第98話 波間より

 海岸漂流物収集家が砂を踏みしめてやってくる。昨夜は風も強く波も高く夜のうちに潮が満ちた。いまはすっかりそれが引いている。こんな日はたくさんの海岸漂流物があるものだ。流木。珍しい貝がら。大ぶりで綺麗な石。魚の骨。椰子の実。釣り具。外国の言葉が記された何かのパッケージ。そして海水と砂に削られたガラスの破片。


 君は浜辺に打ち寄せる波がちょうど届くあたりでちゃぷちゃぷと海水に洗われている。向こうから歩み寄る海岸漂流物収集家を見て君はため息をつく。なんという姿だろう。遙か東の空にぽかりぽかりと浮かぶ雲を真っ赤に染めていままさに日がのぼらんとしている。朝焼けを背に、そのシルエットは幻想的な影絵のようにも見える。気がついてくれるだろうか。ああ。自分に気がついて拾ってくれるだろうか。


 海岸漂流物収集家が歩みを止めて何かを拾う。違う違う。そんなんじゃなくてこっちに来てよ。1日の最初の光を浴びて君は、きらめき始めた波の下で身を揺する。水を通して見る景色はゆがんで見えて、海岸漂流物収集家が突然消えて見えなくなってしまったりもする。見えたかと思うと、その手には美しく角の丸まった大きなガラス片が握られているのが見えたりもする。


 それを見て君は悲しくなる。すっかり悲観する。ああだめだ。あんなに立派なガラス片を手に入れたらもう今日はおしまいにしてしまうに違いない。事実見ていると海岸漂流物収集家は方針を変えたらしく流木を拾い始める。鹿の角のような流木。呪われた生き物の顔のような流木。ずんぐりした仏像のような流木。骨のように白い流木。しかもだんだん遠ざかってしまう。


 その時風が吹き、海岸漂流物収集家の帽子がふわりと舞い上がる。つばの広いその帽子は風に乗ってこちらへ飛んでくる。君は動転する。帽子に隠れて何も見えなくなったからだ。どこへ行った? 見失ってしまった。長い長い距離を越えてはるばるここまでやってきたのに。やっと会えるところまでやってきたのに! でももちろん心配することはない。君の目が見えないのは帽子のせいなのだから。そして間もなく帽子は持ち上がるだろう。帽子を拾い上げると同時に海岸漂流物収集家は君に気づくだろう。


 君を拾い上げたら彼女は彼女の国の言葉で「あら、子犬みたいね」と言い、そして君をペンダントにするために胸ポケットに収めるだろう。


(「海岸漂流物収集家」ordered by delphi-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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