お嬢様と婚約者(仮)【後編】



数日後の金曜日、夜。

本日はお嬢様が人生初のお茶会に参加された日である。

お夕食を終わらせて、食後のお茶を淹れるローエンスさんにくっついて本宅のリビングに初めて足を踏み入れた俺は頭を抱えたミケイル伯爵に嫌な予感を覚えた。


「…ローナ、確かにそれはエディンくんが無礼だったと思うけどね…」

「わたくしは謝るつもりはございませんわ。本日の茶会は王子殿下の誕生日を祝うものでしたのよ。そんな場であのような…! 非常識ですわ」


…………珍しくお嬢様がガチギレだ。

表情は相変わらず無表情だけど。

口調があんなに強くなっているお嬢様なんて初めて見たかも。

なんだなんだ?

なにがあったんだ?

ああ、突っ込んで聞くことの出来ない執事見習いの俺…。


「ほほほ。ローナお嬢様も奥様に似てお転婆なところがおありですからね」

「笑い事じゃないよローエンス…」

「そうですわね。ディリエアス公爵はあなたのことを目の敵のように思ってらっしゃる節がありますもの…。明日、きっと何か言われますわね」


ぐったりした旦那様に、困り顔の奥様。

お茶を飲み終えるとお嬢様は立ち上がってリビングを出た。

俺はローエンスさんに断って、お嬢様を追い掛ける。


「お嬢様」

「…エディン・ディリエアスという公爵家の子息が茶会で見目の良い令嬢を侍らせていたのよ」

「へ」

「その中にわたくしも加われと…。…非常識にも程があるわ」

「…そ、それは…それはそうですね」


公爵家…。

貴族の爵位の中では一番高い爵位だ。

そのご子息となると…さぞや甘やかされて高慢ちきに育った奴なんだろうなぁ。

ご令嬢の中でも見目のいい娘を集めて気取っていたらしい、そのエディン公爵家子息をお嬢様は咎めたのか。

お嬢様自身もその輪に加われと言われたそうだが…まあ、お嬢様程の美貌ならそう言われるだろうけど…。


「ぶん殴って差し上げたかったわ」

「耐えたんですね」

「殿下の誕生日なのよ。そのようなことできないわ」


良かった。

良かったな、エディン・ディリエアス。

…ん? エディン・ディリエアス?

これもどこかで見たような聞いたような…?

まあ、それをいうとお嬢様の名前…ローナ・リースというのもどこかで見たような聞いたような…。

なんだ? 引っかかるな。


「レオハール王子は笑ってお許しになっていたけれど…、将来王子を支えるべき地位のご子息があれでは先が思いやられます」

「レオハール、王子」


あれ? その名前も聞き覚えがあるような見覚えのあるような?

…どこかで習ったか?

いや、文字の読み書きは習ったが…。

ならどこかで誰かの噂話でも耳にした?

うーん、もっと昔…そうだ、前世で見たような聞いたような…。


「……………。ごめんなさい」

「え?」

「貴方に愚痴を言ったら頭が冷えたわ。…でも、地位をひけらかし、子供といえど女性を軽んじたあの男を許せなかったのよ。…明日、きちんと公爵様には謝罪に行くわ。お父様に伝えて」

「え⁉︎ お嬢様は何も悪くないではありませんか⁉︎」

「そうではないのよ。…いくら父が伯爵家の中でも一番力を持っていると言っても、軍事の要である騎士団総帥の父上をお持ちのエディン様と敵対して良いことがあるはずもないわ。それでなくとも元々お父様はディリエアス公に敵視されているようだし…」


不仲なのか。

確かにそんな中で子供同士でいざこざを起こすのも…。

納得はいかねーし、誰がどう見てもお嬢様は悪くないが…事を大きくしないためにお嬢様は自分が折れるのか。

謝りたくないやつに頭を下げてでも…。

なんて、なんてご立派なんだ…!

見習え公爵家子息のクズ野郎!


「分かりました、旦那様にはそのようにお伝えいたします。…お偉いです、お嬢様…」

「いいえ。そもそも喧嘩しないように流せば良かったのよね。わたくしもまだまだだわ…」


聞いたか公爵家子息のクズ野郎。

これが10歳児の台詞だぜ?

女子の大人になる速度、パネェな。


「もっと場数を踏まなければダメね…」

「ではお茶会に参加される回数を増やされるんですね」

「そうね…人付き合いってわたくし、苦手なのよ。愛想笑いも上手くできないから…。けれど、リース家の者として苦手なことから逃げ回っているわけにもいかないわよね。お父様にお願いして親戚筋のお茶会には招待して頂けるようにします」

「が、頑張って下さい」


笑うのが苦手なお嬢様。

頰に手を当てて、しみじみと「笑顔ってどうやって作るのかしら」と悩んでおられる。

口角を上げる練習からされてみては…と助言してみるが「これでも毎日やっているのよ」と言われてしまった。

マジか。

これは深刻そうだぜ。





【改ページ】

********




翌日、お嬢様は旦那様と共にディリエアス公爵家へと赴かれた。

俺は屋敷で働く人たちへの挨拶回りを引き続きやりながら、彼等の人となりなどを知るべく会話を積極的に行う。

…執事がこんなにコミュ力いる仕事だとは思わなかったぜ。

だが、前世で海外留学や趣味、海外旅行他興味があるやつは粗方! …の俺のコミュ力は今生で大いに役立った。

異文化交流、素晴らしきかな!

あっという間に大体の人と仲良くなれた、と思う。


あれ。


「ローエンスさん」

「ああ、お帰り。お嬢様たちもお帰りだよ」

「…許していただけたんですかね…」

「まあ、どう考えても非はあちらだからね。公爵家子息とは言えど、王子殿下の誕生日会で他の貴族令嬢を侍らせていたらまずいでしょう。そもそも、王子殿下の誕生茶会は名目上だけの話。本来の目的は殿下の婚約者探しなんだもの」


成る程、この国の王子殿下はお嬢様同様まだ婚約者がいなかったのか。

それで誕生日の茶会と称して婚約者探しを…。

…そんな場で候補の令嬢を侍らせていたらそりゃ怒られる。

ローエンスさんに付いて、本宅へ向かう。

家着に着替えた旦那様とお嬢様は、奥様と共にリビングでローエンスさんが淹れたお茶を飲む。

しかし旦那様の表情ときたら昨日よりも暗い。

お嬢様はーーー相変わらず無表情で読めないが。


「で、如何でしたの?」


お茶を一口飲み終えた奥様が少し心配そうに旦那様へと問いかける。

俺も思わず生唾を飲み込む。

旦那が頭を抱えながら「うん」と一つ頷く。


「ディリエアス公からローナを是非、エディンくんの婚約者にと頭を下げられたよ」

「はいい⁉︎」


…………。

は???


「あんな彼は初めて見たよ。余程ご子息の振る舞いには頭を悩ませていたらしいね。ローナがぴしゃりと叱りつけ、彼が生まれて初めて怒られたことにしょげたのを見てそう思ったんだって。僕たちが到着した時、僕らを訪ねようとしていたと慌てられてしまった」

「…それは…なんと言いますか…。…それで、どうお返事なさったんです?」

「返事はローナに任せたんだけど」

「お断りする理由が特にありません」

「⁉︎」

「⁉︎ お、お受けになったんですか⁉︎」


あ、やべ。

思わず口を挟んじゃった。

だ、だってお嬢様…そんなクズ野郎の婚約者って!


「相手は公爵家です。身分はこちらが下。お父様もディリエアス公との繋がりができます。なにか悪い事がありまして?」

「いや、でもねぇ…」

「…エディン様はなんと言っていたの?」

「絶対に嫌だと駄々をこねておいででしたわ。ですがディリエアス公がお決めになられた事ですもの…あの駄々がどこまで通じるのでしょうね」


…淡々と……えええええ…。

お嬢様、そんな、淡々と…他人事のように…。


「婚約が成立するにしても、白紙になるとしてもローナはいずれ嫁に行くんだよね…」

「何を今更…」


…旦那様、まさかそれで表情暗かったのか?

お嬢様が嫁に行くから。

…うっ、それは…確かに考えると辛い!


「…そうなるとこの家はどうなりますの? お父様」

「え?」

「そうですわ、跡取りがいなくなります! あなた、すぐに養子を探さないと! 公爵家子息が婚約の申し入れをしたとなると瞬く間に噂が広がります! お話が白紙になっても、公爵家が婚約を持ちかけたとなればローナはモテモテですわ!」

「そんな大袈裟な…」

「そ、そうか! …ローエンス、すぐにうちの縁者で身寄りのない子はいないか探してくれ!」

「かしこまりました」


突然慌ただしくなる。

一礼したローエンスさんは空になった茶器を台車に乗せて部屋を出て行く。

あ、俺も出て行かないと。


「…………」


部屋を出る前にお嬢様を盗み見る。

部屋の本棚から一冊の本…マナーの本だ…を取り出して椅子に戻るところ。

マイペースというか…無頓着というか。

自分の事にも興味がないかのような、お嬢様。

いや、もしかしたら…まだ、結婚がどういうものなのか分かってないのかも?

お嬢様、そんな王子の誕生日にも関わらず令嬢を侍らせているような空気も読めない女にだらしないクソガキのところに嫁に行くなんて、本当に意味わかってるのかよ?


俺は、そんなの…。


「…………泣かすか…」

「うん? なに?」

「いえ、なんでもありません」


いずれ会う機会もあるだろう。

もしお嬢様との婚約を了承なんてしてみろクズ野郎。

絶対、泣かす。



ローナお嬢様、10歳。

婚約者(仮)が出来た。



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