お嬢様のきもち



王誕祭翌日から夏季休み。

1週間だけとは言え、久し振りにリース伯爵邸へと帰省する。

のだが。


「?」


馬車に最低限の荷物とお土産を乗せ、ボックスの中にはお嬢様とマーシャ。

しかし、お嬢様がどうにもお元気がなさそうだ。

マーシャとは普通に話をしているが時折非常に物悲しげなお顔をされる。

どうしたのだろう?

屋敷について、ひと心地ついたら聞いてみるか…。



そんな事を考えながら…………2時間後。



馬車旅は、ケツがそれはもう痛い。

クッション敷いてたって御者台は結構痛い。

それでも無事にリース伯爵邸に辿り着いた。

俺はケツの痛みに耐えつつ、お嬢様の荷物とお土産を持って馬車を降りる。


「ローナ! おかえり!」

「おかえり義姉様。っても昨晩ぶり」

「ええ、そうね」


盛大に出迎える旦那様とケリー、そして奥様や使用人一同。

みんなとハグして再会を喜び、お土産を持ってリビングへと向かう。

あー、そうか、ケリーと旦那様は昨日普通にお城の舞踏会に招待されてたから昨夜ぶりなのか。

お嬢様の荷物はメイドに持って行ってもらい、俺は馬車を移動させて馬を厩舎に連れて行く。

人に任せてもいいんだが、家族水入らず…お嬢様にはゆっくりしていただきたいからな…。

今頃は昼食の準備中だろうし、戻ってキッチンを手伝うか…。

ふふふ、お屋敷でお嬢様や旦那様たちへもお食事を作れるのは久しぶりだな。

最近弁当のような手軽に食べられる物ばかりだから、今日はがっつり手の込んだものを作るぜ。

…………まあ、ぶっちゃけあんだけお偉いどころの貴族たちが食堂のシェフが作る手の込んだ本格派料理ではなく執事見習いの作るお手軽サクッと弁当ばかりをこぞって食べている日々というのも…どうかとは思っていたんだが…。

今日から1週間、思う存分お嬢様にご奉仕出来る!

以前のように朝食をご用意することも、畑仕事や薬草や花のお世話をするお嬢様をお手伝いしたり、ティータイムにお茶をお淹れすることもお夕飯をお作りすることも食後のお茶をお淹れすることも…自由‼︎

あははは〜! 最高じゃねーか〜〜っ!


「ヴィニー」

「え…………え? お嬢様?」


てっきり家族に楽しく土産話を聞かせていると思ったら!

屋敷に着いた時の服装のまま…追いかけて来たのか⁉︎

なんで、呼んでくれたら馳せ参じたのに…!


「これを」

「? これは?」

「夜、また詳しいことは話すわ。一応目だけは通しておいて」

「?」


と、一通の封筒を渡された。

そして、俯いてしまうお嬢様。

しかしすぐに踵を返して、屋敷へ戻って行く。

なんで?


「…………」


封筒には何も書かれていない。

家族や屋敷の使用人、マーシャの前でもなく…俺へ?

どこか様子がおかしかったが関係あるんだろうか。

辺りを見回し、馬しかいないのを確認してから封を開ける。




『マリアンヌ・クレース・ウェンディールの出生に関して秘密裏に調査を』




「……………………」


手紙を閉じ、封筒に入れる。

頭の中はただただ、何故お嬢様が、という疑問だけだった。

…野心を抱く貴族ならばわかる。

だが、どうしてお嬢様が。


レオの味方だから?


…いや、けれど…。



「…………お嬢様…」


昨日の王誕祭…城の舞踏会で、何かあったのか?

貴族だけが招待された舞踏会。

俺は招待客の連れてきた使用人が使う使用人用の部屋で待機してた。

ケリーや旦那様が招待されているので、お嬢様のエスコートはお任せしてあとは送り迎えだけ…。

お嬢様が昨夜、どんな風に舞踏会を楽しまれたのか…ちゃんと楽しまれたのかもよく知らない。

手紙を服の内ポケットにしまい、馬を撫でて屋敷へ戻った。

嫌な感じがして堪らない。

そんな気持ちを隠しながら、夜を待つ。

入学前のように働いて、夕飯の後のお茶をお淹れし、中庭へと運ぶ。

お嬢様のお好きな、夜のローズティー。

月明かりに照らされた中庭に佇むお嬢様は、今夜も綺麗だが…。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」

「…手紙は読んで?」

「はい、目は通しましたが…」


さて、理由を聞いてもいいものか。


「少々お時間はかかるかと」

「構わないわ」


テーブルにトレイを置く。

ポットからお茶を淹れ、カップをお嬢様の元へと持っていった。

距離が近くなる。

すっかり俺の一目惚れした…あのゲームのローナ・リースの姿に成長されてしまった。


「…理由を聞かないの?」

「お嬢様の知りたい事をお調べするだけですから」


俺はお嬢様の犬だからな…貴女が無事で、幸せで、そして貴女の望みを叶えられればそれでいい。


「お嬢様がお話くださるのならお聞きしたくは思いますが」

「…………。ずるい言い方をするのね」

「それは申し訳ございません」

「……。貴方と2人で話すのはとても久しぶり…」

「ああ、そうですね…」


ここ数ヶ月、ずっと別の寮で暮らしていたし、お嬢様にはマーシャが一緒だったからな。


「………昨夜、ほんの少しだけレオハール様とお話をしたの」


ポツリ、と俺しか聴こえない小さな声で呟かれたお嬢様。

どんどん嫌な予感は膨らむ。

いつか、この人はーーー優しく真面目なこの方は、レオに…突き付ける。

レオハールという王子の矛盾。

あの王子が抱える歪み。

この国を愛する1人の人間として、貴族として。


「わたくしは、とても酷い事を言ったわ。あの方は、笑って許して下さったけれど…。本当は、こんな事をしてはいけない…分かっているのよ。…あの方は望んでいないもの…」


マリアンヌ姫の出自など、レオは気にしていない。

例え偽物だろうと、王家の血が流れていなくても、兄としての情は持っている。

“あんな妹”でも、“あんな妹”にしたのは自分だからと。


「…!」

「…………けれど…」


美しく整った横顔。

アメジストの瞳から一筋、涙が流れて落ちていく。

10年近くお仕えするが、お嬢様が泣いているところなんて俺は…………。


「………ヴィニー…わたくしどうしたらいいの…? ……あの方が死ぬなんて…わたくしは、嫌です……」

「…………お嬢様……!」


顔を覆い、静かに肩を震わせて、絞り出すように零したお嬢様の気持ち。

嫌な予感は当たったのだ。

お嬢様は、やはり昨日の夜にレオに言ったんだろう。

この国を、民を想うならレオが王になるべきだと。

そしてそれに関してのレオの返答は恐らく俺の時と同じ。

突きつけた矛盾は、後悔になって返ってくる。



「…………レオハールさま…っ」



考えたこともなければ体験したことも無い。

前世で妹が泣きじゃくる事に遭遇した事はあれど、年頃の女の子に泣かれたことなど一度もなかった。

俺の記憶の全てを総動員したって、泣いているお嬢様を……女の子を慰める方法など知りはしない。

だからオロオロ、オロオロと平静を装いながらも狼狽えまくるしかなかった。

だってまさかお嬢様が泣くなんて!

いつも凛として、冷静で、しっかりしていて素晴らしく素敵な淑女然となさったお嬢様。

いや、でも…お嬢様だって15歳の女の子…。

いや、だからと言って俺が泣いている女の子の慰め方を知っているかというとそうではないわけで!

あ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ‼︎ ⁉︎ ‼︎



「…………」



俺がただオロオロと狼狽えたまま突っ立っていると、いつの間にかお嬢様は涙を拭い、いつもの無表情に戻っていた。

うわ、俺まじ役立たず…。


「…………ごめんなさい」

「とんでもございません…。むしろ俺の方こそ…」


何も出来ませんで…。


「…いいえ、側にいてくれたではない…。ありがとう」

「…お嬢様…」

「…………。あのね、ヴィニー…わたくし昨日、レオハール様に……国のため、民のために…次の王を目指して欲しいとお願いしたのよ」


やっぱり…。


「それで、レオハール様はなんと…?」

「大陸支配権争奪代理戦争…あの戦争の為に、あの方は…………」


突然口を噤むお嬢様。

きっと言葉に出来ないのだろう。

それはそうだ、あのちゃらんほわんした王子の口から出るには…あの言葉は衝撃が大き過ぎる。

だからお嬢様も口にするのを戸惑われて、目を伏せた。

痛々しい。


「…あの戦争を生き延びなければどちらにしても王を目指す事はないと、そう仰ったのよ。……その通りだと思ったわ。あの戦争は、命のやり取りをするものだもの…」

「……、…はい、そうですね…」

「どうしたらいいのか、わたくしには分からない。けれど、ひとつだけ………わたくしは、あの方が…レオハール様が死ぬのは嫌なのです。あの方が王になりたくないというのなら、それでも構わない。……ただ、生きていてほしい…」

「…………」


はらりと、また一粒の涙が落ちる。

純粋で、切実で、美しい願いだ。

生きていてほしいか…。


…………………。



「…確実にとは、申し上げられないのが残念なのですが…」

「…………?」

「けれど、代理戦争には俺とエディン様も出るつもりです」

「…………え………⁉︎」

「レオハール様をお独りで戦わせたりはいたしません。俺もエディン様もレオハール様の戴冠式を見たいので…あの方の隣で、あの方をお守りして…連れて帰ってきたいと思っています。勿論、我々も死ぬつもりはさらさらありません」


レオはその辺り微妙なんだが…。

まあ、それは言わないし言えないけどな。


「…………そんな…本気なの…? いくら魔力適性が『極高』であったとしても、代表者に選ばれたわけではないのでしょう…⁉︎」

「そうですね、けれど少なくとも俺はそうなる可能性が極めて高い。レオハール様にもお願いされました」

「!」

「でも死ぬつもりはないのでご安心ください。…俺の命は貴女のものですから」


貴女に救われて、貴女に与えられた人生だ。

戦争で落っことして来るつもりはない。


「…………わたくしは、なにもできないの…?」

「そんな事はございませんよ」


レオもきっと同じことを言う。

お嬢様、あいつも俺も貴女の存在そのものが救いなのだ。


「いつも通りでいいのです。お嬢様、どうか、お嬢様はお嬢様のままでいてください。少なくとも開戦までは、これまで通りなのですから」

「…ヴィニー、わたくしは貴方が死ぬのも嫌よ…?」

「勿論、分かっておりますよ」

「…………」


お嬢様。

優しい、お嬢様…。

貴女のことをこんなに心配させてしまうなんて。

申し訳ない反面、嬉しいです。


「…それで、手紙の方なのですが…」

「…………やはり、いいわ…」

「え、ですが…」

「わたくしがあの方のために出来ることを考えた時に…あの噂のことしか浮かばなかったの…。けれど、あの方は望まない……分かっているの…分かっていたことなのよ…」

「…………。分かりました、この手紙は…処分しておきます」

「ええ…………お願い…」


きっと事前に用意していたのだろうな…。

けど、レオと話して、混乱して…どうしていいのかわからなくなった。

その上、俺からもかなりの爆弾投下しちまったみたいだし……。

いつか話さなければいけないとはいえタイミング悪かったかも…。

申し訳ないことをしたな…。


だが…………噂か…。


「…あ、お茶がすっかり冷めてしまいましたね! 淹れ直してまいります」

「…いいえ…このままいただくわ…。暑いから、ちょうどいいもの…」

「そうですか?」

「……………」


庭を眺めながら少しずつゆっくり飲み干していくお嬢様の表情は、いつも通り無表情。

けど、長い間お仕えしていたから大層落ち込んでおられるのは分かる。

こんなに落ち込まれたお嬢様は初めて見た。

レオの事がこんなにもお嬢様から気丈さを奪うなんて…。

左手で胸元のネックレスを握り締め、俯くお嬢様を見ていてこちらまで心が痛む…。

うん…ネックレス…。


アメジストの、薔薇のネックレス。



「……………………」



まさか。

まさか?


…………さすがに今日は、これ以上お嬢様を追い詰めるのは…無理。

でも、まさかお嬢様はーーーー

天を仰ぎ、美しい月夜を見上げてこの考えが正解だと祈る。

だとしたら…だとしたら!


近いうちに確認しよう。

心に、誓った。



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