王誕祭と俺【後編】
正直怒涛の1週間だった。
レオの仕事の手伝いは初日から俺の想像を遥かに超えており…もっと凄かったのはマリアンヌ姫。
毎日3時になるとお茶の時間だと言ってレオを引っ張って行ってしまう。
文句を言えばクビになるのでみんなビクビクしながら嵐が去るのを待つ。
その度に仕事は滞り、あの噂がまことしやかに囁かれるのだ。
「……マリアンヌ姫は本当に陛下やお妃に似ていませんね」
「あの髪、瞳の色…お妃の男遊びで出来た子じゃあないのか?」
「ありえるな…でも、それにしてはお妃にも似ていないぞ?」
「お妃様がレオハール様の事を知って慌ててどこかから連れて来たんじゃないのか?」
「ああ、絶対あの姫は王家の血筋には見えないもんな…」
くすくすと、笑いながら話す役人貴族たち。
だが、同僚をクビにされた者の目はマジだ。
笑っていない。
確実にあの姫は城の中で居場所を失っている。
ゲームで巫女が謎の老婆を助け、レオハールルートで断罪されるマリアンヌ。
だが、それが無くともいずれ誰かが言い出す。
あの姫の出自を調べた方がいいんじゃないかと。
なにか決定的なものがあれば、確実に。
まだ、辛うじてその決定打がないだけで。
「ああ、あの噂か。知ってるよ〜」
それとなーく、最後の日の夜…執務室でレオにお茶を出しつつ聞いてみた。
マリアンヌ姫がお妃の男遊びの連れ子説、替え玉説。
レオはどちらも知っていた。
「アミューリアでも囁かれているしねぇ」
「レオはどう思っているんですか?」
「あんまり興味ないや〜」
「偽物…あるいは連れ子なら、レオが面倒を見る必要はないのでは?」
「…でも噂だしね」
「…………」
すまん、俺はゲームでマリアンヌが偽物だと知っているんだ。
本物のマリアンヌ姫も…所在知ってるし…。
「…それに、その噂が本当だとしても…僕はあの子を追い出したりは出来ないよ」
「え?」
「だって急に違うよって言われても戸惑うじゃないか。どうしたらいいか、分からない。しばらくは面倒を見るよ…僕も、そうだったから。なにより、甘やかしているのは周りの人間…主だって僕だ。増長させている責任は取るよ」
うーん…。
「レオがあの姫君を甘やかすのは何故なんです?」
「…可哀想だから」
「可哀想…」
可哀想???
あれを可哀想?
言葉がおかしいぞ?
「…いや、違うかな…そうじゃなくて…うーん、どう言ったらいいかな……そうじゃなくて、僕がね」
「ほう?」
「僕が自分を可哀想な人間だと思いたくないから、マリーを自分より可哀想な人だと思おうとしてるんだよね、多分…。マリーが悪者になれば、自分の評価は上がるとか、情けなくもそんな悪知恵が働いているのかも。…………ね、僕が悪いでしょ?」
「…………。…でも、それは死ぬ理由にはならないからな」
「…………」
なんとも、ままならない。
レオハールという王子の抱える歪み…矛盾。
生きたいのか、死にたいのか。
生きなければいけないのか、死ななければならないのか。
きっと必要なのは、レオが「生きたいと思う理由」。
…ゲームでは、それは巫女(ヒロイン)だった…という事か。
「お前の戴冠式を望む者は確かにいる。俺や、エディンやスティーブン様…きっとお嬢様やライナス様も」
「………うん、わかってるよ。分かってはいるんだけどね……でも、なんでだろう……自分がどうなりたいのかまだよく分からない」
…………深刻だ。
そりゃ、幼少期からずっと『兵器』として育てられたんじゃあ人として何かが歪むのも仕方ないのかもしれないが…。
「よし、これで終わり。…1週間よく働いてくれて本当に助かったよ。ありがとうヴィンセント」
「いえ、特にお力にもなれず」
「いやいや、そんな事ないよ! アンドレイがお土産物を用意できたのは君の助言のおかげだと言っていたし」
ああ、蜂蜜な。
でもあれ頑張ったのリース家と養蜂やってる農家の人たちだし。
「文官たちが君に朝、軽く運動をして、昼食後に15分仮眠をとるようにアドバイスされてから仕事の効率が飛躍的に上がったって驚いてたよ⁉︎ よくそんな事知ってたね〜?」
「…あー…」
あれね。
前世の会社でお試しでやっていた事があるんだよ。
出勤してから軽ーくラジオ体操。
昼飯の後、15分仮眠を取る。
するとどうでしょう。
人の体は朝のラジオ体操やたった15分の昼寝で覚醒し、落ちた集中力が回復するのです。
なんか他にもアニマルセラピーとか言って企画部が猫飼ってたし…今考えてもフリーダムな職場だった。
「た、たまたま? 経験上…ですかね」
「へー」
「なんにしても明日は王誕祭本番。ゆっくりと祭りを楽しめるといいですね」
「…………」
「………なにかあるんだな?」
なんだその絶望感に満ちた空っぽの笑顔。
吐け。
威圧を込めて聞いてみると…。
「……明日は朝からマリーのドレスや装飾品のコーディネート祭りだよ…。夜に城で舞踏会があるだろう? 本当なら昼間から城に来る地方貴族たちへ挨拶回りをしないと間に合わないんだけど…多分離してくれないと思うんだよね。…僕の意見なんて聞かずに付けたいものを付けたいだけ付けるんだろうに…結局派手に呼び出した貴族たちへ挨拶もしないんだから困ったものだよね…」
「…へ、陛下はお出になるんだよな?」
「今の所微妙☆ もしお出になられないならマリーに代理として出てもらわないといけないんだけど…さあ、どうかなぁ? 明日の朝にならないと分かんない☆」
「………」
…や、闇が…王家の闇が…。
ここ数日の忙しさも相まってレオが半壊だ…!
語尾になんか変なの付いてる!
「…ヴィニー…最後にもう一杯だけブレンドしてくれたハーブティー飲みたい」
「あんなもんでいいならまた作ってやるよ…。だから、生きろ…」
しかし、俺がレオの願いを叶えるべく執務室を出ようとした時、扉がノックされる。
そして使用人が1人、大変申し訳なさそうに入ってきた。
げっそりとした表情に、レオが眉尻を下げた笑顔になる。
「…はーい…今行くよ…どうせ寝るから本を読めって言ってるんでしょ〜? は〜あ、どっこらせっと…」
「…あ、あの、殿下…マリアンヌ姫様にそろそろお1人で寝ていただけないかをお伺いされた方が良いのでは…」
「8年くらい前から毎晩言ってるんだけどね…まあ、今日も言ってみるよ」
8年前から毎晩か…。
一応努力はしてるんだな、レオ。
「…でもあまり言い過ぎると一緒に寝ろになるから…一言だけで許しておくれ」
「もちろんでございます」
困り顔の使用人さんもその辺りはご承知の上かい⁉︎
っていうか、一緒に寝ろは要求としてレベルアップしてる!
ほ、本当にこえええぇっ!
「…じゃあね、ヴィンセント。1週間本当にご苦労様。ローナ嬢にも礼を言っておいてよ。ありがとう」
「! お茶は…」
「遅いからもう帰って大丈夫」
「…分かりました。こちらこそ、1週間ありがとうございました」
頭を下げる。
やっと帰れる。
お嬢様の元へ。
そんな安心感と、頭を上げた時に見たレオの後ろ姿に焦燥感のようなものを感じた。
…これがレオの日常。
俺が思っていた以上に、キツイ。
頼むから明日は出てきてくれよ、陛下。
と、そんな事を祈りつつ…俺の1週間の出張は終了した。
そしてーーーー
「は? 働きたい? 貴方1週間もお城で働いてきたのでしょう? 何故…」
「お嬢様不足なんです」
「に、義兄さん顔がヤバいさ…」
翌日。
王誕祭は国の休日。
祭りで一稼ぎしようという者以外は、町に出て飲んで騒いでとにかく食べる日である。
そして王誕祭が終わると1週間程、アミューリアは夏季休みとなる。
ウェンディールは秋と冬が長い気候で、夏は王誕祭が終わるとあっという間に秋に変わってしまう。
だからこそ、俺は…女子寮前でお嬢様に懇願した。
「1週間、お嬢様へご奉仕ができなかったんですよ⁉︎ 少しくらいご褒美があってもいいのではないでしょうか⁉︎ お嬢様へご奉仕させて頂くご褒美が!」
「……………………」
あ、お嬢様が引いてる。
無表情の中に「なにか変な事を言い出したわ」感が醸し出てる!
でも俺はお嬢様にご奉仕がしたいんだ!
もう禁断症状みたいに、とにかく! 今、すぐ!
「…そう言われても…頼みたいことは今は特にないのよ…。貴方は女子寮には入れないし」
「こんな物を作ってみました」
俺の着られるサイズのメイド服。
「アウトよ。絶対やめて」
「お、お嬢様…義兄さんになにかさせてやってほしいべさ…このままだと本気でメイドになり切ろうとするさ…」
「そ、それは困るわね…。でも、帰省の準備は昨日してしまったし…」
「仕事早すぎですお嬢様っ!」
「…では……お土産を買いに行こうかしら」
「お土産?」
「ええ、明日屋敷に帰るのだもの。お父様やお母様、ケリーやローエンス…屋敷のみんなにお土産よ」
「わあ! それはいい考えだべさ!」
「準備もあるから、3時には寮に帰ってこないといけないけれど…。もちろん荷物持ちはお願いするわ、ヴィニー」
「喜んで!」
本当なら両手を挙げて大喜びしたいのだが女子寮前なので自粛した。
そのまま、お嬢様とマーシャとともに町へ降りる。
徒歩で10分ほど。
以前来たプリンシパル区の町だ。
「なにがいいかしら」
「やはり食べ物ですかね。王都名物としては赤レンガ焼きが有名ですが」
赤レンガ焼き。
長方形の五センチ台のステーキが5枚ほど重なって、紐で縛られ、更に焼かれたレンガ並みの分厚さを誇るステーキ肉。
味付けは塩胡椒のみとシンプル。
主に牛と豚の赤みの部分が使用される。
貴族には牛オンリーが好まれるが、庶民は豚オンリーも人気。
「…品位に欠けるわ…」
「では反物などはいかがでしょう」
「…そうね、お母様やメイドたちには反物でいいかもしれないわ。お父様やケリーたちは…」
店を見て回り、あーでもないこーでもないと話し合いながら町を回る。
ああ、なんて至福なひと時…。
「……………………」
ちりん。
鈴の音?
喧騒が急に静かに感じる。
不思議な感覚に、足を止めて音の出所を見回す。
奇妙な雑貨屋があった。
そして、そこに鈴の下がった刀が一振り。
「え……刀?」
「…ほう、お兄さん…これがなんだか分かるのかい?」
フードを目深に被った男かも女かもわからない老人が1人、店先に座っていた。
天井に吊り下げられたのは黒い鞘に収まった…俺の前世の国で遥か昔に使われていた武器。
今では美術品となっているそれにしか見えないもの。
「ヴィニー? どうかしたの?」
「義兄さん、どうしたんさ?」
「あ、す、すみません…不思議なものが売っているお店でして…」
先を歩いていたお嬢様とマーシャが戻ってくる。
そして俺が足を止めた店を見て「確かに珍しいものが多いわね」と興味深そうに店内を眺め始めた。
だが俺は…天井に吊り下げられた刀にしか目がいかない。
鈴が鞘にくくってある。
「…………」
「興味があるのなら抜いてみるかい? お兄さん」
「え、い、いいんですか?」
「ああ」
店主が重そうに腰を上げ、天井から刀を取る。
それを、俺に手渡してきた。
ずっしり重い。
これ、まさか本物じゃないよな…?
というか、この刀、なんか…前世で祖父ちゃんちで見た気がするけど…いやぁ、まさかなぁ?
俺の前世…家系は元を辿ると武家だったとか、行くたびに聞かされた。
だから、祖父ちゃんちには刀が何振りか今も蔵にあり…その刀には全て銘があるとか…。
「抜いたら買えとか言いませんよね?」
「言わないさ。そもそも、アンタに抜けるかね?」
「? どういう意味です?」
「その剣は曰く付きでね。大昔、異世界から来た剣士が持っていたと伝わっている。その剣士は命よりもその剣を大切にしていて、自分の死後、剣を誰にも渡したくないと鞘から剣が抜けない呪いを掛けた…」
「…………」
「ひ、ひええ…」
マーシャがびびってしがみついてくる。
が、俺はそれよりも「異世界から来た剣士」の方が気になった。
俺は死んでからこの世界に転生した…と思ってる。
でも、生きたままこの世界に来た人間も居た?
…でも、剣士って…。
刀を持った剣士…侍?
それ相当昔じゃ…。
「お兄さんに抜けるかな…? ククク…抜けたならその剣はタダで譲ってやるよ。正直、置き場に困っていたしね…」
「…………」
ええ〜…中身錆びてたら貰っても嬉しくねーな〜…。
…それにしては鈴は全然錆びてないけど…。
「……鈴緒丸? …ふーん、銘があるのか」
「?」
「義兄さん、なんさ?」
「いや、鞘に銘が…」
ハッ!
こ、この世界には漢字がないんだ!
つい読んじまった!
「あ、いや、なんでもない」
誤魔化したくて柄を引く。
きっと錆びて抜けないと思…………。
「へ」
「まあ」
「ひえ!」
抜けた。
「なんと!」
店主も驚く。
え、マジで今まで誰も抜けなかったの?
ふ、普通に抜けたけど?
「こ、これは驚いた…誰も抜けなかった剣が抜けた! しかもなんと美しい…!」
確かに、誰もこれまで手入れしてこなかったなんて思えないほど綺麗だ。
全部鞘から出してみると、間違いようもなく刀…日本刀!
「なんだか神々しい感じがする剣ね……不思議な形…剣なんて、どれも同じだと思っていたけど…」
「ホントだべさ…真っ白ですごく綺麗…!」
…一応、剣道は兄貴の練習に付き合っていたから最低限の基礎はわかる。
でも使えるかと言われると微妙。
こっちで洋剣の戦い方を学んだから、今ぶっちゃけそっちの方が得意。
…………けど…。
「…………あー、お兄さん…それじゃあ……返して貰っていいかい?」
「いや、抜けたら譲ってくれるんだろう? タダで」
「い、いや、でもお兄さん、剣なんか使えないんじゃないかい?」
「うちの執事は剣技も嗜んでいるので問題はないわ」
「それに置き場に困ってるって言ってたさ!」
「ぐっ…」
美術的価値が高い日本刀。
どうやらその美しさは、異世界でも通用するらしい。
「……ええい、分かったよ! まさか本当に抜くとは…王のご生誕日にケチはつけんさ! 約束通り持って行きな!」
「では遠慮なく」
「よかったわね、ヴィニー。掘出し物だったのではなくて?」
「ええ、そうですね」
はた。
鞘に刀を戻し、突如降って湧いた記憶。
乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』はやたらと戦闘システムに凝っていたが、そういえばヴィンセント・セレナードは剣技のパラメータが高いキャラだった。
そして恐らく、レオハールやライナスのように『剣』が得意なキャラクターとの差別化故だろう…使用武器が何故か1人だけ『刀』だった、よう、な…?
いや、まあ、そりゃヴィンセントは黒髪黒眼…日本人に親しみやすい容姿だし?
燕尾服なのに刀で戦うという、ある意味一部の層には堪らんキャラだったけどな?
似合うか似合わないかでいうと似合うしかっこいいキャラだと思うぜ?
自分で言うのもなんだけど。
「…………。…そろそろ3時ですし、寮へ帰りませんと、お嬢様…」
「まあ、もうそんな時間…? …? どうして疲れた顔をしているの?」
「……いえ、ここからお嬢様にご奉仕できないのかと思うと……それだけです」
「そう?」
…………なんか、本当に……着々と近づいている気がしてならない。
差異は多くなってきたが、それでも…それでもだ。
やはりここは『フィリシティ・カラー』の世界なんだと、思い知る。
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