王誕祭と俺【前編】
『王誕祭』まで残り1週間を切ったある日、俺は約束通り城へと上がった。
今日からレオと俺は公休。
国の行事である『王誕祭』の準備を、正式に手伝うことになったからだ。
「本当にすまないね」
「いいえ」
青藤色の髪と瞳のナイスミドルが疲れた顔で俺を案内してくれる。
この方はアンドレイ・リセッタ様。
この国の宰相様である。
そう、スティーブン様のお父上だ。
城の門番に今日からレオの手伝いで来た、と言ったらしばらく待たされ…なんと迎えに現れたのが宰相であるこの方だったのだ。
まさか俺ごときを宰相自ら迎えに来るとは誰が思うよ?
思いもよらなさ過ぎて早くも緊張で吐きそうだ。
しかも、この入り組んだ城内を宰相に案内してもらうんだぜ?
想像して下さい。
友達の手伝いに来たら総理大臣が現れたと思ってください。
どうよ、ヤバイだろう?
「君のことはよくスティーブンの手紙に書いてあるよ。筆まめな子でね、1週間置きに手紙をくれるんだ」
うわあ、噂に違わぬデレデレっぷり。
「うちのお嬢様もそうなんですよ」
「やはり女の子はそうなんだろうね」
女の子…。
男の娘では?
「あの子が女生徒の制服を着ると言い出した時は驚いたけれど…」
「そうでしょうね」
「私も昔妻のドレスを勝手に着た事あるから何にも言えなくなってしまって」
「なになさってるんですか」
「それに妻も悪ノリして全部貸してくれたものだから」
「あの、少し待っていただいていいですか」
「血は争えないな〜なんて! あははは!」
「……そ、そうですね」
なにこれ、疲れてハイになってるの?
コレ俺だからいいものの、普通に貴族に聞かれたらお立場ヤバくなるレベルでヤバい話じゃね?
「はあ……」
「顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「…ああ、少しね…今回の『王誕祭』は昨年と違って少々面倒なことになっているんだ。だから殿下にも無理をさせてしまっているんだが…」
「面倒、とは?」
「マリアンヌ姫が陛下のお誕生日にもっと派手な催しを行いたいと言い出されたんだよ…」
…………ひ、被害がレオを飛び越えてついに国家にも…。
ますます破滅フラグだなあのお姫様…!
「そ、それは具体的にどのような…」
「それはもうめちゃくちゃさ。国中で花火を打ち上げろだの、王都の町を城からも分かるくらい可愛くデコレーションしろだの訳がわからない」
それは本当に訳がわからない。
可愛く?
え、どこを?
町を?
ど、どういう事だ?
「仕方がないのでレオハール殿下が国中の貴族を城に招待する事を提案したんだ」
「く、国中の⁉︎」
「そう、陛下は余り騒がしいのを好まれないので、本来ならセントラルの貴族と伯爵家以上の爵位の者だけに招待状を出すのだが…今回は国中の全ての爵位の者だ。招待状はなんとか送ったのだが、彼らも招待されるとは思っていないだろうから、準備もしていないはず…。その上、遠い地方の者は当日に間に合うかも分からない」
「そ、そうですね、今からでも…」
東西南北の地方貴族、その中でもより末端の土地に住む者は一生王に目通りする事も叶わないと言われている。
今回のそれは、ある意味大変な幸運にも思えるが、1週間ではセントラル…首都まで辿り着けるかどうか…。
公爵家のライナスですら、1ヶ月前乗りでセントラルに入ったんだぞ。
「民に負担を強いるくらいならと仰っていたので、それはそうだとは思うのだが…そうなると準備する食事や飲み物、食器、グラス…とにかくあらゆるものが足りない…。今かき集めているところなのだ。それに、1番は土産物だな…コレがなかなかにどうして…はぁあ…」
そ、それはとんでもなく大変だ。
「簡単に、大量に、出来るだけ安く、しかし貴族に対しての贈り物らしい…迅速に入荷できる物…。何か無いものかと色々探しているんだ」
「因みに、当初はなにを予定されていたのですか?」
「銀皿だな。これは予定通り数が納入されてくる。しかし新たに招待した貴族の分が圧倒的に足りない。………ああ、すまない、つい愚痴を…学生の君には関係がないのに…。ここがレオハール殿下の執務室だ」
「ありがとうございます。まさか宰相様に案内していただけるとは思いませんでした」
「いや、私も君と少し話をしてみたくてね…スティーブンがよく君のことを書いていたから」
そんなような事言ってましたねぇ、冒頭で。
どんな書かれ方をしていたのか、怖くて聞けないけど。
「…………。宰相様、僭越ながら」
「うん?」
「その土産物のお話、リース伯爵様にお話しされてみてはいかがでしょうか。その…最近リース伯爵様は養蜂にも力を入れておいででして…」
「? 養蜂? 蜂かね?」
「蜂蜜です」
「蜂蜜…?」
「養蜂農家が増えてきていると聞いております。しかしまだ軌道に乗っているものではなく、価格も安定していない。農家によって蜂蜜の味も違うので均一な価格ではないそうなのです。しかしそれ故に珍しく、砂糖よりも健康に良い貴重な物と聞きます。如何でしょうか、話だけでも」
「……蜂蜜か…確かにあまり見かけないな…地方ならば尚更だろう。わかった、掛け合ってみよう。助言助かるよ、ありがとう」
さすがに数を集めるのが難しいかもなーとは思ったが…そこは養蜂農家次第だ。
俺もその辺りよく知らないのでリース伯爵…旦那様に聞いてみてほしい。
俺から連絡しても良いが、宰相様からの連絡の方が迅速に対応なさるだろう。
…多分、それを見越して俺に愚痴ったんだろうし、案内すると言いつつ俺と話をしてリース伯爵との繋がりの足がかりにしたかったのかも。
政治家こぇー。
「失礼します、レオハール様。ヴィンセント・セレナード参りました」
宰相が立ち去ってから、扉に向き直る。
城の三階、ほぼ中央の部屋。
扉の左右には対になるようにツボが置いてあるだけで衛兵の1人も立っていないのが気になった。
おいおい、ここ王子の執務室なんだろう?
ツボじゃなくて兵士を置いておくべきなんじゃないか?
扉の作りも装飾品などなく実にシンプル。
…うーん、逆に王子がいる部屋には思えない?
これが防犯になっているんだろうか?
意を決して声をかけるとすぐに入って良いよ〜、といつもの緩い声。
だが扉を開けてちょっと眩暈を感じた。
「うわあ…」
「ごめんね〜、贈り物が前乗りで届いてて…」
「…もしかしてレオの仕事は…」
「そう、今は陛下に届いた品を開封して、中身を確認、お礼の手紙を書くの。量が量だからね〜…これが、結構…意外としんどい」
「そ、そうですね…」
山だ。
部屋の一角が…いや、部屋の半分が箱で埋まっている。
多分、王子の執務室なのだから応接用のテーブルやソファーもあるはずだ。
それが、ない!
もう半分は包装紙や包装箱が畳まれ、置かれているスペース。
これは………果てしないな!
「しかし、なにもレオが直接やらずともいいのでは?」
普通に使用人の仕事だと思うんだけど。
「……そうだね、何年か前までは使用人に書かせていたんだけど…マリーのことが噂になって流れ始めてから王家は信用がなくなってきているんだよ…」
「……………………」
そ、そうか…信用を取り戻すのに…王族からの直筆の手紙…。
確かにそれはかなり大きい。
普通なら使用人が書いて送る…所謂雑務だ。
でも王族から直筆のお礼の手紙なんて送られたら、どんな貴族だってやる気出ちゃう。
「…これは前乗り分ですよね?」
「そうだよ」
…………当日が近くなれば……うわ、考えただけでゾッとする…。
「本当はこれ以外にも通常業務があるんだけどね」
「え、もう政務を任されていたんですか?」
「少しだけね〜。……本当はマリーが陛下に言付かっている仕事なんだけど」
「え…やっちゃダメでしょう」
「うん…陛下にもチクッたんだけど、それでもやらないから溜まっていくでしょ〜? それで困るのって役人たちだよね〜」
「…………そうですね…」
なんだろう、非常に胸と頭が痛む。
確かにしわ寄せが来るのは役人たちか。
「俺は何を手伝えばいいですか?」
「贈り主と品物を記入して、モノに貼り付けておいてくれる? あと、包装紙や箱は下男にゴミ置場に持って行ってもらったり…この部屋から右に行くと文官たちの執務部屋があるんだけど、そこにこの書類を持って行って欲しいな。ついでに新しい書類と…彼らの様子も見てきてくれる? 戦争関係で魔法研究所との揉め事抱えてるから…悪化してきたら仲裁に行かないと」
「分かりました。…そんな事もしてたんですか」
「予算的なアレがねぇ…。戦争関係は騎士団も関わってくるから一方に割けないんだよ」
「成る程…」
とてつもなく面倒くさい事になっているんだな…。
そして俺との会話中も机から目を逸らさず手を止めないレオのなんと優秀な事か。
「では、1週間よろしくお願いしまーす」
「はい、よろしくお願いします」
********
…………ふぅ。
開封、メモ、メッセージカードや手紙などとともにモノに貼り付けて…包装紙や箱を畳み、分けて置いておく。
だがその間にも、新たな前乗りのプレゼントが運ばれてくる。
成る程…忙しいな!
「…うわ、早…ヴィニーもう半分終わらせたの⁉︎」
「増えましたけどね…」
終わりが見えないとはこの事だぜ。
「あ、この御礼の手紙アンドレイに持って行って。ついでに一息ついておいでよ〜」
「…。では、ついでにお茶でも淹れて参ります。茶葉にリクエストはありますか?」
「…………ローズマリー…」
「またピンポイントで…。わかりました」
ローズマリーティー。
お嬢様もお勉強の時などに好まれて飲まれているお茶だ。
ストレス軽減、集中力や記憶力の向上に効果があると言われている。
…今日寮に帰ったら茶葉ブレンドして明日持ってくるか…。
「レオハール様!」
と、ノブに手をかけた俺だが余りにも大声で衛兵が入ってきてぶつかると思った。
謝られたが、衛兵の焦った表情にただ事ではない何かを感じる。
レオも、驚いて立ち上がった。
「どうかした〜?」
「マ、マ、マ、マリアンヌ姫が文官の執務室に!」
「どういう事!」
衛兵を落ち着かせるためにゆるやかに問い掛けたのだろうが、まるで意味を成さない。
槍を持って歩く衛兵が半泣きで王子を呼びにくるという奇怪な光景だが、その口から出た名前に大体理解した。
そしてレオが頭を抱えつつ、それでも笑顔を崩す事なく「おっけー、今行くよ〜」と言い放つ。
「ごめん、ヴィンセント…少し外すよ」
「ご一緒します」
「あ、ダメ、危ない」
「どういうことですか」
危ないの⁉︎
「ここで少し休んでて」
…疲れ果てた笑顔で言われても…。
とにかく出て行くレオと衛兵。
部屋で待てと言われたようなものだが、やはり放っておけな…。
「お兄様はどこ⁉︎」
「げ。…あ、ああ、マリーここだよー」
今「げ」って言った。
「3時になったのにどうして部屋に来ないの⁉︎」
「へ?」
「へ? じゃ、ないわ! お茶の時間よ! どうしてマリーの部屋に来ないのよ!」
「……マリー、昨日お仕事が忙しいから明日から行けないよって言っ…」
「そんなの役人に任せればいいって言ったじゃない! なんでお兄様が役人の仕事をやるのよ!」
「マリーの仕事もだよ。マリーが陛下に頼まれたお仕事、マリーやってくれないじゃないか。だからみんな困って…」
「だからそんなの役人にやらせればいいじゃない! 何のために役人がいると思ってるの! 仕事するためでしょ⁉︎」
「うん、でも王族には王族にしか出来ない仕事が…」
「いい加減にして! 口答えなんて生意気! お兄様はマリーの言うことだけ聞いていればいいの‼︎ 何回言ったらわかるのよ!」
…………そ…………壮絶……。
「…………。マリー、この間幾つになったの? 14歳になったんだろう? 未来の女王が仕事を蔑ろにしてはいけないよ。陛下だって執務は毎日されているじゃないか」
「それがお兄様がマリーをないがしろにしていい理由にはならないでしょ‼︎」
「ん…んー…」
レオ、そこは言いくるめられるところじゃない!
「でもあれは本当はマリーの仕事…」
「だからそんなの役人にやらせればいいの! お兄様はマリーとお茶なの!」
「お役人には任せられない、大事なお仕事なんだよ」
「だったら宰相にやらせたらいいわ!」
「宰相も忙しいんだよ」
「そんなの知らないわよ!」
「いや、ダメだよ、そんなこと言っては…女王になるんだから家臣のことをちゃんと労って…」
「労ってるわよ!」
どの辺が⁉︎
…なんだなんだと見にきた野次馬役人たちの顔がものすごく歪んだぞ。
絶対今俺と同じこと心の中で突っ込んでたぞ。
「もう、うるさい! お兄様はマリーとお茶するの! 3時だからお茶の時間なの! お兄様は口答えしちゃダメ! いい加減にしてよー! 早くマリーとお部屋でお茶‼︎ ずっと我慢したじゃない! そんなにお仕事が忙しいのなら、役人を増やせば良いの! だからお兄様はマリーとお茶! 早く!」
「…………」
…ついにワンワンと泣き始めたマリアンヌ。
え、えええぇ…嘘だろ〜…?
泣きながらレオの腕やら胸やらをとにかくポカポカ殴り続ける。
だ、駄々っ子…。
「………うん、分かった、じゃあペンをしまってくるから10秒待ってて」
具体的…。
「…ふん! 最初からそう言えばいいのよ!」
な、涙が消えた…?
え、う、嘘泣き?
こ、こわ…⁉︎
「ヴィンセント、30分経って戻らなかったらあの木箱の中の書類をマリーの部屋に持って来させて」
「え?」
「さすがにやらないとまずいヤツなんだ…」
「かしこまりました…」
本当にインクを拭き取ったペンを箱にしまい、部屋から出て行く。
マリアンヌ姫がそんなレオの腕を捕まえ、いかにも「もう逃さない」とばかりに部屋へと連行していった。
ざわざわとしていた役人や衛兵たちの人垣。
「またか…」
「…ああ、レオハール様…」
「陛下は本気であの姫を次期女王に据えるおつもりなのか」
「いや、どう考えても無理だろう。きっと戦争が終わればレオハール様に王位をお与えになるさ」
「そうだよな…流石にあれはないよな」
「だがもし戦争でレオハール様が戦死されたらどうする?」
「この国は終わりだな」
え、ええ〜〜…⁉︎
お役人の皆さんが滅亡認定ーーー⁉︎
「君、そういえば見ない顔だな?」
「!」
声を掛けてきたのは半泣きで飛び込んできた衛兵さん。
ああ、そういえば挨拶回りはしてないな。
「レオハール様には学園で親しくさせていただいております。お忙しいとのことでしたので、お手伝いに」
「そうだったのか、アミューリアの…。驚いただろう」
「は、はい…お噂はかねがね…、…しかし、やはり実物は違いますね…迫力というか…なんというか」
「今日はまだマシな方だよ」
と、別な衛兵が話に混ざってきた。
…今マシって言った?
「ま、マシなんですか、あれ」
「ああ、マシだな。酷いと誰かがクビになる」
「ク、クビ⁉︎」
「レオハール様を庇おうとすると、クビになるんだよ。少なくとも城では働けなくなる。この間なんか5人も侍女が辞めさせられたよな」
「ああ、レオハール様に色目を使ったとかなんとか言って…」
「え、それは…人手が足りなくなるのでは…?」
「足りないよ。すごく足りない」
「ああ、めっちゃ足りない」
…………衛兵たちの笑顔がレオハールと同じ絶望感に打ちひしがれてるアレだ…!
「そう! 足りてないんだよ!」
「⁉︎」
また会話に入り込んできたのは眼鏡の文官さん。
た、足りてないのは何となくわかるけど…!
「因みにアミューリアからもう少し手伝いとかって来るのかい⁉︎ 生徒会の子とか…」
「騎士志望の子とか!」
「え、今のところ私だけですが…」
「そ、そうかぁ」
「だよな…まだ無理だよな…」
「四年生の子たちに来てもらうことは出来ないかな?」
「…き、聞いてみませんと何とも…」
「もし来られる子がいるなら頼むよ」
「研修的な感じで」
「ときに君は事務とかできる? 書類の整理だけでも…!」
「なんだ? その子」
「アミューリアからの手伝いらしいぞ」
「なに? なにを専攻してる子だ?」
「君、お茶淹れできる? うちの手伝いとか興味ない?」
「おい、ずるいぞ経理課! こっちもこの間メイドが8人辞めさせられて困ってるんだ!」
「馬鹿、まずは実務が出来るかどうかだろう?」
「アミューリアの子なら剣は使えるんじゃないか? どうだ、騎士団の方にも人が足りなくて…」
ちょ、待っ…な、なんだ⁉︎
ひ、人が増え…!
「ヴィンセントくん!」
「ヒェ…⁉︎ …え、ディリエアス公爵…⁉︎」
俺の名前知ってたの⁉︎
というかどこから⁉︎
いや、騎士団総帥が城にいるのは変じゃないけど!
「殿下が手伝いに君を呼んだと聞いてね! ん? なんだこの人だかりは? さっさと仕事に戻らないか!」
さーー…と「そうだった」とばかりに走って持ち場に帰っていく役人や衛兵たち。
…た、助かった…。
「…息子は元気かな…?」
「え、あ、はい、まあ…お元気そうでしたよ?」
「そ、そうか…。夏の休みは帰って来ると言っていたか?」
「そう伺っています、けど…」
「ローナ嬢とは、どうだろう? 相変わらずだろうか…? け、喧嘩などは…いや、私が聞くことではないのか? うう、いや、しかし…」
「ええと…すみません…。私も仕事に戻ってもいいでしょうか…?」
お城、めんどくせぇ…。
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