第76話 芯があるか

 新しい下宿人が入ってから、どうも話がややこしくて仕方がない。


「どうです空き部屋は。なんとかなりそうですか」

「おかげさまで決まりました」

「そりゃあ良かった。どちらの方?」

「どちらっていうか、空心菜なんですよ」

「誰?」

「誰じゃなくて。空心菜」

「変わった名前の方で」


 正真正銘の空心菜だということがなかなか理解して貰えない。


「名前というか、ええと」

「どんな人?」

「だから人じゃなくて空心菜」

「なにを?」

「空心菜」

「ああ。ははあ。それはまたあの、随分とその古風な感じですな」

「え?」

「やっぱりあのお武家さんか何かで?」

「オブケサン」

「武道の方をたしなんでおられるとか」

「ブドウ?」

「講談師さんだったりして。一龍斎とかいますよね」

「だから名前じゃないんです。ほらあの中が空洞になった」

「ははあ。つまり口から肛門までを結ぶ空洞であるところの消化器官は体内でありながら身体の外でもあると、そういうことですか」

「そういうムズカシイ話じゃなくて、中国野菜の」

「それは何の比喩ですか?」


 なかなか通じない。それだけならまだいいのだけれど、空心菜本人が、いや、本人じゃない空心菜自身がまた変わっている。日中は仕事を探していると触れ込み朝早くからいそいそ出かけていくのだが、夕方まだ早い時間のうちに帰ってきてひとしきりわたしと話し込んでいく。


「いや大家さん、これがなかなか難しいですね。仕事を見つけるというのも」空心菜はやれやれというように葉っぱを広げて下宿のたたきでため息をつく。「だめですかねやっぱり日本人じゃないと」

「日本の方じゃないんですか?」

「当たり前でしょう。中国野菜ですよ」

「あ。でも日本語がお上手だし」

「いろいろ苦労しているんですよ、これでも」爽やかに笑って、それから尋ねてくる。「大家さんはどう思います? やっぱりこれからはIT系とか狙うべきですかね」

「さあ」そういうことはたとえ人間に聞かれたって本当にわからないので首をひねるしかない。「わたしにはわかりませんねえ」

「あーあ。これでも結構いいところあるんですけどね」

「では、いいところを上手にアピールするといいんじゃないですか?」

「『こう見えて芯がしっかりしてます』なんてね。芯はないんですけど、うぷぷぷぷ」

「あ、は、は」こういう冗談にどう付き合えばいいのかわからない。「そうやって受けを狙うのもいいかもしれませんね」

「ま、最悪、大家さんに食べて貰うしかないかなあ。どうです、今晩あたり?」


 空心菜に誘惑されているらしい。


「よしてくださいよ趣味の悪い」

「趣味が悪くなんかありませんよ。だって空心菜ですよ。普通でしょう? 食べるのが」

「でも下宿していただいた空心菜を食べたことはありません」

「気にしなくていいですって。煮てよし、炒めてよし。なかなかおいしいんですよ。特に芯のところが。うぷぷぷぷ」


 中味が空っぽだから軽薄なのか、軽薄だから中味が空っぽになったのか、とにかく空心菜には振り回されっぱなしである。


(「空心菜」ordered by aisha-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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