少し、周囲の気配を探る。

…うん、誰もいないようだね。


「…冗談はそのくらいにしてくださいませ。…わたくし回りくどいのは苦手ですので単刀直入に申し上げます」

「うん」

「レオハール様…この国の民と未来のために、王位をお望みください。貴方様がならなければ…マリアンヌ姫様では、この国は代理戦争で生き延びてもいずれ滅びます」


ああ、やっぱりこの話か。


「……………」


いつか、真面目で優しい君は僕にそう突き付ける日が来ると思っていたよ。

君は、優しい人だから。


「レオハール様……いえ、レオハール殿下…殿下は昔わたくしに言いました。わたくしに味方になってくれと…覚えておいでですか?」

「…勿論、覚えてるよ」


1日たりとて忘れたことがないって言ったら気味悪がられるかなぁ。

…でも、君が僕の味方になるって言ってくれたこと、僕は本当に嬉しかった。

エディンに野菜のサンドイッチを貰った時と、同じくらい!

2人が結婚して…この国を支えていってくれたら僕は…………。


「この国の民を無益な争いに巻き込まない為に、誤った道を選びそうになったら止めてくれと…それも覚えておいでですか?」

「うん」

「ならば、この国の民が不要な不利益を被らぬ為に王位をお望み下さい。レオハール殿下ならお分かりなのでしょう? わたくしだけではないはずです。貴方に王位をと望む者は…!」


…………。

美しいローナ。

君をずっと見ていられたら…。

でも、君のその真っ直ぐな瞳を僕は見ているのがつらい。

目を閉じて、少し心を落ち着ける。

覚悟を決めてから、出来るだけ…笑顔を崩さないように…。


「うん、そういう声はよくかかるよ。でも、僕は…………」


母の死に顔。

苦悶に歪み、己で首を絞めるようにして、口から白い泡を吐きながら…。

美しかった母。

優しかったし、明るい人だった。

僕らを城の兵が迎えに来るまでは…。

………なんで今思い出したのだろう…。


「……ローナ、あのね…僕の母は下働きの下女、というのは知ってるよね」

「? …は、い…。ですが、殿下が王族であるということは間違いのないこと。殿下にも王位を望む権利はあるはずです」

「ううん、そうではなくて…そうではないんだよ」

「………?」

「陛下はあえて、下女の母を選んで僕を産ませたそうだよ。…戦争で死んでも構わないように…。戦争に勝つ為に兵器にする為に」

「……………え…?」


…ああ、本当だねヴィニー…君の言う通りだ。

ローナは無表情だけど、ちゃんと感情が分かるね。

ほんの少しだけいつもより紫の瞳が見開かれた。

驚かせて、そして……僕の答えはきっと、正義感の強い君を、傷つけるんだろうなぁ……。


「陛下は代理戦争で、今度こそ人間族を支配者にしたいとお考えなんだよ。だから、その為に僕は生まれた。王位の事は君の言う通り、よく言われる。そうした方がいいのかな、とも思う。でも、僕は兵器だから…」


…あれ、なんでだろう。

この先が、言えない。

言葉が紡げない。

はっきり言ったほうがいいはずなのに…僕は兵器だから、きっと君たちとは違う。

きっと、君たちの望む王にはなれない。

だって僕は兵器だから。


「…………」


紫の瞳が揺れ始める。

紫色の薔薇のネックレスを左手で握り締めて、俯く。

ローナ、僕と正反対の存在…………僕の女神。

ごめんなさい。


「……まあ、あの戦争を生き延びなければどちらにしても王を目指す事は無理だし! …今は…まだ先のことだから決めていないんだよ。ごめんね」

「…………い、いいえ…わたくしこそ…出過ぎたことを…」

「ううん。君は僕との約束を守ってくれただけだから…むしろありがとう」


震えた声。

それでもしっかりと頭を下げて、最後まで令嬢としての礼を尽くしてくれた。

やっぱり立派な人だ、君は。


「…戻るなら一緒に戻ろう。マリーに見つかると面倒だから、会場には別々に入った方がいいと思うけど」

「……あ、いえ…わたくし、少し…頭を冷やしてから戻りますわ…」

「そう? 変な奴に声を掛けられるとヴィンセントが怒り狂うよ。今日は君のお父様や義弟君も来ているんだろう? 君に何かあっては彼らに申し訳ない。せめて会場の側までは一緒に行くよ。迷うといけないしね」

「………では、よろしくお願い致します…」


…僕はずるいなぁ。

こんなに君を傷付けたのに…もう少し君と一緒に居たいなんて。

やっぱり僕なんて、死ねばいい。

いや、僕は兵器だからーーー壊れたらいい、かな。

ローナ…僕の女神。


………ごめんね。



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