第89話 お誕生日席
お誕生日席という言葉がある。
細長いテーブルで、基本は長辺に沿って座るようにできている場合に生まれる現象だ。短い辺は本当に狭くひとりしか座れず、会議室とかなら議長席とも呼べるが、そうでないごく普通の家庭やお店のテーブルなら、なんとなく仲間はずれな感じがする、そういう席のことだ。
君は遅れて店に入る。みんなはもう集まっていて乾杯もすませて飲み始めている。予定より多く集まったらしくテーブルは早くも満員状態だ。そこでおなじみのフレーズが飛び出す。「ほら。お誕生日席、とっといたから」。君は頬にあいまいな笑みを浮かべそこにすわる。まただ。まただけど、このことをみんなに話そうかどうしようか。
迷っているうちにチャンスを逃して、その話をすることなく飲み会は続く。君はまた、この奇跡的な偶然を誰とも共有することなく、ひとり胸の内に秘めることになる。「まただ」とは言ったものの、君はそもそもお誕生日席に座ることは滅多にない。滅多にないと言うのは不正確だ。正確に言うと年に1回しかない。年に1度きり、誕生日席に座る。そう。君自身の誕生日に。
覚えている限り、この現象は小学校6年生の時に始まって、以来ざっと20年間、毎年毎年正確に繰り返されている。決して他の日ではなく、正確に誕生日の当日に君はお誕生日席に座る。しかもそれはたいてい君の誕生日を知らない人の中での出来事だ。どうしてそんなことが起こるのか。本当は誰かがきっと誕生日を知っていてそうしているんだ。最初はそう思った。けれどもじきにそれは違うことがわかる。その日初めて出会う人たちと同席するときにも、結果的にお誕生日席に座ることになる。無意識のうちに自分でその席を選び取っているのではないかと思ったこともある。例えば遅れて参加したりすることによって。でもそれも違うことがわかる。最初から参加しているときでさえも、座席を調節しているうちにお誕生日席にすわる羽目になる。これが誕生日以外なら決してそんな風にはならないのに、である。
「実は今日誕生日なんだよ」という一言を言っても良さそうなものなのに、なぜかタイミングを逸し、そうなると誰かに「今日、誕生日だったりして」などと言われはしないかと気になって仕方がない。言われたってかまわないはずなのだが、それをそこまで黙っていたことで変な気まずさが生まれそうに思ってしまうのだ。そうなるともう気が気でなくなる。
だから君は自分の誕生日にお誕生日席に座っている時ほどつらい時間はない。
そんなわけで今日も君は困った顔をしてその席に座っている。いったい何だってめでたいはずの誕生日に、こんなつらい思いをして、よりによってお誕生日席なんかに座っていなくてはいけないんだ? 不服に思いながらトイレで用を足していると、小柄な老人が入ってきて横に並ぶ。
「どうじゃ、楽しんどるかね」
「ええ。まあ」
合コンなのだ。お誕生日席のことを除けばまあ楽しくないこともない。
「どうして誕生日だと言わないんじゃ」
「は?」君は思わず老人を見つめる。「どうしてそれを」
「『どうしてそれを』っておめえ」急にべらんめえ調になって老人は答える。「おめえがそうしたいってえから、毎年そうしてやってるんじゃねえか」
「そうしたいって何を?」
「お誕生日席だよ。小学校の5年生の時に学校で誕生日に気づいてもらえなくて、一日中さびしい思いをして、そのことをうち帰ってもお母さんにも言えないで、ほら布団に入ってからべそかいて『来年からはちゃんと気づいてもらえますように』ってお祈りしたんじゃんかよう」
そうだった。5年生の時。忘れてた。確かにそうだ。自分でそう祈ったんだ。しかも誕生日だと気づいてもらうために!
「なんだよ。20年間無駄づかいかよ。こっちだって、おめえ、いつまでもボランティアでやってらんないよ」
「あなたは誰なんです?」
「なあに、神様なんて名乗るほどの者でもないよ」
「神様なんですか?」
「あれ? わかっちゃった?」
「自分で言ったじゃないですか」
「ま、ま、ここはおれの前だからって、そんな、遠慮しなくていいから、楽しくやって」別に遠慮はしていなかったが、神様がそういうなら楽しくやろう。「さあ、とっとと行った行った」
「ありがとうございます」
「いいんだよ」
「じゃあ行ってきます」
「別に初詣に千円くれとか言わないからさ」
「初詣に行って、千円入れます」
「そうかい。すまないねえ」
「じゃあ」
「うん。がんばれ。うん。斜め前のヒトミちゃん、脈あるから」
「あ。マジですか。ありがとうございます」
「いいんだって。そんなしょっちゅうお詣りとか来なくてもいいから」
「月一回はお詣りに行きますよ」
「そうかい。すまないねえ」
こうして君はお誕生日を楽しく過ごすコツを見つけることができる。月一回のお詣りと、初詣の千円。そんなの、投資としては微々たるものだ。
(「お誕生日」ordered by hell“o”boy-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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