ミケーレ降臨【3】
「…………脱ぐ、とは」
落ち着け俺。
きちんと説明は最後まで聞こう。
感情のまま暴力に訴えるのは良くない。
子供じゃないんだから。
「は、はぁはぁ、そ、それは、勿論…体のどこの部分が魔力を多く放出できるのか、そもそもどこに蓄積されるものなのか、魔力とはどのように体に存在しているのか…血液? それとも別な物質として体内に密集しているのか、それとも循環しているのか? 魔力を溜め込む器官が存在するのか…体質に属性は関わっているのか…調べたいことがたくさんあるーーーほぶふっ!」
これは正当防衛だ。
殴った俺は悪くない。
顔が良いからって何しても許されると思ったら大間違いだぞこの変態野郎…!
「では、ここにサインを」
「はーい…」
部屋にあった紙に『私は魔力属性を調べる以外の検査、実験を行わないことを誓います』という誓約書を書かせ、サインさせる。
これで一応確約は取れたな。
チッ! 余計な手間とらせやがってこの変態教師め。
「確かに」
「じゃ、じゃあ早速実験を! 服を脱いでベッドに横たわって!」
「…………」
もう一発殴ったろか。
はぁはぁと息荒くて気持ち悪い。
「ちなみに服を脱ぐ意味は」
「も、もちろん魔力が体のどの辺りにあるものなのかを…」
「属性を調べることとは無関係なんですね。お断りします」
「待って。理由はもう一つ! この細長い部分を背中に刺して血と魔力を調べーー」
「殴るぞ」
「殴っても良いから調べさせてくれ!」
…………。
しばらくお待ちください。
「…………まさか本当に教師を二度も殴る生徒がいるとは……いたい…」
「誓約書に「違反を感じた場合鉄拳制裁されても文句は言いません」と書いてあります」
「うう…だからって本当に実行する?」
「身の危険を感じましたので」
俺もまさか誓約書を書いておいて即違反してくるとは思わなかったよ。
「キミが本気なのは分かったよ…はぁ、仕方ない…今日は魔力属性の実験だけにするよ…」
「最初からそうしろよ」
「では服を脱いでベッドに横たわっ」
「あ?」
「…上着だけ脱いでベッドに座ってください」
「ちなみに上着を脱ぐ意味は?」
「両腕と胸、お腹と背中それぞれに『魔力属性しらべーる3号』の先端を押し当てて、玉の部分の色で属性を調べるからだよ。まだ試作品の域を出ないから、一応体の場所ごとでデータを取るんだ。本当なら腰や股間、太腿と足の先などからもデータを採取したいんだけど…」
「試作品って言えばさせてもらえるとでも思ってんのか。腕だけでなんとかしろ」
「…ついに敬語をやめたね…」
「不審者に敬語って必要か?」
とりあえず身体中舐め回されるように見られるのも調べられるのもごめんだ。
上着だけ脱いで、両腕をまくる。
魔力属性を調べる機材はガラス素材のようだが、やはり形はけん玉状。
その持ち手部分を腕に押し当てて、玉に色が出るのでそれで属性を調べるんだそうだ。
どうせ俺は水属性のはずだから…。
「はあ…はぁ…」
「………………」
「も、もう少し腕をまくらせて…」
「いやキモいキモいキモい! 触るな!」
「そう言わずに! 優しくするから! はぁはぁ、素敵な腹筋だね…そのおへその部分にしらべーる3号を当てたらどんな色になるんだろう…⁉︎」
「うわあああっ! 捲るな! 迫ってくるな! ち、近い近い近い‼︎」
ズボンからワイシャツを引っ張り出して、グイグイ近づいてくる変態教師。
ベッドの縁に座っていたせいであっという間に押し倒される。
ま、待て…絵面がヤバすぎる。
奴の手にあるのは魔力属性を調べるガラス製のけん玉状の機材。
え? 機材だよな?
口にするのもおぞましいモノに見えてきたけど俺の気のせい⁉︎
「おーい、ヴィンセント〜、ミケーレ〜、待ちくたびれたよ〜。…どこ〜?」
…………は?
「〜〜っ!」
ヤバ、いや、忘れてたわけじゃないが!
レオハール!
さっきの部屋に入られるのもまずいが、今のこの状況を見られるのも非常にまずい!
ええい! こうなったら!
「…物音はするんだけど……あれ、この部屋も室主がミケーレになってる…。こっちの部屋だったのかな…? おーい、2人とも居る〜? 開けても良い〜?」
「だ、大丈夫ですよ」
「! 失礼しま〜す。あれ?」
ふぅ。
「…ミケーレ、具合でも悪いのかい?」
「その様ですね、急に“倒れられたので”」
とりあえず手刀で変態教師には寝て頂いた。
その前に“少々”手荒く引っぺがしたが、急いでいたし自業自得という事で。
ベッドに寝かせてシーツを被せ、ついでに入り口に背を向ける様に寝かせたからレオハールには俺が顔面を重点的にぶん殴ったとは知られまい。
…制服に乱れも…うん、ないな。
これならバレないだろう…。
「それより、待っていてくださいって言ったじゃないですか」
「だってもう授業が終わるよ?」
「おや、もうそんな時間でしたか…」
「ミケーレの体調が悪いのでは、実験っていうのは無理なのかな? あ、でもその前に保健医を呼んできてあげた方がいいよね?」
「あはは、そんな慈悲はいりませんよ」
「…ヴィンセント、なんかミケーレにはエディン並に厳しくない?」
因みに、この間ずっとレオハールは部屋に入ろうとする。
俺はそれを体を左右に動かし阻む。
…はあ…散々幼少期から『記憶継承』の実験に付き合わされてきたというのに、それと同類のような変態野郎をこんなに心配するなんて……こいつは天使か何かか?
「ちゃんと俺が診ました。こう見えて多少ですが医学は齧っておりますのでご心配なく」
「…そういえばヴィンセントは泳いだり、水難救助の知識もあったよね…。あれには驚いたよ…! どこで学んだの? この国では泳いだり出来るのはヌエール湖の側の住人だけだと聞いていたから…」
「え…あー…ど、どこでしょうね…? ぜ、前世だった気はします、よ?」
「へぇ〜」
う、嘘は言っていない。
ウェンディール王国は海に面していないので、ヌエール湖というサウス区にあるこの国一番の湖や大きめの川くらいでしか魚が取れない。
そして、その付近でしか『泳ぐ』という行為は行わないという。
後からお嬢様やライナス様に聞いて…ちょっと困った。
なにしろ前世はライフセーバーの免許を取る程度には泳ぐの得意だったので。
「…でも、一応保健医には報告しておいてあげてもいい?」
「はあ? 天使かよ…」
「へ?」
「あ、いえ、なんでもないです。そうですね、そうしましょう」
はい、回れ右。
退出し、扉を閉めてレオハールの背中を押しながら研究所を後にする。
ちょっと殴り過ぎた気もするが、こちらには誓約書がある…まあ、なんとかなるだろう。
「結局無駄に時間を過ごした気がするね〜」
「そうですね…」
それには同意する。
ただただ疲れた。
「でも、こんな風に友人と授業をサボるのもいい経験かもしれないな。エディンはあれで意外と真面目だから…僕に一緒にサボろうって言わないし」
「ん、ンンン…なにやら語弊を感じます」
「あ、そうだ、あのねヴィンセント…2人だけの時は敬語をやめてほしいな? …も、もう少し友人っぽくしたいんだ…。…だめ?」
……天使か?
なんだろう、この眩さ。
ご、後光?
後光が見えるぞ?
浄化の光か?
そういえばレオハールの魔力属性は光と火…。
荒んだ心が癒される…!
「………分かった」
「やったぁ。それじゃあ2人きりの時は僕もローナみたいにヴィニーって呼んでもいい?」
「どうぞご自由に」
「じゃあ、ヴィニーも僕のことレオって呼んでね?」
「はい」
「あれ? 敬語だよ?」
「ンン、これは敬語ではなく尊びによる屈服ですね」
「…………?」
なんだろう、両手を合わせて祈りたくなるほどレオハールが天使に見える。
俺は自分が思っていた以上に精神を削られていたのだろう。
………なにしろ、今後はあの変態教師からお嬢様は元よりレオハールも守らねばならない。
無論、己の貞操も。
そう考えると、やっぱりこの無垢な笑顔が果てしなく…………尊い!
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