エディンと俺【後編】
翌日。
合間を見つけて弓技場に行ってみた。
弓技場だけでなく、剣技などの練習施設も基本24時間自由に使える。
しかしやはり剣に比べて弓矢は人気がない。
趣味で狩りをする貴族ですら、弓矢などは嗜む程度。
騎士団でも剣の方が華やかだとされ、騎士志望者は大体剣の腕を磨くのだ。
で、今日も剣技の授業にエディンは居なかったわけで…。
「むぅ」
小気味良い矢の飛ぶ音。
当たる音。
うーん、懐かしいな〜、この音。
俺実は高校の時弓道部だったんだよ。
帰宅気味だったけど。
だから弓技もそこそこいい成績だったのである。
なんて、今自慢しても仕方ないんだが…。
弓技場の一角、1人エディンが変な顔をして佇んでいる。
…マジでいるし…。
昨日エディンルートを確認しなけりゃ絶対こんな所にいるとか気づかなかったわ。
「…なんで軌道がずれるんだ…? …やっぱ向いてないのか…でも…」
ブツクサとでかい独り言だな。
「…………」
「…………」
あ、やばい目が合った。
「うああああ! な、なんで貴様がここにいる⁉︎」
「嘲笑いに」
「帰れ!」
「嘘ですよ」
こいつの様子を見に来た、と素直にいうのも癪だ。
練習用に用意された弓を手に取る。
和弓とは違い、多分海外の洋弓の部類。
多少違いはあるが矢を遠くの的に当てるのは同じだ、応用は利く。
「たまに体を動かさないと鈍ってしまいますから」
「っ、ならば剣技場で体を動かせばいいだろう。なぜ弓技場に…」
「おや、賎しい使用人の身分で貴族の方々に人気の剣技場など使えませんよ。そちらこそ、どうして弓技場に?」
「ぐっ」
位置を確かめ、指を掛ける。
和弓の要領でも意外となんとかなるのが救いだ。
若干サボり気味だったおかげで和弓の癖がついていなかったのが幸いしたのだろう。
放った矢は真っ直ぐに飛び、的の真ん中を射る。
「な…なんで…」
「エディン様は姿勢が悪いんですよ。肩が斜めで、弓の角度も上向き。極め付けは片目を閉じている」
「う…」
二投目も的の真ん中に突き刺さる。
ふむ、意外と調子がいい…。
ただ単に“ヴィンセント”の身体能力に助けられているのかもだが。
「誰かに習いましたか? 弓技」
「…………き、基礎くらいなら…」
まあ、普通の貴族はそうだよな。
入学時の実力テストの科目になっているのに、俺とレオハール以外だとライナスくらいしかまともに弓矢を扱えていなかった。
騎士志望の者でさえそうなのだ。
「公爵様に弓矢などより剣の腕を磨くよう言われていたのですか」
「な、何故それを…」
「まあ、一般的にそうかな、と」
「…………」
すっかりヘソを曲げたような顔。
………エディンと公爵の仲が微妙な理由の一つがコレっぽい。
貴族あるある…いや、父子あるあるなのかもしれないな…。
うちも親父は俺と兄貴を野球選手にさせたがってたし…ああいうのウザいんだよな。
「…お教えしましょうか?」
「…え」
「経験はあるので。…良いではないですか、弓の得意な騎士を目指されれば。アミューリア学園は来世に知識と技術を引き継ぐために己を磨く場所なのでしょう。剣も弓も得意な騎士になればよろしいのでは?」
「…………」
カッ!
うむ、好調。
的の真ん中に当たるとこう、スカッとする。
………………………………。
なあ、俺今ゲームのメインストーリーでヒロインとレオハールが言うセリフ言っちゃわなかったか?
弓技って放つ瞬間めっちゃ集中するから自分でも割と適当なこと言ってた気がするんだけどさー⁉︎
昨日、救済ノートでネタバレ見たからついうっかりゲームのメインストーリーのシーン再現しちゃった気がするんですけど大丈夫かコレ⁉︎
い、いや、俺は教えるって言っただけで弓士に転身しろとは言ってないし、きっとセーフ…!
「………貴様は本当に生意気な使用人だな…」
「あ?」
「…仕方ないから教わってやる! ローナとの婚約解消と引き換えにな!」
「生徒会権利と引き換えた覚えがございますが?」
「う…と、とにかく…弓も剣も得意な騎士というのは気に入った。だから、教わってやる!」
「…………。エディン様の教わる姿勢で厳しさが変わりますが、今のままで宜しいのですか?」
「⁉︎」
「いいんだなクズ野郎…血反吐吐くほど思い知らせてやるぞコラァ…⁉︎」
「あ…い、いや…その……お、教えてください…」
「声が小せぇなぁ…?」
「教えてくださいよろしくお願いします」
…………まあ、いいだろう。
正直俺だって齧った程度だ。
偉そうに教えるとは言ったがそこまで専門的なことは教えられないと思う。
本格的に教えるならこっちも本気で覚えないと。
「じゃあまずはーーー」
でも、基本はこいつよりましだ。
だからまずは基礎、基本から。
俺の知っている事は、教えてやろうじゃないか。
********
「…………鬼かお前…」
「いやむしろこの程度で根をあげるとは思わなかった」
「く、鬼畜執事め…!」
暴言執事の次は鬼畜執事かよ。
まあ、別にいいけど。
姿勢が悪くて手足腰がガクガクになっているエディンの横で、懐中時計を取り出す。
思ったよりも熱中してしまった。
こんなにこいつと一緒にいるつもりなかったのに。
「さて、俺は寮に戻りますけどエディン様はどうされますか」
「………もう少し、やってから帰る…」
「…………」
え、意外。
ガクガクのくせに…。
「……的に矢が当たると気持ちいいんだな…」
「…………ああ…そうですね」
ごろりと仰向けに倒れて、呟くエディン。
最後の方は的にちゃんと当たるようになったからな。
もう少し練習すれば、真ん中を射られるようにもなるだろう。
「剣は全然楽しくないんだ。剣が手のひらに馴染んでいて、剣を持っている間は俺じゃないみたいになる。つまんないんだ…」
…前世の記憶。
『記憶継承』が今生の人格にも影響したのがスティーブン様。
だが技術が馴染み過ぎてて成長の楽しさを感じないと、新しい人生の楽しみも奪う。
…そうか、エディンが日々退屈そうだったのは『記憶継承』による一種の弊害か。
「弓技がこんなに面白いなんて…」
なんとも言えない、満ち足りた笑顔。
なんか、こいつの笑顔とか初めて見た気がする。
そんな関係でもなかったし、仲良くする気もないけど……やっぱり乙女ゲーのメイン攻略キャラ…顔は整ってるからイケメンだな、見た目は!
「…………。一ついいか」
「はい?」
「俺がローナと婚約を解消する事、レオは何も言ってこないのか?」
「……? …言葉がおかしくありません?」
「俺に何も言ってこないから、お前に何か言ったかと思ったんだ。…俺とローナ・リースの婚約は父と………レオの意向も入っている」
「!」
…確かに。
お嬢様にエディンと婚約を勧めたのはレオ。
だが今のところ俺にこの件でレオから何か言われたことはないな…。
「……あいつは、陛下に戦争勝利の為の道具のように育てられているから…あまり将来のことを考えていないところがある」
「ご存知だったんですか」
「! …貴様も知っていたのか⁉︎」
「俺の魔力適性がレオハール様と同じ『極高』だった時に、聞きました。共に戦ってほしいとも」
「………!」
跳ね起きたエディンのなんとも複雑そうな顔。
まぁな、幼馴染がそんな事になっていて、俺のような使用人風情と密な話をしていたらそんな顔にもなるか…。
「…あいつが戦争で死んだとして、それでも勝利種がエルフや妖精だったら…その時は俺に国を頼むと言っていた」
「ええ…エディン様にですかぁ?」
「そ、そういう言い方はやめろ! …マリー姫のことを考えると、公爵家の者に国を支えてもらわねばならんと思ったんだろう…。それで、ローナのような女を俺に嫁がせれば少しはましになると…」
「それはなんとなくそんな気はしてましたけどね」
そこが難点でもある。
レオは自分が生き延びる世界をあまり考えていない節があるんだ。
まだ15歳の子供が、3年後の未来に対して目を伏せる。
こんなことが許されるか?
少なくとも俺は許せない。
その上、自分の居ない世界の事をきちんと心配し、打てる手は打っておこうという王族らしさ。
王子としての責任のようなものをせめて全うしようと言うかのように…。
そうじゃない、そうじゃないんだ。
この国のほとんど国民はマリアンヌ姫ではなくレオハール王子に国王になってほしい。
俺もそうだ。
レオには国王の才能のようなものがあると思うし、本人もそれが一番国にとって良いと考えている。
…しかし、レオはそれを否定され、自らも兵器…戦争勝利の道具として3年後より先の未来を諦めてしまった。
その矛盾。
国を想うなら王を目指すべき。
国を想うなら戦争に命を賭して勝利すべき。
レオはそれに気付いていて、そしていまだに答えを出せていない。
俺が言葉を尽くしても幼少時代からの洗脳に近い国王からの“期待”が、レオの生きる意志を奪っている。
せめてもう一つ、なにか…レオが未来に希望を抱けるものがあれば変わるかもしれない。
俺はそれがお嬢様ならばと思っている。
だがレオの中でまだその辺りが曖昧なのだろう、お嬢様の事はエディンに任せてしまおうというのが強いようなのだ。
こんな奴に任せたって、お嬢様は幸せになれないのに。
「…でも、それは業腹ですよ。そこにお嬢様の意思はない。お嬢様はお優しいから…それが最善と思えばそうなさるだろうけれど…俺はあの方がなにより大切だ。お前のような男には預けられない。お前が誰よりもお嬢様を深く愛し、生涯大切にするというのなら…それが約束できるのなら…」
いや、やっぱり認めたくねー!
けど、そもそもお嬢様に好きな男がいるかどうかわからん。
もしお嬢様に好いた相手がいるのなら…やはりその人と幸せになって頂きたい。
お嬢様が見初める男なら、こいつみたいな残念系ではないだろうし!
「まあ、そもそも戦争に勝たねばどうなるか分からないのでしょうけど」
「…そうだな…」
いつになくマジトーン。
こいつ、こんなに真剣に考えられたのか。
ある意味レオより適当に生きてるくせに。
…それだけ戦争で負けるという事は…重い、という事か。
「………お前、魔力適性『極高』と言ったな」
「は? ええ」
突然なんだ。
「俺は『高』だった」
「…そうでしたか」
知ってるー。
「…………。…俺も代理戦争に出る」
「は?」
え? いきなりなに言い出してんのこいつ。
代理戦争に出るって、は?
だってお前、ゲームでは『従者』になるの嫌がって逃げ回ってたクチじゃねーか⁉︎
「強くなる。今よりずっと。で、婚約は約束通り解消する」
「ど、どうしたんですか急に…⁉︎」
「……。貴様に弓を習って、俺はまだ成長出来るんだと確信した。俺はあいつに王になって欲しい。だからもっと強くなって、友(レオハール)の隣りに堂々と立ちたい。貴様なんかに譲らん。女に構っている時間も惜しいからな…とっとと婚約は解消する」
「…………」
い、意外だ。
「…エディン、お前…意外と本気でレオと友達やってたんだな…」
「は⁉︎ な、なんだそれ、え、貴様…、何故レオをそんな呼び方…⁉︎」
「え、ああ…俺も普通に友達にさせてもらったので…」
「な、なんだと⁉︎」
なんだ、レオ…お前の幼馴染ちゃんとお前と友達やってくれてるじゃないか。
ちゃんとお前のこと、命がけで考えてくれてるじゃないか。
ーーー小さい頃、母親が毒殺されたのを目の前で見てしまったレオハール。
城から出される食事が恐ろしくて、手をつけられなくなっていったという。
ある日、城に忍び込んできた男の子が1人で庭に座っていたレオハールに声を掛ける。
話しているうちにお腹が鳴ると、男の子はレオハールにパンを差し出した。
野菜の挟まったパン。
サンドイッチだ。
嫌いな野菜をパンに挟んで隠して持ってきた、と男の子は言った。
俺は嫌いな野菜だから、お前食べるか、と。
まだ名前も知らない男の子からのサンドイッチに、レオハールはかぶりつく。
とても、とても美味しかった。
涙が出るほど、安心して食べられた。
「それがエディンと初めて会った時の話。あの日エディンにサンドイッチを貰わなかったら、餓死してたかも」
笑いながらそんな話をしてくれたのを思い出す。
「ふ、ふざけるな! あいつの隣りは譲らんぞ⁉︎」
「は、やってみな」
「〜〜〜!」
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