第85話 家族ムービー

 父の7回忌を前に改めて物置のがらくたを整理しようという話になって、父が亡くなったのが1999年。以来いままで恐ろしくて手をつけなかった一角に踏み込んだ。いろいろなものが出てきた。古い扇風機、小型のトランジスタラジオ、びっしり錆び付いた懐中電灯、何かの原稿らしきもの、葉書や手紙の束、クッキーの缶の中に放り込まれたカフスボタンやネクタイピンetcetc...


 剽軽で、家族の前でもいつも馬鹿なことを言ったり、ふざけた仕草をしたりして笑わせてくれた父だったが、こうして出てくるものを眺めると意外に几帳面でまじめな人だったことがわかる。亡くなる直前の一時期、病気のためか、不意にふさぎ込んだり、理由も告げずに勝手に夏休みの予定を変更したり、少し言動が奇妙になって、会話がギクシャクしたこともあったが、それを除けば父の思い出はいいものばかりだ。わたしも妹も、父のことが大好きだった。


 「おとうさんクーイズ!」と父は叫び、自分に関するクイズを出す。「今日、おとうさんが打ち合わせに行った会社の最寄りの駅は次のうちどれでしょう。1、築地。2、月島。3、つきゆび。さあどれでしょう」妹もわたしもけらけら笑いながら「3番かなあ!」などという。ばかばかしいけれど、いまとなっては大切な思い出。


 古びたものの中から比較的新しいDVDが出てきたので、びっくりする。盤面にはマジックペンで太々と「2009 屋久島での出来事」と書かれていた。父の筆跡だ。少し奇妙な気がした。父はおよそSFなどには関心がなく、その父が2009年という近未来を扱ったDVDを個人的に所有しているというのが何とも似つかわしくなかった。また旅行といえば温泉旅館限定という感じで、およそ屋久島に関心があるとは思えなかった。


 いったいこのビデオの中に何の映像が収められているのだろう? 意外と「父も男の子だった」というありがちなオチかも知れないが。そう気づいてわたしは、まず自分一人でチェックすることにした。家族の前で父に恥をかかせることもない。それとまあ、もしそういうことだったとしても、だったら一人で見てみたくもあるし、ね。深夜、ヘッドホンをつけて部屋のパソコンのDVDドライブに差し込んだ。


 見てみるとそれは完全に単なる家族旅行だった。タイトルを見ていなければ、本当にただの家庭ムービーにすぎない。いったい誰のうちのDVDを持って来ちゃったのよ!という感じの。でもそこに録画されているのは母の姿であり、そしてビデオを録りながらしゃべる懐かしい父の声と、それから2人の十代の女性たち、よく見ると、いまから3、4年くらい年を取った妹とわたし自身としか思えない女性たちの姿なのだ。


 とても奇妙な体験だった。いまから数年後の、父がまだ生きている我が家の家族旅行。場所はまだ行ったことのない屋久島。どういうこと? 家族ムービーの中の未来の我々は楽しげにホテルの部屋でくつろぎ、高校生くらいになった妹が地元の食べ物を口に運び、母と何か冗談を言って笑い合っている。これはどういうことなの? カメラの後ろで父がもごもごとくだらないことを言い、大学生くらいのわたしがカメラに冷たい目線を送り、父が大きな声で笑う。


 わたしが知らない未来のわたしと、いまはもう亡くなっていないはずの父が、楽しげにからかいあっている様子を見て、わたしはどうしていいのかわからなくなる。もう、そういうことをしたくてもできないのに。それなのにDVDの中の未来のわたしは未来の父と何の悩みもなく楽しげにふるまっている。悔しいような、懐かしいような、羨ましいような、悲しいような、わたしはぼろぼろ涙をこぼしながらそのDVDを見終えた。


 家族旅行の最後に妹の具合が悪くなる。そして唐突に屋久島のムービーは終わり、父が正面を向いて登場する。それは、わたしの知っている父よりずいぶん老けた父だ。そう。ちょうど10歳くらい。その父がカメラに向かって話し始める。外見こそ老けたものの声はそのままだ。内容はだいたいこんな感じだ。妹の病気の原因ははっきりしている。10年前にある場所に出かけ、そこの土で泥遊びをしたことだ。だからいまからそれを止めに行く。そのために何かが大きく変わることになるかも知れないが。


 DVDに残された世界ではわたしたち家族が訪れたことになっている地名は、数年前、産業廃棄物による汚染で騒がれた場所だ。実際には、わたしはその場所のことを知らないし、妹だってその場所を訪れてもいないはずだ。父は、2009年の父は、ひょっとするとこのDVDを携えてタイムトラベルし、1999年に干渉し、妹がその土に触れないようにしたのだろうか。でもそのおかげで1999年の父は死んでしまったということ? するとこのDVDはどういうことになる? どこか他の平行世界のわたしたちの姿なの?


 映像の中で楽しく過ごしている近い未来のわたしたちの姿を、母や妹に見せてあげたくもある。でも妹の気持ちを考えると、これは見せられないな、とも思う。自分を救うために父が死んだのだと自分を責めてしまうだろう。でも父が死ななかったら妹を失うことになるのだ。わたしたちには選びようもない。あるいは2009年が来たら、何かそういう過去に干渉することができるようになるのかもしれないが。その時わたしはどうするだろう?


(「2009 屋久島での出来事」ordered byヨ ウ ス-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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