エディンと俺【前編】



アミューリアへ入学して4ヶ月が過ぎた。

もうすぐ『王誕祭』がある。

『王誕祭』はその名の通り国王バルニールの誕生日を祝う祭りで、国王が変わるとその日付や形式も変わるちょっと珍しい感じのお祭りだ。

一応歴代の王たちは国民に「遊んで楽しんで祝ってね〜」的な感じで続いていたのだが、現王バルニールは騒がしいのも人前に出るのもお嫌いらしく…御即位後は正妻との結婚式とマリアンヌ姫のご生誕お披露目式にしか公的な場に姿を見せていないという。

レオハール曰く「自分の代で戦争に敗北し、また人間族が隷属に堕ちたらと思うとその重責に押し潰されそうなのだろう」とのこと。

そう言われると気持ちがわからないでもないんだが、それで息子に人体実験をして、愛情を注がないのは違うと思う。

なによりそんな父を「可哀相だよね」と庇うレオの姿は…痛々しい。

まるで「うちはお金がないから贅沢できない」と言いつつ、自分は贅沢してる親に気付きつつも気を遣って良い子にしている優しい子供じゃないか。




「…………はぁ…」

「…また随分深い溜息ですね…レオハール様」

「…うん、まあ、もうすぐ陛下の誕生日だからね…」


すっかり昼のお弁当を、庭園横の薔薇園で摂るのが日課になったクラス上位6名プラスマーシャ。

お茶を淹れながらいつになく深い溜息を吐くのは王子レオハール。

普段適当にちゃらんぽらんしているのに、妹姫の誕生日の時より表情も溜息も空気も重々しい。

一体どうしたというんだろう。


「陛下のお誕生日になにかあるのですか?」

「話せば長くなるんだけど…」

「え、あ、はい…」


ごくり…。


「ここ数年、何故か僕が陛下の代理でありとあらゆる誕生日関連の仕事を行わなければいけないんだよ…」

「…………。それは……もう少し詳しく伺っても良いですか? 何故そんなことに?」

「陛下がもうすぐ戦争だからそれどころではないとますます引き籠もられて、次期女王のはずのマリーは面倒臭がって僕に丸投げしてくるからだよ…。王誕祭は国の行事…マリーの誕生日の時とは規模も訳も違うからね…半年ほど前から準備はしていたんだけど大詰めなんだよ」

「成る程」


ブラック企業の中間管理職みたいになってるな…。


「というわけで来週から王誕祭が終わるまで僕は休みます」

「ガチじゃないですか」

「レオ様…さすがに今年はマリー様にもお手伝いして頂いた方が良いのではないでしょうか? マリー様も14歳になられたのですし…」

「もう言った。もう断られた。そして既に何件か仕事が回ってきている…」

「あう…」


や、闇が…!

王家の闇が!


「…………。レオハール様、もし宜しければ、その間ヴィニーを従者になさってはいかがでしょうか」

「はい?」

「ええ?」


え? お嬢様今なんと⁉︎


「ご存知の通り非常に優秀ですから、お力になると思いますわ」

「え、あー…、それは…まあ、知ってるし…そうしてくれたら多分、かなり助かる気はするけれど………でも君の執事だろう? ローナ…」

「本来なら公爵家子息のお2人の方が相応しいとは思いますが…」

「ぶぐっ」

「ンググッ!」


…因みにお嬢様が横目で見た公爵家子息2人はサンドイッチを口いっぱいに頬張って夏休み前の学力テストの勉強をしている。

なぜか?

普通にこいつらは座学の点数が足りないからだ。

入学時に行われたテストと、休み前のテストは別物!

なにしろ半年間で習ったことの集大成だからな。

脳筋とサボリ魔はツケが回ってきたのだ。


「………エディンが真面目に勉強しているだけですごいよね」

「はい」

「やかましいっ!」

「めっちゃ頑張って下さいエディン様。お嬢様との婚約解消のために!」

「もっとやかましい!」


全く…お嬢様と婚約を解消すると約束してもう3ヶ月だぞ。

いつになったら解消されるんだ!

お前との婚約がお嬢様の破滅エンドに直結しているんだから、とっとと解消しやがれ!

…と、言ってやりたいのは山々だが、お嬢様と婚約解消の件をエディンの“あのご両親”にするのは確かに心配ではあるんだよな…。

なにしろ早い者で入学と同時に結婚している。

そんな中、公爵家子息のエディンが今更フリーになるというのは…公爵家の面子的にもノイローゼ気味の奥方にも相当なショックになりそうで…。

なのでエディンは手紙ではなく、夏の一週間ほどの休みで実家に帰った際、両親にお嬢様と婚約解消話をするつもりのようだ。

まあ、元々そんなに親しくないし、エディンも嫌がっていた婚約なのできちんと話せばスムーズに解消される事だろう…多分。


「ヴィニー、貴方も構わないわよね?」

「はい? あ、はい…まあ…お嬢様がそう仰るなら…」


ああ、レオの仕事が終わるまでレオの従者になる話か。

学園を卒業するまでは執事見習いね、とローエンスさんに言われているし、従者くらいなら別に出来なくはない…と思うがレオは王子だしな…。

俺の能力が王子の仕事のサポートにどれだけ対応出来るだろう?


「それじゃあ本当にお願いしてもいいかい? ……その……色々…主にマリーの事は驚くことも多いと思うけど…」

「ご安心ください、やるからには完璧にやらせていただきます」

「わあ、こんなに心強いの初めてかも〜…」


泣くほどか。


「良かったですね、レオ様! …本当なら宰相の息子である私もお手伝い出来ればいいのですが…」

「スティーブは生徒会の方を頼むよ。ヴィンセントもよく手伝ってくれているから、2人抜けてしまうようなものだろう?」


…うん、それはそうだが俺はスティーブン様に“息子”の意識があることにちょっと…結構驚いた。


「…それに座学がピンチの人もいるし…」

「エディン様、上から5番目…数式が間違っています」

「うっ」


お嬢様、そんな奴に助言する必要ありませんよ!

…というか、まさか勉強を教えていていつの間にか親しくなる学園ラブコメ風な展開になるのでは…まさか⁉︎


「スティーブン様、一つお願いが」

「え? ヴィンセントが私に? はい、なんでしょう?」

「私がレオハール様と休んでいる間、あのクズ野郎がお嬢様に手を出さないように見張っていて欲しいのです。…本当ならそうなる前に始末してやりたいところなのですが…」


エディンはレオの命の恩人らしいし…。


「お嬢様との婚約解消をすると言っていたので命だけは助けてやろうかと」

「まあ…そんな、気にすることないのでは? 殺っちゃえばいいのに…」

「き、聞こえてるぞスティーブ!」


…スティーブン様、マジでエディンに容赦なくなったな…。








********




さて、久しぶりに日記だけでなく救済ノートを確認しておくか。

見返す事でヒントが得られるかもしれないと書き始めた訳だし、定期的に確認するのは大事だよな。

というわけで二冊のノートを開く。


「うーむ…」


結構膨大になってきたな。

そして、俺のせいなのか、ゲームと違うところがかなり出てきた。

その主だったものとしてはダントツでスティーブン様だが…スティーブンルートはお嬢様の破滅エンドとはなんら関係がないんだよな〜。

悪役、ライバル役が設定されているのはメイン攻略対象の4人だけなのだ。

何故なら敵4カ国の攻略対象たちはそもそも難易度が高い。

そして追加攻略対象はゲームをクリアしていかねばルートが出現しない。

1周目から『従者』となるメイン攻略対象の難易度を上げる為に、マリアンヌ、お嬢様、マーシャがあてがわれているんだろう。

迷惑な話だよな…。

まあ…『フィリシティ・カラー』のテーマが障害のある恋だからなのだろうが…俺にまで障害出てるわ。

けど、ゲームと違うところが増えてるって事は、ゲーム通りになる可能性はないって事だよな。

だってなにか振り切ってしまったスティーブン様が今更前のようにオドオドビクビクに戻るとは考えづらい。

となると…エディンが戦巫女の召喚前にお嬢様と婚約解消をするのだって夢じゃないはずだ。

事実解消の方向で話は進んでいる。

よし、この方向で頑張ろう。


「…ん?」


閉じようかと思った救済ノート。

だが、ふと…一つ気になったことを思い出した。

エディンと言えば…剣技の授業をよくサボるのだ。

ゲーム内で剣技のイメージがなく、パラメーターも剣技より弓技の方がやや高かったような…。

なんだっけ、メインストーリーの中でなんかイベントっぽいものがあった気がするんだよなぁ〜!

メインストーリー…メインストーリー…あ、あったあった。


「えーと…『好きと得意』イベント」


多分これだ。

学園に編入し、先輩である従者候補のエディンとレオハールに会いに行く戦巫女。

その時にたまたま、エディンが弓技場で弓の練習をしているのを見かける。

これまで剣技中心だったエディンが、実は弓技の方が好きなのだと語られて後から合流したレオハールとともに「それならエディンには弓技を鍛えてもらいたい」と頼むイベント。

前世、凄腕の剣士だったエディンは剣は得意だがやるのが好きなのは弓技だった、という話か。

あー、成る程、それで戦争の時にエディンは弓矢で戦ってたんだな。

納得納得…。

…………。

ついでにエディンルートも見ておくか?


えーと、召喚、学園編入はケリーやヴィンセントと同じ。

つーかここはレオハールルートも同じ。

ただし、先輩であるエディンとレオハールは同級生のケリー、ヴィンセントとはかなり違う。

女好きのエディンは巫女にも積極的に会いに来るが、気紛れで他に気になる女子がいるとふらふらとそっちへ遊びに行く。

従者候補であるエディンに「従者になってほしい」と健気に頼み続けるが、その度に思わせぶりなことを言ったりしたり、挙句「愛人になるならいい」などと言い出す。

マジクズ。

あまりにも適当にあしらわれる日々に嫌気がさした巫女は、ついにエディンに「私と勝負して私が勝ったら従者になってください!」と言い出す。

…なんか俺やケリーのルートより巫女がたくましい…。

素人女に負けるはずがないとたかを括っていたエディンは、剣技で敗北。超ダサい。

負けたショックで努力家にジョブチェンジしたエディン。

ただ、メインストーリーと同じく弓技場で弓の練習をしているエディンのイベントはエディンルートだと恋愛イベントになっている。

剣技は得意だが好きじゃない。

弓技は苦手だが、やるのが楽しい。

だが、騎士総帥の息子として、いずれ騎士団を率いる者として、苦手な弓技をやることに意味があるのか…。

そう零したエディンに巫女が「好きな事を諦める必要なんてない」とアドバイスする。

…うん、なんか本当に俺やケリーのルートより巫女がたくましいんだけど…どういうこと。

今までずっと悩んでいた事を応援してくれた巫女に惹かれていくエディンは、すっかり心を入れ替えて従者として実力を磨いていく。

そして始まる戦争。

想いを重ねる2人は強い絆の力で魔宝石の力を引き出し、戦争を勝利に導く。

だが勝っても巫女は元の世界に帰れない。

婚約者が自殺したエディンは正式に巫女へとプロポーズ。

結婚して、幸せに暮らしましたとさ。


「解せぬ…」


お嬢様の自殺の扱いが雑過ぎる。

まるでもう用済み、的な扱いではないか!

誰だこんなストーリー考えたやつ!

そりゃ、エディンが長年悩んでいた事に巫女が助言して色々さっぱりするのはいい事だと思うけどな!

お嬢様のことがなければ年甲斐もなく「青春だ! 青春っていいな…!」って感動しそうになるけど!

というか、最後の最後にお嬢様が自殺してフリーになって巫女にプロポーズって!

こ ん な 結 末 許 せ る か ぁぁぁ‼︎‼︎‼︎

それなら別にお嬢様が婚約者でいる必要ないじゃん!

お嬢様が死ぬ必要ないじゃんんんん!



「絶っ対、覆してやる…!」



よーし、気合い入り直しましたー!



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