第79話 待っているから
ゆらめく陽炎の向こうにはただ灼けつく大地が広がるのみだ。動くものの姿とてない。すさまじい熱波が世界を焼き尽くそうとしている。過剰な日光が氾濫する風景に、たった一カ所黒々と落ちる深い影の中おまえはたたずむ。そこにいてさえ大気が顔を焼き、肺腑までもからからにひからびさせようとしている。
おまえは歩き出す。じりじりと照りつける太陽の中へ。一歩一歩踏みしめるたび、灼けた砂から火花が飛び散る。その火花をつかまえおまえは腰に下げた袋にしまう。こうして命を懸けた蒐集の旅が始まる。一足ごとに水分を失い火傷を負い、それでも火花を集めるためおまえは進む。一歩進むにつれ一歩ミイラに近づいていく。命がけの採集行。
幸いミイラになる前におまえは砂漠を抜け出すことができる。田園地帯に差し掛かり、川でたっぷりの水を飲む。けれどおまえはもう元のおまえではなくなっている。燃える砂地を歩き切って火花の採集に成功したというのに、おまえはそれを何のためにしたのかがわからない。集めた火花をどうすればいいのかがわからない。何に使うのか。誰のためにしたのか。どこに届ければいいのか。手がかりはただ一つ。表面が焦げてしまった腰の袋に書かれた手書きの言葉。待っているから。どうぞご無事で。
おまえはその文字を見つめる。誰が書いたのか思い出そうとする。その文字から伝わってくるのは、とてもあたたかなものだ。包み込むようなやわらかなまなざしだ。でもそれ以上は何もわからない。お前は思う。そのまなざしを探し出さなければならないと。生きながらミイラになる危険を冒して燃えさかる砂の平原さえも越えたのだから。
緑豊かな山野をわたり、大きな町を隅々まで歩き、おまえはただ、あのまなざしを探す。人々の目を見つめ、家畜たちの目を見つめ、焚き火の光の届かぬ影からこちらの様子をうかがう目さえも見つめる。やがて森の奥深く分け入り、高い山を乗り越え、おまえは凍てつく土地へと差し掛かる。
こんなところにいるわけもなかろうに。心がそう囁いてもおまえの歩みは止まらない。なぜなら腰であの袋が囁き続けるからだ。待っているから。どうぞご無事で。それが他愛もない流行り歌の一節に過ぎないということを、まだおまえは知らない。いつかそう知った時にも、おまえはまだ歩み続けることができるだろうか。もしそうなったとしてもあのまなざしだけは本物だ。それは既におまえの中にあっておまえを見つめ続ける。
そしておまえは凍りついた海を駆ける。遥かなるあのまなざしに向けて。いまもなお、おまえを呼び続けるあの声に向けて。待っているから。どうぞご無事で。待っているから。どうぞご無事で。
(「凍りついた海を駆ける」ordered by ピコピコ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)
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